FILE:1−14 裁判官 こたろー 〜赤毛のアンタ


 講義を終えると、捜査一家サークルの部室こと署へ向かうのが日課になっている俺は、いつも通りのルートで部室棟と言うにはあまりふさわしくない、プレハブ校舎に足を踏み入れた。
 三階まで上り、『捜査一家』と書かれているドアを開けるつもりだったのだが、よく見ると『捜査一家』にバッテンが書き込まれ、側に『裁判所 兼 刑務所』と書かれた紙がテープで貼り付けられていた。

 こんな悪質ないたずらをするのはただ一人。あの男しかいないだろう。

 ドアを開けてみれば机の配置まで変えられていて、入り口の正面ではあるが奥の方――それこそ窓を背にした状態で、机の上で手を組んでこちらをじっと見ている小多朗が座っていた。
 机の上には厚い本と木槌。
 今日は裁判官気分か?

「判決を下す。被告人・野田稔は、懲役五分、執行猶予一分の刑に処す」
「一体、何の話だ!」
 訳も分からず反論する俺に対し、小多朗は慌てる様子もなくゆっくりと俺に近づいてくる。
 また、怪しげな技を食らいかねないと、俺は最大級の警戒をした。
「執行までの猶予はたったの一分だから、さっさと刑務所に入ってしまいなさい」
 刑務所?
 小多朗を睨んだまま首をかしげると、視線をそらしてある部分を見るよううながしてきた。
 その視線の先には掃除道具入れロッカー。『留置所』から『刑務所』に書き換えられている。
 まさか、俺をこの中に入れるつもりじゃ……いや、まさかでもつもりでもなくて、この男なら常に本気だ。
「クサいメシならぬ、クサい部屋だけど、ちゃんと罪を償うんだよ」
「だから、何の罪だ!」
「……イチャイチャしすぎで不快感を与えた罪」
「俺の勝手だろ! だったらせめて、マイちゃんも一緒に入らせてくれ」
「その、暗く狭くクサい密室で何をするつもりだ」
「満員電車ごっこモドキ。おさわりパラダイス」
 そう、マジメに答えた俺の言い訳もむなしく、
「……執行猶予ナシ。実刑だ」
 伸びてきた手に後ろ襟をがっちり掴まれる俺。小多朗はあいている反対の手ではロッカーの扉を開いた。
「言い残したいことは?」
 あまりにも恐ろしい声音に、
「ありません」
 としか言えない俺。
「じゃ、さっさと入んな」
 思いっきり突き飛ばされてロッカーイン。
 勢い余って顔が、体が正面衝突。

 ――保険請求は対物なのか、対人なのか。物損なの? 人害なの? 極悪非道ですわ。ほほほ。頭上をくるくる回っているお星様と小鳥に聞いてみて、クルックー。マメ撒いて襲われて〜ら。はっはー。
 鳥、怖い、怖い!! トンビが弁当、狙ってる! あれは獲物を捕らえたケモノの目だ!
 けーっけっけっけ。
 もにょ〜。

 この扱いに対して文句を言おうと思ったが、狭くて体の向きが変えられず、顔だけどうにか外に向いたのと同時に締められた。
 ――ガチャ。
 しかもご丁寧にカギまで……。どこにあったんだ、そのカギ。見たことないぞ?
 暗い、狭い、クサい、の三点セットで怒る気力も失せた。
 懲役五分とか言ってたんだから、おとなしくしていれば、服役期間が短くなる可能性もあるし、出てから文句を言うことにしよう。
 ……大人になったな、俺。
 ここがロッカーの中であることを忘れ、俺は頬を緩ませ、鼻で笑った。

 で、さっきのヘンなイメージ映像は何?


 何分経ったか分からんが、数分後――。
 ずっと鳴っていた携帯ゲームの音が足音と共にロッカーへ近づいてきた。
 カギを解除する音と同時に、足でドアを蹴飛ばして開けてやると、
「ウッ!」
 という小さなうめき声が聞こえ、内心『やってやったぞ! ついに仕返ししてやった!』と喜んだ俺は、何も知らないフリして後ろ向きでロッカーから出て、振り返った。
 うずくまって打った部分を押さえていると思っていたのに、予想を反して普通に立っていやがった。痛みに耐えているような表情だったけど。
「なに喜んでんだよ、コラ」
 あれ、顔に出てた? 気を付けてたのに……。
「日頃の恨みだとか、仕返しだから気にしないで」
 ああ、ダメだ。笑顔が止まらない。
 それに対して小多朗は、急にマジメな顔になって迫ってくる。
 俺より背が高いし、小多朗だから妙な圧迫感があり、後ずさりしていると、結局はまたロッカーに戻ってしまった。
 締められることを覚悟していたのだが、小多朗はまだ迫ってくる。
 あのー、これ以上来られるとプレスされるしか方法がないのですか……。
 ――潰す気、満々!?
「あの、こたろ、その、えっと……」
 あえて『ごめんなさい』の一言だけは避けたい。負けを認めるも同然だからな。
「いいから、黙ってろ」
「ひぃ」
 マジメな顔して、それ以上、顔を近づけるな!
「稔……」
 やめ、やめろぉぉぉ!!
「今さら、怖がるなよ」
 むぐー!!!

 ――ゴン!
 ――ガン!
 ――ガン!
 ――ガン!
 ――ガン!
 ……。

「うっ……うっ……」
「ウチのヨメに告げ口すんなよ。いいな?」
 するか、バカぁ!
「にしても、まだヘタクソだな、お前」
 涙、止まらない。
 一度ならまだしも、二度も同じ男にこんなことをされるだなんて……もう、お嫁に行けない!!
 ごめんね、マイちゃん。今日は小多朗と間接キスになりそうです。

「あ、みっちゃん発見」
 窓の外を眺めながらそんなことを言う小多朗。イヤな予感がして窓に張り付くと、予感は的中した。
 また女のシリばかり追っかけて、あのバカは……!!
 反射的に回れ右して駆け出す俺。先ほどのショックな出来事はスパッと忘れて、充捕獲に乗り出した。現実逃避とも八つ当たり先ともいう。
 見事、署――裁判所、刑務所、要は部室――に連れ帰り、裁判官にビシっと判決を下してもらおうじゃないか。


 部室棟からおよそ五メートル。野田充容疑者発見。
 容疑者はA子さんと話をしている。
 ……ちょっといい感じに話がまとまりかけてるな。
 そうはさせるか!

「俺の充から離れろー!」
 と、駆け出す。
 セリフが怪しいのはしょうがない。そんな気が全くないからこそ、平気で吐けるものなのだ。
 驚いた表情の二人はどうでもいいとして、とりあえず、充に向かってダイブ。飛びついて押し倒した。八つ当たり風味で。
 引くように去る女子学生に勝利を確信した俺は、口元を吊り上げて見送った。
 まぁ、充の顔は青ざめて、心を放って――いわゆる、放心――いたが。
「な、な、なんの恨みがあってそんな……」
「色々。思い当たる節はたくさんあるが、言い始めたら夜が明けてしまう勢いなので省略するとしよう」
「オレ、明日からホモ兄弟の弟じゃん! どうしてくれんだよ! もう、彼女作れねーじゃん!」
「気にするな。俺にはいるからどうでもいい」
「よくねぇ! この、ジコチュー男!」
「まぁ、よくないか。マイちゃんの萌え要素を俺に追加してしまっては、ものすごい勢いで食いついてくるだろう」
「真剣に考えろよ!」
「俺はいつも真剣だ。だから、容疑者捕獲のために、体を張った冗談で飛び込んだ訳だ」
「飛び込むなー!!」
「ということで、十三時二十五分、容疑者確保っと」
 充の両手を縄でグルグル。お縄にしてやった。
「はぁー!?」
 ふっふっふ。油断大敵だよ、充くん。


 散歩中に脱線する飼い犬を引っ張って言うことをきかせるかのごとく、引きずって三階の部室に戻るには、少々時間が掛かってしまった。
 俺が最初に部室へ入った時と同じ体勢で待ち構えていた小多朗の前に、充を突き出すと、
 ――ごんごん。
 本を木槌で叩く小多朗裁判ちょー。さぁ、面白い判決を下してもらおうか。
「……射殺」
「待てコラ!」
 意味が分かってるのか、分かってないのか、素早い突っ込み大賞は、野田充くんに授与。兄として、鼻高々です〜。……ホントはどうでもいいですよ。
「大根で殴る」
「食べ物を粗末にすんな!」
「ハバネロ、詰め放題」
「……うっ」
 さすがにこれは俺でもイヤだ。
「ぎろちん」
「絞殺」
「電気椅子」
「薬殺」
「轢殺」
「必殺」
「火あぶり」
「さぁ、好きなものを選べ。ちなみに轢殺ならばワタクシがソアラちゃんでひき殺さねばならなくなるのでやめていただきたい」
「殺されてたまるか!!」
「ならば、自殺で手を――」
「打つな!」
 黙って考え込む小多朗は、いつもの表情より多少困った顔だった。
 そこまで殺したかったとは……知らなかった。
 ならば俺が判決を下そう!
 机をバンと叩き、充に人差し指を向けると、俺はこう言い放った。
「執行猶予――いってぇぇぇぇぇえええ!!!」
 向けた人差し指に噛み付いてくるとは、罪人のくせにいい度胸だ!
 痛いけど指を思いっきり引き抜き、
「執行までの猶予は十秒だ!」
 充の背後に回り、思いっきり蹴飛ばすと、キレイにロッカーに収まったので、次は回し蹴りで戸を閉めた。
「一生ソコに入ってろ!!」
 一通り終わる頃には息が上がり、肩で呼吸をしていた。

「無期懲役の実兄判決か……」

 さすが小多朗。ナイス突っ込み。

 ちなみに、本当の字だと『実刑判決』な。

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