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  ■葉月――誕生日





 夏休みに入ってようやく一週間が過ぎ、八月になった。
 週に一度、部活動で学校へ行くことはあったが、この熱さだ。まともな活動ができるはずはなく、むし暑い図書室の机で大半がバテていた。


 そして、八月も八日目。私の十八回目の誕生日。
 夏休み中に誕生日がくるから、学校で友達に誕生日を祝ってもらえる子が羨ましかった。
 そして今日も、特に遊ぶ約束をした友達もいないから、一人寂しく過ごし、ちょっと豪華な夕飯になるだけ。
 一人で寂しく過ごすついでに、図書館で涼みながら勉強と読書をしよう。そのほうが充実した一日を過ごせる。昼はちょっと贅沢に、喫茶店でサンドイッチなんか食べて……。
 この時期は同じようなことを考えた学生が図書館の席に溢れる。早めに行って席とらなきゃ。
 ちょっとオシャレなお出かけ服を着て、問題集、部活で使ってるルーズリーフ、筆記用具、財布、携帯を詰めたバッグを肩に掛けて、出掛け――ピンポーン。
 靴を履こうとしてる所でチャイムが鳴ったので、すぐに出ると、よく知る顔がひとつ、ふたつ……みっつ?
「誕生日おめでとう、テル」
「え?」
 突然、突発のことに、ただ私は驚く。
 楓は分かる。マツくんも楓と一緒に来たんだと思う。でも、何で秋野も? 二人に無理矢理誘われたのかな?
「モミジちゃん、お出かけ?」
 提げてるバッグを指差すマツくん。
「ヒマだったから、図書館に行こうかと……」
「ほら、突発で脅かすことばっか考えてるから。危うく無駄になるところだったな」
 後ろで秋野が穏やかな口調で二人に告げる。手前の二人は青くなる。
「脅かそうと思って連絡しなかったけど、誕生日にテルを遊園地に連れていこうと考えてて」
「そう、サプライズ」
 初めてかも、そういうの。
「でも、図書館行かなきゃならないなら、ま、止めはしないけど」
「うん、オレたちが勝手に盛り上がってただけだし」
 いかん、楓とマツくんがネガティブに。
「図書館はヒマだから行こうと思っただけだから、ヒマなんだよ。楓たちがそんなこと企画してくれてたなんて知らなかったし、うん、嬉しいよすごく」
 こんなの、初めてだから嬉しいよ。
「ありがとう、楓。でも危うく、無駄にしてしまうところだった」
 楓だけじゃない。
「マツくんも、秋野も、わざわざありがとう」
 夏休みに誕生日って、つまんなかったけど、初めて、誕生日が今日でよかったって思えた。



 自転車で駅に行って、電車に乗ってふたつ隣の市へ入り、バス代ケチって徒歩で十五分。到着した遊園地は、そう大きくもなければ、子供騙しな感じで、小動物のふれあい広場もあったはず? 前に来たのは小学生の頃だから、記憶があいまいだけど、あの頃より寂れた感じがする。
 前を歩く二人が、どつきあいを始めた。
「絶対これは失敗だって」
「近場で、リーズナブルな入場料で遊べるって賛成したの、カエデじゃん」
 小声でやってるけどこっちに全部聞こえてる。
「ここ以外に遊園地っぽいとこなんて近場にないじゃん」
「あえて遊園地類に絞る理由あった? この暑い時期に屋外なんて。図書館が正解よ」
 ああ、責任の押し付け合いが始まった。このままじゃ、せっかくの厚意が無駄になっちゃう。ああ、何かないかな、何か……。あ! 視界に入ったものをとりあえず指差す。
「楓、あれ、あれに乗ろう!」
 しかし、前の二人の表情はいまひとつ。助けを求めるように後ろの秋野を見るが、こちらも何とも言えぬ表情。
「こ、これ、乗るの?」
 絶賛カラ運転中。四人乗りコースター。無駄に軋む音がしてたり、錆が気になりもするが……うむ。完全に私の選択ミス。
「……よし、肝試しよ! イブくん、アキノ、乗ってらっしゃい!」
 なぜか命令口調の楓。で、男子二人が嫌な顔して乗って、発車。

「うわああああ! 怖い、怖いぃぃ」

 マツくんのそんな叫び声。
 戻ってくると、
「コースター自体の頼りなさと、コースが狭いからレールに頭ぶつけそうで怖かった」と秋野は髪を気にしながら言っていた。
「次、乗れよ」
 秋野が楓に言うが、
「アレ乗ってよ」
 楓の指差す方向には、お世辞にもかわいいとは言えない、パンダのバッテリーカー。ぞうもある。かわいくないが、憎めない。
 そして数分後、秋野とマツくんは……バッテリーカーレースをはじめていた。
「絶対、雄飛の方が早いって!」
 文句を言いながら秋野を追うマツくんのパンダ号。余裕で真顔な秋野。そんな二人を見て笑う私と楓。


 昼は寂れたフードコートで軽く食べて、午後の部は動物ふれあい広場からスタート。
 ウサギ触ったり、ヒヨコ触ったり、終了。暑さでバテぎみだったからかわいそうで。

 ふと、左を向いた私の視界に呼衣ちゃんの姿。声を掛けようかと思ったけど、胸が痛くなった。
 何で、呼衣ちゃんが谷野くんと一緒にいるの?

 ――好きな子がいるんだ。

 谷野くんが呼衣ちゃんに向けている笑顔は、女子に囲まれてるときの笑顔とは違う。

 胸が痛い。せっかく前に進めたと思ってたのに……また、振り返ってる。
 私じゃないのに。どんなに望んだって無理なのに。


「暑さで照山がバテぎみだ。休憩」
 修学旅行の再現のように、日陰のベンチに座らせられる。
「夢翔、飲み物」
「はいっ!」
 マツくんが自販機を探してダッシュ。
「那弥、缶コーヒー」
「オッケー、まかせて!」
 楓もダッシュ。……なぜ?
「君ね、まだいい方だよ」
 秋野が呆れた顔で私に言う。でも、何のことか分からない。けど、秋野は先ほど谷野くんたちがいた方を指差した。気づかれてる!?
「俺はもう、終わったことだけど、いつも近くで一緒にいるの、かなりキツいよ」
 それって、楓のこと?
「そんな、あからさまに落ち込んでると、あの二人が過剰に心配する」
 そうだね。あの二人は心配性だから。
「秋野は何で分かるの?」
 秋野は鼻で笑った。
「わかりやすすぎるんだよ、照山は」
 飲み物を買いに行ってた二人がこちらに戻ってくる姿が見えた。
「前に、進んで行け」
 進めた人の言葉は、力強かった。

「はい、スポドリ」
「ありがとう、マツくん」
「缶コーヒーは?」
「当然、俺だ」
 楓の手から缶コーヒーを抜き取り、振って、開けて、一気に飲み干す。
「ちょ、ええ!? アキノのだったの?」
「ごちそうさまでした」
「し、しんじらんない!」
「心配しすぎてまわり見えてなかったくせに」
 楓、すごく悔しそうだった。


 それから、涼しい所に行こうってことになり、遊園地から移動。暑さ回避にゲーセンで一休み。
「ぬいぐるみとれたからあげるねー」
 マツくんは来て早々、UFOキャッチャーで景品ゲットしてて、私にひとつくれた。
「ありがとう、マツくん」
 毛がフワフワのモフモフで見た目暑苦しいけど、てのひらサイズでピンク色のかわいいクマのぬいぐるみ。楓は黄色のクマ。
「ありがとう。……また増えちゃったな」
 少々困り顔の楓。マツくん、UFOキャッチャー得意なのかな。最後のひとつは、秋野!?
「部屋が殺風景な雄飛もどうぞ」
 一応、黒いクマのぬいぐるみを受け取った秋野だが、それをそのまま私に渡す。
「あげる」
「あ、ありがとう」
 色違いで二個になった。かわいいけど、男子には必要ないよね。

「よーし、テルの誕生日記念に、プリクラ撮ろー!」
 突然で慌てて髪や服を整える私。
「俺、いいって、こういうの……」
「まぁまぁ、いいじゃないの、今日ぐらい」
「そうよ! テルに失礼でしょ」
 マツくんと楓になだめられ、渋々入る秋野。
 撮れたものからいいものを選び、落書きしていく。
『0808くれは誕生日記念』
 印刷されたシートを四人で分けて、今度は男女別れて撮って、分けて、交換した。


 電車に乗って、自転車で自宅まで一緒に帰り、
「今日は本当にありがとう。すごく楽しかった」
 三人は表情を緩ませた。
「じゃまた、電話かメールするから」
「またねー」
 と、楓とマツくんが手を振る。秋野は無言だったけど、目が合って、少し笑ってくれた気がした。



 ピンク色と黒いクマのぬいぐるみを飾り、プリクラを出して並べる。
 四人で撮った分。なんだかぎこちない。
 楓とのツーショット、なんだかいつもみたいに笑えてない、私。
 男子二人組のも、慣れてないのか、秋野ぎこちない。

 ――前に、進んで行け。

 秋野も、辛い恋をしてたんだね。
 今はまだ辛いけど、私も前に進める。
 胸の奥が熱くなった。


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2013.07.23 UP