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  飛翔――1




 出会いは高校、一年の時だった。
 初めて話したのは、入学から一週間も経たない頃。
 大半が見慣れない顔の一年A組の教室で、松山夢翔(まつやま いぶき)は俺――秋野雄飛(あきの ゆうひ)に話しかけてきた。

「東中出身、秋野雄飛。成績優秀で、サッカーもできる特待生、でしょ?」

 松山はズレ下がった眼鏡を中指で押し上げながら、子犬のような人懐っこい笑顔を浮かべて俺に興味を示した。――が、それは逆に俺の警戒心を煽る。
 彼の笑顔が作られたものだとすぐに分かったから。

「どこで聞いたのかは知らないけど……まぁいいや。お前、誰?」
「……うわ、予想以上に冷めてるね、秋野くん」

 相手が悪ければ喧嘩に発展してもおかしくないような対応の俺に、松山は一瞬驚いて、また笑顔を作った。
 ホンモノではない、作られた笑顔を浮かべることにずいぶん慣れている様子の松山は、もしかしたら俺と同じような世界に生きている人間か……いや、そんなにほいほい都合よく現れるわけがない。深く付き合うべきではないと思った。

「オレは松山夢翔。西中出身で……」

 ここまで言うと、松山はその後も続けようと思ったのか、言葉を探していた。
 数秒、必死にひねり出した結果、

「オレは何のとりえもないけど、仲良くしよう!」
「何で?」


 親友や友達と呼べるほど、仲のいい人はいなかった。特に誰かと仲良くするつもりもなかった。自分が普通ではないから、それを知られたくなくて距離を置いていた。
 唯一信じることができるのは自分だけ。
 その頃の俺は、何もかもから見放され、何をしても認められず、自分の存在は邪魔なものでしかないと思っていた。
 だけど、松山との出会いが、心を閉ざした俺を少しずつ変えていくことになる。


「何でって、何ではないだろ! 仲良くしたいだけじゃん!」
「だから、何で俺?」

 松山の笑顔は自棄的なものに変わり……俺の言葉の後には表情が消えた。
 数秒考えた松山は三度口を開いたがそれは声にならず、その都度また言葉を探し、首をひねり、唸り……四回目にやっと言葉は声になった。

「似てるから」

 そう短く言って、また笑顔を俺に見せた。作り物の笑顔。その奥に隠された何か。やはり、コイツは俺と同じ類か何か? 考えは彼の言葉で確信に近くなった気がした。
 俺は松山みたいに作って笑うこともできない。誰かに話しかけようとも思わないし、仲良くしようなんて思ってない。
 特待生という普通ではない肩書きで、孤独な学校生活を手に入れたのだと思っていた。なのに松山は、新入生およそ一八〇人の中から俺を新しい友達に選んでしまった。



 俺たちが互いに抱えている問題を知るのは――まだ先。
 しつこく食い下がる松山に、俺が気を許し始めた頃だ。



 ――ゴールデンウイーク中。
 この連休を使って市外、県外、国外へと脱出する者がいる中、松山に呼び出された俺は、一緒にショッピングモール内を目的もなくぶらついていた。
 どこからこんなに人が湧いて出てきたのか、と言いたくなるほど、モール内も人で溢れていた。

「雄飛んちはどこにも行かないの?」
「そういうお前こそ」
「ウチの親、平日休みだから、連休とか土日って関係ないんだよね」
 と、またあの笑顔で言う松山に、
「へぇ」
 そっけなく答えたが、それを羨ましく思った。
 きっちり土日、祝日が休みなウチの親とは全く逆。休みの日が同じだと、朝から晩まで気が張って結構キツい。

「雄飛んちは?」
 その質問には答えたくはなかった。だから、
「さぁ」
 と答えてみた。
 しかし、松山はその回答が不満だったらしく、顔をしかめた。
「さぁ、って……自分ちじゃん!」
「知らないよ。あの人たちのことなんて」

 実際、両親と二人の姉は五月の連休初日の朝に出て行ったきり、まだ帰ってきてない。どこに行くかなんて言ってなかったし、いなければいないで俺も気が楽でいい。
 松山は俺の発言で気分を悪くしたのか、しばらくしかめっ面のまま膨れていた。――が、
「……よし。ならば、雄飛くん家はいけ〜ん」
「は!? 勝手に決めんなよ。誰が……」
「いいじゃん。家に誰もいないんでしょ? 別に欲しいものを盗んだり、ちらかして帰るようなことはしないからさ。
 それに、ココでぶらついてても、無駄に金を使っちゃうだけじゃん!」

 それはそうだ。収入のない俺たちに小遣いは貴重な金。無駄に使うわけにはいかない。
 どうせ家の人は出払ってるし……いつかは松山に……松山だったら話してもいいかなって思うようになってきたし、俺の家に行くことでその話をするきっかけになるかもしれない。

「……いいよ」
「よーし! いざ、秋野邸へ!」



 俺の家は築十年弱の住宅が建ち並ぶ団地の一画にある。
 一五〇センチほどの塀と、二メートル以上ある、隙間もないほど葉の茂った木に囲まれていて、容易に庭も覗き込めなくなっていた。そこには家とは不釣合いな五畳ぐらいのプレハブ小屋。それは俺の部屋であり、俺だけの家。
 家の玄関へ向かおうとした松山を呼び止めた。

「そっちじゃない。こっちだ」

 松山は不思議そうな顔をしながら俺の後をついてきて、プレハブ小屋のドアを開けてやると、驚いた顔をした。

「離れに自分の部屋!? マジで!? すっげー。いいなー」

 おじゃましま〜す、と言いながら部屋に入る松山は嬉しそうだった。


 俺がこの部屋を与えられた時は――ものすごく悲しかった。俺はあの家族の中に居てはならない存在なのだと、思い知らされた。この部屋に居て、嬉しいなんて思ったことは、一度もない。


「あらあら意外に殺風景だね」
 この部屋には数少ない自分のものしかない。布団に学校で必要なもの、制服と数枚の服。テレビはなく、普段はラジオで情報を得ている。ゴミは溜めないよう、コンビニに行く度に捨ててる。……と、家が側にありながら、一人暮しに似たような生活をしていると想像できるだろうか。
 松山の輝くような瞳を見ると、そういうところにはたどり着いてはなさそうだ。
「いかがわしい本とか隠してるでしょ?」
「……ねぇよ」
「……うち、あるよ。今度貸そうか?」
「いらん!」
「優等生だなぁ、秋野くん」
 やっぱり、男って生き物はそんなもんか。


 まだまだ、話す時ではなさそうだ。


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2013.07.22 UP