FILE:1−15 ドスコイ! 小多朗めろでー?
椅子に座り、まるでアコースティックギターを弾いている人のような格好でベースのチューニングをしている小多朗。
音を出しては調整を繰り返している。
……一体ここは何のサークルだ!
「よし」
納得する音になったのか、小さな声でそう言うと、肩紐(?)を掛けて立ち上がった。
「EMOTIONのこたろー様がソロライブを開始しま〜す」
……ベースで? 『は○わ』か?
つーか、今日は俺と充しかいないんだけど。
ベンベン、と低い音を放つベース。
ぶっちゃけ、それだけじゃ何の曲だかさっぱりだ。
「秋野雄飛に 照山紅葉
呼衣は碓井で カズアル中(あるちゅう)だ
マツをいろどるカエデはツタヤ
山のふもとの部室棟〜♪
せんきゅー!」
……は?
「あんこーる、あんこーる」
自分で言うなよ! 自作自演かよー!!
「今の歌って、『紅葉』だよな?」
「ああ、そうだな」
「でも、何だかヘンじゃなかったか?」
「ヘンだったさ」
充が問うので俺は答えた。
「秋野雄飛に〜♪」
小多朗はまた同じ曲を歌いだしていた。一回目と同じく、真顔で。
決して音痴ではない。ベースがへたっぴな訳でもない。よく分からないけど。
バンドでベースやってるんだから、それなりにできて当たり前だとも思う。
しかし、その歌詞の意味がさっぱり不明なんだよ。今回も、今までも!
「で〜は、たねあかし〜」
それから三回ぐらい聞かされ、ようやく謎が解けそうだ。
「曲自体は『紅葉』であることがわかるだろう。
実は、高校時代に秋野雄飛(あきのゆうひ)と照山紅葉(てるやまもみじ)という人がいてな。それから更に碓井呼衣(うすいこい)という女子もいた。だから『呼衣は碓井』なんだ」
「は、はぁ……」
納得していいのか、いけないのか――これはいつもの罠なのか……。
「それから、カズというあだ名の先輩が酒好きでな、そろそろアル中(あるちゅう)だと思って」
なるほど。だから『數(かず)ある中(なか)に』をアルチュウと歌ったのか!!
「それと、松山というヤツが『マツ』と呼ばれていてな、彼女が丁度、カエデという名前で、ツタヤでバイトをしているのだ」
……そんなバカな! ここまできたらネタに違いない!
「で、最後にこの部室棟、山のふもとだろ?」
「ま、まぁ、そうだな」
充は納得させられてるし!
「でも、そこまで都合よくできるか?」
俺の突っ込みに、小多朗の表情が曇った。
「ワタクシが嘘をついているとでも?」
「嘘でなくてもネタだと思うんだが」
「そうか。十中八九、ネタだということはすでにバレていたのか」
確かに十中八九だ。この部室棟のこと以外は全てが怪しい。
無理に納得させられていた充の表情も、ようやく疑いの眼差しに変わった。
「そこまで信用していないのなら、仕方ないな」
俺たちから視線を逸らし、フゥと溜め息を漏らした小多朗は、携帯を取り出すと何回かボタンを押して耳に当てた。
「雄飛? 講義終わった? だったら部室棟来てくれる? 悪いな」
え? まさか、ホントに実在の人物がいるのか?
更にまたボタンを押し、耳に当て――、
「テルちゃん? 俺、小多朗。――うん、ひさしぶり。俺は元気だよ。ちょっと頼みがあるんだ」
あれ? マジで?
「こーちゃん?」
更に、
「カズ先輩ですか?」
そして、
「マツ〜? カエデちゃん、バイト頑張ってるね〜」
「ということで、全員呼んでみたが、いかがかな?」
まさか、実在の人物だったとは……。
「疑って悪かった」
「……バカだな、みのんちゃんも」
そうだ。大バカだ。小多朗のことを信用せず、疑うことしか知らない。
だけど、どうしてそんなに嬉しそうな顔をしているんだ、小多朗。
「さっき言っただろ? 十中八九ネタだって」
そうだ。ネタだと言いながら電話を……だから俺は、もう、小多朗を疑う事をやめ――あ?
「ネタのネタに簡単に引っかかる、みのんちゃんの方がネタだよね」
……!!
「ぐぅぁぁぁぁあああ!! こんちくしょうめー!!」
またしてもおもちゃにされた俺は怒りをぶつけるべく、腕を振り上げて小多朗に向かって行った。しかし、こちらに向かって上げられた小多朗のロングサイズの足に残念ながら腹が引っかかってしまい、それを阻止された。
「むがー! 充、お前が行けー!!」
「やだよ。触らぬ小多朗にたたりなし、なんだから……」
どうしてもこの状況に巻き込まれたくないのか、頬杖をついてそっぽを向いている弟には軽く流された。