FILE:1−3 恋、それは勘違い、変。
毎日、赤毛に落書きされた。
毎日、風呂で懸命に消した。
おかげでお肌がまっかっか。
何か、いい方法はないのか?
「毎日、大変ですね、みのんちゃんさん」
「デカちょーと呼べ!」
「あい、すみません、デカちょーさん」
「さんは……いらない」
今回は腕に落書きをされた俺は、書かれた内容がアレだったので、トイレで懸命に洗っていたのだ。しかし、石鹸がない状態で落ちるはずもなく……文字は水を弾く。
丁度その時に通りかかった『強固』が声を掛けてきた、というところだ。
それより、一応ココは男子トイレの領域だから、入ってくるのはどうかと思うのだが……。
「……彼女、募集中……なんですか?」
「……別に」
「わたしじゃダメですか?」
――――――?
あ?
腕が思いっきり蛇口に当たって、水が思いっきり顔やら服に掛かった。
思いっきり。思いっきり。そりゃもう、びっしょり。
「いや、俺、ロリコン趣味じゃないから、間に合ってます。どうもごめんください」
「思いっきり、動揺しましたね」
「思いっきりそんなことはなさっておりませんのであしからず、ご了承ください」
「変ですよ?」
「はっはっは、変ですか、下を心に変えたら恋ですか。はっはっは。下心……はっはっは」
――ダメだ、俺。思いっきり動揺してるよ。
いくら何でも冗談だということは分かっていらっしゃる。なのに何でこんなにも……。
「まぁ、それは冗談なんですけど、反応が面白かったです、みのんちゃんさん」
「デーカーちょーだ!」
「あい、すみません。タオル、丁度持ってますからどうぞ」
とハンドタオルを差し出されたので、ありがたく借りることにした。
まずは顔から拭いて、服を――
「お兄ちゃんのですけど」
お兄ちゃん? 強固のお兄さんって……。
脳裏にどどーんと現れたのは、キモいマッチョだ。
反射的にそのタオルを床に叩き付けたのは言うまでもない。
「それからですね、赤毛さんに毎度落書きされてるし、いつも消すのが大変そうなので、いい石鹸持ってきました」
……気が利くじゃないか……恋しちゃうよ。
鞄のどこにそんなものが入っていた! と言いたくなるぐらい、結構な大きさの石鹸?
石鹸というより、テレビの通販でやってる、よく落ちる多目的洗剤じゃございませんこと?
「きっと、よく落ちると思います! お母さんが通販で買った分ですけど、どうぞ!」
コイツも変だ! 普通、こんなもの持ってくるか?
「見ててください、このタイルの目地の汚れが、あっという間に取れるはずです!」
容器を開けて専用のスプーンで一杯、付属のボトルに溶かすだけ! 後はシューっとスプレーして……じゃなくて、実演すんなよ。俺は買わないぞ。
「あ、目地の汚れはどうでもいいか。みのんちゃんさんの腕があっという間に真っ白に――とりゃー!」
うわ、腕に粉洗剤を塗り込まれた!!
ちょっと熱い、何が熱いの? ――俺? それとも彼女の手?
化学反応じゃないよな? 確か、手にも優しい天然モノだよな?
ある程度擦ると、泡が黒くなった。そして水で流すと――。
「ほらー、キレイになったー。もう肌が赤くなるまで擦る必要はありません!」
気持ち、通販口調なのが気になるが……毎日苦労して落としていたのがバカらしくなるぐらい、油性ペンの落書きがキレイに落ちていた。
「うわ……すっげー。実家の母さんにも薦めとこうかな……」
「それだけはゆるさぁぁぁん!!」
あーあ、男子トイレの入り口塞いでるのは誰だ?
見たことある気もするけど。タンクトップの筋肉質な男……あ!
「うちの恭子を男子トイレに連れ込んだあげく、我輩のタオルを勝手に使い、母親に紹介するという順序を間違った交際の迫り方をするとは、断じてゆるさぁぁぁんんんんん!!」
それはものすごい勘違いです、マッチョさん。
身の危険どころか、命の危機を感じている俺は――身動きひとつ取れなくて、伸びてくる俺の二本分以上ありそうな腕に頭を鷲掴みに――
「もう、お兄ちゃんなんか、だいっ嫌い!」
されるギリギリのところで、強固が発した言葉に怯え、手を引っ込めた。
た、助かった……。
「オレは、オレはオマエの為に――恋路の邪魔をするなら、この兄をも……うおぉぉぉぉぉ!!!」
何が何やら、さっぱり分からないけど、走り去った筋肉。どうやら危機は去ったようだ。
俺は安堵の溜め息を大きく漏らした。
「はい、洗剤あげます」
と容器を手渡された。ずっしりとした重み。これは未開封の新品だったのか?
俺のために、家から盗ってきたのか?
じーんと胸の奥が熱くなってくる。
これ、何? ――恋?
つーか、ロリィよ、強固。どう見ても中学生だよ、強固。
やっぱりときめかない。
許容範囲外。
ということで、俺の中で起こったヘンテコときめき事件は、『恋』ではなく、下心が湧かないので『変』として処理することにした。
報告書は出しません。
にしても、こんなにイイ洗剤があるんだったら早く教えてくれ。