9・釜 男同士のお約束? ぶっちゃけ、カミングアウト!


 突然の爆弾発言で、パニックになってる祐紀。
 まぁ、急にそんなこと言われたら、普通は焦るよね。
 こういう反応をするであろうと予想はしていたけど、からかわずにはいられない。
「目が泳いでるよ」
「驚かずにいられるか! いきなり何言い出すかと思えば……そんなこと……」
「祐紀の所、部屋が一つ余ってるでしょ」
「そりゃそうだけど……」
「何? 両親が来たら困る?」
「当たり前だー!!!」
「その点はご心配なく。ちゃんと祐紀の両親に話してからの事だから」
「反対するに決まってるだろ! 大体なんで……同棲……なの……」

 最後の方は恥ずかしくてあまり言いたくなかったのか、視線を逸らし、両手の人差し指同士を突付きながら口をもごもごさせていた。
「理由もちゃんとあるんだよ。金を貯めるため」
「金?」
「うん。早く体を戻したくてね……」
「そのままでもいいんじゃないの?」

 これから先も、ずっとこのままでいいのかよ……。僕はイヤだよ。
「いや、そうもいかないんだよ……」
 前、祐紀のお父さんにも言われたって事もあるけど、この体で居ると何かと不便だし。
 例えばトイレ。前はそうでもなかったけど、最近は女子トイレに入りづらい、いや、入ってない。……そんな事言ってたら、僕が不審者とか変態みたいじゃないか……。
 今は男子トイレに行ってるけど、中で人に会うと慌てる者も多いから。痴女だとか思われてそうだし。
 それから特に、アイツを何とかしたい。あの、ふざけたヤローを……。
 突然、祐紀の携帯が鳴りだした。
「もしもし?」
 誰だろう?
「ああ、もうホテルに帰ってます。直もここに……」

 電話を終えた祐紀が携帯を閉じるのと同時に、言葉を発した。
「今の電話、誰?」
「剛田さん。集合時間なのに来ないからって」
「黙って帰ってきたんだ……」
「うん。直もでしょ?」
「……そういえば。でも本当に、よく帰って……」
「うるさい」

 方向音痴。
「じゃ、今から帰ってくるんだ……」
「そうだよ」


 ――この際、アイツと本音トークでもしておこうかな。


 電話から三十分が過ぎた頃、ディズニーランド組がホテルに到着した。
 真っ先に剛田さん&細木さんが部屋に乗り込んできた。
「ひめぇぇぇぇ!!!!」
「何もされてないか? 襲われなかったか?」
「いや、それは僕じゃなくて、祐紀に言うことなんじゃ……」

 未だにこの二人には『女』扱いされてる僕。いい加減にしてよ。
「あの、林田、一緒に帰りましたか?」
「ああ、リンダか。もちろん。しっかり説教しといたぞ」
「……」

 何の説教? まあいいか。
「祐紀、悪いんだけど、今日は林田と飲みに行ってくる」
「な! なんですと!」
「色々、聞きたいことがあるから……」
「ついに対決……? プロレス技 VS テコンドー!!」
「世紀の大決戦・イン・居酒屋!」

 青い顔するマッチョたち。テコンドーってなんだよ。
「あ、剛田さん、細木さん。リンダのテコンドーはウソですよ」
「な……なんとー!!!」
「リンダの分際で我らを騙すとは……」
「アンタら、かなりびびってたじゃん……」

 僕が居ない間に何があったか知らないけど、それで護衛放棄したんだね……。
「じゃ、なるべく早く帰るから」
「……う……うん……」



 部屋を出ると、丁度、廊下を歩く林田を発見したので声をかけてみた。
「藤宮孝幸――」
 ひどく驚いた顔で振り返り、僕の顔を見るなり嫌そうな顔をした。
「なんだよ、鎌井直紀」
「ちょっとつきあってよ」
「やだ。なんで、お前につきあわなきゃなんないんだよ……」
「……仕方ないなー。こうなったら実力行使で……」

 林田の……藤宮の……? ああ、めんどくさいから、林田でいいや。
 林田の服をつかんで、ヤツの視界で拳を震わせた。これは、高校の時の再現に近い。
 すると林田は目を見開き、怯えた顔をした。
「行きます……行かせてもらいます……。おつきあいさせて下さい」
「あはははは。最初からそう言えばよかったのにー」

 拳を下ろし、服を掴んでいた手で肩をポンポンと叩きながら、エレベーターホールへ誘導した。……僕って鬼?


 外はまだ明るいが、もう六時半を回っている。
 とりあえず、ホテル近くに居酒屋を発見したのでそこに入ることにした。

「二名様でーす」
 座敷に通されるとすぐにメニューを手に取り、お決まりの物を注文する。
「生中。お前は?」
 は? 何言ってんのお前、みたいな顔の林田。
「生中……」
 そんな表情でも、注文はちゃんとするんだね。
「生中二つと、手羽ギョウザ、山芋鉄板、若鶏のからあげ……何か頼めば?」
 いきなりこれだけ注文するか? とでも言いたげな林田。(そんなこと無視だけど)
「……はぁ……じゃ、牛の刺身……」
「とりあえずそれだけで」
「はい、注文を繰り返します……」

 頼みすぎじゃないか? って言いそうだけど。
「……あー、気にしないで。割り勘じゃなくて僕のおごりだから」
「いや、そういうことじゃなくて……」

 と、何か言いかけた時、店員が来た。
「生中二つとつきだし、お持ちしました」
「あと、とり天と、すなずりのから揚げ」

 と更に追加注文。
「とり天とずりあげ……ですね」
 復唱して店員が去る。略して『ずりあげ』なんていうなよ……。何かヤダなぁ。

「で、何?」
 林田は頭を抱えていた。
「……いや、そっちが俺をつき合わしてるんだろ! 用件なんだよ」
「苗字変わってるね。何で?」
「……俺の身の上話聞きたくて呼んだのかよ」
「いや、これはほんの序章だよ」
「母親が再婚したからだよ」
「フーン。高校同じだったよね?」
「オイ、聞いておいてフーンで終わりかい!」
「どーせ、聞いたら聞いたで、何でそんなこと聞くんだ! って怒りそうだし」
「当たり前だ」
「では、出身高校どうぞ」

 笑顔で促してみた。
「華神(かがみ)学園高等部、商業科」
「やっぱり僕と同じだね。ちなみに僕は、普通科特進」
「で? 今度は何?」
「高三の時の文化祭で、コテンパにしちゃったね」

 笑って誤魔化した。
「分かっててやったんじゃないだろーな……」
「ごめん、全然気付いてなかった。スマン……」
「……」

 林田さん……顔、引きつってますね……。僕のせいだけど。
「何で、祐紀に近づくのか聞きたい」
「それが本題?」
「いや、他にもあるよ。何で女装してたのかとか、彼女いるかとか……」
「……女装はある意味嫌がらせだね。真部にちょっかい出すのも嫌がらせ」

 な……なんかムカツクなー。ただの嫌がらせかよ……。
「その理由は?」
「理由? 理由ねぇ……」

 クスクス……?
 何か、急に下向いて笑い出したけど、ワライダケでも食ったのか?
「……おい……真面目に聞いてんだけど……」
「あははははははははははは……あーもー限界だー」

 何が?
「えっと、十一月からだから……約九ヶ月か……」
「いや、だから……」

 一体、何言ってんの? こいつは……
「うん、かなり楽しませてもらったよ。本当に気付いてくれなかったらどうしようかと思ったよ」
「え? ええ? ええええ!」

 何? 何なの?
「俺、役者志望なの」
「それって……」

 まさか……
「サークル入った時から全部演技でしたー。……つーか、もうちょっと早く気付いてほしかったかな……」
「ナンジャソリャー!」
「できれば、高校の文化祭の時に気付いてほしかったけどね……」

 そう言って、林田は遠くを見ていた。
「……スマン……」

 そうか……あの時の見下した感じの余裕の笑みは、今思えば僕が気付くだろうと思ってやったことだったのか? 予想を反して僕はブチ切れちゃったって訳ね……。

 突然、林田の携帯が鳴り出した。
「意外な着メロつかってるね……」
「ウルサイ……もしもし?」

 こいつがバラード曲を着メロにしてるってことは、相手は彼女あたりか?
「まだ東京、あさってに帰るって言っただろ? ……んー多分夕方頃じゃないか?」
 『タカユキ居ないとさみしーのー』ってか?
 コイツと付き合ってるなんて物好きもいるもんだな。中途半端な僕が言うべきではないかもしれないけど。

「うん、俺も愛してるよ。じゃ、オヤスミ……」

 うえぇぇぇぇぇぇ……そーゆーセリフ、平気で言うヤツいるんだ……。しかも目の前に。
「おい、口から何か出てるぞ」
 汚いものでも見るような視線であっちに行けと言わんばかりに手を振っている。犬やら猫を追い払う時の振り方だ。
 変な想像をしてしまい緩んだ顔を引き締め、体を乗り出して林田に聞いた。
「今の演技? 本気?」
「失礼なヤツだな、お前は。本気だ! 演技で言えるか!」

 林田は拳でテーブルを叩いて怒り出した。
「オカマの演技する彼氏、イラネェ……。承諾済み?」
 今度は腕を組んでぷいっとそっぽを向いた。
「……お前が言うなよ、ありんこオカマ。……だいたい俺は彼氏じゃない」
「……ええ? それでも『愛してる』なんて言っちゃうか?」

 自分で『愛してる』なんて言っちゃって、恥ずかしくなってしまった。
 そういえば、奥さんは彼女じゃないって言うヤツもいるし……。
「それとも、奥様……だったり?」
「……だったらいいんだけどね」

 いつも自信満々で、何一つ弱い所を見せなかった林田が沈んでしまった。だったら一体何?
「今宵は無礼講じゃ! はっきり言え! わかんないだろ!」
 林田は、ジョッキのビールを一気に流し込み、
「生中……」
「じらすな……」
「……再婚した親父の連れ子……」

 うわぁ、ビックリ発言! カミングアウト!
 丁度店員が通りかかったので、座敷から身を乗り出してまたまた注文。
「すいませーん、生中二つー」
 俯いてしまった林田。辺りをぐるりと見回したあと僕は再びテーブルに身を乗り出し、小さな声で聞いた。
「義理の姉か妹とかってやつ?」
「妹……一つ下で、同じ大学……」
「ふんふん……」
「一緒に住んでる……」
「へー、一緒にね……」

 いいねー。僕も同棲許可出ないかなー?
 ちょっとマテ!
「一緒? 同棲? なんで?」
「同じ大学だし……」
「だとしても、血が繋がってない兄妹を一緒に住ますか?」
「……アリエナイ」
「トンチンカンな親だね……意外と気付いてたりして……」
「両親離婚? バツ二だな」
「お前結婚か?」

 視線を逸らし、ふと悲しそうな顔をした……。
「無理だよ。一度同じ籍に入った以上は、三親等離れてないと結婚できない……」
「おお、詳しいね。弁護士にでもなれば?」
「そういうのは一通り調べた。血は繋がってないから何とかなるんじゃないかと思って……。でも、再婚した時点で……」


「生中でーす」

 林田は目の前に置かれた生ビールの中ジョッキを手に取ると、豪快に一気飲み。店員のねーさんもビックリだ。
「うわぁ……すっげー」
「生中……」

 ついでにおかわりですか……。

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