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  飛翔――2




 それから、松山は学校でもよく話しかけてくるようになり、俺の部屋が離れであることをいいことに、部活が終わってから帰る俺について来て、暗くなってもしばらく松山は帰らない。休みの日もよく来てた。が、週に二日ほど来ない日もあった。
 それが火曜日と木曜日だと気付いたのはしばらく経ってからのこと。
 そういえば、親の休みが平日だと言ってたな。たぶん、そういうことだろうと思って松山には聞かなかった。

 松山が来ることに慣れ、当たり前だと思えるようになった頃、夏休みに入り、松山はパタリと来なくなった。
 物足りなく感じてはいたが、まだ自分のことも話せてないし、この程度の付き合いだったのなら話してなくてよかったと思った。
 ただ、部活に行くだけの夏休み。だが、この時期は身体的にキツい。暑さで体力ばかり消耗するし、めまいで立ってるのも辛くなる。
 部活は地獄でしかないが、辞めることもできなかった。
 自分がこの高校に在学するために。




 夏休み半ば。今度は忘れた頃に松山は現れた。
 知ってる松山とは違う雰囲気をまとった松山は口元に不適な笑みを浮かべている。俺は少し警戒した。
「しばらく来なかったからどうしてんのかと思ってたら、突然現れやがって」
「ま、いろいろありまして……それに、こっちもちょっと気を遣ったというか、オレが入り浸ってると、女連れ込めないっしょ?」
 松山の言葉に不快感と怒りがこみあげる。
「それは気遣いじゃなく、お節介じゃないのか」
 売り言葉に買い言葉。俺も自分を抑えようと思わなかった。中途半端に付き合うぐらいなら、ここで突き放してしまおうとも思った。でもこの変貌ぶりも気になった、複雑な心境。
 松山はまだ挑発的な視線を俺に向けていた。
「……そう」
 不適な笑みを浮かべたまま、松山は去った。ただ、
「明日、呼んでやるよ」
 と意味不明な言葉を残して。




 次の日も部活があった。終わる頃には空腹のあまり倒れてしまいそうだったから、学校から一番近いコンビニで、久しぶりに弁当を買って、店の影でむさぼるように食べたい。
 腹が太り我に返る。……ちょっと、痛い出費だ。


 家の方に戻すと、鳴ることのない、一応持たされてる携帯が鳴った。
 松山からの電話だった。
「もう部活終わった? 暇だったらウチにおいでよ」
 昨日のような刺々しい言葉ではなかったが、やはりひっかかる。
「でも俺、お前んち知らないんだけど」
 すると松山はメールで送る、と電話を切り、およそ五分、松山の自宅までの行き方がメールで送られてきた。


 慣れない道。ゆっくり走りながらメールに書いてあった目印を探す。
 市道から逸れ、右へ、左へと曲がり、一際大きな家が現れる。しかし生活感はなく雑草が生い茂り、枯れたつる植物もそのままになっている。
 ……けど、ここだよな。
 メールにはここが松山の自宅だと書いてあるし、表札を探すと、立派な文字で「松山」と書いてあった。
 松山んちって、すっごい金持ちそう。そんな印象。だから親も忙しいのかな。
 人の出入りで唯一草がない一本道を通り、玄関でチャイムを押すと、携帯が鳴りはじめた。
「ついた? 玄関開いてるから上がって来いよ。今、手が離せないから、二階上がってすぐの部屋」
 言われた通り、玄関を入る。
「おじゃましまーす」
 ひんやりとした、無駄に広い玄関。高そうな壺。壁には景色を描いた油絵と思われるものが金の額縁に納められてる。
 やたら辺りを見回しながら、階段を上がり、手前の部屋。

 ――――っ。
 ……ほら、頑張ってくんないと、お金あげないよ。これからもう一人来るんだから。
 そんな話し声。


 ――頭の後ろの辺りがチリチリ、ザワザワする。
 ドアをノックした。
 ――警鐘のような耳鳴り。部屋の中から返事があったか、なかったか。
 ドアノブに手を掛け、回す。
 ――だめだ、開けちゃ!


 俺が見たその光景は、一瞬でホワイトアウトした。

 メガネというフィルターを通さない松山の瞳は冷たく、感情をもっていないかのようで……俺が最も嫌いなことを……。



 気がつくと、ベッドに寝かされていた。湿っていて、嫌なニオイがする。
 ――気持ち悪い。
 飛び起きてそこから逃げるように離れ、汚いものを払いのけるように服のいたるところを手で払っていたら声がした。
「残念だったね。彼女、もう帰っちゃったよ」
 声がした方を向くと、足を組んで椅子に腰掛けている松山が、読んでいた本をパタンと閉め、机に置いた。
 ずれたメガネの奥に見える目は、やはり温度を感じない。
「お前、何してた」
 自分でも分かってるのに聞いていた。
「何って、セックスだよ。つまんなくなってきてたし、雄飛も一緒にどうかなって思って呼んでみたんだけどね……」
 メガネを指で押し上げながら、鼻で笑う。が、一瞬で表情が消えた。
「ホント、くだらねぇ行為。何が楽しいんだろ。全然わかんねぇ」
 怒り。
「金ちらつかせると、すぐついて来るんだよ。ホント、バカな生き物」

 松山を殴ってた。やり場のない怒りをぶつけた。
「お前のような男がいるから俺は……」

 俺、は?

 何を言ってる。いや、間違ってない。
 俺のような不幸な人間が生まれる原因……行為。汚らわしい!!
「雄飛、何が……」
「触るな、汚い手で触るな!」
 拒絶した。こいつなら、話せると、わかってくれると思ってたのに……。
「二度と俺の前に現れるな!」
 と、吐き捨てて松山の家を飛び出した。


 アイツが……松山がそんな奴だったなんて……。

『似てるから』

 何が?
 もうそれを知る術はない。知る必要もなくなった。




 それから数日後。
 部活から帰って間もなく、突然部屋の扉が開き、人が入ってきて土下座した。
「雄飛、すまんかったー」
 な、な!?
「もう二度とあんなことしないから、戻ってきてくれ!」
 どこに戻るんだよ。

「オレ、親がどっちも不倫してて、ホントはほとんど帰ってこないんだ」

 松山が自分のことを話しはじめた。両親は離婚しないまま不倫してることなど。それらが原因となった変な性癖があること。耳を塞ぎたくなるようなことばかりだった。

「ごめん、オレ、全然雄飛のことわかってなくて」
「それは……」
 俺がまだ、松山に何も話してないから……。
「雄飛はもらわれっ子なの?」
 松山がたどり着いた答えは、不正解。
「違うよ。正真正銘、ここの家の子供だ……戸籍上は」

 それ以上は言えなかった。

「互いにトラウマになるほど苦労してんだな」
 松山の表情は作り物じゃない、弱々しい笑みだった。
「でも、雄飛に出会えてよかった」
 心の底からそう思ってくれてるのか、松山はそう言ったあと、子供のような笑顔を浮かべた。


 俺は……まだ自分のことを全て話せてない。


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2013.07.22 UP