10・釜 リンダリンダ♪


「絶対誰にも言うなよ」
「言わない言わない」
「もし言ったら、お前の家の事、全部バラす」
「分かったから……しつこいなー……」

 林田と居酒屋で腹割って話した帰り道。
 途中から飲むペース上げ、聞きもしないことをベラベラとマシンガンのように喋り出した林田は、ベロベロで足腰立たなくなってしまい僕の体にまとわりついている。
「離れろよ……酒くせぇ……」
「まっすぐ歩けねんだ、仕方ないだろ!」
「飲みすぎだろ……」
「あーウルサイウルサイ! オゴリなら飲まなきゃ損だろ!」
「……半ヤケだったくせに……」
「……チチ揉むぞコラ」
「ゴミ箱に捨てて帰ってやろうか?」
「……嘘です、ごめんなさい」

 コイツは喧嘩しても勝てないことをよく理解している。
「明日、何するんだっけ?」
「明日は、ディズニーシーに行くんだよ」
「……地元みたいなもんだけどねー。散々行ったわ」
「僕もだよ」

 さすがに『シー』の方は行ったことないけど、興味ないし。
「金もったいねーからホテルで寝とこーかな……」
「妹殿にお土産はいいのか?」
「行くヤツに頼めばいいじゃん」
「まあ、そうだけど……」

 さて、僕はどうしようかな……。
「カマ、明日どーすんの? ナベと『シー』に行くのか?」
「カマとかナベとか言うな! 川に捨てるぞ!」
「ユウキ坊ちゃんとラブホ?」
「ボッチャン?!! 何でラブホなんだよ!」
「ビジホ、部屋がキレイすぎでそういう気分に持っていけなさそうだから」
「人の心配してくれなくても結構です」

 ディズニーシー……入場料のこと考えただけでめまいがしそうだ。それでなくても今日、フリーパス代ムダにしてるのに。その上、居酒屋でおごったり、美容院に行ってみたり、カツラの購入もしたし。
「僕も明日はホテルに居ようかな……」
「……誘ってんの?」

 ちょっと気に食わない発言だったので、林田を人気のない所に連れて行く。
「人気のない所に連れてきて、何するの? イイコト? 禁断の世界に踏み込むのか? 俺、受けはイヤだからな」
「まあ、遠慮せず入れ」
「えーリンダ、困っちゃうー」
「頭から突っ込んだろか!」

 林田の頭をゴミ箱に押し込もうとしたら……、
「うえぇぇぇぇ」
「うわ、いきなり吐くなよ!!!」

 林田はタイミングよく、ゴミ箱でゲコゲコした。

 ゴミ箱に頭を突っ込ませたまま、僕は近くの自動販売機に走った。
 僕って優しいね。わざわざお茶まで買ってきてあげて。
 ゴミ箱に戻ると、林田は近くのベンチに座って空を仰いでいたが、死にそうな顔をしていた。
「ほら、お茶でも飲め」
「……昔のお前はいつも仏頂面で、そんなに優しくなかったぞ」
「お前は昔からすっげーヤなヤツだったけどな」

 何かとチビだのデブだの言って絡んでいたのをしっかりと思い出したぞ。
「それって、ほめてるのか?」
「ほめてない!」
「さっさと帰ろう。さっきからメールとか着信が多いんだけど」
「別に獲って食ったりしないって。心配性だな、お前の彼氏は」
「彼女だよ」

 外見がコレとアレだからって、毎度毎度そういう言い方するなよな。
「そんなに気になるんだったら、先に帰れば?」
「帰っていいなら帰るけど?」
「俺はもうちょっとアタマ冷やしてから帰るから」
「じゃ、先に帰るわ。迷子になったら電話しな」
「お前の番号知らねぇ」
「……だよね」

 林田のポケットから、携帯を抜き取り開こうとしたら、
「触るな、バカ!」
 奪い返そうと手が伸びてくるが酔いどれの動きは甘く、簡単に回避した。開いた携帯の壁紙は……林田と女の子のラブラブツーショット。
「あれ? これがウワサの妹ちゃん? ププ……お前、顔に似合わず溺愛しちゃって……」
「……もぅ……何とでも言え……」

 携帯を奪い返すことは諦めてお茶を流し込んでいる。携帯を操作して僕の番号をメモリーする。ついでに、画像データを見てみたり。
「……? 登録の仕方、わかんないのか?」
「いや、気にしないで」

 激写な画像ばかりですね。
「お前、携帯落とさないように気を付けろよ?」
「……!!!」

 どうやら気付いたようで、街灯の明かりだけでも分かるぐらい真っ赤な顔して、携帯を奪う。
「お前、本当にヤな奴だな!」
「うん、ヤな奴だよ。じゃ、先に帰るからね」

 と林田に笑顔で告げる。
「絶対言うなよ! しゃべったら、バラすからな!」
「はいはい」

 クスクスと思い出し笑いしながら、ホテルへと戻――。
 ――パカーン!
「……」
 後頭部に空き缶がぶち当たった。アイツだろうけど。
 後ろを向くと、林田が何か叫んでいた。
「てめぇ、自分の名前に『様』付けてんじゃねぇ!!!」
「うるさい! ありがたく思え!」

 奴の携帯にメモリーしたとき、名前を『鎌井 直紀 様』にしておいたのさ。まぁ、なんとなくね。


 ホテルの部屋に戻ると祐紀は寝ていた。
「あれ?」
 時計を見ると、すでに深夜二時を過ぎていた。




「絶対行く!」
「やだよ〜眠い〜」
「昨日、勝手に退場して、一緒に回れなかっただろ!」

 ――朝。
 昨日……というか、今日なんだけど、帰りが遅かったせいで睡眠不足の僕。祐紀に叩き起こされたが、頭がボーっとしてて、とりあえずまだ寝ていたかったから『ディズニーシーには行かない』って言ったらコレだ。
「昨日の行動は許してやるから今日は付き合え!」
「……優しく起こしてくれたら行く……」
「優しく?」

 考えるなよ! ホントに根から男な奴だな。
「直、オハヨ。朝だよ」
 優しく揺すってさわやかな笑顔で……って、
「それは、どっちかって言うと、男が女を起こす時のパターンだろ!」
 思わず飛び起きてしまった。信じられない……が、現実か……。
「よーし、今日は『ディズニーシー』行ってみよー!」
 は……はしゃぎすぎぃ〜。(眠い……)

 サイフの中がピンチなのでフリーパスではなく入場券。乗ったり、買ったりはできるだけ控えよう。見て回るだけなら金は掛からないし。
「よく考えてみたら、昨日も入場券だけでよかった気がする。絶叫マシン苦手なんだから、わざわざフリーパス買う必要はなかったんだよ。持ってるって理由で昨日は死にそうな思いをしてさー……」
 祐紀は昨日のことを根にもっているのか?
「僕なんか入場しただけで四十五分退場だよ……」
「勝手に怒って帰ったくせに……」
「怒らせたのはそっちだろ……」
「……むか……」

 今のでこっちまでムカついてきた。
 はっ!!! イカン。これでは昨日と同じ展開になってしまう!
「それはこっちに置いといて……」
 目の前にある箱を横に置くような身振りをして話題変更だ。
「あ、話そらすなよ!」
「昨日の二の舞だけはしたくないんだけど」

 祐紀はやっと気付いたようにポンと手を叩く。
「そ……そうだね……」
「まあ、見て回るだけになるけど、昨日の分まで楽しみますか……」
「う……うん」

 祐紀の腕にがしっと両腕を回し、得意の上目遣いでGO!
「今日は僕が彼女ね〜」
「お……おう!」

 身長差、外見のせいもあるけど、他人にはこの方が自然に見えるが、異常だよ……。
 まあ、祐紀の機嫌も直ったみたいだし、今日のところは我慢するか。


 昨日とは違い、今日は楽しく過ごせた。
 林田がお土産買って来いって電話してきたけど。

 今日はもう一泊して、明日帰ることになる。




 ――次の日。
 帰りの電車内。横には祐紀。目の前になぜか、林田。腕と脚を組んだ体勢で仏頂面。
「……」
 祐紀も林田が居るので窓の外を見たまま黙っている。
 パタパタと足音が近づき止まる。
「直さぁ〜ん、リンダさん見ませんでしたか? どこにもいないんですぅ〜」
 古賀ちゃんがデジカメ片手に辺りをきょろきょろ。
「……プッ……さ……さぁねぇ……」
 吹き出しそうになりながら林田の方をチラっと見ると、苦虫噛み潰したような顔をして窓の外を見ていた。
「ええぇぇ……せっかく、資料用のしゃし……ハクショーン!!! んふぅ〜、誰かウワサしてるぅ〜……写真撮ってあげようと思ってたのに〜」
「写真だと?!!」
 林田が『俺の女装を写真に残す気か!』とでも言いたそうな顔で言った。一応、フォローしてやろうかな。
「……フフ……写真には写らない美しさがあるんだよ……」
「リンダ……リンダ……?」

 さすがこの歌を教えてくれた本人、祐紀は気付いてくれたようだ。
「ふぇ〜残念ですぅ〜。あれ、すっごいイケメン!!! 直さんが、東京で捕まえた男、お持ち帰りですか?」
 やっと林田の存在に気付いた古賀。アイツが『リンダ』だったなんて全く気付かなくて、また吹き出しそうになった。
「いやぁ〜アタシ、こんなんより祐紀がイイ」
 と隣の祐紀にベチョっとくっつく。
 発言が気に入らなかったらしく、林田の手が僕の頭を掴み『アイアンクロー』……ああ、てめぇ!!!
「この、ありんこオカマが……気持ち悪いんだよ。一昨日みたいに男らしくなれ!」
 掴まれたウィッグを引き上げられた!! アアアア、何て事を。
「……直? ……またヅラー?!!!」
 祐紀には言ってなかったのにー!!
「イヤ〜ン……直さん、美少年……ショタ受け、萌え〜」
 一人、露点がズレている古賀。この光景をばっちり激写して、彼女はウキウキと自分の席に戻っていった。
 きっと、資料とやらにされるんだろうね……。

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