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  ■師走――クリスマス〜正月


 吐き出す息が白く、寒さに震える、十二月。
 文化祭が終わって部を引退した文化系部活の三年。
 大学に進学する三年生は、来月のセンター試験に向けて猛勉強。私もその一人で、楓、マツくん、そして秋野も同じく受験生。
 二学期のクラス委員も任期満了。
 明日から冬休みになる。
 二週間、秋野に会えない。クリスマスと初詣……楓はマツくんと過ご……。
 決して、秋野と過ごしたいのではなくて、ではなくて……嘘つきました。
 過ごせたら、いいな。変な意味じゃなくて、純粋に……。
 っていうか、今日誘っとかないと無理じゃない、クリスマスの約束。だって、携帯の番号もメアドも知らない。

 しかしですよ。いきなり「クリスマス一緒に過ごしましょう」なんて言えるはずもなく。休日に一緒に出かける仲でもございません。
 諦めますか、これは。
 楓はマツくんとさっさと帰っちゃったし、うだうだ考えてたらほとんど人いないし。
 溜め息しか出ないわ。私、自分の幸せさえ掴めないのかな。

「受験勉強、頑張りすぎなんじゃないの?」
 いつの間にか二人だけになってて、そんなことを言われた。
「そんなことはないかと……」
 曖昧に答える。勉強のほうもそこそこ頑張ってはいるけど、ストレスになるほどはやってない。
「クリスマス、予定ありますか?」
「え、私?」
「うん」
 そんなこと聞かれるなんて思わなくて、マヌケな返答。
「互いに相方が付き合ってるから、息抜きに遊びに出る人いないかな……と。いや、俺だけか、そんなの。悪い、今の俺の発言、消去しといて」
 何か、一生懸命な秋野を見るのは初めてかも。普段の秋野からは想像できなくて新鮮だった。
「そうそう。せっかくのクリスマスなのに一人で寂しく受験勉強続行って、何かもったいないよね。この日ぐらい、息抜きしたいかな。秋野は、クリスマス、暇ですか?」
 互いに変な言い回し。我慢してたけど同時に吹き出した。
「でも、どこ行くの?」
「……すまん。言い出しっぺなのに考えてなかった」
「……じゃ、決まったら連絡して。携帯」
「え、俺が決めるの?」
「じゃ、私も考えとく」
 互いの携帯を教え合う。
 行きたい所を出し合いながら、私の家まで歩いて帰り、
「バイトんときは出られないけど、いつでも連絡して」
 と、秋野は押していた自転車にまたがり、走り出した。

 バイト……まだしてるんだ。
 どこで働いてるかは知らないけど、その後に受験勉強もして、すごいな。




 勉強の合間にメールをして、クリスマス・イヴ、会う約束をした。けど、結局行き先は決まらず、当日を迎えた。


 待ち合わせ時間より十分早く待ち合わせの場所に到着した私は、洋服の最終チェック。
「あれ、早めに来たつもりなのに、待たせちゃった?」
 相変わらず、鋭い目を隠すように長い前髪。私服は、夏休み中の遊園地以来で冬服は初かも。制服の時とまた違ったかっこよさにちょっと緊張してしまう。
「さっき来たばかりだから、大丈夫」
「そう、ならよかった。で、どこに行きますか?」
 映画とか結構お金掛かるし、私としては一緒にいられるのならどこだっていいぐらいの勢いなんだけど、うーん。

 結局、待ち合わせ場所近くの店を回って、昼食を食べて、また店を回って、公園にたどり着いた。
 陽は傾いてる。長く伸びた影、二人の間にはまだ距離がある。ベンチに座る私と秋野の間は、まだ人が一人、余裕を持って座れるほど。
「秋野は、大学行って、将来は何になりたいの?」
「俺は、弁護士になりたいって思ってる」
「そうなんだ……私、まだ考えてないから何となく大学に進むのに、すごいね、秋野は」
 風が吹き抜けた。陽が傾くにつれ冷たくなってる。肩をすくめて体を震わせた。
「寒い? もう、家まで送ろうか」
「……やだ」
 私は小さく呟いていた。帰りたくない。まだ、秋野と一緒にいたい。
「一緒に、いたい」
 ダメって、言われるかな。
 沈黙が、恐ろしく長かった。
 ベンチに置いた手に秋野の指先が、指が触れた。
「ちょっと、考えさせて」
 私が、秋野を困らせた。

 暗くなってきた。少し近くなった二人の距離、指は触れたまま。
 秋野はまだ考えてるのかな。そんなに考えないといけないこと、言っちゃったかな。もういいよって、言った方がいいんじゃないかな。
 そう思った時、
「よし、とりあえず夕飯だ」
 ファミレスに行ってみたけど、たくさん人がいたから諦めた。別の店も多くて、
「コンビニの弁当でもいい?」
 二人でコンビニ行って、自分の弁当や飲み物を選んで、店の外に出たら思いの外寒かった。
「考えたんだけどさ」
「え」
 突然で何のことか分からなかった。
「俺の、部屋でもいいかな」
 私が一緒にいたいって言った、ずっと考えてた?
 秋野の、部屋?
「うん……いいよ」
 一緒にいられるのなら、どこでも、どうなってもいいって思った。


 住宅地にあった。秋野の家。だけど、玄関ではなく、庭に歩いていく秋野。ついていく私。そこに小さなハウスがあり、鍵を開けてドアを開いた秋野が小さな声で言う。
「何もないけど、どうぞ」
 私はおじゃまします、と中に入る。六畳もない部屋。殺風景で学校で使うものと布団しかない。
 お弁当を食べて、途中で会話が途切れた。でも、この狭い空間に二人きり。ドキドキが止まらない。秋野に聞こえたりしないかな。
 緊張で固くなってる私。
「寒い? ごめんね、暖房機具ないから……」
 布団の中から毛布を引っ張り出して肩にかけてくれた。
「ありがとう。秋野は、寒くない?」
「慣れてる」
 とは言っても、寒くないはずはない。
「……クシュ」
 ほら、くしゃみした。
 毛布を持つ手を広げて、包み込むように抱き着いてみた。いつか、秋野が私にしてくれたような感じで。
「ちょっと、照山……」
「この方が、温かい、でしょ?」
 すごい、近い。ドキドキが聞こえちゃう。
 秋野の手が私の背中に回され、抱きしめてくる。
 顔が熱い。
「照山」
 低く穏やかな声で呼ばれたから、おずおずと顔を上げてみる。
 目を細め、少し微笑んでる。
 だからその顔は反則だってば。

 どちらから、ともなく、近づいて、唇同士が、触れた。
 初めての、キス。
 離れて、目が合うと、恥ずかしくなって目をそらすけど、でもまた、唇を重ねた。
 何度も、何度も、息が苦しくて、窒息しそうなほど、キスをした。
 体の奥から、痺れるほど。

「秋野……」
 合間に呼んだ。
「照山」
 とりつかれたように、また唇を重ねた。




 知らない匂い……ううん、知ってる。大好きな人の匂い。
 起きると、秋野の腕の中にいた。
「おはよう、秋野」
 でも、秋野は悲しそうな表情で私の頭をそっと撫でてくる。
「どうしたの?」
「やっぱり、ダメだよ、こういうの」
 え、どうしちゃったの秋野。
「大事な、時期だし……」
 そうだ。私たち受験生。試験まであと三週間ぐらい。息抜きは大事だけど、これはやりすぎ。
「ごめんなさい、私……」
「誘ったの俺だし、何か……ごめん」
 後味、悪くなった感じ。でも、自分の置かれている立場を考えれば当然。
「勉強、しなきゃね、うん。私も、帰って頑張るよ」

 帰り道、涙が出てきた。
 あの優しい眼差し、もう二度と見れないような気がして。何度もキスして、頬を赤く染めて、てれくさそうな表情。
 夢? 過ち……過失。
 そう、きっと、クリスマスという魔力のせい。
 涙が、こぼれ落ちた。



 しばらく勉強が手につかなかった。
 夏、みんなで撮ったプリクラ。
 目を閉じると蘇る唇の感触。息遣い。私を抱きしめる腕。
 そっと指で唇をなぞる。
 ……あ、ダメ。
 ダメだダメだ! 今は勉強に集中するとき。試験に失敗したらもともこもない。
 学部は違うけど、同じ大学受けるんだから、合格したら、告白する。決まるまで、想いを抑えて……。



 でも、大晦日。抑えきれなかった想いは、メールになって……飛んでった。


 ――お久しぶりです。勉強の進み具合はどうですか? もしよかったら、明日、天満宮へ初詣、合格祈願に行きませんか? 午後一時ぐらいに、鳥居の前で待ってます。


 どんなに待っても、返事はなく、元旦、午後十二時を過ぎた。
 私はそれでも天満宮へ行く。
 ただの合格祈願だ。絵馬書いて、イカヤキ食べて帰る。
 きっとメールは、配送ミスで届かなかったか、勉強に集中するため、電源を切ってたかもしれない。
 そうだ! と自分に言い聞かせてはみたが……やはりキツい。

 もうすぐ一時になる。だけど鳥居で待っても無駄かな……期待して傷つくのは怖い。
 でも、そこにいないと思ってた姿を見つけた嬉しさと、胸の痛みが同時に襲ってくる。
 鳥居の前にいる、その人の前で私は足を止め、見上げた。前髪で隠れた目は、私を捉えている。
「返事なかったから、来ないと思ってました」
 できるだけ普通に喋る。
「携帯、マナーモードにしてたから……ごめん」
 でも、来てくれたのは、なぜ? 息抜き、だよね、互いに。
 初詣客に揉まれ、絵馬を書いて、お守り買って、おみくじ引いて……。
 イカヤキ買って、人の波から抜け出した。
 塀にすがって、イカヤキを見つめた。タレが垂れたら服汚れないかな。豪快に噛み付いてたべるのもどうだろう。なんて悩む。やはり隣にいる相手を意識してのこと。
 そんな隣から手が伸びてきて、耳元や首筋に触れてくる。くすぐったくて肩を竦め、そちらを向いた時――不意に唇を重ねられた。
「あ、秋野……」
「ごめん、これで最後にするから……」
 秋野は悲しい目をしていた。胸が痛む。
 また、何度もキスをしたけど、最後という言葉がずっと引っ掛かった。




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2013.07.23 UP