FILE:1−5 捜査一家と探偵


 署のドアをノックする音が聞こえたので、部室に居た全員が一斉にそちらを向いた。
 ついに立ち退きが決定してしまったのかと脳裏を過ぎり、そのドアが開かなければいいのに、と思った。
「失礼いたします」
 そんな丁寧で凛とした女性の声に、俺は唾を飲み込んだ。
 ゆっくりとドアは横へスライドし、開かれる。
 しかし、肝心の人間の姿が見当たらない。
 透明人間がお客? んなバカな……。
 内心、ビビりながら視線を下に向けると――深々と頭を下げた着物姿の女性が正座していた。何故かセンスが膝の前に置いてあったりもする。
 立ち上がったと思ったら膝を突いてドアを閉める。
 一体この人、ナニモノ?
 こちらに向き直ってまたも正座とはどういう宗教だ。(違う)
 またも頭を下げ、その女性はようやく口を開いた。
「わたくしは、生け花同好会、部長の立野彩(たちの あや)でございます。この度は我がサークルで起こった事件を解決していただきたくて参りました」
 頭を下げたままなので篭ったような声だったけど、はっきりとそう聞き取れた。
 今まで何の依頼もなかったからすっかり本来の活動内容を忘れていただけに、どう対応すればいいのか分からず……。
「じゃ、現場まで行きましょうか」
 とりあえず、それが一番かな?


 サークル発足から二ケ月が過ぎた頃、初めて事件解決を依頼されたのだ。
 初仕事に気合は――、
『ちゃららら、ちゃららら、ちゃーらー』
「キャー小多朗さん、上手〜♪ 密室ミステリーでも起こりそう」
 どこから出してきたのか、またベースを抱える小多朗に強固が拍手を送っていた。
 それはベースで弾くものなのか? かなり図太い音だった。
「ちくしょう、オレもバンドやろうかな……」
 変なところに火がついたのは弟。お前はオンチだから無理だ。リコーダーでも吹いて歩きな。
「このサークルって、何するの? 事件解決って何?」
 分かってない! 分かってないよ、半パン!! 一番いい名前(あだ名)を所有しながらソレかよ!
 ――気合は不十分。
 誰もがお遊び感覚だ。
 俺の心の師匠、安○刑事が泣いてるぜ……。


 依頼者の女性に案内されて辿り着いたのは、生け花同好会が使用している部屋。茶道同好会と同じ和風の建物内にある、和室であった。
 見た目、どこにも事件の匂いはしないのだが、一体何があったのだろうか。
 女性が部屋の中央あたりに腰を下ろすと、畳を指差した。
「ここ、見てくださる?」
 俺も近づいて指さす先を見つめた。なにやら黒いものが畳の目に入り込んでるし、コゲ痕もある。
「……これは、タバコですかね?」
「そうなんです! 我がサークルの畳にタバコのコゲ痕ですよ? 一体誰がこんなことを……」
 悲劇のヒロインのような言い方に、俺は言葉を失った。

「みのんちゃがやる気なくなったっぽいから撤収〜」
 ああ、ついに俺の呼び方、最後の『ん』がなくなっちまった……。そのうち『みの』だ、もんたじゃない。
 みのん茶ってどんなお茶? 俺の歩んだ人生のように、苦いんだろうな……へへへっ。

「どうしましたの? 解決してくださるんでしょ?」
 現実逃避している俺を呼び戻さないでくれ。
「それとも、もう犯人がわかりましたの?」
 無茶言うな。そう簡単に分かるものか!
「部長さん、部員集めてくれる? できれば全員」
「まぁ、やる気になってくださいましたのね! すぐに呼びますわ!」
 小多朗……それは俺のセリフだ。


 それから三十分も経たないうちに、部員全員が集められた。
 待ち時間の間に、どう事件を解決するか、捜査一家で話し合いもしたし、こちらも万端……なはずである。
 我がサークルにも唯一、喫煙者がいたことで、生け花サークルから喫煙者を探すのが容易であることも分かった。

「ちょっと待て。小多朗、お前は今、何歳だ?」
「我輩、悪魔だから二億と飛んで十八歳だ。ぐははははは」
 実に面白いセリフかもしれないけど、いつも通りの真顔に棒読みで、ちっとも楽しそうじゃない。こっちも面白くない。
「未成年だろが、このバカ!」
「だから知っていることもある!」
 開き直ったな? コノヤロウ。
 急に小多朗は俺の鼻近くに右手を近づけた。
「タバコ臭いだろ?」
 そう聞くと匂ってみたくなる。
 ――確かに、微かだけどタバコの匂いがした。
「ついでに服も臭い」
 匂いが移るからな。それは知ってる。
「あとはベロだ。いくらモノを所持していなくても、この三点の症状は必ず出る」
「これは、簡単に事件が解決できそうだな」
 流れをアタマで整理し、俺は口元を吊り上げた。見事な初事件、初解決を思い浮かべ――が、急にアタマを両手で挟まれ、無理矢理向きを変えられる。
 誰だ、いいところで邪魔するヤツは!
 何がどうなったのか、眼前には小多朗の顔がかなりの近距離で、どアップだったりする。
「キスするとイヤがる人も居る。試そうか、稔……」
「ひ、ひぃぃぃぃ!!!」
 やめろぉぉぉ、俺は男に興味はないぞー!!

 この部屋にやってくる生け花サークル部員を一人一人、捜査一家がじっくり観察を始めた。
 強固と半パンは服の匂いを嗅ぎ、
「これは、白ですね」
「こっちはちょっと匂うぞ?」
 それに引っかかった人間の指を匂うのが充。
「おねーさん、今度お茶でも……」
 そして俺が殴る。
 最後に小多朗が虫眼鏡を手にして、舌を見ている。
「……虫歯の治療したほうがいいよ」
 違う! いい提案をしてくれたお前が間違ってる!
 調査を終え、最後に部屋の隅に固まって全員で報告会。一致したのはただ一人であることがわかった。
 これは簡単に事件解決だ!

 しかし、こんないい場面で俺は持病が発病してしまったのだった。
 一、二、三、四……うわ、十五人も居る!!
 さっきは集中してたし、一人一人を見てただけだから何ともなかったのに……。
 足先からアタマのてっぺんまで、ゾワゾワしてきた。
 ダメだ、もう、ダメだぁぁ!!
 誰の後ろでもいいから、とにかく身を隠したい。
「部長さん? 顔色悪くてよ?」
 手を胸の高さに挙げて頭を縦に振り、大丈夫だ、という態度……になってるだろうか。
 かっこよく事件を解決したいのに、口を開けば心臓が飛び出しそうだし、全員の視線が俺に向けられてるし……もう、ダメだぁぁぁ!!!


「ズバリ、犯人はアナタです!」
 その声は充のものだった。
 人差し指をビシっと犯人に突き付けている。
「オレが犯人だというしょ……証拠は何だ!」
 指さされた男は既に動揺してる。これは犯人確定だな。
「おや? アナタは気付きませんでしたか? ここに居る人たちとアナタの違いを」
「な……?」
「それは、アナタ一人だけ、喫煙者だということです!」
「ひぃ!!」
 ほんと、アホだなコイツ。
 自分が緊張していたことも忘れるほど、あまりにも情けない事件だということに気付かされる。
「後は署の方で話を聞きます。連れて行け!」
 俺の合図と共に、強固と半パンが部室へと犯人を連行した。
「稔くん、お疲れ……」
 充は事件を解いて、スッキリした顔をしている。
 今回の依頼者、生け花サークルの面々も、安堵の表情……けどさ……。
 冷静に考えたらこんなの、捜査一家を呼ぶほどの事件でもないし、生け花サークル内で解決できた問題じゃない?
「畳に焦げた跡があったぐらいで、いちいち呼ぶな!」
 初仕事がこれじゃ、先が思いやられる。
「みのんちゃん」
 なぜか虫眼鏡を手に畳にへばり付いている小多朗。
 どこから出したのか、手にはめているのは白い手袋。
 何かをつまみ、俺たちに見せてきた。
「毛、発見!」
「毛?」
「誰か、ココでエッチィ事をしましたね……」
 ヘラヘラと笑っていた充の顔が、キッと締まった。
「もういい、関わるな。ココの依頼はもう終わった。取調べがあるから署に帰るぞ」
「えー、つまんなーい」
 ただ単に、その手の話が個人的に好きなだけだろう、我が弟よ。
 引っ張って退室。引きずられながら、生け花サークルの部員に、
「探偵サークルの敏腕探偵、野田充を以後ヨロシク!」
 ちゃっかり宣伝?
 誰が敏腕探偵だ! お前はただのナンパ小僧だ!


 部室に戻り、取調べを開始。
 犯人がなかなか真実を口にしないから、机をバーンと叩いて大声を上げ、相手をビビらせる。
「ウソをつくな、ウソを! 真実を述べやがれ!!」
 しかし、犯人は至って冷静だった。
「だから、何度も言ってるだろ? 待ち時間にヒマだったから、うっかりいつもの癖でタバコに火を付けた。だけど部室には灰皿ないし、よく考えてみれば禁煙。慌てて外に出ようと思ったら火がついたタバコを落としてしまった。とりあえず、落ちた灰だけでも何とかしようと思ったら逆に汚れちゃって……」
「分かる! 俺もよくやって怒られる」
 小多朗が犯人に同情。
「それとさ……オマエら、一年だよな?」
「そ、そうだけど……」
「先輩への口の利き方をどうにかした方がいいんじゃないのか? 特にオマエ」
 ……俺? ……やっぱり?
「よーく言っておきます。ほら、みのんちゃんもあやまんなさい!」
「す、すみません……」
 ……? 何で?
 小多朗、なぜ母親気取りなんだ?
 なぜ俺が謝らねばならんのだ。確かに言葉遣いはアレだったけど、こっちもサークル活動で――。
「じゃ、オレは帰るからな」
「ご苦労さまでしたー」

 何だか、今後の活動が不安になってきたのは俺だけだろうか。
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