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  2□同期の藤宮と林田


 私――林田千恵(はやしだ ちえ)と藤宮くんは、高卒で入社した会社の同期で同い年だった。
 新人研修で仲良くなって以来、同じ部で何かと一緒に仕事をすることは多かったけど、別に恋愛対象ではなかった。
 その頃には互いに付き合ってる人がいたから、仕事以外での付き合いもない、ただ仕事上のパートナー程度。
 入社二年目で私が先に結婚し、苗字が「鎌谷(かまたに)」になったにも関わらず、慣れないと言って藤宮くんはずっと「林田さん」と私を呼んでいた。
 それからそう経たずに、藤宮くんも付き合っていた彼女と結婚した。

 結婚から半年後、私は子供を授かった。仕事はだいたいデスクワークだったので、臨月まで働いてから産休に入った。
 残暑厳しい猛暑日に、私と主人の子供……孝幸が産声を上げた。

 翌年四月、孝幸の保育園が見つかり、会社に復帰。
 真っ先に飛んできたのは藤宮くんだった。

「オレも六月に父親になるんだ!」

 子供のような無邪気な笑顔だったので、先に親の大変さを知った私はこの人に父親が務まるのか、不安が過った。まぁ、産まれたら実感が湧き、同時に大変さを知ることになるとは思うけど。
 無事に娘が産まれた藤宮くんは、バリバリ仕事をこなし、休憩中は娘の写真を見てはニヤけ、周りに自慢してはデレて、五時になると定時退社。
 念願のマイホームまで買って、益々頑張っていた。

 一方、孝幸が年中組になる頃には、私たち夫婦の間に亀裂が入りはじめていた。
 主人のリストラ。起きている時間は酒を飲み続け、タバコも好き放題吸って、それらがなくなったら買って来い、金を出せと暴れ、断れば暴力を振るわれた。私だけに矛先が向いているうちはギリギリ我慢してたけど、次第に孝幸にも及び始めた時は我が子を必死に守ったけど、きっと心に大きな傷を負わせてしまった。
 片親で育てなければならなくなる不安、もしかしたら変わってくれるかもしれないなんて希望なんか抱かず、こうなる前にもっと早く決断すべきだった、と。

 夢見た幸せは失われた。
 藤宮くんとは、対照的な私。

 いつしか私は一人で孝幸を守り、育てると強く決意し離婚。結果、「林田」に戻っていた。
 小学校に入学する頃には孝幸も本来の子供らしい明るさを取り戻し、毎日を楽しく過ごしているよう私には写っていた。
 その頃、藤宮くんに二人目の子供ができたと知らせを聞いた。

 藤宮くんは、本当に家族のために頑張ってて、夫婦喧嘩をしたなんて一度も聞いたことないぐらい幸せそうで、私みたいにならなければいいなって願ってた。いや、藤宮くんの性格ならそんな心配はないか。


 けれど違う形で、藤宮くんは奥さんと別れることになる。




「え? 迎えに来ない?」

 ある日、会社にいる藤宮くんに、年長組の娘さんが通う幼稚園から電話が掛かった。

「出ない……そうですか、分かりました。今から迎えに行きます、すみません、失礼します」
「何かあった?」

 藤宮くんはムッとして、いつもより声が低く不機嫌そうだった。彼のこういう表情は、このとき初めて見た気がする。

「幼稚園の迎えの時間になっても迎えに来ないし、家に電話しても出ないって。だからオレに迎えに来いだってさ」
「奥様に何かあったんじゃないの?」
「別に、朝も体調悪そうじゃなかったし、普通だったけど」

 上司のところへ行って、話をして頭を下げている。
 席に戻って帰り支度。

「ほんとごめん、今日は早退する」
「うん、大丈夫だよ、あとはやっとくから」




 それから一週間、藤宮くんは出社しなかった。




 藤宮くんが早退した日の夜、上司からの電話で聞いた。

「藤宮くんの奥さん、亡くなられたそうだ」

 信じられなかった。
 藤宮くんはあんなに頑張ってたのに、二人目が産まれるって楽しみにしてたのに、って、それじゃ……。

 でもそんなこと、聞けるはずがない。

 次の日の夕方、社員一同で駅近くの斎場で行われた通夜に参列した。藤宮くんは終始青白く精気のない顔をして参列者に頭を下げるだけ。となりに座る娘さんも藤宮くんにすがりついてずっと泣きじゃくっていた。そんな二人を見てると辛くて、悲しくて、とても話しかけれなかった。
 告別式は上司が代表で出席。その日は職場フロアのいたるところからため息が聞こえた。
 藤宮くんが復帰しても、何て声掛けたらいいんだろう。



「大丈夫? 母さん。最近ため息ばっかりついてぼんやりして。疲れてる?」

 つい、家でもぼんやりと答えの出ない考えごとをしつつ、ため息を漏らしてしまっているようで、孝幸が心配して聞いてきた。

「え? うん、大丈夫……」

 親はなかなか子供の異変に気付けないくせに、子供はすぐ親の異変を察知する。
 だめだ、私がこんなのでは。藤宮くんが戻ってきたら……だめだ、辛すぎる。

 藤宮くんと娘さんのことを考えると涙が出てきた。


  □□□


 沈んでる藤宮くんが会社に復帰したものの、周りは気を遣いすぎて胃に穴が開く寸前。会社の配置薬の胃薬だけがすごい勢いで売れて行く。

「お弁当、毎朝早く起きて作るの辛いッスね……」

 チェアに仰け反るように体を預けている藤宮くんは、額に手を当て、眠そうだった。
 今まで奥さんに任せていた家事も自分がやらなければならない、仕事にもいかなきゃならない、いきなりそんな生活は難しいだろう。

「林田さん毎日やってるんでしょ? すごいよね」

 ほどよく手を抜きつつ家事をこなして、育児と仕事。洗濯なんて毎日しない、多くて二日に一回。やる気がなければ土日にまとめてなんて時だってある。ごはん作る気力がなければ、お惣菜買うことだってあるし、冷凍食品に頼ることもあるけど、極力コンビニ弁当、スーパー弁当は避けようと努力はしている。小学校は自分で登下校してくれるし給食も出るから、弁当持たせて送り迎えしていた保育園の頃よりかなり楽になった。自分がやらなければ誰もやってくれないから確かに最初は大変だったけど、いつの間にか慣れてしまってて、大変だなんて思わなくなってた。どちらかといえば当たり前?

「慣れれば出来るようになるよ」
「そんなもんかなー」


 日々の生活の大変さに、藤宮くんが日に日にたくましくなってきた頃、爆笑事件が発生した。


「聞いてくれる林田さん」

 出社早々机に突っ伏して話しはじめた。

「オレ、娘いるの知ってるよね? 四月に小学生になったんだが」
「ええ、知ってるけど」
「オレ、会社帰りにちょっとデパート寄って、娘の下着買おうと思ったのよ。何か悪い?」
「いや、悪くない」

 奥さんいないんだからしょうがない。

「なのにさ、レジの女性にすっごい怪しい目で見られてさ、あげく他の客に聞こえないぐらいの声で「通報しますよ?」って言われて、さすがに真っ青になってさ。家で華音が待ってるのに捕まるわけにもいかないじゃん。だから逃げるように帰ったけど、オレ、変質者扱いだよ? どーゆーことだよこれ」

 真面目な悩みではあるけど、込み上げてくる笑いを堪えて、堪えてみたけど、耐えきれずに思わず吹き出してしまった。
 当然ここで頭を叩かれた。

「おっかしいけど、何でだろうね。女性が男性下着買っても別に変な目で見られないのに、男が自分用の下着以外を買おうとしたら構えるよね」
「笑い事じゃねぇよ。長い目で見てみろ。女の子ってちょっと、成長が、男と違って特殊っつーか、オレ、そこまで対応できる自信がない」

 うむ、確かに女の体の変化とか、父親にどうこう言われたくない。むしろ、言われたら「何だこのエロオヤジキモい!」でしかない。

「早い子ってもう小学校高学年なんでしょ? もう数年後じゃん。まだまだじゃなくてすぐだよ」

 本気で悩んでるし。
 私は全然そういうの気にしてないなぁ。孝幸は男だし、せいぜい掃除してたら隠してあったエロ本を見つけてしまったとか、ノックせず部屋のドアを開けてしまったらセルフプレジャー真っ最中だったというハプニング(?)ぐらいしか想定してない。あとは子供の作り方を知ってしまい、うっかり失敗して私がおばあちゃんになるような事例の発生が一番怖いか。額が擦れるほど土下座するのはちょっとやだわ。

「じゃ、そういうの私が引き受けようか?」
「本当に? 助かる!」

 待ってました! そう言ってくれると思ってたよ! って感じのキラキラ瞳を輝かされたら、いい人ぶるんじゃなかったと心の中に天邪鬼が……。
 別にいやいやではない。厚意というか、おせっかい。入社以来の馴染みで同じ片親家庭だし。片親の大変さは自分だって十分すぎるほど知ってる。なんせ片親歴も長いセンパイですから……自慢にはならない。


 とりあえず、仕事帰りに藤宮くんとお買い物。

「何センチ?」
「もう110が小さいみたいだから、120かな」
「そこはあえて130にすべきね、思ったより成長って早いのよ」
「そうなの?」
「靴下とか大丈夫?」
「あ、ない、かも?」
「20センチぐらいかな」
「ああ、うん?」
「じゃ、靴とか大丈夫?」
「いや、分からない」
「靴のサイズは?」
「……わかりません」
「靴ぐらいなら自分で買えるよね? 本人連れてきて、合うもの買いなさい」
「そ、うですね。林田さん、すごいね、お母さんみたいだ」
「これでも私、母親七年やってんのよ!!」

 人を何だと思ってたんだか。ただのバツイチじゃないのよ。


「家庭訪問とか休み貰えますか?」
「私じゃなくて上司に聞きなよ。まぁ、私の場合、午前は普通に仕事して、午後から休みとって、急いで掃除してから先生お迎えするわ」
「なるほど、参考になります。で、何を話したら……」
「自分のことじゃなくて、子供のこと話すのよ。注意してほしいこととか、配慮してほしい部分とか、アレルギーはちゃんと調査票に書いた?」
「はい、大丈夫です、アレルギーないので」



「懇談会って何ですか?」
「先生と子供のこと話して、成績表もらうの。希望の日にちと時間決めて、その時間だけ仕事抜けたらいいわ」
「ああ、なるほど」
「そうか、世の学生どもは夏休み直前なのか。どおりで孝幸が浮かれてたわけだ」
「はっ、夏休みどうしよう」
「お互いに連れてくる? 託児スペース作ろう」
「そんな場所ないぞー」

 上司にまで聞こえてたようだ。まぁ学童あるからいいんだけど。



「運動会って弁当ですよね?」
「コンビニ弁当とか買って行ったらぶっ飛ばすわよ」
「でも料理はちょっと……」
「ならどっかの弁当屋さんのオードブルは? 最近そういうの頼む人も多いわよ」
「そうなんですか!?」

 各家庭には事情というものがあるだろうけど、運動会の弁当ぐらい作ろうよ、とは思ったりはしてるけど。私はちゃんと作ってるわ。どうせ二人分だからそんなに掛からないし。



「しまった、明日遠足だった!」
「今度は何を忘れたの?」
「なにが必要か見てくるのを忘れた!」
「……論外ね。だいたい、遠足なんてたかが知れてるでしょ。リュック、敷物、弁当、水筒、おやつ、ビニール袋、ハンカチ、ティッシュ、あとは、箸忘れないでよ」
「はい、さすが林田さん、頼りになります」


 右も左も分かってない、藤宮パパのサポーター。
 いつの間にかそれが当たり前になってた。


  □□□


 息子が小学三年になった年、藤宮くんと一緒に行った日帰りの出張が思いのほか早く終わったあの日。
 駅に向かう途中で、前を歩く藤宮くんは急に立ち止まり、言った。

「林田さん、ホテル行きませんか?」

 ご無沙汰すぎて自分が女であることを全く自覚してなかっただけに、

「日帰りだからホテルはいらないでしょ」

 と真面目に答える始末。
 こちらに背を向けたままの藤宮くんから盛大なため息が吐き出されたのは言うまでもない。

「バカなんですか、あなたは」
「……は?」

 バカ……私が。日帰りなのにホテル。早く終わった仕事。
 ……うお!!

「け、経費で落ちないじゃん!」
「オレが払うよ」
「いや、そういう問題じゃなくて!」
「じゃ、どういう問題?」
「え、ええー!?」

 そんなに問い詰めてくるなよ。そういう問題じゃないんだから……そんな風に、思ってもなかったし、そんな素振りもなかった、よね? 私が鈍感なだけか?

「真昼間だし、突然すぎて、どうも、こうも……」
「じゃ、とりあえず、ゆっくり話でもしょう。二人きりで、静かな場所で!」

 と、結局強引にホテルに連れ込まれる結果に。
 確かに静かな場所で二人きりだけど……こんな所で落ち着いて、ゆっくり話ができるか!!

 ただの同期ですよね?
 お互い、結婚もしましたよね? 事情があって今は独り身ですが、子供もいるじゃないですか!
 なのに何でこういうことに?

 ジャケットを脱いでベッドに放り、ネクタイを緩める仕草は、まさに女殺し。

 入社当時から顔が整ったイケメンだと女子社員の間で話題沸騰で常に煮えたぎってましたよ。奥さんのこと以降はあの哀愁漂う感じがたまらない、守ってあげたい! とおかしなことを言い出す独身女性の先輩もいました。
 が、なぜに私ですか!?
 別に先輩男性に言い寄られたこともなければ、会社帰りにナンパにあったこともなく、モテた試しなんてこれっぽっちもない。ごく普通のバツイチお母さんですよ? 何で結婚できてたのかも不思議なぐらいです、ほんとに。若気の至りだよあれ。

 ベッドにそのまま腰掛ける藤宮くんに対し、私は完全警戒体制。部屋の隅にあるソファーでガッチガチに身を固くしていた。

「林田さんは、再婚とか考えてないんですか?」

 いくら鈍感な私でもさすがにどういう話の流れになるのか、予想できた。

「再婚なんて、考えたこともなかった。家事して仕事行って、毎日がほんとに大変で、休日はできるだけダラダラして、それだけで精一杯だったのかな」
「オレは、妻を亡くしてから、なにかと支えてくれた林田さんに感謝してます」
「敬語、気持ち悪いよ」
「つっ!! 黙って聞けよ!」
「すみません」
「あーもぅ、何だっけ? だから……オレが親として華音にできることに限界を感じて、父親じゃできないことや教えられなかったりわからないことが多くて……だから、再婚した方がいいかなって考えはじめた」

 そこまで深刻だったとは……。

「私はただ、自分にできることだったから、手伝ったり助言してたので、再婚決心させるほど余計なことをしていたつもりは……」
「そういうのじゃなくて、林田さん、じゃぁ子供のこと抜きで、オレの……奥さんになってくれませんか?」
「私、自慢じゃないけどバツイチよ!」
「知ってます」
「子供もいるし、出産経験もあるわ!」
「分かってます」
「休日はダラダラするわよ?」
「休みの日は休めばいいでしょ。これまで辛い思いもしたでしょ? オレだって、こんな人生になるなんて思いもしなかった。オレと一緒に幸せになりませんか? それともオレじゃダメですか?」

 ダメじゃないよ。いいと思うよ。
 でも、再婚するってことは、私ひとりの問題じゃない。

「孝幸がいるから、勝手にそんなの決められる訳が……」
「林田さん、子供のこと抜きで話しましょうよ。オレはあなたの気持ちが知りたい……」

 私の、気持ち……。

「そういうの、全然考えたことなかったし……再婚なんて言われてもピンとこない。でも、藤宮くんの手助けはこれからもしたいと思ってる」
「じゃ逆に、林田さんには、オレの助けはいらない?」
「今はまだ、困ってない……だけかも」
「助け合えないかな? どう考えてもオレが林田さんに求めるものが多いけど、華音には必要だと思うんだ、母親が。あなた以外にそういうの考えられない」
「……うん」

 藤宮くんは私が座ってるソファーの側で跪き、下から私を見上げてくる。

「息子さんも幸せにするから……千恵さん、オレと一緒になってください」

 まっすぐ私を見つめている。そんなこと言われて、揺らがない訳がない。だけどどこか不安で、なのに応えてあげたい。

「私、こんなに人に必要とされたことないし、期待通りにできるか分からないけど……よろしくお願いします」

 藤宮くんは目を細め、優しく微笑みながら私の頬を撫でてきた。くすぐったくて肩をすくめると、唇に柔らかなものが触れた。





 ほぼ真上にあったはずの太陽は、傾いて紅く染まっていた。
 やたら気になるスーツの裾。私は女だったということをずいぶん久しぶりに自覚してしまった。

「帰ろうか、千恵さん」
「……うん」

 差し出された手に触れたら、とても暖かかった。
 忘れかけてた、人肌の暖かさ……心もあたたかくなった。


  □□□


 ひとつだけお願いをした。
 もし再婚することになっても、藤宮くんの子供は産まない、と。

「二人の母親になるなら、ちゃんと二人を見てあげたいし、きっと傷つくと思うから……だから貴方の子は産めない」

 藤宮くんは驚いた顔をしたけど、すぐ穏やかに笑った。

「そういうところ、千恵さんらしい考えだね。オレはいい父親になれるかな……」
「なれるわ、貴方なら」

 頬をなぞってそっと口づけると、もっととせがんでみた。
 久しぶりに触れた人肌はあたたかくて、もっと触れていたくて、時間も仕事も忘れ、ただの女として……藤宮くんの身体に溺れた。


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2014.03.20 UP
2015.11.19 改稿
2016.01.29 改稿