■水無月――告白
雨が降る。雨ばかりでじめじめ。そんな梅雨の合間の久しぶりに太陽を見た晴れの日。
朝、いつもより早く学校へ行き、私は谷野くんの靴箱に手紙を入れた。
かなり古典的な方法だけど、先に手紙で時間と場所を指定することで、私が逃げないように……。自ら崖の淵に立ったも同然。
「テル、顔色悪い。ついでに怖い」
緊張のあまり顔、強張っちゃって。
昼ごはんもろくに喉を通らず。
授業は耳にも頭にも入らない。
はぁ、プレッシャーで圧死しそう。
これじゃ、本人目の前にしたら爆発して飛び散って、跡形もなくなるわ。
大きく息を吸え。そして一気に吐き出す、繰り返す。脳に酸素が行き渡る……よし、大丈夫。
……たぶん。
私が手紙に書いたのは時間と場所だけ。放課後、部活が始まる前に、人気のない、屋上に続く階段で……。
「テル、今日部活だよ」
「うん、でも、遅れるかも」
授業が終わり、教室を飛び出す。まだA組は終わってないみたい。まだ誰も出てこない。階段を誰にも見つからないよう、一気に駆け上がる。屋上のドアの前、私は息を整えようとしたけど、胸のドキドキは全然おさまらない。緊張も限界で、何度も深呼吸してみたけど落ち着かない。
「ごめん、遅くなって」
心臓が口から飛び出すかと思った。自分のドキドキとかで足音にさえ気付いてなかった私は、勢いで振り返る。
「だだだ、大丈夫。突然呼び出してごめんなさい」
谷野くんの爽やかな笑顔で、私の緊張は更に悪化。久しぶりに話すことになるから、世間話から入って、それとなくいい雰囲気になったところで告白、という考えてた段取りは完全無視で、とにかく勢いで言ってた。
「私、一年の時からずっと谷野くんのことが好きでした。つきあってください!」
言っちゃった……視線はあしもと。顔、見れない。
どうか、お願い。成就希望。
「気持ちは嬉しいんだけど……好きな子がいるんだ。だから、つきあえない。……ごめん」
目の前が滲んで揺れる。
「そ、れなら仕方ないよね。うん。私も頑張ったから、谷野くんも頑張って!」
そんなことを言う自分が悲しかった。私だけの人になってほしかった。なのに、想う誰かがいるんだね……。
私は谷野くんの顔を見ず、横をすり抜け、階段を駆け降り、自分の教室に駆け込んだ。もう、誰もいない教室。足元から崩れ、泣いた。
泣いたら落ち着いたけど、部活には行かず、帰ることにした。
生徒玄関、朝のドキドキはどこかに行ってしまった。屋上の階段で落としちゃった……また涙がじわっと出てきたから、思考転換。袖で乱暴に目を擦る。
泣かないもん!
でも、止まらない。
こぼれ落ちないように、袖で拭くけど、間に合わない。
「あの、雨降ってますよ」
声を掛けられ、傘を差し出された。
長く伸ばした前髪で隠しているキツく鋭い目。なのに、優しい眼差しの人。
「……秋野」
クラスメイトの顔が滲んで揺れた。
秋野は黙って、傘に入れてくれていた。徐々に落ち着いてきた私は、秋野に話そうと思った。そうすることで、心を軽くしたかった。
「私、一年の頃から好きだった人がいるの」
「……うん」
「その人が私以外の女の子と話してたりするのを見ると、嫉妬してた」
「……うん」
「だから、遠くから見て想うだけじゃ悔しい思いばかりするから、告白したの。でもね……」
できるだけ傷つけないように選んだと思う言葉。でも思い出すと涙が溢れ出て、こぼれた。
「……照山?」
「気持ちは嬉しいけど、好きな人がいるからつきあえないって。私、告白したらつきあえるって、勘違いしてたのかな」
雨が傘に当たって撥ねる。
「……そうだね。恋愛って難しい。君は遠くから想う恋をしてたけど、俺の場合は近すぎてどうにもできなかった。それに、照山は明日から前に進める」
秋野が言ってることはよくわからなかった。
「意味分かんない」
「俺は、告白もできずに諦めたんだ。諦めないといけなかった。照山は結果があれだけど、また新しい恋を見つけられる」
あ……そうか。一年のときに見つけた恋に、私はずっと立ち止まって温めてきてて、次に向かって進めるってこと?
「そうだね。明日から、前に進んでいけばいいね」
秋野はゆっくり頷いた。
「ありがとう。少しスッキリした。でも、突然ごめんね。変な話して」
「いえいえ、俺の恋愛観みたいなのがお役に立てて光栄です」
秋野は傘を持たない私を学校からそう掛からない自宅まで送ってくれた。
秋野の後ろ姿を見送ると、右半身、雨で濡れていた。
自分の傘なのに、私のために?
さりげない優しさが、胸を熱くした。
でも、一人になると辛くなって涙が出てきた。
鞄から部活用のルーズリーフを取り出した。書き綴った自分の恋愛観とお決まりのハッピーエンド。
現実は私が考えた架空の話のようにうまくいかない。
破り捨てた。
「よくも昨日はサボってくれたわね!」
文芸部、那弥部長、朝からお怒りでした。
「ご、ごめんなさい」
「だったら、早く原稿仕上げてちょうだい」
「む、無理……あれ、やっぱやめて違うのにする」
「題材は?」
「……ない」
楓が騒ぎはじめた。
「だったら、今まで書いてたのを最後まで書けば……」
「破り捨てた」
「ば、バカじゃないの!! もう文芸誌、間に合わないじゃん」
年二回発行している文芸部の文芸誌。私が大穴を開けたせいで発行に至らず。
しこたま部員たちに頭を下げた。
でも、前に歩いて行ける気がした。まだ、たまに後ろを振り返りたくなるけど。
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2013.07.23 UP