FILE:1−11 やしの木ネネちゃん ストーカー事件
「あの〜、お仕事の依頼、いいですか?」
部員全員が部室でUNOを楽しんでいると、ドアが開き、鼻声でそんなセリフが聞こえてきた。
……!! 青島ぁ、事件だ!
「ああっ! にゃんにゃん専属モデル、やしの木ネネちゃんだー!」
やしの木ネネ? 聞いたことないな。グラビアアイドルなら詳しい自信があるんだが……エロいの限定で。
「ウノ!」
にゃんにゃん、って雑誌の名前からすると……ヨダレとか鼻血とか、ヘンな汁とか出そうな気がするのだが……残念ながらそんな雑誌は在庫にないな。
「一体ナニモノだ、この女は……説明しろ、強固」
「あいよ」
俺の前ににゅっと現れたのは、小多朗。しかも素早く髪型を変えて、強固と同じにしてある。しかし、いつも通りの無表情。おいおい、強固はどうした?
「むひゃひょーひゃん、ふふひし……」
小多朗はデカい。強固は小さい。
小多朗の顔を見上げると、小さな強固は視界に入らない。だから気付くのが遅れた。
手を掴まれ、口を塞がれ……いや、顔全体を覆っていると言っても大袈裟に聞こえないだろう。そんな感じで小多朗に捕らえられていた。
「んうーんうー!」
非常に苦しそうだ。暴れても、小多朗があのガタイだから、強固は逃げられないだろう。
「ティーンズ向けのロリータファッション雑誌、にゃんにゃん。その出版社がこの市内にあって、彼女は街角でスカウトされたモデル。年齢は十七歳。本名不詳。三月三日生まれで甘いものが好き。
ロリファッション好きからはその子顔とかわいくて整った顔、服のコーディネートを支持されている。まさか、ホンモノをこんな間近で見られるだなんて、僕は感激です。サインを……あ、このTシャツにお願いします」
……おい、誰だよ、今のセリフ喋ったヤツは。
ちゃっかりサインを書いてもらってるコイツしかいねぇか。
「……」
今日は何て呼ぼうか……ロリファッションオタでいいか。
「おい、ロリファッションオタ、やけに詳しいな」
「誰がロリオタなんスか! 純粋に彼女のファンってだけッスよ!」
「きゃ〜、ありがとうございますw」
眉をハの字にして喜ぶロリ女。あれは営業顔だな。
「でも、十七歳のあなたがどうして大学構内に?」
外部からの依頼ということは、それなりに知名度も上がってるってことか? うなぎのぼりで天まで昇っちまうぞ。
「ああ、それね。ウソ。私、ホントは二十歳だから」
「ええ!!」
俺らより一コ年上だと? 全然見えねぇ。
「スカウトされた後、モデル契約したときに向こうから十六歳でいけるから、って言われたから、そうなってるだけ。だから今は十七歳ってことになってる」
年齢詐称でタイホだ。今すぐ確保して、警察に突き出すべきだ。
そして、マイちゃんが繰り上げ当選でモデルになって、街中で歩けば誰もが振り向くステキなカップルのできあがり――。
「マイちゃんの方が、若くてかわいい」
「だろ? そうだろ?」
俺の心を読んだかのように、思っていたことを言われてしまった。
イヤッイヤッ! 実際、言葉にされるとめっちゃ恥ずかしいぞ!
ああ、やめて。マイちゃんかわいいから、誘拐されちゃう。
「だ〜りんはアホですぅ〜」
まったく可愛くない、棒読みで無愛想なこの声――こ、小多朗か!
気付くのが遅れた理由は、舞い上がりすぎて脳みそが情報処理を忘れていたからだろう。人間にもメモリと処理の早いCPUを搭載できれば、こんなことにはならないだろうに……。
視界に入っているでっかい男の体を辿り、顔を見てみると、身長の関係で思いっきり見下されてるし、バカでも見るような視線がかなり痛い。
「だ、だーりん……」
この声は、ホンモノのマイちゃん!
「今日は私が頑張るですぅ」
「うわ、マジで? 頭、沸騰しそう」
……ん? ちょっと待て。何か変だぞ。
女を見たら見境なく口説きはじめる、某氏の弟はどこへ行った。
確か、俺よりも早くから部室にいて、床に転がって爆睡してたのを蹴飛ばして起こしたのは俺だし。何より先ほどまで一緒にUNOを楽しんでいたはずだが……。
部屋を見回したが、俺、マイちゃん、小多朗、強固、ロリオタ(更に略)、依頼者の木の実○ナ(違)しかいない。
依頼者が入り口に立っているので部室から出るのは不可能なはず。だからと言って出られない訳でもない。窓から飛び降りれば可能だ。しかし普通の人はやらないだろう。まぁ、充が普通の人に該当するはずもないので、飛び降りた可能性は否定できない。
だけどこの部室、三階なんだけどね。
飛んだのならば、下で飛び降り自殺の死体が出来上がっているはずだ。
そう思って窓の外、下を覗きこんだが何もない。
「キャー! 落ちちゃいまぁ〜す」
焦った口調のマイちゃんが、力強く俺にしがみついてくる。
「みのんちゃん、さりげなくそのカッコで歩くのはやめてほしい」
「あ?」
何が不満なんだ。俺に抱きついているマイちゃんを抱えて一緒に移動してはいけないのか!
「駅で弁当売ってるんじゃないんだから……公私混同しないこと」
――!! 駅弁スタイル!?
「すまんすまん、ついついいつもの癖で……」
机をバンと叩いた勢いで立ち上がったロリオタは、
「どんな癖ッスか!!」
と威勢のいい声を発した。
「一緒にいる時は一心同体なんですぅ」
「言わんでよろしい!」
目をまんまるにして口がぽかんと開いてだらしなく、茹で上がったタコのごとく真っ赤な顔のロリオタは、机に手を突いて立ち上がった体勢で止まった。
さて、肝心の充はどこだ。逃げた形跡がないのなら、まだ部屋の中にいるはずだ。
ここでようやくマイちゃんを下ろし、隠れられそうな場所を探しはじめた。
机の下。
……。
…………。
………………。
……いや、この部室には机と椅子しかないし、隠れる場所なんてない。
アイツは超能力者で、瞬間移動で逃げたとか――なんてありえないことを考えていると、ガタという音が室内から聞こえ、全員が一斉に音の発生源を見た。
「掃除道具入れのロッカー?」
いつもはなおしてある、唯一の消耗備品、ホウキ一本がロッカー横の壁に立てかけてある。誰も掃除しないのだから、ロッカー外にあるのが怪しい。
「おい、ガムテープはあるか?」
ロッカーを睨みつけたまま、手を後ろに差し出すと、手首に何かを通された。それをガムテープだと認識し、手に持ち変えてテープの端っこを探した。
……。
間違いなくお高い方のガムテープではあるのだが、爪がないのではげない! だけど、こちらの方は粘着力がいいから、俺がこれからやろうと思っていることに対しては好都合。
――しかし、
「で、このガムテ、誰の?」
ガムテープと格闘していらつく俺は、はげないことを悟られまいと、しなくてもいい質問をしてみた。
「俺。マイガムテ。みのんちゃん拉致用」
こーたーろー。
ゆっくりと顔を後ろ――小多朗の方に向け、ガムテープを投げつけた。しかし、うまくキャッチされてしまった。
「何で俺が拉致されんにゃならんのだ!」
「特に意味はない」
「意味もなく拉致しようと思うな!」
「すんまそーん」
「くだらないことを言ったお詫びに――」
俺の背面にあるロッカーを勢いよく指差した。
「穴という穴を全て塞げ!」
「……拉致られる気満々じゃん」
ビーっという音をたてながら伸ばされるガムテープは俺の顔を目標にしている。
穴という穴……まさか、口とか鼻とか耳とかケツとか<ピヨ>とか――いや、小多朗のことだ。毛穴まで塞ぐ気に違いない! ガムテミイラ、稔……学校の怪談にでもされちゃたまらん。
「俺じゃなくてロッカー! 上下にある穴とドアの淵をびちっと塞いでしまえ!」
と言い直した。
「……チッ」
何だよ、何だよ今の舌打ち。すっげームカつく!
ビッビッビーと伸ばされるガムテープ。ゆっくりとロッカーに近づく小多朗。
ガタゴトとロッカー内から音が聞こえたと思ったら――、
――バン、バン。
「ちょっと待て。それだけはカンベンして、マジで」
「……ケッ」
「……マテよゴルァ」
キィと音をたてるロッカーの扉。
二回バン、バンと言った理由がここにある。
一回目は充が勢いよく開けた音。次が俺の顔面に炸裂した音。
「ケッって言いながら何で笑顔なんだよ小多朗」
「予想通りの展開だったから。さすがみのんちゃん」
よ、予想通り?
「みのんちゃんはロッカーに近すぎる位置に立っていた。だからやたら音をたてて伸ばしたガムテープと、ロッカーに近づくゆっくりとした行動――隠れているみっちゃんの危機感を増量させるための要素にすぎなかったのだよ。二人の性格の違いから、これが一番いい方法だと思ってね。予想通りに事が起こって……ププ。
ロッカーの中に入っているのがみのんちゃんだったら、マッハで飛んで行って、開かないように扉を押さえたんだがな……クククク」
その、我慢してるけど漏れてる笑いがムカつく。
「あら? もう犯人捕まえてたんですか? さすが、お仕事が早いですね」
すっかり忘れ去られていた依頼者……名前も忘れ去った。樹木○林? 乃々野ノノ? まぁ、何でもいいか。
「犯人?」
「ええ。そのロッカーに留置されている方が犯人です」
犯人って……何の?
まだその話を聞かないうちから、お決まりのおかしなイベントに発展して……。
「春ぐらいからだったかな。声を掛けられたんだけど丁重にお断りしたんですね。だけど、その後も付きまとわれて……なんていうか、ストーカー?」
……は?
――ビッビッビー、バリッ。
「うわ、やめろ! オレは無実だ!」
「デカちょー、被疑者確保しますた」
ビシっと敬礼する小多朗。脇に両手、両足をガムテープでぐるぐる巻きにされた、他人にしたい人ナンバーワン、充。
「……どうしましょうか、コレ」
依頼者で被害者である彼女に向かって聞いてみる。兄弟だとバレないことを願いながら。
「……そうですね。勝手に写真を売りさばかないでください。今後、一切私の前に現れないこと。後ろも横もダメですよ」
ストーカーしたあげく、写真を撮って売るとは……。しかし、そんなことで話を収めていいものなのか?
「警察に突き出したほうが身のためだと思いますけど……」
「にいちゃん、ひでぇよ!」
今まで一度も『にいちゃん』なんて呼んだことがないくせに、こういう時に限って……。
「それは私が困るんです。世間一般では十七歳で通ってますから」
年齢詐称疑惑で自分も危ない、と。
「分かりました。今後気をつけます」
「じゃ、そういうことで、私がこの大学にいることと年齢の件は企業秘密ってことで、他言無用でおねがいしま〜っす」
指先までびしっと伸びた手を上げた雑誌のモデルは、年齢を偽り続ける気満々の笑顔のまま向きを一八〇度変え、捜査一家サークルの部室からスキップで出て行った。
「みぃぃぃつぅぅぅるぅぅぅぅ」
小刻みに震える体でゆっくりと振り返ると、充は怯えた表情で逃げ出そうとした。
「ヒッ……ごぁ!」
しかし、両手足の自由を奪われている充は見事に転倒。机に向かって倒れていたのに体をうまくそらして直撃を免れたが結局は床に転がっている。
まるでイモムシのように体をくねらせてまで逃げようというその根性――叩き直してやる!
進行方向に先回りし、頭を踏むか踏まないか、というギリギリのところに目標を定めた俺の足は、充の目の前、顔から一センチ前後の距離にものすごい音をたてて落とされた。
恐る恐る顔を上げる、青ざめ怯えた表情の充。
そっと顎を掴んで限界まで上にあげさせると、手術室の執刀医のごとく、手を横に差し出した。隣には誰もいないけど。
「小多朗くん、油性ペン」
「あいよ」
すぐに飛んできた小多朗は、メスを手渡す助手のごとく、パシっといい音をたてて油性ペン――だと思うものを手に乗せてきた。
それを掴み、字を書く構えにすると、ペン先を充の額に向けた。もちろん、ちゃんと油性ペンだし、すでにキャップも外されて何とも言えないいい香りが……。
「な、なにすんだ、稔……」
「お兄様の怒りの鉄槌を受けてみよ!」
「何がお兄様だ、バーカ……な、な、な゛――!!」
デコを走るペンの先。
「フッ……フッフッフッフッフ」
書き終わった俺は、こみ上げてくる笑いを鼻から排出した。
「俺のキャラ、パクられた」
机に肘をついてスネる小多朗は、タバコをふかして……っておい! 何やってんだ、未成年!
本日の教訓。
――事件は外部で起こってるんじゃない。身内で起こっているんだ!
充のデコに何を書いたかと言うと……、
『ストーカー容疑者』
だ!
そして、掃除道具入れのロッカーは、『留置所』に名前を変更した。