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  ■皐月――修学旅行




 ゴールデンウイーウが終わると、月末の修学旅行についての話し合いが始まった。
 連休中に旅行へ行った人には、旅行三昧の月になる。
 修学旅行の行き先は沖縄と東京。分岐点、確率は二分の一。


 ――昼休み。
「テル、絶対東京だよね!」
 楓が迫ってきて、少し見とれた。……同じ同級生の女子なのに、なぜこんなに綺麗なんだ。不公平だ。
 閑話休題。東京――憧れの都会ではあるが……谷野くんはどっちかといえば沖縄って感じがするんだけど……。
「一緒に行こうよ、東京」
 マツくんまでも私に迫ってくる。こちらは子犬のような人懐っこい笑顔だ。このままじゃ、強引に押し切られそうだ。
「雄飛も一緒に東京! モミジちゃんを説得してよ」
 秋野にまで飛び火。これは東京に決まったも同然か。
「はぁ? 何で俺が。だいたい行けるかどうかわかんないし」
「分からんてまた、せっかくの修学旅行なのに……」
 何だか秋野ってよく分からない。修学旅行に行けるか分からないなんて……。
 休み時間もあと十分という頃、放送で校長室に呼ばれた秋野は教室から出ていき、チャイムと同時に帰ってきた。
「行けるみたい、修学旅行」
「一緒に東京で都会っ子になろうぜ!」
「……やだよ」
 またもマツくん空振りに終わるが、秋野も行き先を東京に決めた。
「こんなの野放しにしたら、いろいろ面倒そうだからな」
「雄飛、なにげにひどい」
 しかしこれでは……私も東京行き決定かも。
 仕方ない。修学旅行は諦めよう。いやいや、ちゃんと楽しむ。まだ三年は始まったばかり。
「私も東京で決めた!」
 ちょっとやけくそ。

 クラスの半分ずつが沖縄行きと東京行きに別れた。行き先別の話で東京行きは体育館に移動。配られる修学旅行のしおりを後ろに回していく。
 ――え? まさか。
 やった!!
 心の中でガッツポーズをして喜んだ私。しおりを配る手伝いをしてたのが谷野くんだった。
 まさかの偶然。よかった、東京行きにして。クラスが別れて話すことが全然なくなったけど……いや、一緒でもそんなに話せてないけど、これはチャンス。よーし、がんばるぞ! たぶん……。


 その週の日曜日、私と楓は修学旅行に必要なものと自由行動の時に着る服を買いに出掛けた。
 楓は相変わらず、露出の多い服をかっこよく着こなしていて、すらりとのびた白く細い脚が眩しかった。私は、膝上十五センチぐらいが限界。楓が選んで買おうとしてた服も、今日着てるようなのだったから、
「やめてよ、楓。そんな美しい脚を披露したら、女子は嫉妬し、男子は興奮しちゃう。そういうのマツくんだけにしとこ、せめて」
「……そ? いろいろ困るわね。やめとくわ」
 あっさり戻して別のものを探す。ものわかりのよい友でよかった。


 浮かれ気分で二週間が過ぎまして、いよいよ修学旅行に出発です。

 制服で大きなバックをかかえる三年は行き先別にグランドに集合。
 やたら大きなカバンの女子もいれば、秋野のようにスポーツバックひとつにコンパクトにまとめてる人……さまざま。私は中間、普通?
 や、ちょっと秋野、荷物少なすぎない? スポーツバックもまだ余裕ありげにへこんでる。不思議に思い、聞いてみた。
「ずいぶん身軽だね」
 私が話しかけたのがよほど珍しかったのか、秋野は驚いた顔をしてから答えた。
「……ま、必要最低限に抑えたもので」
 へぇ、男子って気軽でいいな。それに比べ女子は大変だ。ドライヤーや化粧品、勝負服と……。
 東京行きはバスで新幹線駅へ、沖縄行きはバスで空港へ出発した。


 おしりが痛くなるほど新幹線に揺られ、到着した東京。バスで有名な観光地をまわり初日が終わる。
 泊まるホテルの部屋は三人部屋。男子と女子とで階が違う。
 二階にあるレストランでの夕飯が終わると、二時間弱、自由時間となる。私は楓たちと部屋に戻るため、エレベーターホールに向かう。
「カエデ、夜ばいに行くからね!」
「捕まって強制送還されてろ」
 聞いてたみんながマツくんのセリフに唖然とする中、楓はずばっと切り捨てた。
「うあわわわわ、雄飛ぃぃ」
「あ、そうだ。お土産見に行くんだった」
 駆け寄るマツくんを寸前でかわし、スタスタとエレベーターホールへ行く秋野。
 そうか。楓と秋野がいるから、マツくんが引き立つのか。ゆかいな組み合わせだと今気づいた。
 何か気になって後ろを振り返った私。胸に変な痛みが走った。
 ――気軽に話しかけないでよ。
 醜い想いが滲み出た。
 ――ダレニデモ、ワライカケナイデ。
 あ……。
「エレベーター来たみたい。急いで、テル」
 楓に手を引かれ、現実に引き戻された。
 ――谷野くん。
 片思いはつらい。


「楓、マツくんのこと、好きなの?」
 部屋に戻り、素朴な疑問をぶつけてみた。すると、何聞いてんの? とでも言い出しそうな顔で言われた。
「あたし、付き合ってんだけど」
「それは知ってるけど、何だか楓、そっけないから……」
 付き合いだしてそうなっちゃうぐらいなら、片思いのトキメキを……いやいや、違うな。
「ちゃんと好きよ。変なこと言うから軽くあしらったりするけど、イブくんも分かっててわざとやってる節があるし……マゾなのかしら」
 そっちに行っちゃったか。
「いや、そうでもないかな……」
 何を悩む、楓!
「マゾな鬼畜って、アリ?」
「絶対ない!」
 っていうか、鬼畜ってなに、誰が!?


 二日目は自由行動なので、夕方の集合時間までにホテルに戻ればいい。七時半から二階のレストランで朝食はバイキング。
 すでに気合いの入った私服姿の女子もちらほら。一体何時から起きて支度したのやら。
 あれ?
 一度素通りさせた視線を戻してみたら、マツくんと秋野。マツくんがこちらに気付き、手を振ってくる。
「楓、マツくんいるよ」
「じゃ、そこで朝食にしましょ」
 楓と私は二人の隣の席についた。
「おはよう楓。今日は一段と美しいね」
「あら、ありがとう」
 なんと意外な、楓が素直にお礼を言うだけなんて。
「それよりアキノ、何で制服」
 そう。私が最初に疑問に思って視線を戻した理由。ジャケットを着てないだけの制服だ。
「別に問題ないだろ」
 とだけ言って、また食べはじめた。
 ない、が……だからやたら荷物が少なかったのか。
「ないけど、問題ないけど……ああ、反論できなくて悔しい!」
 楓はすごく悔しそうだったが、秋野という男はツッコミどころ満載だった。
 食べ終わったと思ったら、また皿を山盛りにして戻ってきた。五回も。これを楓が黙って見てる訳がない。
「アンタ、どんだけ食べるの?」
「……食えるだけ、食い溜め」
「バカじゃないの」
「昼食は自腹だろうが」
 ケチなのか?
「しょうがないな。オレが昼おごるよ」
「……ん、助かる」
 さすが親友のマツくん。楓とは大違い。
「ちょっとイブくん、今日はあたしと一緒に渋谷行くんでしょ?」
 すぐ食いつくし。
「いいじゃん、一緒で。カエデとモミジちゃんも一緒なんでしょ? 雄飛もついでに一緒で」
「ついでなら遠慮しとく」
「じゃ、モミジちゃんの相手に」
 え? いや、でも……あまり話したことないし、よく知らないし……。回答に困ってたら、秋野が察して、
「ほら、困ってんじゃん。いいよ、俺は。適当にやっとくから」
 せっかく修学旅行に来たのに、一人じゃつまんないよ。私だって、楓とマツくんと一緒ってちょっと居づらいし。
「いいよ、一緒に行こう。私、楓とマツくんのやりとりで圧死しないか不安だったし」
「ああ、そうなの。……それなら」と秋野は本日行動を共にする仲間となった。


 洋服店のはしごに付き合わされた私を含む三人は、昼まででかなり体力を消耗していた。
 昼食は軽く、全国どこにでもあるファストフード店にてお召し上がり。
 おごりだからか? おごりでも、遠慮ない食いっぷりを披露する秋野。
 す、すごい。どこに入ってるんだろ。
 まさかの四セット完食。
「フードファイターにでもなればいいのに」
 楓、なんだか皮肉まじり。でも秋野は澄ました顔で聞き流した。
 ふと視線を外へ。人がたくさん、せわしく歩いて過ぎていく。中にのんびりと歩く集団に目をやると、知ってる女子たち。学校で見る地味な制服姿とは違って、自分を最大限に引き出す装いで、化粧をしてる子もいる。自由行動でも行く場所はだいたい同じか……あ、また、醜いものが出てきそう。
 それを抑えるように服の裾を握る。
 谷野くん、A組の女子と一緒だ。そのグループにはもう二人男子がいたけど、女子は谷野くんと楽しく、話してるみたい。
 いいな……でも私には、こう、遠くから見てることしかできない。
 ――私だけ、見てくれたらいいのに。
 突然、谷野くんがこっちを向いた。けどすぐに視線はグループに戻された。

 テーブルに、まだ食べかけのポテトがある。
「……これ、よかったらどうぞ」
 秋野にあげた。


 だめだ。想ってるだけじゃ気持ちは伝わらない。筋の通ってない嫉妬ばかり、自分が嫌になっちゃう。ちゃんと、伝えなきゃ、好きだって、谷野くんに。


 三日目はディズニーランド。
 広い敷地に沢山の人がいる中、ここでもあまり見たくない場面を目撃してしまった。
 せっかく来たのに、楽しくない。乗り物も待ち時間長いし。……つまんない。
「具合でも悪い?」
「え?」
 驚いて顔を上げると、秋野がよそを向いたまま、続けて言った。
「何か、元気ないから。昨日の昼も」
 あれ、おかしいな。気付かれないように気をつけてたつもりなのに。
「そ、そんなことないよ。でも、ちょっと疲れてるかも」
 笑顔で答えたつもりだが、心から笑えない。
「疲れてるなら、無理して振り回されなくてもいいんじゃない?」
 え?
「松山、那弥。お前らが連れ回すから照山がバテてるぞ」
 秋野が浮かれる二人にそんなことを言うと、楓とマツくんは180度向きを変え、こちらに迫り来る。
「大丈夫? ごめんね、テル」
「モミジちゃん、ベンチこっち!」
「イブくん、飲み物買ってきて!」
「はっ! 了解」

 何か気付いたら、ベンチに座らされ、右手に飲み物、左手にポップコーン、頭に黒いネズミ耳。
 楓はマツくんを連れて立ち去った。マツくんが無駄に心配して騒ぐから。
 でもとなりに、秋野。ベンチの端と端に座ってる。
「あ……楓たちと一緒に行っても良かったのに」
「あの二人に付き合ってたら、腹減るし喉が渇く」
 ……そ、そうですね。
 何話したらいいか分からなくて、二人が戻ってくるまで黙って座ってた。


 午後三時、集合。バスで駅まで移動し、新幹線で帰路につく。
 二泊三日の修学旅行は終わった。

 結局、谷野くんと話す機会すらなかった。でも、もうこんな思いはしたくない。
 想いを伝える。必ず。

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2013.07.22 UP