9.5・リンダ 君でなければ <中編>


「……」
「……」
「ぎゃぁーーーーーーーッ」

 うっかり叫んでしまったのは、俺。
 この状況で、冷静でいられるものか! 叫ばずにいられるか!
 何で……何で、起きてるのー!!!
 白雪姫か!!!
 離れた瞬間に思いっきり近距離で、目が合ってしまった。

「どうしたの? 孝幸……」
 一階から、母の声が聞こえた。
 ま、マズイ……。
「は……はがち(ムカデ)踏んだー!」
 声も裏返ってしまい、嘘だとバレバレだろうね。ゴキブリにした方が良かったんじゃないかと後悔した。
「山に近いからね。気付けなさいよ」
「は……はーい」

 ……ムカデが出るのかよ、この家は……。知らないぞ。

 いや、それよりもっと重大なことを忘れてる……つーか、このまま逃げたい。
 さらっと、『オヤスミ』と言って退室できる状況ではない。今後のことを考えて、逃げるのは不可。『若気の至りなんです』もなんか、違う……そのまんまではあるが。

「……タカくん?」
 ギャー! 今、マジで心臓が口から出るかと思った……。
 カノンはモソモソと起き上がり、床の方をじっと見ていた。
「は……ハイ……」
 俺、また声が裏返ってるし。
「ごめん、本当は起きてた」
 ……は?
「さ……最初から?」
「うん……」
「タヌキ?」
「うん……」

 気付けよ、俺! まんまとはめられたのは、俺の方か?
「な……な……?」
 なんか、びっくりしすぎて声が出ないし。
「だって……そうでもしないと、タカくん抱っこしてくれないし……」
「……はぁ?」

 モジモジしてるから、何言い出すかと思えば……。
 何言ってるんだこの子は。
 どちらかと言えば、『タカくんのエッチー!』だとか言われて、嫌われる方を予想してたんですけどね。
「……オカシイって思うかもしれないけど、タカくんだからそうして欲しいなって思っただけで……」
「はぁ?」

 何言ってんのこの子。俺が言うのも変だけど、キケン街道走ってない? 
「……タカくん、優しいから、放っておかないこと分かってやったの」
 お姫だっこ? もう、何が何やら理解不能状態。
「……いや、今のは聞かなかったことにして、私はずっと寝ていたので、何も知りません。おやすみ」
 パタリとベッドに倒れ込み、頭まで布団を被った。
 何か変だぞ。要するに今のは、なかったことにしようと言う訳か?
「ちょっと待てよ、タネ明かしするだけで、俺があんなことしたのにツッコまないのかよ!」
「……だって、そんなの変だもん。家族なのに……」
「自分がおかしい事ぐらい十分解かってる。それでも、俺は……カノンの事、好きだから……」
「……私だって、タカくんと初めて会った時からずっと……ずっと……」

 それ以上、言葉は続かなかった。
 そんな素振り、一度もしたことないのに……。俺だって気付いてからはずっと隠してきた。
 今になって何で……。
「……カノン……」
 そっと布団を剥ぎ取り、髪を撫でた。
「もう、他の女の子と付き合ったりしない?」
「しない」
「絶対だよ……」

 そう言って、カノンは俺の胸に飛び込んできた。


 血の繋がらない二人は、兄妹の一線を越えてしまった。
 もう、後戻りはできない。


 インターハイは、結局二回戦で負けました。
 部活も、しばらく休みだし、やっと、夏休みになったってカンジ。

 マテ。

 夏休み → 親は仕事で、昼間は居ない → 家は子供だけ(しかもラブラブ) → 何もないハズがない!

 すごく解りやすい方程式だ。
 俺、一人が、遊びに行こうものなら、カノンが疑うこと間違いナシ。
 絶対無事には終わらないな……。

 自制心、自制心、自制心……(永遠に続く?)
 ……あは。そういやスッゲーご無沙汰……いやいやいや、イカン、イカン。

 コンコン
 部屋のドアをノックするのはカノンしか居ないだろ。
「はーい」
 ドアが開き、カノンが部屋に入ってきた。
「タカくーん、お昼ご飯、何食べたい?」
 食べたい?
 カノンの頭からつま先まで、ざっと見て、思わず本音が漏れる。
「あー食べたい……」
 夏はイケナイね……薄着で、露出部が多い。ヨコシマな妄想が止まらない。誰か止めてくれ。
 俺は、健康な男子なんだから。そろそろガマンも限界に達しそうだ。
「タカくーん? もしもーし。お留守になってるけど?」
「ヤりたいって言ったらどーする?」

 首を傾げ『?』な顔された。
「何を?」
「……」




 何か今、すごく気が遠くなったような……。
「いや、だから……」
 短刀直入に言うべきか、遠まわしに言うべきか……
「あの、釣りバカ日誌で、『合体』ってなるヤツ……」
 例えが、微妙だったか?
 しかし、なにやらさっぱり分かってない様子で。
「私、釣りバカ日誌見たことないから分からない」
 ああ、そうなの?
 遠まわしに言うと逆効果そうな気がしてきた。
「僕とエッチなことしませんか?」
 やっと理解できたらしく、みるみる顔が真っ赤になっていった。
「いや、あの、えと、きっ急にそんなこと言われても……こっ心の準備がね……あの……」
 両手と頭をブンブンと振ってる。
 思った通りのいい反応だね。
「ああ、いいよ。気にしないで。今日じゃなくてもいいし」
「あは、あはははははは」

 まぁ、今日は予告とか警告ってことにしておこう。
「そうめんか、冷やし中華とか、そばとか、ざるうどんがいい」
「何が?」
「昼メシ、何がいいか聞きに来たんだろ?」
「おお! そうでした。すっかり忘れてました!」
「俺は別に、カノンでもいいんだけどね?」

 笑顔で促してみたけど、また顔を真っ赤にして、くるりと反対を向き、
「おそうめん、茹でてきます」
 そう言って、退室した。

 ああ、ヤベ。あんなこと言うんじゃなかった。
 頭の中が、エロエロワールドだよ。このまま家にいたら、襲いかねん 昼から、どっかに行こうかな……。

「ご飯できたよー」
 数十分後、一階からカノンの呼ぶ声がした。
 まぁ、とりあえず、メシ食うか。

 昼食は、リクエスト通り、そうめん。
「いただきまーす」
 ツルツルツル……。
 チラリとカノンの様子を伺ってみる。
 ……もう重症ですね。何でもエロく見える。
 俺、一人だけテンションと血圧上昇させてどうする!
 自分でツッコんで、虚しくなってきた。
 つっこむ? ……あーもぉダメだー。
「頭抱えてどうしたの? 麺の茹で加減、間違えた?」
「いや、自分と葛藤中……」
「訳わかんない」
「あはははははは」

 ハァ……さっさと食って、出掛けよう。

「ごちそうさま。俺、出掛けるから」
「えー? どこに行くの?」
「別に、ドコってのは……決めてないけど……」
「……」

 カノンは不満そな顔をして、黙って食器を流しに運び、洗いだした。
 しばらくカノンの後姿を見ていたけど、これ以上何も言ってくれそうにないので、正直に言うことにした。
「このまま家に居たら、カノン襲いそうだから出掛けるんだよ」
「……」

 それでも黙ってる。やっぱり、機嫌損ねたかな?
「浮気しに行くんじゃないから」
「うん……」

 やっと返事してくれた。
 カノンの背後に立ち、後ろから抱きしめる。
「ごめん、俺が変なこと言ったから、気にしてるんだろ?」
「……うん」
「ちょっと頭冷やしに出るだけだから……」
「煮えちゃうよ、たぶん」

 今は夏。今年は猛暑。外はカンカン照り。雲ひとつない。
「もう、十分煮えたぎってるよ。吹き零れる寸前」
「……わ! ちょっと! やだっ変なトコ触らないでよ……」
「ダーメー。吹き零れた」

 プッツンしてしまった俺の大暴走。
 もう止まらない。
 後は、漢字一字で、お楽しみください。(後はあなたの想像におまかせ)


 襲。

 触。

 脱。

 初?

 焦。

 喰。

 出。

 終。

 眠。



 西日が、眩しい。西側の部屋、夏は最悪だ……。
「あれ? 寝てた?」
 起き上がり、部屋をぐるりと見回した。床に散乱した抜け殻(服)……。
 ……は?
 隣には、裸の女。
 ……え?
 自分も裸。
 ……あらら。
 やっと、自分のしたことに気付いた。
「だから、出掛けようとしてたのに……」
 頭抱えて、今更言ってももう遅い。後悔先に立たず?
 今、何時? 親帰ってきたら大変だ!
 六時過ぎてる? マズイ!
「カノン、起きろ! 早くしないと、帰ってくる!」
「……うー……」

 カノンを揺すっても、微妙な反応。
 激しすぎた? ギャー!
「カノン!」
「ハイッ」

 カノンは、ビックリして飛び起きた!
「な……何?」
「早く、服着ろ! もう、六時過ぎてる!」

「やだ! たいへ……キャ――――」
 突然、悲鳴あげるからびっくりしたじゃないか!
「おい、なんだよ……」
 カノンの方を見ると、頭まで布団被ってる。
「タカくん、早く出て行ってよー」
「はぁ?」

 大体、俺の部屋なんですけど。
「私、服着れないじゃない! 出て行ってよー」
 今更恥ずかしがらなくてもいいのに……。
「早くー!!!」
「はいはい」


 なんか今日は、スリル満点だね……。

 ――プルルルル……プルルルル……

 家の電話が鳴り出したので、一階へと降りる。
「はい、藤宮です」
『あ、孝幸?』
 相手は、母だった。
『今日、急に接待入っちゃって、お父さんも一緒なの。帰り、遅くなると思うから。ご飯は要らないから。あ、もしかして、もう作ったあと?』
「いや、まだ」
『そう、よかった。そういうことだから、ごめんね。華音ちゃんにも言っておいて』
「はいはい、じゃーね」
 電話を切ったあと、思わずガッツポーズ。
 よし、もー一発!

 自分の部屋の前に来て、ドアをノックする。
しかし、何で自分の部屋のドアをノックせにゃならんのだ。
「カノン、父さんと母さん、接待で遅くなるって」
 ガチャっとドアが開く。
「……そうなんだ……」
 身支度が終わったカノンが出てくる。
 ……目、合わせてくれないのは気のせいか?
「ご飯もいらないってさ」
「……うん……」
「カノン?」
「……ん? 何?」

 やっぱり。
 カノンの顔を俺の方に向け、目をじっと見つめると、みるみる真っ赤になっていった。
「恥ずかしいか?」
「分かってるなら言わないでよー」

 そのまま不意チュー。
「おにーちゃんと一緒にお風呂は入りまちゅかー?」
「は……入らないよぉ……」

 真っ赤な顔のまま、しまいには、困った顔された。
 かわいすぎる。もうメロメロ。
「夕飯、カノンがいいなー」
 ニコニコ笑顔で言ってみたけど、
「うへぇ……またぁ……?」
 みごとに拒絶反応。
「……なんだよ。悪いかよ」
「もう、しばらくいい」

 淡泊な反応だね。
 俺一人だけテンション上げてるのも何か、ね……。虚しくなってきたよ。
 まぁ、仕方ないか……アレはキツかっただろうし……。
「なんかダルくて、夕飯作る気しないから、適当に食べて……おやすみぃ……」
「おやすみ?」

 おいおい、そりゃないだろ!
 今日の夕飯、カップラーメン。
 俺は育ち盛りで、盛りのついた男子だぞ! ラーメンはないだろ!!!

 ひとつ屋根の下、ほんのささいな出来心〜♪(サボテンの花、替え歌)

 と、いきなり急展開な高二の夏休みでした。


 友達にも内緒。親にももちろん内緒。
 絶妙な関係は続行中!
 親の目を盗んで、こっそりイチャイチャ。


 例えば、勉強教えるフリして……
「さ……わ……るなー! ちゃんと教えてくれなきゃ分かんないよ!」
「俺はそんなことより、あんなことやこんなことを教えたいんだけど……」
「……出て行けー!」

 追い出された。


「保健体育とか教えようか? 実技」
「……?」
「フクリュウエンとシュリュウエンの実演を……」
「未成年でしょ! タバコ吸うなー!」

 まるで漫才だね。


「音楽の勉強とかどうだ?」
「音楽?」
「カラオケ」
「密室で何かする気、満々ですね?」
「満々ですよ!」
「却下です」
「……チッ」



 こんな、俺たちでも、一度も危機がなかったわけではない。
 ある日、母にズバリ言われたことがきっかけで、起こった事件。
「最近、すごく仲がいいわね」
「何が?」
「華音ちゃんと、孝幸」
「そうか?」

 ちょっとドッキリ。でも、平常心っと……。
「うん、だいたいそのぐらいの年の兄妹って、あんまり仲良くないものよ?」
「へー、そーなの? 血、繋がってないし、他人だからじゃないの?」

 軽く言ったその言葉。部屋に母しかいないと思って言ったその言葉を、丁度部屋に入ってきたカノンが聞いてしまったから、さあ大変。
「他人……?」
 言った後に後悔しても、すでに遅い。
 カノン、即退室。
「孝幸……それは酷いんじゃない?」
「俺もそう思うよ……」

 言った自分が言うな。

 その日から、家に居ても食事、風呂、トイレ以外、ずっと自室にこもって出てこなくなった。ヒッキー?
 部屋は、鍵かけてて入れない。ノックしても、返事はない。
 まるで俺を遠ざけるように。

 謝ることもできず、三日経過。

『ううううううカノンカノンカノンカノン……』
 カノン依存症か? 頭の中、カノンの事ばっかり。
 授業中だっていうのに……。
「この問題を……藤宮、答えてみろ」
「……」
「藤宮?」
「聞いてませんでした」
「……おい……」
「身が入らないので、帰ります」
「藤宮! 待ちなさい!」

 先生の制止を無視し、椅子から立ち上がり、机の横に掛けてあるカバンを肩に掛け、教室を後にした。

 実はまだ十一時なんだよねー。
 カノンが学校終わるまでどうしようかな……。
 ドラマ風に、校門で待ち伏せかな? やりすぎな気もするが……。

 下校時間まで、適当に時間つぶし、カノンの通う高校の校門の前で待つことにした。
 共学の学校だったらあまり気にならなかったかもしれない。
 女子高の校門前は……死ぬほど恥ずかしい。

 通り過ぎる女子高生は、俺を見ては、
「あ、あの制服って、……学園じゃない?」
「男子校だよね」
「彼女でも待ってるのかな?」
「いるんだね、校門で待ってる人って。初めてみたわ」

 ……俺だって好きでやってるんじゃないんだけどね。

「校門にいる男子高生、かっこよくなかったら怒るよ?」
 また野次馬かよ……。
「絶対かっこいいって」
「……」
「……」

 あ、カノン。
「ななななななななななな……何してるの!」
「え? 華音の知り合い? もしかして彼氏?」
「いや、あの……この事は見なかったことにして! じゃ、先に帰るから!」

 友達にそう告げて、カノンは、俺の腕を引っ張り足早にその場を去る。

「何してたの?」
 普通に話してくれたことに、少し驚いた。
「カノン待ってた」
「私? 家で待ってればいいのに……」
「部屋から出てこないじゃん」
「……」

 顔をしかめた。図星だ。今日もそうするつもりだったのだろう。
「ここまでしないと、話してくれそうになかったから……」
「やりすぎよ、これは。あー明日、色々聞かれるんだわー。どうしよう……」

 女は、そういう話好きだからな。
「……お兄さん? 彼氏?」
「……お兄さん」

 その方が言い訳しやすいか。
「どっちでもないからね……。中途半端で対応に困る……誰にも知られちゃいけないし」
「うん……」

 いつものカノンに戻っていたので、すっかり忘れるところだった。謝りたくて待ち伏せまでしてたのに。
「この前、ごめん。言い過ぎた。母さんに急にあんなこと聞かれたから、とっさに言ったことだけど……」
「わかってるけど、やっぱりショックだった」
「ホントにごめん……」
「いいよ。今日ので誠意は伝わったから。やりすぎだったけど」
「うん、すげー恥ずかしかった」
「あ、そこの公園、すごくきれいなんだよ。行こうよ」

 カノンに腕を引っ張られ、カノンオススメの公園へ。
 カノンの通う女子高の近くだから、学校が、逆方向の俺は知らない場所だった。

「高校入った時から、この公園で好きな人とデートとかできたら素敵だなーって思ってたんだ」
 嬉しそうなカノンの顔が、俺の心を満たしていく。
「また二人で来ようか?」
「え? でも……」
「冬だったら、日が短いから、暗かったら誰だか判んないだろ?」
「デート?」
「そうそう。学校帰りにちょっとだけね」
「うん。……早く冬にならないかな……」

 そう言って、空を見上げるカノン。

 約束の冬は、もうちょっと先……。


 次の日、言うまでもなく、先生に呼び出された。

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