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  ■神無月、霜月――二大祭と心変わり




 日々の練習の成果、発揮します。
 いよいよ、体育祭当日。A組が赤、B組が黄、C組が青、D組が白のはちまき巻いて、入場行進は吹奏楽部の演奏。
 俄然、やる気が出てきた! イベント好きな女です。

 個人的に興奮したのが男子徒競走。8組目の組み合わせがすごかった。
 赤が谷野くん、青が秋野で白がマツくん。
 スタートのピストルが鳴ると、勢いよくとびたしたのがマツくんだった。
「すごい、早いね、マツくん」
 少々興奮ぎみな私に対し、楓は冷めぎみ。
「最初だけよ」
 楓の言う通り、みるみる失速し、抜かれていくマツくん。あっという間に最下位。
「ほら。体力ないのよ、イブくん」
 トップ争いはA組とC組、谷野くんと秋野。
 ――頑張って、もう少し。
 ほぼ同時にゴールテープを切った二人だけど、拳を上げたのは秋野だった。
 青組テント内が涌いた。
 私も楓と抱き合って喜んでた。
 マツくんは……ゴールする頃にはフラフラだったけど。

 それから障害走、仮装などの競技が終わり、昼休みになった。
 私は楓と一緒に木陰でお弁当。そこにマツくんと秋野がやってくる。
「一緒にたべましょー」
 しかしこの二人、揃ってコンビニ弁当だ。
 話題はやはり、あの徒競走。
「マツくんのスタートダッシュ、すごかったよ」
「でしょ? 10メートル走とかあったら、オリンピック代表だよ、オレ」
 10メートルって、すごく短くない? 思わず苦笑い。
「秋野もすごかった。あのトップ争いがもう、なんていうか……すごくかっこよかったよ」
 …………。
 何言いました、私。
 興奮ぎみになって、何言いました?
 秋野が鋭い目を丸くしてるじゃないか。対応に困ってるよ。
 マツくんは楓に怒られてるよ。体力なさすぎって。
「ま……負けず嫌いですから」
 秋野が目を泳がせながらそう言ったことで、この話題は終了します。


 午後の部はまったりとフォークダンスからスタート。各クラス身長順で並んで、一つの大きな輪になる。
 曲が流れはじめると、パートナーの手を取る。入れ替わり、入れ替わり、秋野にたどり着く。指が触れただけで、心臓が急に忙しく動きはじめた。
 練習で何度も触れてたはずなのに、何故?
 顔が見れない。
「暑い? 顔、赤いよ。ちゃんと水分補給しろよ」
 頷いておく。
 違う。そうじゃない、これは……。


 この後の競技は、四色対抗綱引き、騎馬戦、男子の組体操、最後に各色の代表によるリレー。
 組体操は男子全員が上半身裸だから目のやり場に困った。
 リレーは青組アンカーに、秋野の姿。しかしそれまでの順位が三位。秋野もかなり追い上げたけど、二位でゴール。

 赤組の優勝で体育祭は終わった。


 みんな帰ったのに、役員は片付け。
 本部席や来賓席のテーブルや椅子を片付けて、テントをばらして。
 運んでたら、体育館の影に入っていく谷野くんを発見。ついつい覗いたからさあ大変。
 ――!?
 き、呼衣ちゃんと、生キスシーン、目撃。
 やややややばい。えと、あー。
「照山、まだ残ってんのに、サボるなよ」
「はいっ!!」
 突然秋野が声かけてきて、驚いたのなんの。
「なに?」
 と、秋野もそちらを覗こうとしたから、
「なんでもない、なんでも。作業に戻ろう」
 そんなにのぞき見されていいものじゃない。


 片付けが終わり、生徒玄関前。生徒会から飲み物が配布され、生徒会長からの挨拶。
「お疲れ様でした。みなさんのご協力のおかげで、体育祭も無事に終えることができました。体育祭が終わった直後で申し訳ありませんが、来月の文化祭に向けて、またご協力お願いします。今日はありがとうございました」
 自然と拍手がまきおこる。


 二学期の二大イベントの一つが無事に終わり、文化祭に向けて――文芸誌、今回はさすがに落とせないよな。
 ずっと考えてたつもりだったのに後回しにしてきたから、いよいよ切羽詰まってきた。
 考えたら、もう一ヶ月の余裕もない。むしろ、あと二週間。
 ピンチ。
 せっかくの振替休日も、ネタを考えるのに費やしたけど、何も思い浮かばず。ホントにヤバい。頭を抱えたって、何も出てこない。書かないといけないと、自分でプレッシャーかけてるせい?
 じゃ、まずテーマを。
 恋愛たぐいからは離れるつもりが、やはり無理か。そっちが得意分野。
 でも、恋愛小説って、だいたい似たようなものになりがちじゃない? 片思いから、両思いでハッピーエンド。
 同じじゃつまんない。だから覆す何か。
 両思いからの片思い? 失恋?
 胸が痛む。
 ハッピーエンドでなければならない理由はない。
 片思い、失恋、新しい恋――私。
 新しい恋……私、いつの間にか好きになってた。いつも好きになる瞬間は分からない。



 体育祭が終わり、文芸部は文化祭に向け頻繁に活動。
 早くに原稿を上げる後輩たち。焦ってばかりで何もできてない私。
 今回が高校生活最後。もう、落とせない。焦ると余計に手につかない。
 そんな時なのに、
「おー、やってるな!」
 楓の天敵、カズ先輩が現れた。
「どうだ、テルモミ。今回はいけそうか?」
 さすがに、うっとうしいと思った。
「ダメそうかも、です」
 いらついたような声が出た。

 しかし、カズ先輩は次の日も、次の日もやって来て、本当にどうにもならない焦りや苛立ちで、限界だった。
「ちょっと、散歩してきます!」
 図書室から出て、校舎内を歩いて、頭を冷やしたかった。
 なのに、カズ先輩までついてきて、うっとうしいだけ。気分転換にもなりゃしない。
 ごめん、楓。今回も無理。文芸誌、私抜きで頼む。

「まだスランプから脱してないのか」
「まあ、そうかも、です」
「調子悪いな。テルモミは恋愛小説専門だからな。恋、したらどうだ?」
 恋? そんなの……。
 上靴のまま中庭に出たところで、カズ先輩の声音が変わった。
「オレと付き合わねぇか?
 え?
「ずっとテルモミのこと好きだった」
 え??
「えぇっ!?」
 突然の告白。驚くばかりで信じられない。冗談かもしれないと振り向いてみたが、先輩はこれまでにない真剣な表情だった。
「いや、あの私……」
 カズ先輩はそういう対象じゃない。
「好きだ。付き合ってくれ」
「だ、だから……」
「な、いいだろ?」
 よくない。全然よくない。とりあえず、私の話を聞けー!!
「いやです!」
「いいじゃねぇか」
「だから、いやですってば!」
 私、断ってるのに、何で? どうしよう。
「オレを好きになるのは、付き合いだしてからでもいいから」
 突然手を掴まれ、迫って来る。逃げたいのに、体を引くと背中が壁に当たった。
 どんどん近づいてくる、顔。
 やだ、やだやだやだ。やだ!
 目をきつく閉じて顔を逸らした。
 なのに大きな手が私の顎をふれてくる。
 もう、ダメだ。

「照山、委員会始まるぞ」

 高いところからそんな声。
 カズ先輩は舌打ちした。
「あ、はい。すぐ行きます!」
 カズ先輩を押しのけ、校舎に駆けた。
 声を掛けてきた二階に駆け上がり、その姿を見つけた。
「秋野っ、ごめん。委員会あるって知らなくて」
「ごめん。委員会あるって、嘘」
「え?」
「なんか、困ってる感じがしたから、つい。迷惑だったらごめん」
 少し寂しげに言う秋野に、私は思いっきり横に首を振った。
「ううん。助けてくれてありがとう」
 安心しすぎて、呼吸をするよう自然に口から出ていた。
「文芸部の先輩で、最近、うっとうしいぐらい部活に来て、気分転換で外に出たのに、ついてきて……」
 秋野は黙って聞いてくれていた。話してるうちに、怖くなってきた。もう、終わったことなのに。
「怖かった……」
 涙が溢れてくるから、秋野に気付かれないよう下を向いて隠した。
 けど、こぼれ落ちた。
「もう、大丈夫だから」
 低いけど穏やかな声。胸がキュッと掴まれたように痛んで、我慢できなくなって泣いてしまった。
 なのに……だから?
 距離を詰めてきた秋野は、私を包み込むように抱きしめた。
「ごめん、どうしたらいいかわからないから。嫌だったら、突き飛ばして」
 嫌な訳がない。だって、私は……。


 気分が落ち着いてくると、この状況が恥ずかしくなってきた。
 突き飛ばして離れるのはかなり失礼だと思う、けど、どうしたらいいんだろ。
「ごごごごめん、落ち着きました。あ、ありがとう」
 自分が何言ってるかわかんないよー。
 秋野が手を離してくれた途端、すごい勢いで後ろに下がって距離をとる。
 私はなぜか、肩で息をしてる。
 秋野の顔がまともに見れない。
「ホント、ありがとう。私、部活に戻るね」
 私は、秋野の横を走って通り過ぎた。



 それから、目覚めたように文芸誌に載せる作品を書きなぐった。
 内容は、少女の恋。失恋からはじまり、いつの間にかほかの誰かを好きになってる。好きになる瞬間は分からなくて、いつの間にか好きになってた。
 そんな私が題材。


 そして、高校生活最後の作品が出来上がり、文芸誌は無事発行されることになった。
 文芸誌に載せる作品、著者名はみんなペンネーム。
 部外で読む人は少ないけど、このペンネーム制度があるから書けるようなもの。部内は自分のような小説を書く人のあつまりだからいいけど、さすがに、部外の人から自分の作品の批評感想を直接聞く勇気はない。今回は、自分が題材だから余計に。



 部活の方は文化祭の準備は万端。
 今度は学校側、クラスの活動が忙しくなる。
 文化祭を盛り上げる実行委員決めから出し物決め。
 同じクラス委員である秋野と一緒にいることも多くなって、あの一件があったせいで余計に意識して、普通に接しているつもりなのに私が避けてるみたいで……。

「やっぱり、この前の、迷惑だった?」
 なんて言わせてしまう始末。
「違う、違うの。そんなんじゃなくて……」
 好き、だから、なんだよ。
 やっぱり、見れない。秋野の目が。


 そして、文化祭当日がやってきた。


 実行委員が主に動くので、クラス委員としては特にすることがなく、楓と一緒にいろいろと回っていた。
 谷野くんは当然、呼衣ちゃんと回ってて、秋野は……マツくんかな。楓がマツくんと一緒にいないってことは。だとすると、どこかで会ったら合流とか……絶対なりそう。
 その前に、
「テルモミ、呼衣と一緒にいるヤロー、誰だ」
 カズ先輩に見つかった。文芸誌の売り子の横で声掛けしてたから安心しきって油断してた。ああ、楓の表情が、せっかくの美人が台なし。
「谷野くんですよ。呼衣ちゃんと同じクラスでよくクラス委員やってる」
 あえて付き合ってるとは言わない。本人から直接聞いたことじゃないし。
「ぬごー、何か気に入らーん!」
 珍しく私たちに構わず、去って行き、安堵の溜め息。楓も美人さんに戻ったけど、ちょっと変な顔して私を見てる。
「そういえば先日の部活動の時、気分転換って碓氷センパイと出ていった後でしたな。テルが目覚めたように執筆をはじめたのは」
 ぎくり。何も言わないから気付いてないと思ったら、黙ってただけで、ここぞというときの切り札で出してくる。
「何があったのかなー」
「いや……」
 ここで適当にごまかしても、どこまで情報を掴んでる、楓。ここは慎重に……。
「何かって、カズ先輩に告白されて、断ってもしつこくて、かなり参った感じで」
 楓がポンと手を叩いた。
「なるほど。何となく流れが分かった」
 え……? 何が?
「テルの帰りが遅いから探しに行ったの。あのワンダーフォーゲルに襲われてたらいけないからね」
「……ふんふん……」
 え!?
「あたしが見たのは、二階廊下でテルが誰かと抱き合ってるシーン」
 もんもんもーんと蘇る記憶。キャー!!
「ち、ちが、別に私は秋野と抱き合ってないし、」
「あ、アキノだったんだ、あれ」
「ぎゃー、ちが、いや、あう、うわあああああ!!」
 余計なこと言った!!
「付き合ってるの?」
「だだだ、誰が」
「テルが」
「だだだ、誰と」
「話の流れ上、アキノと」
「付き合ってないよ!!」
 余裕の笑みな楓に、遊ばれてるの、私。
「あたし、アキノと中学から同じだけど、いいヤツよ、アイツ」
 そんなの、知ってるよ。知り合ってほんの数ヶ月でも分かる。
「勉強もスポーツもできて、背は高いし、目つきは悪いけど優しいし……」
 楓、そこまで分かってても気付かなかったんだね、秋野の気持ちにまでは。やっぱり、そういうのって相手には分からないものなのかな。ちゃんと、言葉で言わなきゃ伝わらないのかな。
「付き合っちゃいなよ」
「気軽に言わないでよ」
 私は秋野のこと、好きだけど、秋野は私をどう思ってるかわかんないし、またフラれるのはさすがにキツい。むしろトラウマになる。

 そしてやはり、マツくんと一緒にいた秋野たちと合流。そうなるとマツくんと楓が並ぶなんてわかりきったこと。私は秋野係。更に楓の策略にハマり、二人とはぐれた。
 よ、よ、余計なお世話だ!!
「どうする、二人を探す?」
「たぶん、それ無駄だと思う」
 だからといって秋野と二人でって……うわあああああ!!
「テルモミ! んむむ!!」
 助かったのか、否か、このタイミングで現れたカズ先輩。なぜか両者睨み合ってますが……。
「キサマ、この前はよくも……」
「えっと、どちら様でしょうか」
「この学校の卒業生、碓氷だ! 覚えとけ、後輩」
「で、先輩、いつかお会いしたでしょうか」
 言ってることとは裏腹に……怖いよ秋野。しかもわざとでしょ。
「こないだオレの邪魔しただろが! テルモミに委員会がどうこうって」
 ここでようやく気付いたように手を打つ秋野。
「ああ、あの時の、アナタサマでしたか」
 すっごくわざとらしいよ。
「キサマ、テルモミの何だ!」
「ちょっと、カズ先輩」
「クラスメイトで同じクラス委員だ。そういう先輩も照山の何ですか」
「秋野も……」
 ああ、何なんだこれはー!!
「テルモミと同じ部だった……だけか、オレ」
 カズ先輩、なぜか敗北を感じてる。っていう、何くらべ?
「ワンダーフォーゲル部じゃないんですか?」
 ってそれは誰もが思ってるけど口にしてないアレで……。
 睨み合いがますますヒートアップしている。だから何故? ぽかんと見てるだけじゃなくて、止めよう。
「二人ともやめて」
 二人は睨み合いをやめて私に注目。
「しょうもない言い合いしないで下さい」
「だそうですよ、先輩」
「秋野も挑発しない。先輩もすぐ噛み付かない。はい、終わり! 行こう、秋野」
 秋野の袖を引っ張って先輩から離れる。

 無意識だった。

 ……ん?

 ふと、気付いた。

「わああああ」
 慌てて袖を離すと秋野が笑い出した。
「な、何がおかしいの」
「だって、ころころ表情変えて、面白いなって」
 バカにされてるのかな。
 急に手を握られた。
「ほわああああ!!」
 手を振りほどいて、更に手を振り続ける私。秋野は笑いながら私の頭を撫でてきた。
「ほんと、面白い」
 目を細めて……だめ、反則、その顔!
「にゃー! 撫でるなー!!」

 その後も私は騒ぎっぱなしだった。

 ダメだよ秋野。あんなからかい方、あの表情……どんどん好きになって、止まらないよ。


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2013.07.23 UP