FILE:1−19 恐怖のパペット


 俺の彼女――マイちゃんはとても手先が器用だ。料理は作らないけど、裁縫が得意なんだ。
 いつも着ている服……どこでそんなデザインの服が売っているのかと思えば、
「あ、これでぃすか〜? 全部オーダーメイドなんですよ。ハンド・メイド・イン・マイコですぅ」
 メイド……服っぽいものが多いけど。まぁ、いつものことなので、最近は全然気にならなくなった。
「お茶でございます、ごちゅりんさま……きゃはw」
「あ、ああ……」
 こんなやりとりも慣れてきた。
 しかし、相変わらずコーヒーのドリッパーで日本茶を淹れるのだけはやめてほしい。いくら面倒でも、他の方法にしてくれ。お茶パックがあるだろうが!


 そんな幸せな日々はいずこへ――ある日を境に、マイちゃんは部屋に入れてくれなくなった。
「ダメです、ダメなのです! 例のブツが出来上がるまで、決して覗いてはいけないのです! だからマイの部屋には行かないです!」
「例のブツって何? また漫画?」
 しかもアレなやつ。それは見たくない。
「漫画じゃないですけど、おかげで部屋が散乱してます。片付けたらわきゃぷになりますから、片付けられないです」
 ……さっぱり意味不明。パズルでも作っていて、似たもの同士を分類してたら片付けられないだろうけど、マイちゃんがそんな細かい作業を地道にするような人だとは俺は思っていない。
「じゃ、覗いたら……何かあるわけ?」
「マイが白鳥になって、み〜た〜な〜、とか言うです。そして、はるか彼方へと飛び立ち、二度と会えなくなるのです」
「それは御免だ」
 首を横に振りながら、俺はあっさりマイちゃんの部屋行きを諦めた。
 つーか、それは鶴じゃないか?


 今さらだけど、あのコーヒードリッパー緑茶を懐かしく思う。
 どうでもいいことほど、幸せなことってないんだな……しみじみ。

「さっきから、うふん、あはんとピンク色の声、出してんじゃねぇぇぇえええ!!!」
 どっかーん、という効果音と共に開かれたのは俺の部屋のドア。ものすごい形相で現れたのはもちろん、弟の充である。
「ん? 気にするな」
「うひゃひゃひゃひゃ。くすぐったいです、やめるです、きゃ〜んww」
 膝の上に乗るマイちゃんのアホ毛が俺の顔をくすぐるので、仕返しにマイちゃんのおさげの先を使って首やら耳をくすぐってやってるだけなのに。
「見ろ、この反応。面白くてやめられんだろ」
「はひーはひーゃっはっはっはっは。ふえ〜ぃ、くるしっ……うっふっふ」
「よそでやれ、よそで!」
「さすがに児童公園でこんなことはできまい」
「ひーひーひー。っふぃー」
「そんなにイヤならお前が出て行け」
 充が悔しそうな顔をした。
「うぐっ……う、う」
 う?
「ちっくしょー、すっげー悔しいけど、一瞬どころかものすごく羨ましく思えたー!!」
 という捨てゼリフと共に、俺の部屋から出て――ドタドタバーン……バタン――外に出て行った。
 きっと、勢いでナンパして、全敗して、帰って伏せて、俺に八つ当たりして、エロゲーに逃げるんだろうな。いつものように。
 ……あっ、ヤバイ。数本売り飛ばしたのがバレるかもしれない。
 まぁ、見つかった時の向こうの出方しだいでいいか。今は……。
「こちょこちょこちょ〜」
「いやぁ〜ん、もぅ、や〜め〜てぇへへへへへへ」


 そしてまた数日後――講義を終えると、例のゲーム機を携えてついつい来てしまうのがサークルの部室なわけだ。今日は先に誰かが来ていた。相変わらず、黙って携帯ゲームをしている小多朗である。
 特に挨拶もせず、俺もゲームを開始した。

 どれぐらい熱中していただろうか。
「だぁ〜りぃ〜んw」
 そんな声に、少々背筋がゾクリとした。ちょっと心臓がどきーんともした。
 まだまだトキメキも健在だ。
 ガラリと扉が開く。俺はいつも抱き付いてくるマイちゃんを受け止めるべく、手を広げて待ち構えた。
 ――カモーン、マイちゃん! ぐぁばっと、じゃれつく犬のごとく!
 ……って、あれ??
 マイちゃんはにっこり笑顔で扉の位置で止まっている。手を後ろに回したまま。
 なぜ来ない! 俺のこの腕がものすごくマヌケだ。
「じゃっじゃじゃ〜ん。見てください! ようやく完成しました!」
 隠していた手を思いっきり突き出してくるマイちゃん。その手には、手を突っ込むタイプの人形が左右にはまっている。
「こっちが舞子」
 と右手を振り、次は左手を振りながら、
「こっちはだーりん人形です。ようやく完成しました〜」
 ……すごい。うっかり、市販のものだと思ったぐらいの出来だ。
「だーりんは、舞子人形を肌身離さず持っていてください」
「……いくらなんでも、それは無理」
 怪しい人じゃないか。せめて、部屋に置いとけぐらいにしてくれ。寂しい時ぐらいなら抱っこして寝るから……って、今、思いっきり変態発言しなかったか、俺!
 しかし、そんな甘々モードを許されるほど、世の中は甘くない。
 そう、イタズラの帝王、小多朗がこの部屋にはいるのだぞ。
 ヤツは俺とマイちゃんの間に、立ち塞がった。
「……みのんちゃん、ちょうだいよ」
 きさま、何をするつもりだ!!
 止めるヒマもなく、みのる人形の顔面を鷲掴みにして、マイちゃんの手から抜き取った。
 ヤツならきっと、外に放り投げるに違いない。そう思っていたのに……人形の脇に手を入れ、まるで子供を抱っこするような感じに持ちかえ、人形をじっとみつめた。かなり、気持ちが悪い。
 それから、人形を色んな角度で見たあと、手を突っ込む穴を見ながら、首を傾げた。
「……入るかな……」
 この時は、手のことだろうと思った。中学、高校とバスケをやってたらしいし、平気でアイアンクローとか出来そうなデカい手をしているんだ。心配にもなるだろう。
 が、人形を持つ手をなぜか腰の辺りまで下げた。
 ――違う、そっちの方か!!
「みのんちゃん……随分遊んでるんだね……ガバガバだよ……」
「くっ……!!」
 何の話だ、オイ!
「でも、これなら入るかな……」
「何を入れるつもりだ」
 まさか……な? まぁ、悪質な冗談だと俺は信じたい。
「……何をって、決まっているではないか」
 しかし、ものすごく嫌な予感がする。
「そろそろやめよう、そういうの」
「屈辱か?」
「いや……まぁ、確かにそうだけど、それどころじゃない」
 小多朗はつまらなそうな顔をした。俺が予想通りの反応をしなかったからだろう。しかし、そんなことよりももっと大変な事件が、彼女の中で起こってるんだ。
 そう、事件は彼女の脳内だけで起こっている。
 俺はマイちゃんを指差した。
「見ろ、マイちゃんが萌え萌えになってる。変な妄想であちらの世界に行ってしまった」
「こた×みの〜w もへ〜w」
「……おーまいがっ!!」
 さすがの小多朗も青ざめていた。


 あの後、マイちゃんを現実に引き戻すのに、どれだけ時間が掛かったと思う?
 次はこた人形も作るです、という彼女を羽交い絞めにして止めたり、怪しい、エロい、聞きたくない単語をペラペラとマシンガンのごとく喋るので、耳を塞いでかわした。
 ――誰か、彼女の病気を何とかしてくれ。
 いたずら好きの小多朗もあの後、マイちゃんにはちょっかいを出さなかったので、みのる人形は無事にマイちゃんが持って帰った。
 マイちゃん人形は……今、俺の手元……どころか、手の中にある。
 なんとなく、手を入れる穴が気になった。
 ………………。
 ……入れてどうする!!
 あらぬ方向に思考を持っていかれちまった。
 これも全部、小多朗のせいだ。
 手に持っているマイちゃん人形が非常に憎らしく見え、思わず放り投げた。しかし、すぐに気になって取りに行ってしまう。
 そのうえ……、
「イタイのイタイの、飛んでけー」
 人形の頭を撫でながら、こんなことを言っている自分……。

 ――痛いのは俺自身だ!!
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