FILE:1−2 夫婦喧嘩は犬も食わない 兄弟喧嘩に赤毛が食いつく?
――学園内でのナンパ行為。
あまりにも目に余る行為だったので現行犯逮捕。
『署』こと部室に連行して取調べを開始。
しかし、被疑者に全く反省の色はナシ。
「いいかげんにしろ、お前は!」
「オレが何をしようが関係ないだろ!」
「関係アリアリだ、この色ボケ!」
「何だと? 上がり症の万年女日照りが……ああ、ヤキモチか?」
「ああん? やんのかコラ」
とまぁ、俺、野田稔と弟の野田充は、いつも通りのネタでいつも通りの兄弟喧嘩ですよ。
衝突する原因は、互いが違いすぎるから。俺はマジメすぎるところがあり、弟は根も素もちゃらんぽらん。だから相手のやり方に不満があるってわけ。
だったら一緒に居るなって話。
だけど、どうにも……。
そろそろ場所も考えなきゃ、とは思ってはいるものの……。
「うえぇぇぇぇ、怖いよぉぉぉ」
「恭子ちゃん、やっぱりこのサークル間違ってるって。どこが雑談だよ。兄弟喧嘩じゃん!」
部室の片隅で手を取り合い、ガタガタと震えている細木恭子こと『強固』と……『カッターシャツ』。名前、何だっけ? まぁそんなこと知らなくても捜査には差し支えない。
それより、怖いんだったら帰れよ。ムリして居る必要はない。
だってまだ、何の依頼も入ってないんだから……。
――赤毛はどうしたって?
『ピュンピュン、ピロリロリーン♪』
赤毛の彼、炎摩小多朗は携帯のゲームに夢中ですわ。
俺は立ち上がり、袖を捲る。弟もそんな俺を見て腰を上げた。
本日のラウンド1、ファイト。
――と思ったら、俺たちの間に赤毛が割り込む。しかし、まだゲームをしていた。
丁度クリアしたところで視線をまずは弟に向けた。
「ぎゃんぎゃん騒ぐな、色ボケみっちゃん!」
おうおう、そうだ! 言ってやれ小多朗!
携帯は持ったまま、両手を使って充のTシャツを半分以上捲り上げ、慌てているところを叩き込む。充は見事に顔から倒れた。
……何だ、その卑怯な攻撃法は!
そして小多朗は俺の方を向いてくる。顔は相変わらず、機嫌がいいのか悪いのか、楽しいのかつまらないのか、さっぱり読めない表情である。
「万年女日照りみのんちゃんもうるさい。兄弟喧嘩は家でやりな」
俺まで同じ方法でやられた。
誰が万年女日照りだ、こんちくしょう!
だいたいそれは、充のせいだ! いや、俺の上がり症も原因ではないとは言い切れないけど、八割方、充が悪い。
充のせいで俺までナンパ師扱いで……。
違うのに、誤解なのに、俺はただ、緊張すると喋れなくなるだけだし、目立つことは好きじゃない。その上、人見知りをするだけなんだ……。
Tシャツを中途半端に捲られ、伏せて倒れたまま、俺はそんなことを思い出し、考え――悲しくなっていた。
「ドラ○もーん。……しょうがないなぁ」
何をやってんだ? これじゃ気が散って涙も出ないよ。
「油性ペーン。どうやって使うの? ふふふ、見てて……」
一人で二役やってんじゃないよ、赤毛。俺は今、モウレツに悲しい。
――キュポン。
今日は極太マーカーのキャップを外すような音だな。
「これを、こうして……」
――キュキュキュ、キュキュッ。
待てよ、他人の背中に何を書いてんだ!
「そして次に、この虫眼鏡。煙が出ますよ」
……は?
じりじり……じりじりと……熱い!!!
「ぎゃわー!!」
俺は跳ね起きてTシャツを下ろし、小多朗の方を向いて睨んだ。
「な、何やったんだお前! 一箇所だけすっげー熱かったぞ!」
くそ、コイツ、いつも通りの無表情で、本当に訳わかんねぇ。
「元気百倍! みのんちゃんマン!」
つーか、そんな顔でんなこと言われても可愛くねぇし、逆に怖いぐらいだ!
「虫眼鏡で太陽は見ちゃダメ」
「知っとるわ、ボケ!」
……おのれ、もうネタはあるまい赤毛。お縄にしてやる、簀巻きにして木にぶら下げてやる!
かなりキレた表情であろう俺に、一切動じない赤毛は、手に持っている虫眼鏡をじっと見つめた。そして、手を高く挙げ――
「マッチ棒パワー、メイクアップ!」
と言いながらその場で三六〇度回った。
男にしては長い赤毛がサラリと流れ、鋭い瞳で俺を睨みつけてきた。
「ヨメに代わっておしおきだべさ」
……あの、ココ、ドコですか?
あの怒りはどこへいったのでしょうか。
この人、一体ナニモノですか!!
結論はただ一つ。
「訳わかんねぇよ!」
「理解されたら俺が困る」
……そ、そう……だね。
「おおー」
パチパチとギャラリーから拍手喝さい?
「ほらー、面白いよ、さとちゃん。やっぱり正解だったね、このサークル」
「確かに面白いけどさ、体張ったギャグが痛いね」
「だから面白いんだよー」
「……まぁ……そうかも……」
強固とカッターシャツめ……言いたい放題だな。
「子供騙しだ」
充……お前、いつの間に見る側になったんだ!
大体、お前のせいでこんなことに――!!
俺はこんな環境から逃げるように、窓の外に広がる青空を見つめた。
「おい、誰かみつあみにしてくれ」
この赤毛に会ってしまったことがそもそも間違いだったんじゃないか?
コイツさえ居なければ、もっとマシなサークル活動ができるはずだ。
「うんうん、オッケーなり。さんきゅー」
……何を言ってるんだ?
やはり逃げられないサダメなのか……俺は室内に視線を戻し、小多朗の方を向いてみた。
……。
「ソバカスなんて気にしないわ」
キミは赤毛のアンじゃないのか? それは全く別物だ。誰か、言ってやれ。
「それ、違うっすよ?」
よし、カッターシャツ! 次はお前が餌食だ。
「……しまった! 誰かが、ワタシを連れていくのね〜♪」
初めてうろたえた表情を見せたがすぐに無表情に戻り、赤毛の小多朗は部室からスキップで逃走したのであった。
「ワタシを捕まえてごらんなさーい。ほーっほっほっほー」
廊下(?)から、そんな声が聞こえたような気がする。しかも棒読みで。
それが現実でも、空耳でも、無視しなきゃ俺は落ちるところまで落ちてしまうんだ……。
アパートに帰って気付いたのだが、背中にはアン○ンマンの落書きがされていて、一箇所、やけに痛いと思っていたら、二ミリぐらいの水ぶくれができていた。
そんな風変わりばかりがたくさん居る――いや、俺だけは別だけど――捜査一家サークルに事件解決依頼など、来るはずはなかった……。
いつも部室からは怒鳴り声と、変なヤツが飛び出してくるという危険地帯として、人々から恐れられ、ハデな喧嘩のせいでプレハブ校舎が倒壊する恐れがあるとか、うるさくて活動ができないと言われ、他サークルからは立ち退きを迫られた。