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  3■リンダとカノン、初対面


 せっかくの休みなのに早く起こされて、持ってる服の中から動きやすく、くたびれてないものを選ぶ。
 私服学校ゆえ、どの服もほどよくヨレヨレなんだけど。
 そういえば相手の方にも子供がいて、女の子って話だったな。何を話せばいいんだろ。とびきりデブでブスだったらどうすりゃいいんだよ。いやいや、会ってもいないのにこんな想像は失礼だな。

「行くわよ」

 ママ、お散歩だけに全然気合い入ってないな、服装。会社へ行くときはスーツみたいなきちっとした服だけど、今日はいつかウォーキングすると張り切って買っただけのちょっとオシャレなスポーツ用品メーカーのロゴが入ったジャージだ。


 今日の目的地は隣の市にある一級河川の河川公園、母の運転する車で向かう。駐車する前にモゴモゴ何かひとりごとを言ってたので、相手が先に来てるのかと思って辺りを見回すと……止まってる車と車の間にチラッと大人の男と少女が見えたような……どちらも普通の体型だったのでちょっと安心。でも油断は禁物だぞ。
 車を止めると母さんはさっさと降りていくし、俺も慌ててそれを追った。

「ごめんなさい、遅くなって」
「大丈夫だよ。こっちが早く着いただけだから」
「おはようございます、千恵さん」
「おはよう、カノンちゃん。今日は孝幸連れてきたよ」

 そんな会話が繰り広げられてるところに俺がちょうどたどり着くと、母が突然――

「林田孝幸くん、五年生でーす」

 どういうノリで紹介してくれるんだよ!
 あいさつするタイミングを掴み損ねてわたわたしていると、男性の方が俺に歩み寄ってきて、右手を差し出してきた。

「はじめまして。お母さんと同じ会社に勤めてる藤宮清二(ふじみや せいじ)です」
「えっと、林田孝幸、です。はじめまして」

 照れ臭い気もするが、差し出された手に握手をすると、男性が後ろに控える娘の方に視線を移すのを追った。
 デブでもブスでもない。肩より少し長い髪、緊張しているせいか、一瞬視線が合ったと思ったらすぐ目を伏せて下を向いてしまった。すらっとした体型だし、顔もかわいい部類だ。
 
「娘の華音(かのん)。小学四年生だから、孝幸くんよりひとつ下だ」
「は、じめまして……」

 どうあいさつするか考えたがこれしかでてこない。娘の方は無言で、一度頷いてからこちらに少し深く頭を下げてきた。
 ……だけ?
 お父さんの後ろにすっかり隠れてしまった。
 母さんの時とえらい違いだな。

「カノンちゃんちょっとはずかしがり屋さんだから、慣れるとちゃんと話せるようになるから」
「……うん」

 別に寂しくなんかねぇよ。


 河川公園で散歩とか言ってたけど、実際にはバドミントンやったり、川を覗き込んだり、石を投げたり……学校でスポーツテストがあるときぐらい短時間にいっぱい体を動かした気がした。
 遠くから昼を知らせるサイレンが聞こえたから、もうお開きかと思えば……レジャーシートが広げられ、見たことない量の弁当が並んだ。

「なにこれ、すげー」
「昼はどこかに食べに行こうと思ってたんだけど、華音が弁当作るって言うから……」
「作ったのこれ、一人で!?」

 俺は少々興奮ぎみに女の子に聞くと、彼女は頭を何度も縦に振ったあと、慌てて横に振りだした。

「ううん、お父さんも手伝ってくれたの」
「こんなことなら私も作ってくるべきだったー!」

 と、うちの母は後悔中であります。

 弁当を四人で囲んで、会話しながらの食事……最初は緊張してたけど、ご飯はおいしいし、大人数(?)でわいわい話しながら食べるのはとても楽しかった。

「母さんもこのぐらい美味しいもの作ってくれるといいなぁ……」
「なによ! 私がいつも手抜きしてるみたいじゃない」
「別にそこまで言ってないじゃん」

 と母とやりあってると、

「良かったな華音」
「……うん」

 そんな父娘の会話が横から聞こえた。
 ふとそちらを見ると、女の子は本当に嬉しそうに笑ってた。
 そんな二人を見て、すごくいい親子関係だってことが分かった。お父さんもいい人だと思うけど、どうしてここには母親が不在なんだろう。そんな疑問が過った。
 でも聞けなかった。
 俺も聞かれたら気分はよくない。

 午後からも全力で遊んだ。
 友達とだってこんなに遊んだことないぐらい遊んだ。
 居心地は悪くなかった。むしろもっと、なんてどこかで思ってる自分に戸惑った。

 楽しかった時間はあっという間に過ぎる。
 ここに来た時には東側にあった太陽も、西へと沈もうとしている。影が長い。

「こんなに動き回ったの学生のとき以来かな。明日は筋肉痛で動けないかも」
「しばらく休みだからゆっくり休んだらいいわ。私も明日は動けないかもだけど」

 大人の会話を割るように、俺は藤宮さんの前で大きく頭を下げた。

「今日はありがとうございました。すっごい楽しかった」

 すると、藤宮さんは俺に向かって手を伸ばし、頭を乱暴に撫でてきた。すごいあったかい笑顔で……。

「次は孝幸くんが行きたい所に行こうか」
「はい、考えときます……」

 って、俺、まんまと大人の作戦にハマってないか?
 帰りの車の中で気付いた。
 そういえば、女の子とあまり話せなかったな。
 何で母親いないんだろ。
 ふと抱いた疑問、母さんなら知ってるはずだ。

「母さん、藤宮さんとこは何で母親がいないの?」
「亡くなられたの。カノンちゃんが小学校に入る前に……」

 家族が欠ける理由は、離婚だけじゃないんだ。

 でも、どうして母さんだったの?
 怒るし、ズボラだし、まぁ参観日で保護者並べればそこそこ若いし美人だろうけど、バツイチで子持ちだし、たまに殴る。
 俺としては、藤宮さんには申し訳ない母です。
 でも、あの子は母さん、平気みたい。仲良かったし。
 この件、まだ合意できないの俺だけ?
 だけど、分からないし、俺の決定権なんてついでだろ……。

 せっかく楽しかったのに、そんなこと考えてたらつまんなくなってきた。
 重い……。


  □□□


 その後も休日には藤宮家と交流を重ね、泊まりに行くこともあった。
 藤宮さんちは俺たちが住んでる市内ではなく、隣の市で、山に近い住宅地だった。
 物心ついた頃にはアパート暮らし、引っ越し経験一回で現在もアパート住まい。庭付き車庫付き一軒家に思わず感動。風呂広い、台所広い、二階がある、ベランダはアパートにもあるか、部屋多い、羨ましい!
 しかし、母さんのこの家に慣れてる感がどうも気に入らない。やっぱりつきあって長いのか、知らなかったのは俺だけか! いつから欺いてやがった、ちくしょう!
 一人落ち着かず、そわそわしてた。
 カノンとも何を話せばいいのか分からず、これといった会話もまだできないままだった。

 学校違うから先生の話はできないし、学年違うから勉強の話も……たとえ同級でもここに来てまでしたくない。
 女の子って、どういう話してたっけ?
 クラスの女子と話さない訳でもないのに、どうもカノンだと会話に繋がるものが掴めない。

 夜の九時半になると、明日が休みにも関わらず、さっさと寝るよう促される子供組。

「二階のカノンちゃんの部屋の隣に部屋借りてるから、そこで寝なさいね」
「華音、孝幸くんを案内してあげて」
「はーい。じゃぁおやすみなさーい」

 俺も大人たちにおやすみなさいと言って、階段を上がるカノンを追う。二階に来て一番手前のドアでカノンは止まる。

「ここがあたしの部屋だから、孝幸くんはその部屋だよ」

 と、隣のドアを指差した。

「ああ、ありがと。じゃ、おやすみ」

 さっさとその部屋に入ろうとしたら、

「あの、話したい、の。いいかな?」
「俺と?」

 カノンは高速で縦に首を振った。
 俺なんかで良ければ……。
 自分の部屋のドアを開けて手招きするカノン。これはこれで緊張するな。
 カノンの部屋は女の子らしく人気キャラクターのぬいぐるみが置いてあるが、ベッドと学習机と棚がある程度でスッキリ片付いていた。
 カノンは自分のベッドに腰掛けたので、俺は適当に床へ腰を下ろした。

「あのね、お父さんのこと、嫌い?」

 なに!? この子も俺を説得する側なの?

「嫌いじゃないよ。いい人だし……」

 だけど、あの人が自分の父親になることまではまだ描ききれてない。

「あたし、千恵さんのこと好きだよ」
「好きでも、お母さんになっていいの?」

 カノンは首を横に振った。反対推進派か?

「違うよ。お父さんとかお母さんじゃなくて、家族になれたらいいなって思ってる」

 家族?
 難しいこと言うな、こいつは。

「ただ、あたしは一緒に居たいって思ってる、ってこと」

 益々意味分からないわこの子。
 そんな単純なことじゃないだろ。

「お母さんがね、迎えに来なかったの」

 何を突然……とは思ったが、次の言葉を待った。

「あたしが行ってた幼稚園、いつもお母さんが送り迎えしてくれてたの。でも、ある日来なかった」

 確か小学校に入学する前に亡くなったらしいから入院でもしたのだろうか。

「先生が家に電話したけどお母さん出なくて、だから会社からお父さんがきてくれた。あの時、お父さんすっごい怒ってて、とりあえず家に帰ったの。お母さん、家にいたけど、倒れてた。妹か弟が産まれるはずだったけど、お母さんが一緒に連れてっちゃった……」

 さすがにそこまで言われたら察しがつく。
 もう、最後の方は涙声で、絞り出すように俺に訴えてきた感じだった。
 きっと、寂しいんだ、カノンは。
 俺も、家にひとりの時、寂しくない訳じゃない。せめて兄弟が居たらって思うことだってあった。

「俺、ひとりっこだから兄ちゃんってどんなのか分からないけど……」

 うまく言葉にできない。何を言ってるんだ俺は。
 頭の中がぐっちゃぐっちゃになってる所、カノンは袖で懸命に涙を拭い、話を変えてきた。

「ごめんね、こんな話するつもりじゃなかったのに……うん、あのね、あたし、孝幸くんのこと何も知らないから、いろいろお話できたらなって思ったの。誕生日とか血液型とか……」
「八月二十一日生まれ、O型だ」
「あたしはね、六月十日生まれでA型」
「じゃ、得意なことは?」
「うーん、料理、かな? 孝幸くんは?」
「俺は……何だろ? 」

 自分から聞いたくせに何も思い浮かばないとはどういうことだ。

「じゃぁ、好きな人とかいるの?」
「好きな人?」

 女子が好きな質問だな、これ。
 でも、もしも好きな人がいて、母が再婚した場合は、離れるってことだよな? 好きな人に限らず、友達、クラスメイトと……。

「別に好きな人なんていないけど、おまえはどうなんだよ」
「あ、あたしは……ナイショっ!」

 ズルくないかそれ。
 しかし女子とそういう話をするのは何だか変な気分だ。

「孝幸くんの学校って制服?」
「いや、私服。カノンのとこは?」
「ウチも私服。制服じゃない学校、市内ではウチの学校ぐらいなのに、私服学校ってそんなに珍しくないのかなぁ」

 それから好きな科目とか学校自慢とかしてたら、カノンがうとうとし始めて、時計を見たら十一時を過ぎていた。

「ごめん、すっかり話し込んじゃって」
「うん、だいじょーぶ」

 と布団にばたりと倒れた。
 全然大丈夫じゃないじゃん!

「ありがとう、楽しかった」

 そう言うと、すぐに寝息をたてはじめた。
 俺も楽しかった。やっと話せて、仲よくやっていけそうな気がした。
 掛布団の上に眠ってしまったカノンをそのままにするわけにもいかず、布団を手巻き寿司ののりみたいに巻いて掛けてやると、部屋の電気を消して音をたてないよう部屋を出てドアを閉める。
 今日の寝室となる隣の部屋に入って電気をつけてみると、布団は俺のだけか……。部屋には家具らしいものもなく、布団が一組敷いてあるだけ。
 こういう時ぐらい空気読めよ。こっちだって、いつまでも無知な子供じゃねぇ。


 次の日の朝、俺は一人で台所に立って朝食の準備をしている母さんに言った。

「再婚、したいなら、してもいいよ」


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2014.03.20 UP
2015.11.19 改稿
2016.01.29 改稿