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  ■文月――文芸部と先輩OB




「そんなことがあったとは、つゆしらず」
 ある土曜日、気温の上昇で更に露出の上がった楓は私の家に遊びに来ていて、ようやく失恋したことを話せるぐらいに回復していた。
「好きな子がいたら、どうにもならないわね。でも、よく頑張ったテル」
 あたしはされるばかりで告白したことないけど。って、なんかそれもイヤミだ。ま、楓の美貌、男子が放っておくわけがない。
「だけど、それとこれとは話が別よ」
「別にできなかったんだよ。失恋した恋の話を、都合のいい話でまとめるなんて、あの心境では無理で……」
「まあ、そういうこともあるだろうが、今回は完全にタイミングを誤ったよ、テル」
 文芸誌のことでまだ言われてる。
 でも、あれが世に出ずに済んで良かったと今では思う。とりあえず、妄想恋愛小説を書くのはもうやめよう。




 月曜日、一、二年のとき私と同じクラスだった現在はA組の碓氷呼衣(うすい こい)ちゃんが慌てて私たちの所に来た。彼女は吹奏楽部のフルート奏者。細くて小さくてかわいい子だ。
「照山さん、那弥さん大変!」
 呼衣ちゃんが慌ててるからよっぽどのことが!
「今日の放課後、お兄ちゃんが文芸部に行くって」
 楓の顔色が悪くなった。私も、思わずため息が出た。
「誰だ、碓氷センパイに情報漏らしたのは」
 楓が頭を抱えた。
 呼衣ちゃんの兄――碓氷和寛(うすい かずひろ)は二つ上の文芸部OB。たまに突然やって来るが、今回はたぶん先日の文芸誌未発行事件のことで来るのだろう。
「あたし、あの人嫌いなのに……」
 楓は少々うっとうしいカズ先輩が苦手。私は別に大丈夫なんだけど。


「文芸誌、発行日過ぎたはずだが、どうなってる?」
 我が校文芸誌の数少ない愛読者、にして文芸OB。
 相変わらず体育会系な体型の見た目、山男。「ワンダーフォーゲル部です」って言われたら、誰もが縦に首を振って納得しそう。
「テルが原稿とネタ、落としたんですよ。目玉だったのに」
 楓が不機嫌全開の声で答える。
「あ、なんだ。不調でスランプか、テルモミ」
 私をなぜかテルモミと呼ぶ。ちなみに、私の名前はテルヤマ・クレハなんですけど。名前の字をそのまま読んじゃったかな。
「まぁ、いろいろありまして」
「それは仕方ない。誰にでもスランプは訪れる。そんなときは、あがけ! もがけ! 書いて書いて書きなぐれ! いつか神が降臨する! ささいなネタもメモを忘れるな。あれはたまに逃げるからな」
 カズ先輩は熱く諭す。が、現部員たちは冷めていた。
「本当は文句言いにきたくせに、原因がテルだと分かったらお好み焼きひっくり返したみたいに……」
「それ、てのひらかえした、じゃない?」
「……うっさい、テルモミ!」
 かなり機嫌悪い、楓。

 この日、部活が終わるまでカズ先輩がいたので、楓はずっと機嫌が悪く怖かった。


 次の文芸誌発行は文化祭前。高校最後の作品になるから今からしっかり作らないと! って、まずテーマは、題材は……。
 よし、こんなときはまず読書。それから、好きな邦楽を聴いて作品のイメージを……。


 そして一学期は終わり、夏休みに入った。

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2013.07.23 UP