11・鍋 斬り
東京から電車で約四時間。
ようやく到着した第二の故郷。
「お疲れ様でした。家に帰るまでが合宿だ! みんな、気をつけて帰るように」
駅のホームに全員集合。剛田さんの挨拶が始まる。どこが合宿だったんだか……。
「では解散」
早っ……。
「ところで、キミは誰かね?」
リンダ……林田? 本名、藤宮だったよね? まあ、林田でいいか、めんどくさいし。細木さんが見慣れぬ林田に近づく。
「……今頃不振に思うなよ」
確かに。気付くのが遅いよ。
「林田リンダ、本名・藤宮孝幸、オカマは卒業しました」
回りくどいこと言うと、ヤツら――マッチョは暴れるからね……。脳みそも筋肉なんじゃないかとたまに思う。
「少林寺のリンダ?!!」
思い出して震えるマッチョ。だから、あれはウソだって言ったでしょ?
「テコンドーだよ……」
さすが役者志望。少々の事じゃ動じず冷静だ。関係ないか? どちらかと言うとマッチョの記憶障害ミックス筋肉脳みそに呆れているのか。
「こいつ、小学校と高校が同じだったんです」
一通り見物して、直が会話に参加した。
「……オカマ学校?」
いや、男子校だったって言ってたけど、それはひどいよ……。
「コイツ(直)と一緒にするなー!!!」
「祐紀、こいつらほっといてさっさと帰ろう……」
「そうだね……」
そんなに近くもないが遠いとも言い切れない距離なので、アパートまで徒歩で帰ることにした。
「疲れたねー。ウチ寄っていく?」
俺のアパートの方が、直のアパートに比べて駅寄りだし。
「ああ、そうだね。下見も兼ねて寄ってみようか……」
俺の顔を見てクスっと笑う。
……あ、あああ!!! すっかり忘れてたぁぁぁ!!!
『一緒に住もう! 同棲大作戦』と勝手に命名。うちの親から許可なんか出るわけないだろうけど……。
アパートの郵便受け前で郵便物やチラシを取り出していると、意外な人物と顔を合わせることになる。
直が嫌そうな顔をしてそいつに言った。
「何でついてくるかな、お前は……」
「こっちのセリフだ、先回りしてんじゃねぇ!」
なぜか林田が俺たちの後ろに立っていた。
「祐紀、ココに住んでんだよ。お前はなに?」
「……俺もココに住んでるんだけど」
同じアパートだったの? 今まで全然気付かなかった……。
「何階?」
ちょっと不機嫌そうな直。
「三階。いつもは向こうの階段使ってるけど……」
現在地は建物の中央あたり。アパートの郵便受けがある階段。建物の端にも階段があるけど、部屋の位置の関係上、使ったことがない。
「そりゃ会わないわ」
「こいつとご近所さんになるの〜? なんかヤダな〜」
すでに近所に住んでる俺はどうなの?
「なんか、ムカつくな……絶対にウチに来るなよ!」
俺は心の中で『行かねぇよ』と思っていたが、直はクスクス笑い出した。
「孝幸くんのお宅はいけ〜ん、三階へレッツ・ゴー!!!」
「鎌井! テメ……!!」
「イヤ……なんて言わないよねぇ……」
直は林田に拳を見せてる……脅し?!!
林田の顔はみるみる真っ青。その表情から、高校の時に相当恐ろしい目にあったものだと解釈した。
「ああもう、好きにしてくれ……」
直に抵抗しても敵わないと、身を持って体験したんだな。
直は小さな外見からは想像もできない程、強いからね……。
とりあえず、二階の俺の部屋に荷物を置いて三階へ。
林田は部屋の前で鍵を持ったまま鍵穴に挿さず、小声で言った。
「ちょっとドアから離れてろ。ケガしても知らねぇぞ」
「え?」
なんで? と聞こうと思ったがそれより先に直に腕を引っ張られ、ドアから少し離れた場所に移動。
林田が鍵を開け、ドアを開くと……、
「ただい……どぁっ……!!!」
「タカくん〜寂しかったぁ〜」
な……なな何?!!
『ただいま』と言い終わる前に、女の子が林田めがけてダイブ! 押し倒してますけど……え? 女? 同棲中?!!
「カノ……ちょっと……」
女の子が俺たちに気付いて、あわてて林田から離れる。
「あ、スミマセン……」
林田も起き上がり服を叩くと、俺たちの方にちらっと視線を送り、
「同じサークルのヤツ。女みたいのが男で、男みたいなのが女だから」
女の子に紹介した……のか、それは。
「なんかその紹介の仕方、ムカツク……」
女の子が直の方を見て首を傾げた。
「あ、あなた、見たことあるような……」
え? 顔見知り?
「……あ、たぶん高校の時。暴力事件の後、謝りに行った時に会ったかも……」
「ああ! あの時の小さい男の人!」
「……小さいは余計じゃないか?」
小さいじゃん。
「聞きたい事が山ほどあるんだろ? 入れよ」
俺の顔を見てそう言うと、林田はさっさと部屋に入って行った。言わなくても分かってるんだね……。
(次ページに続く)