FILE:1−16 もてあそばれて、みの。
今日は野外活動なのか、部室の外に集合している捜査一家の五人。
念の為、俺が部長でありデカちょーなんだけど、最近、依頼らしい依頼はないし、何だか知らないけど……仕切られてる!?
「今日は、夏の合宿に向けて、テントの張り方や飯ごうの使い方なんかを覚えてもらおうと思う!」
たった五人のサークル。うち女はたったの一人。それってヤバくない?
「ぐーふーふーふー」
ほらみろ。一人、腹を鳴らしてふーふー言ってるんじゃなくて、怪しげな妄想にヘンな笑いを漏らす、鼻血たらしてるバカがいるじゃないか。
「うーむ、そこのテントは張らなくていいぞ、みっちゃん」
え?
な゛!?
説明しにくい部分のテントをさっさと立ててんじゃねぇよ!!
俺は充の背後に回り、顔を横にびにょびにょと引き伸ばしてやった。
「いひゃい、いひゃい」
アカツキはテントに気付いて顔を紅潮させ、横に引き伸ばした充の顔を見て思いっきりふきだした。
で、唯一の女性部員である強固は、懸命に火起こしをしていて見向きもしなかった。
「でさぁ」
「なんだね、みのんちゃん」
「何でお前が仕切ってるわけ?」
合宿のことは俺の提案じゃない。小多朗が急に言い出したことだ。
「寝るときは、寝袋だからね。とりあえず、みのんちゃんに実演してもらおうか」
無視か。そのうえ、俺が実演すんのか。
これまた準備よく、寝袋が準備してある。
「たまには充に頼めよ」
「いや、これはみのんちゃんじゃなきゃできないんだ」
俺じゃなきゃ、できない? アヤシイなぁ。
「何か、企んでるだろ?」
「まさか。この俺がそんなことをするはずがないだろう?」
「今までの経験上、何もなかったことは一度もなかった」
「妻子もちの俺を捕まえて、あんた、何様?」
「オレさま〜♪」
なんて、妙なことを言った充は、俺と小多朗によって叩き落とされた。
「ほらみろ。みっちゃんはもう、入れるような状況ではないだろ」
小多朗の視線の先には、顔面を地面にめりこませた充がピクピクと痙攣して……いるのか、もしくは冗談か。
小多朗だって叩いたくせに……。まぁ、そうなってしまったのなら仕方がない。
「しょうがない、俺が入ればいいんだろ?」
「……おうよ。ところで、顔まで隠せるって知ってたか?」
寝袋をナマで見るのも初めてだというのに、入ったことがあるわけないだろ。
「さすがにそこまでは知らないな」
「入ってみたくなっただろ?」
「……」
やっぱりハメようとしてないか?
寝袋というものの関係上、入ってしまったら相手の思う壺じゃないか。
例えば、日頃の恨みだとかで袋叩きにされたり――って、恨みたいのは俺のほうだ。
身動きが取れないのをいいことに転がされたり、溝に落とされたり――って、冗談じゃない。やっぱり、入っちゃダメだ。
「……何だよ、みのんちゃん。やっぱり入ってくれないんだ。俺ってそこまで信用されてなかったのか……いいよ。俺が入るから」
一向に入る気配のない俺に痺れを切らしたのか、小多朗は怒ったような口調で喋ったあと、頬をぷーっと膨らませた。
地面に広げてある寝袋に仰向けで入ると、頭までチャックを閉じた。
身動き一つしない。
喋りもしない。
誰一人突っ込みもしない。
……このままじゃ、ますます小多朗の機嫌を損ねてしまうじゃないか。それでなくても、人をバカにすることに人生を掛けているような人間だというのに、そんな小多朗にこの仕打ちは拷問だ!
「すまん、小多朗! 次は俺が入るから!」
と言いながら、寝袋を開くと――いつもの無表情で、手を胸の上でクロスさせた状態で姿を現した。
「……ファラオ!」
その、何を考えているか分からない表情なんか、そっくりだと思うよ。
まぁ、自分でそう言ってくれなかったら、全く気付かなかったと思うが。
「次、みのんちゃんはいりま〜す」
俺は、開いた時にどれだけ面白いリアクションができるか、ってことしか考えていなかった。
絶対に小多朗より面白いネタをやってやる!!
寝袋を頭まで閉じると、ネタを――!??
ぐあああ。なんだこりゃー!!
頭の方からぐいーんって何だ? 体が、体が宙に浮いてない? っていうか、ぶら下げられてる感じ?
どうなってんのー!? タスケテー!!
急なことに慌てすぎて、すぐに寝袋を開けて様子を伺おうなんて思いついたのは、それから数分後だったんじゃないだろうか。
全部を開けるのは危険だと思い、顔の部分だけゆっくりと開いてみた。
すると、右に左に揺れている視界に四人が映し出された。
全員が全員、ニヤニヤとイヤな笑みを浮かべているように思うが気のせいだろうか。
俺に背を向けながら小多朗が――、
「正面をご覧下さい。これがホンモノの『みの虫』でございます」
と、バスガイド風味に紹介している。
み・の・む・し?
「さっさと降ろしやがれ! 今日こそ息の根をとめてやるぁぁぁあああ!!」
――その年の冬。
「だーりん、今日も怒鳴ってましたね?」
「怒鳴りたくもなるぁ」
夕方、公園で待ち合わせしたマイちゃん
「あ、みの虫ですぅ」
「ああん!?」
俺は反射的にマイちゃんを睨みつけてしまった。
「ひぇ〜、だーりん怖いですぅ」
眉毛をハの字にして怯えられてしまった。
「ご、ごめん、つい昔の出来事を思い出してしまって……」
いまだに『みの虫』という単語には敏感だ。
俺はついに、自転車を購入した。
原動機もバッテリーもついていない、人力のものである。
これから卒業するまで、大活躍してもらうつもりだ。
例えば通学に使ったり、時にはデートに使ったり……運が悪ければパクられたり――って、
「もぉねぇじゃぁぁぁん!!!」
大学の駐輪場に置いてから講義棟に向かったのに、ちゃんと鍵も付けてたのに、掛けてたのに、なぜ、なに、どうして!?
新車だからって、人の物を盗るなよ! 窃盗罪だ!
ああー、ケチって盗難登録してないのにー。
しょんぼりしながら部室棟に向かうと、赤毛の彼女(今日は髪型の関係で後姿が女に見える)がTシャツの袖を肩に捲り上げ、軍手をはめて、自転車を磨いていた。
「俺のちゃりぃぃぃぃぃいいいい!!!」
名前も書いてないのになぜバレた!?
「おう、みのんちゃん。愛車、磨いておきました!」
何ていいヤツ……なんて思うのは初めてだけど。
確か、鍵を掛けてたはずだけど……ワイヤーのやつ。もうタイヤにはついてないなぁ。もしかして、番号解読もできちゃうわけ? スゲー特技だな、小多朗。
――って言おうと思ったら、カゴの中に何かで切断されたダイヤル式のワイヤーが無残な姿をさらしていた。
「こ、小多朗さん、カゴの中のものは何?」
「見ての通り、この自転車についていた鍵だ。コレでぶちんと切ってやったさ」
と、工具を見せてきた。どこでそんなものを入手してきたんだ。
「エンジンが付いてるやつなんかは、こっちだな。これはある意味、全車種共通マスターキーだ」
「ちょっと待て、それは違法だ、窃盗罪! こんな所でそんなことをさらっと言うなよ!」
「別に、全てを語っていないではないか。キミの描写力の悪さはよく知っているからな」
俺が説明しなきゃバレない、と……って、なにおー!!
「まぁ、最近の車種ではできないらしい」
「もう、その話はやめてくれ。悪事に加担してる気分になってきた」
「うむ、そうだな。自転車の方だが、油も注しておいたから、存分に乗りたまえ」
「ああ、サンキュ。――そういえば、今日はマイちゃんと待ち合わせしてたんだった!!」
すぐに自転車にまたがると、俺は力強くペダルをこぎだした。
「それがさー、油を注したのはいいんだけど、ブレーキにもかかっちゃった(てへ☆)」
は?
今、何と?
ブレーキに油?
懸命にブレーキを握るが、前も後ろも一向に利く気配がない。
それでなくても、勢いよくこいだせいでスピードもいい感じで出ている。
これって――!?
風が、ものすごく清々しく感じるよ――マイちゃん。
もう、キミの元には辿り着けないかもしれないけど、俺はマイちゃんだけを愛してるよ。
いつまでも――。
舞子……。
「さらば、デカちょー。キミのおバカっぷりは末代まで語り継がれることだろう」
「勝手に殺すな!!」