飛翔――11
俺たちは無事、卒業の日を迎えた。
式が終わり、学校を出たいつもの四人――俺、松山、那弥、照山は打ち上げ――といわんばかりの勢いで、ファミレスで食事したあと、カラオケで盛り上がった。
帰り際――松山と那弥とは当然のように別行動となり、俺は照山を家まで送って別れた。
まだ言わないつもりだったのに、振り返って言っていた。
「あのさ……」
「ん?」
「俺、照山のこと、好きだ」
「……え?」
照山の驚いた表情に、俺は怯んでしまい、走り去る形になる。
顔が、熱い。
でも、やっぱり複雑な思い。
それから、電話やメールにいちいち過剰に反応する日々。でも照山からはなくて、こちらからもただなんとなく恥ずかしくてできないでいた。
卒業式から数日、松山が遊びに来ていた。
「松山……俺、人生で初めて、告白とやらをしてしまったよ」
「えー!? マジー!! 誰に?」
「……オマエ、人にしつこくあの子はいいぞと勧めてきやがったくせにそういうことを言うか」
「で、何だって? モミジちゃん」
「いや、返事は聞いてない、というか、聞けなかった」
「何で?」
「やはり、タイミングを誤った気がして」
「バカだよ、オマエ。バカ、大バカ」
松山にも話すんじゃなかったと少し後悔した。
そんな浮かれ気分は、風呂へ入りに行ったとき数年ぶりに話しかけてきた父によって粉々に打ち砕かれた。
「オマエ、大学へ行かせてもらえるとでも思ってるのか? 大学へ行く必要はない。働いてさっさと出て行け」
とても冷たい、勝手な言葉。父の子ではない自分。血のつながりのない俺は他人以下の扱い。
合格通知や手続きの書類が入っていた封筒も、ぐしゃぐしゃにされてゴミ箱に入っていた。
ここから出て行けというのに、これから行こうとしていた逃げ場を奪われた。
何でも親の名前がなければできない、今の立場は、あまりにも無力だった。
携帯も画面左上に圏外の文字。前触れもなく解約されていた。
結局、進学を諦めなければならなくなった俺は、高校時代ずっとバイトをしていたガソリンスタンドに行き、店長に頭を下げた。
「勝手ですみません。また、バイトでもいいので雇ってください」
「大学に進学するって言っていたじゃないか。何かあったのか?」
うちの父親よりもずっと俺に関心を持ってくれていた店長の存在は、俺の支えとなった。
「何かと親の名が必要になります。拒否されたら、いくら合格してたって手続きが進みません。就職して、家を出ろと言われました」
説明して、改めて理解する。俺は、あの家から追い出されようとしている。
「……正社員として、ウチで働くか?」
まさかの言葉だった。
「正社員って、」
ガソリンスタンドで働いてる店長の息子さんもやってきた。
「先のことを考えて、バイトのままだといろいろと不便だよ。店長、社宅という名のアパートを手配しないとね」
「ああ、そうだな」
「アパート入れるまで、ウチに来てもいいぐらいだし、ね、店長」
「光陽……
「今、進学の準備とかで空きないんじゃない?」
「それは大学付近だけだろ」
俺を差し置いて、親子は盛り上がっている。仲がよくて羨ましい。
「……ありがとうございます」
それからすぐ、店長と一緒にアパート探しに出掛けた。
運よく、職場近くに1Kアパートの空きがあり、そこを借りることになった。
それから、携帯の契約にも行ったが、未成年の俺にはいろいろと面倒な手続きがあったので、
「私の名義でいい。毎月、使用料は給料から引くからな」
やはりここでも店長のお世話になってしまった。
でも何で、他人の俺にここまでよくしてくれるのだろう。
「どうする、これから。アパートに入れるまでまだ掛かる。ウチに来るか?」
ありがたいけど、そこまで世話になるのは申し訳ない。これは、俺の問題だから……。
「お気持ちはありがたいのですが、片付けとかしたいので、家に帰ります」
そうか、と短く言った店長は、目を伏せた。
アパートに入れるようになっても、すぐには家を出なかった。
何も考えずに出ると失敗するから、いろいろと。
まず、一番に部屋に入って、自分のプレハブ小屋以上の物のなさ、当然、なにもない、あるはずがない、ただの六畳の和室。
家から自分のものを少しずつ運ぶとしても、生活するのに必要なものを揃えなければならない。
布団は運ぶのも買うのにも困るものだ。さて、どうする。
「ちょうどよかった!」
突然やってきた光陽さんだが、玄関をふさぐほどの物を持ってるもので顔は見えない。
「なにやってるんですか?」
「いや、父さ……店長命令で、布団の差し入れです。必要だけど運ぶのに困るだろうからって」
殺風景な部屋に布団セットが飛び込んできた。
「まだ買い物行くかい?」
「ええ、まだ食器とか日用品も……」
「じゃ、連れてってやるよ。車で行った方が早いだろ」
「でも、光陽さん、仕事は?」
「今日は雄飛の買い物サポートがオレの仕事。店長命令でね」
おせっかいなほどお人よしだ。でも、頼る人のいない俺にとって、これだけ頼りになる人はいない。
「ありがとうございます、助かります」
言葉に甘える。いつか、恩返しできればいいけど……。
あまり物のない部屋から少しずつ物を持ち出し、ガソリンスタンドで仕事をして、アパートに寄って物を置いて帰る。
家に帰ると、玄関で騒いでる男。よく知る声だ。
「だから、何で雄飛の携帯繋がらないの! いつもいないし」
「知らないわよそんなの。勝手に出掛けて勝手に帰ってくるんだから」
母にかみついてるのは松山だ。これまた母、適当なことを言って真実を隠そうとする。
「松山、なにやってんだ」
「……ゆ、雄飛ぃぃ!!」
松山が俺に抱き着いてくる。
母さんは俺を厄介なものでも見るような目で見下す。
「すみません、友人がご迷惑をおかけしました」
睨んで言うと、母は怯み、目を逸らして玄関のドアを閉めた。
母は俺の目が嫌いだ。かつて気の迷いで愛した男と同じ目をする俺が嫌いだ。鋭い目、俺も嫌で、前髪を伸ばして隠した。
「何で携帯繋がらなくなったんだよ」
松山に詰め寄られる。
「解約されたんだよ。前触れなくて俺もびっくりした」
「どこまで勝手な親だ……」
「あの人たちにとって、俺は子ではないんだよ。ただ、世間体を気にして、俺を育ててるフリをしてるだけ。最低、高校を卒業させてしまえば、追い出せばいい。家を出たと言えばすむのだから」
「雄飛……まさか」
松山の顔色が悪い。握る拳は小刻みに震えている。怒りか。
「大学進学の道を断たれた。就職して家を出ろと言われている。もう……その準備は整いつつある」
「オマエ……」
「大丈夫だ。よき理解者がいてくれるから……」
「それって」
「バイトしてたガソリンスタンドの店長。正社員として採用してもらった上に、今回の件でかなり世話になってる。だから、大丈夫だ」
松山に新しい携帯番号とアパートの場所を教えた。
ウチのやり方を納得しきれないようだが、松山もまた、環境が変わることを教えてくれた。
「オレもさ、一人暮らしになるんだ。あの親、やっと離婚するみたいで、あの家、引き払うんだとさ。結局一度もまとまることなくウチは見事にバラバラ。今後も金だけのサポートはしてくれるみたいだけど」
慣れてるせいか、松山は笑顔だった。
「ほんと、大変だな、お前も」
「お互い様じゃん」
だから、仲良くなれたし、立ち直れた。
「でも、どうするんだ、モミジちゃん」
胸がズキンと痛んだ。考えてなかった訳じゃないけど、余裕がなかった。
「……今はまだ、考えられない。自分のことで手一杯だ」
一緒に行こうと約束したけど……俺はどうすべきなのだろう。
「俺のこと、誰に聞かれても言わないでくれ」
「それでいいのか、雄飛」
それで、いい。いいんだ。
俺には、眩しすぎた。
朝、まだ暗いうちに家を出た。もう二度と戻らない。
準備をすすめていたアパートの一室。やはり殺風景で、途中、コンビニに寄って買った朝食と飲みを畳の上に無造作に置いた。
何もすることもなく、ただ部屋の隅に座って天井を見ていた。時計さえないことにようやく気づく。
やたら時間ばかりが気になり、携帯を何度も開いた。着信もメール受信もない待受画面。
照山の携帯番号も、メールアドレスも、覚えてる。だけど、何もできなかった。
照山と約束していた時間――駅に行って、彼女にさよならを言うべきか……。
彼女は俺を待っているのだろうか?
俺のこと、忘れてくれないだろうか……。
心が痛かった。
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2013.07.23 UP