FILE:1−1 聖神羅学園大学部 捜査一家サークルの愉快な仲間たち〜ムッツリ風味
まずは学校の紹介からしようか。
聖神羅学園(せいしんらがくえん)、聖なる神が網羅してるという学校ではなく、ただ単に、創立者の好きな漢字が三つ入っているだけだと俺は勝手に思っている。
学校案内にも名前の由来なんて書いてないんだから、この俺が知る訳がない。
この学園を適当に分解すれば、付属幼稚園、初等部、中等部、高等部、大学部、大学院となる。
最初から最後まで共学ではあるものの、そのレベルの高さは天下一品……だとこれも勝手に思っている。そして俺は頭がいい……はずだ。
各々が道路を挟んで向かい側に存在しているものだから、大学を中心にこの辺りは学園関係の校舎だらけ。
よくこれだけの土地を買い占めたものだ――と大人になるとそんなことばかり考えてしまう、今日この頃。
それはどうでもいいとして、昔から刑事ドラマ好きの俺――野田稔(のだ みのる)が大学生活に物足りなさを感じたのは、入学から六日目のこと。
これといって興味を引かれるサークルも部活もないし、さっさと単位を取ってしまえば、後は遊んでいても卒業できるとか……。
そんなつまらない大学生活を、青春を送ってたまるものか!
ならば自分が楽しくしてやろうじゃないか。(実際には自分だけが楽しければいい)
ということで、刑事ドラマ好きな俺が自ら発足したのが『捜査一課』サークルである。
新入生自らサークル勧誘に参加するという異例さ、それよりなにより……。
俺自身が口下手で、大勢の人前では上がってしまい何もいえなくなるという欠点もありまして、結局はプラカードを持って突っ立っていただけなんだけど……。
その時、そんなに喋りはしなかったがいい反応をした男が一人。
赤毛で長身の今ではなくてはならない存在――炎摩小多朗(えんま こたろう)との出会いだった。
ただ、俺の前で突っ立ってプラカードをじっくりと見ているだけで、しばらくしてから俺の方を見て口を開いた。
「……字、間違ってる」
と言ってポケットから取り出したマジックで勝手に書き直しやがった。
その時に書かれたのが『捜査一家』である。俺はちゃんと『捜査一課』と書いていたのだ。コイツはきっと『台風一過』も『台風一家』と書くようなやつに違いない。
さすがに何も言えない程あきれてしまった。
それこそ、バカでも見るような視線で赤毛男を見つめていると、握ったままのマジックを俺の額に向けてきた。
「言いたい事があるならはっきり言え。デコに『肉』って書くぞ?」
キン○クマン!? それはイヤだ。ならばこの際、お言葉に甘えてはっきり言ってやろう。
「捜査一課のカは、家じゃない。課長のカでいいの。アーユーオーケィ?」
「……なんか、ムカつく。デコに点六コ、もしくは目を書かせろ!」
クリ○ンか天○飯!! 本気の目をしてこちらにペン先が……あ!
頭を思いっきり押さえつけられて額に落書きされてる。何だかアルコール系のいい香り……それ、油性ペン!?
「うぉあ!! やめろ、やめろー!!!」
「大丈夫だ、心配するな。このペンは特注で、バカにしか字が見えない」
裸の王様か。
その日、結局入部希望者なんて居なかった。
アパートに帰って気付いたけど、あの赤毛、俺の額に『ムッツリスケベ』と書きやがった。思ったとおり油性ペンで、なかなか消えないし、嫌がらせ以外の何だと思えというのだ。
次の日も赤毛はやってきた。
「昨日は悪かったな。今日はゲームをしよう」
何でフレンドリーなんだ? いや、違うな。顔が全く笑ってない。
「どっちでもいいから手のひらを出せ」
また額に何かを書かれてはたまらないので、黙って右手を出した。
そしてまた、ポケットから油性ペンを取り出す。……いつも入れてるのかよ。
「目が見えないハエが飛びます――」
と言ってハエらしきものを手に書く。ああ、また!!
「ストップって言ったら止まるから、止めて」
「ストップ!」
つまらなそうな顔……というかずっと無表情だけど、こちらに向けてきた。
「耳が聞こえないハエが飛びます、以下略で」
「ストップ!」
しかし、彼の筆は止まらず、線が描かれていく。
「ストップだって」
聞く耳持たず、まだまだ書く。グルグルと。
「ストップっつってんだろ!」
手のひらを真っ黒にされたところで彼は満面の笑みを浮かべて俺を見た。
「耳が聞こえないハエだと先に言っただろう。引っかかった。正解は叩いて止めることでした」
な、何が楽しいんだ、コイツ……。
「面白いから入部希望」
と掴まれたままの手をひっくり返され、また何かを書かれた。
『工学部 一年 炎摩小多朗』
ご丁寧にふりがなまで。
そして更に携帯番号までも……。
俺はメモ帳じゃない。
しかし、問題はここからだ。
サークル申請手続きは部員が四名以上じゃないと受理されないだとか、部室や部費がもらえないらしい。
サークルとしての登録はされなくても勝手に活動する気満々だからあってもなくてもいい。部費も特に必要ないのだが、せめて部室は欲しい。
残り二人をなんとかかき集めようと必死なのだが、無言な俺と無表情な赤毛のせいで、一対九の割合(独断)で誰もが素通り。
そんな時に通りかかったのが、まさにナンパ中の弟だった。
「おーねぃさ〜ん」
あまりにも目に余る行動だったので素早く背後に回り、持っていたプラカードを後頭部にめいっぱい食い込ませてやった。
そのまま前にばったりと倒れてビクビクと痙攣していたが、死んではいないようだ。
倒れている弟が心配なのか、座り込んで背中をツンツンと突付く小多朗。反応がないことに気付くと、口元を吊り上げてにんまりと笑う。全く心配はしていない。どちらかと言えば面白いおもちゃを見つけた子供のような顔だ。
――長年の勘(?)からして、イヤな予感が……。
思った通り、ポケットから油性ペンを取り出し、露出している腕に『ナンパ師 天中』と書いた。……違う。『天中』じゃなくて『天誅』だよ。コイツの脳みそは小学生か。
小多朗から油性ペンを奪うと、
「お前、字を間違ってるって。これから先、『むっつり誤字王』って呼ぶぞ? もしくは『赤毛のアン』だ」
『中』の字にバッテンを書き、下に『誅』の字を書き直した。
「……みつあみオッケーなの?」
……は?
そんな訳の分からないことを俺の方を向いて言ってくるから、俺も小多朗の方を向いてみた。やはり無表情で……本当に意味不明なヤツと知り合ってしまったものだ、と少し頭痛がした。
しばらくして目を覚ました弟――野田充(のだ みつる)。俺に気付いてトボケたことを言い出す。
「おはよう稔くん。オレ、ついに学校の、しかも外で寝ちゃったわけ?」
「違うな。コッチがプラカードを後頭部に炸裂させただけだ」
おいおい、俺を指さしてコッチはないだろ。
「それより、ミノルって名前なんだ。次から『みのんちゃん』って呼ぶわ」
ああ、しまった。コイツに自己紹介してなかった。それよりなんだ、その間の抜けた呼び方は!!
「こちら様はみのんちゃんの何様ですか?」
「オレ様です」
と言う充の頭をすかさず叩いた。ついでに変な呼び方をした小多朗も叩く。
「何で健全な市民のワタクシまでも……」
お前はよく分からん。
まぁ、人数合わせに一名(一命)確保といったところか。
――残り、最低一名。
「二卵性……ソーセージ?」
頼むから単語だけ急に言うなよ。頭に『もしかして』とか入れてくれよ。
「ウインナーちゃいますよ?」
発音がそっちだったことに弟も気付いたようだ。顔の前で手を横に振りながら小多朗に突っ込んだ。
「ついでに双子じゃない」
と俺も言っておく。
昔からよく言われていた。
同級生の兄弟イコール双子。
似ていれば一卵性で、似ていなければ二卵性。俺たち兄弟の場合は後者だ。
だけどハズレ。正真正銘、双子ではない。
俺が四月生まれで、弟・充が三月生まれ。要は十一ヶ月違いの兄弟であって、生まれた月の関係でたまたま同級生になっただけだ。
というのを小多朗が意味不明なことを言わない程度に説明した。
座り込んでそんな世間話をする男三人組。
結局この日も充を捕まえただけで終わってしまった。
明日こそ、小多朗のことを聞き出してやろう、とすっかり部員集めを忘れて心に誓った。
「うわー!! 何だよこれー!!」
濡れたままで風呂から飛び出してきた充が腕をこちらに見せ、昼に油性ペンで書いたソレを指さしている。
「ああ、小多朗が書いた。俺なんか額に『ムッツリスケベ』だぞ? まだいい方だ」
「良くない! ああ、どうして油性ペンで書くかなぁ……」
確かに。なぜいつもポケットに油性ペンを入れているのだろうか……。
プラカードを抱えて登校するのも三日目。
同じ学部である充と一緒に講義を受け、終わったらさっさと部員勧誘に参加する。
またもや現れた小多朗。今日こそははっきりと吐いてもらおう。
赤毛の意味を、油性ペンを持っている意味を!!
「はぁ? 俺のこと? 何で言わなきゃならないんだよ」
……いや、それより今のセリフは俺、野田稔ではなく、赤毛の小多朗から発せられたものだ。
一応、普通に喋れるらしい。初めて聞いたので少し驚いたけど。
「まずは赤毛の意味を……」
「別に何色でもいいじゃん。勝手だろ?」
そりゃまぁ、そうですけど……奇抜すぎるから気になりまして……。
「……目立つように。以上」
そりゃ目立つわ。そのうえ長身だから余計に。
「二卵性の妹、交通事故で亡くしてるんだわ。だから、どこからでも目立つようにして、存在感をアピールしてんの」
……そうなんだ。その赤毛にはそんな悲しい過去があったのか……。
「ついでに、バンドマンだから」
いや、そう聞くとバンドに必要なものだということに摩り替わってしまった。
「油性ペンは? いつもポケットに入れてるわけ?」
「はっきり言って迷惑なの。初対面の人間に『ナンパ師 上等』はないだろ?」
書かれた字を消すのに擦りすぎて、真っ赤になった腕を見せながら充が口を挟んでくる。……??
「「書いてない、書いてない」」
小多朗とセリフがハモった。上等とは書いてない。天誅と書いたのだ。
ポケットからまたまたまた油性ペンを出してくる赤毛は、指先でソレを弄んでいる。
「おなまえマーカー。要するに名前を書くのに使うペン。何か問題でも?」
確かに名前を書いたこともあった。しかし、書いた場所に不服がある。それに、名前とは全く関係のない落書きをされた俺たちは一体なんだ。
……まさか、私物全てに名前を書いてしまう人なのか?
「誰の物に名前を書くのさ?」
「そりゃ――」
「ちょっと待て。オレが推理してやる」
出た、充のもう一つの顔。勝手に推理オタク。しかしながら大抵ハズレているという当てにならないものだから適当に無視することを推進。
「名前を書くのに使うと言っていたな。彼女の体に名前や落書きをするタイプ。もしくは自分のモノに彼女の名前や落書きが……論より証拠だ。脱いでみろ」
ほらみろ。突拍子もないことを言い出す。もう無視してくれ。
「確かに、やってたことはあった。だけど中学時代の話だし――」
お前、どんな中学生だったんだよ! そっちの方が気になるわ!
「子供の私物に名前書くために決まってるだろ。保育園に行ってるんだから」
……こども? 保育園??
「いつも書いてないものを持っていくし、意外と消えるのが早いから必要なんだよ」
と言って、すっかり出すのを忘れているプラカードに何かを書き始めた。
……子供……保育園……。そればかりが頭をぐるぐる。
「み……未婚のパパ?」
さすがの充も口をパクパクしながら小多朗を指さすだけ。言葉にできたのはそれだけだった。
「誰が未婚だなんて言ったよ」
いや、それどころかいきなり子供が出てきてそんなこと聞くヒマもなかった。ならば改めて聞こうじゃないか。
「じゃ、結婚してんの?」
「ああ。あれこれ七年近く付き合ってる人と。結婚したのはつい最近だけど」
七年? 今、十八歳だよね? 十九歳か? ……十一歳から? その上、子供が保育園って、一体いつできたの子供だよ。何だかスゴい人間がココに居る。仕事もせずに大学生だし。しかも髪が赤いし。
そんなメチャクチャなことが……ここにある。
小多朗を見る目がかなり変わってしまった。コイツはただの『ムッツリ誤字王』じゃない。
懸命に落書きをする小多朗は……何を書いているのかと思えば、『たのしいざつだん、ひやかし OK!』と勝手に書いていた。
「……何でひらがななんだよ」
『捜査一家』、『ナンパ師 天中』のこともあって、漢字を覚えてないんじゃないかと心配になってきた。そんなヤツが大学受験を受かるものなのか……と。
「子供が居ると、何でもひらがなになっちゃうから仕方ないだろ。癖だ、癖」
だから単純な漢字も間違えることができる、ということか。それも問題だと思うけど。
更にネコだのウサギだの落書きを加え、こんなもんだろう、と言いながらペンをポケットに戻した。
そして、その落書きだらけにされたプラカードを高々と掲げる。
――やめろ、やめてくれ! 俺のサークルが……俺の城が……どんどん崩れて、遠くなってゆく……。
大体、そんなんじゃ誰も来ないって!!
「きゃー、かわいいー」
いや、こんな釣竿に引っかかるヤツも居ることに気付いた。
声を発した少女は、どう見ても中学生。
「……もしもし、ココは大学であって中等部じゃないぞ」
少女は悲しい顔をして、ううー、と言いながらその場で足踏み。
「わたしこれでも大学一年生で十八歳ですよー!!」
……とても同級生とは思えない。
「きょぉぉぉうこぉぉぉぅぅぅぅぅ!!!!」
何だかとてつもなく野太い声が遠くから聞こえる。
「げ、お兄ちゃんだ……ヤッバイなぁ……」
少女はもう一度プラカードを見て、一度大きく頷く。一体何に納得したのか……。
「捜査一家サークル、楽しい雑談オッケーなんだよね? だったら入る、今すぐ入る!」
……? 入るの?
急なことで理解するまでに時間が掛かった。そのせいで、小多朗の件で居るのか居ないのか分からなくなっていた充がササっと出てきてごますり開始。すっかり止めなければならない人物が居ることを忘れていた。
「ご入会ありがとうございます。ボクの名前は野田充。それでは早速、お互いをよく知るためにデートでも――」
――ゴン。
小多朗はいつの間にか充の背後に立ち、上げていたプラカードから手を離した。言うまでもなく充の頭に炸裂。
ナイスだ、小多朗。
「きょぉぉぉうこぉぉぉぉぉ!!!」
その声を発する人間の姿がようやく確認できた。
何だか……近づけば近づく程、やたらデカいこと。……デカいし、ゴツいし、タンクトップだし、スポーツ刈りだし……一体この少女の何だ? 共通点が全くない。
いや、さっきお兄ちゃんって……。んなまさか……。
そして大男は少女の目の前で止まり、肩を掴んで思いっきり揺さぶりだす。
「恭子、なぜボランティアサークルに入らないと言うのだ?」
「だだだだだってててて、こここここににはいるるるるってきめたたからららら」
揺さぶられすぎてまともに喋れてないし。というか、そんな思いっきり揺すられている状態だというのに当たり前のような対応。本当に兄妹であって、こんなことは毎度なのか、慣れているように思う。
それより少女が指さしている先には何もない上に、その方向には男が三人居るだけ。一人はプラカードを頭に刺したまま倒れてるし、もう一人は赤毛。俺が一番まともだと思う。
揺さぶるのに一生懸命なのか、少女が何かを指さしていることに、大男はしばらく気付かなかった。
「捜査一家だぁ?」
ようやくこちらに気付いた大男が舐めるような視線で俺たちを見て、下に転がっているプラカードを拾い上げてそんな声を上げた。
「このウサギちゃん、かわいいなぁ。誰が描いたの?」
……。
…………。
仮にも、仮じゃないけど大男。とにかくむさくるしい。なのに、かわいいとか言うなよ! 調子狂う。
「ねぇ、誰が描いたの? ねぇ、ねぇ」
その上、しつこい。
さすがの小多朗も顔を歪めていた。
そして、そのプラカードと引き換えに、大男の妹である少女は『捜査一家』への入部を兄から許可された。
もう、何がなんだかさっぱり分からないが……これで四人揃った訳だ。
「わたし、細木恭子(ほそき きょうこ)です。よろちくー」
しかし、俺が考えている活動内容とは関係ないところで力を発揮してくれそうだ。
「恭子ちゃん、デート――がふっ」
ここに同じく。
いきなり復活した充を、肘鉄で再び眠らせた。
「あ、さーとちゃん、サークル決めた?」
通りかかった少年に声を掛ける少女。知り合いか何かだろうか。
「いんや、まだだけど?」
「ココ、面白いよ。入りなよ」
少年がこちらに近づいてくる。
「何かのサークル?」
「うん、新しく作るんだって。なんとか一家だからスゴく楽しいと思うよ」
何だかメチャクチャにされてる。俺のサークルに土足で踏み込まれたあげく、勝手に違うサークルにされてる。
もう、弁解する気力もないぐらい。
「ふーん、まぁいいか。楽しいんだったら」
曖昧な返事をするもう一名様ゲット。
「僕はあま――」
「お前は今日から『ジャケット刑事(デカ)』だ」
何かを言おうとした少年は無視して言いたいことはハッキリと。このままだとサークルを乗っ取られてしまう。それだけは何があっても阻止せねばならない。
それに刑事と言えば、『ジーパン』だの『ノーパン』という名前の方が組織って感じでカッコイイし。
「……え? は?」
「お前を見たときコレだと思った。ジャケット着ているから『ジャケット刑事』。文句はないよな?」
少年はかなり困った顔をしていたが俺の勢いに押され、しぶしぶ首を縦に振っていた。
――こうして、『捜査一家』サークルは誕生したのだ。
俺は『捜査一課』にしようと言ったのに、他が『一家』の方がいい、と全く引かなかったので、仕方なく『捜査一家』でサークル申請し、部室も無事に獲得した。
もちろん、発足者である俺が部長、『デカちょー』だ!