9.5・リンダ 君でなければ <後編>


 人前では、ごく普通の家族を演じ、二人きりで居る時だけは、恋人。
 そんな関係も、一年三ヶ月。
 高三の俺は、進路について悩んでいた。
 大学行ってまで勉強する必要もない。
 どちらかと言えば、劇団に入っちゃうのが一番だと思うけど。
 しかし……。

「俳優? なにバカなこと言ってるの? 俳優も、ミュージシャンも腐るほど居るのよ?」
 将来の夢を正直に言っても、まったく取り合ってくれない母。
 俺は真剣なのに。
 何で俳優になりたいか、理由さえ聞いてくれない。それは、子供がグレる原因だよ、母さん。


「俳優になりたいんだ。初めて聞いたよ……。いつから夢だった?」
 初めて理由聞いてもらえてちょっと嬉しかった。
「小六の時……六年生を送る会の劇見てから……」
「私が、出てた……?」
「そう、あの劇……カノンが、その役になりきってて、いつものカノンじゃなくて……何て言えばいいのかな……圧倒されたっつーか……人を感動させたりできるってすごいことだと思って……」

「なるほど……中学の時の文化祭で、劇に出てたのも」
「みんなイヤがって、裏方やりたがるから、好きな役選べて大満足」
「だったら演劇部にでも入ればよかったのに……」
「文化系はモテないって聞いてたから……」
「……それで、人気のバスケット部」

 その理由に、ちょっと不満そうなカノン。
「で、今に至る。というわけです」
「今年の文化祭、劇なかったけど?」

 ……触られたくない話題だ。
「ふん……。突発で代役立てれなかったから、中止……」
 原因は……俺かも。


 文化祭当日。
 小学校が同じだったヤツにたまたま会って、鎌井直紀が同じ高校だったことを知った。
 自由時間に色んな場所を探し回っていたら、肩がぶつかったヤツが、ちょうど探していた人物だったわけだが……、
 からかい半分、まぁ、気付くだろうと思って言った言葉で、誤爆してしまったのだ。

「ちいせぇくせに、真ん中歩いてんじゃねぇ! ありんこらしく端っこ歩いてろ!」

 相手は俺のことに全く気付かず、ぶちキレ、あっという間に伸された……。
 俺が出るはずだった劇も中止になった。

 顔は腫れるし、体中痛いし……あれだけはどうでもよかった。
 鎌井は、親父さんが金にものを言わせたとかで、停学処分のみ。
 俺が病院に行っている間に、うちにも謝りに来たみたいだけど。


「私、うちに来たときに見たよ、その人。小さい人でしょ? お父さんは国会議員の……」
「よく考えてみれば、再会を喜ぶほど、仲良くなかったんだよね……」
「久しぶり! 覚えてる? ぐらいにしとけばよかったのに」
「そうだね……」

 今更ぼやいたって遅いんだけど。
「でも、高校卒業したら……家出るってことだよね?」
「そんなこと……考えてなかった」
「……ひどい……っていうか、そこまで考えないと……」
「劇団ならこの辺にもあるけど、絶対入れるとは限らないないから、場合によっては家から出ることにもなるだろう」

 カノンの顔がみるみる暗くなっていく……。そろそろ言うだろう。

「「私……そんなの耐えられない……」」
「……ちょっと、真似しないでよー」
「一年、辛抱してくれ」
「できない。一緒じゃなきゃイヤよ」
「……我慢するのは、お前一人じゃない。俺も同じだ。カノンは大学に進学して、それを口実に俺の傍に来ればいいだろ?」

「……そうだけど……」
 今にも泣き出しそうなカノンをそっと抱きしめた。
「今すぐに居なくなるんじゃないんだから、そんな顔するな……」
「うん……でも……ヤダよ……」



 どんな形でもいい。舞台に立って、誰かが何かを感じてくれたなら……それだけで……。
 簡単に叶う夢ではない。だからこそ叶えたい。
 それから、夢への最短距離であろう、劇団探しを始めた。
 できるだけ近い場所に限定して。



 学校では就職か、進学か、悩んでるヤツもいる。何も考えてなくて、今頃になって焦るヤツも……。
「藤宮、卒業したらどうする? 進学? 就職?」
 中学から同じだったクラスメイトに急に聞かれて少し驚いた。
「なんだよ、いきなり」
「昨日、親から散々言われてさぁ……。俺、何も考えてなかったから。藤宮は、どうするか考えてるかなーって思ってさ」
「考えてはいるけど……一応就職ってことになるんじゃない?」
「どこ? 俺も行く!」

 居るんだよね。友達と同じ所に行きたがるヤツ。そんでもってだいたい先に辞めて、こっちの株まで下げられる。
「お前には、向いてないと思うよ……」
「なんだよそれはー!!!」
「適当に進学すれば? まあ、センター試験の出願期限過ぎてるから、一般入試になるけど」
「これ以上勉強したくないんだよ!」
「……フリーターでもしてろ」
「他人事だと思ってー!!!」
「だったら、進路相談室に行くか、自分で決めなさい。じゃーね」
「うわー見捨てる気かー!!!」

 言ってることが矛盾しまくってて、訳わかんねぇよ。


 もしかしたら卒業生に、劇団に行った人が居るかもしれない。
 聞くだけ聞いてみようかな?

 帰る前に、職員室に寄ることにした。
「失礼します……」
 職員室に入ってすぐ、天敵がいた。
 ……鎌井直紀……
 向こうは俺に気付かなかったけど、担任(?)と進路について話をしているみたいだった。
「鎌井の志望は、県外の心理学部のある学校……ええと……」
「第一志望は……聖新羅学園の大学で……」

 こいつ、進学するのか。心理学? これまたカタそうな学科だな……。
 あ、そうだ。いいこと考えた。

 担任は、ちょうど職員室にいなかったので、とりあえず速攻で帰宅した。


 夕飯。
「母さん、俺、大学行くことにしたから」
「あら、やっと現実ってものが分かったみたいね。でも、センター試験、出願してないでしょ?」

 別に諦めたわけじゃないぞ。
 カノンは、『何で? 昨日と違うじゃない!』って言いたそうな顔してるけど。
「一般入試があるからたぶん大丈夫」
「ふぅん……で、ドコの学校?」
「……聖新羅学園の大学部」
「ドコ?」
「……県」
「何で?」
「心理学の勉強に」
「……この前、殴られすぎたんじゃないの? もう一回病院行った方が……」

 この前って、文化祭のときのことかよ。
 しかも、真剣に心配されている。
「……冗談じゃないんだけどね。俺はいつも真剣なのに……」
 まともに話を聞いてくれないのは、母じゃないか!
「将来、カウンセラーにでもなるの?」
「ならねぇよ!」


 結局、どこまで信じてもらえたかは謎。


「ウソツキ……」
 グッサリ。
「タカくん、劇団に入るって言ってたのに……」
「まて、よく考えてみろ。劇団に入って、役者になりました。公演で帰って来れません」
「……ますます会えなくなっちゃう……近くの劇団を選んでも意味ないじゃない!」
「ふふん……俺もそこまで考えてなかったよ。大学行った方がまだマシな気がしてきた……」
「でも何で、心理学?」
「知り合いが、同じところに行くと思うから」
「うわぁ……適当……」
「自分の実力でも試してみようかと思ってね」

 自分では、『キリッ』っとキメてみたつもりだが……。
「実力? なんかさっぱり分からないけど?」
 まだまだ、勉強が足りないかな……。(未熟)


 一月から二月。
 鎌井が受ける第一、第二志望の大学を一般入試で受験。みごと両校とも合格した。
 一応、第一希望の大学に入学を決めたが、アイツが絶対にいるという保障はどこにもなかった。ある意味『賭け』。


 三月。
 地方の大学に進学=一人暮らし。
 アパート探しに行ったのだが、時すでに遅し。出遅れた!
 ワンルームに空きがなく、リッチな『2DK』の部屋になった。

「急に進学するなんて言うから……」
 俺のせいかよ。仕事が忙しくて、すっかり忘れていたくせに。


 引越しの日が近づくにつれ、カノンの口数が徐々に減っていった。気持ちはわかるけど、それも寂しいな。
「かのぉぉん、もー少し楽しく振舞ってほしいんだけど?」
「……うん、わかってはいるんだけど……」
「心の中は『喪中』なの。ってか?」
「そこまで分かってるなら、もうちょっと気を使ってくれてもいいと思うんだけど?」
「気ぃ使ってどうすんの? 今更進学諦めて、ココに残るなんて言わねぇからな」

 益々、しょんぼりさせてどうする!
「引越しまで、もう少しあるんだし、楽しくいこうぜ? このまま向こうに行ったら、夏休みとか、帰りづらくなるだろ!」
「ずっと一緒に居たいんだもん。離れたくない……」
 しまいにゃ泣かれてしまった……。
 カノンのアタマをナデナデしながら、クサイセリフを吐き出す。
「どんなに離れていても、俺はいつも、カノンのことを想ってるよ……」
 プンプン臭う……クサすぎる……。
 顔の温度も最高記録達成だ。


 引越し当日。
 三日前に、必要な家具類は旅立っているので、俺と生活必需品?(携帯とかサイフ……タバコ。……マテ! 未成年!!!)が、お引越しですね。

 新幹線と電車で、現地入りするので、駅まで見送りに来た母とカノン。父さんは仕事で会社。
「せいぜい、餓死しないようにね」
「しないよ。近くにコンビニあるし」
「洗濯忘れて、同じものを毎日着ないように」
「まめに洗濯しろって言えよ」
「掃除忘れて、気管支炎にならないようにね」
「俺の部屋は、ホコリとカビで病気になりそうなほど汚かったのか?」
「キレイだったわね。勝手に掃除されて、ベッドの下のエッチな本を発見されて怒られることはなかったものね」
「ベッドの下に置いてねぇよ。本棚の奥……く……く……」
「没収しとくわね」

 しまった! うっかり本当のこと言ってどうする! 帰った時の為に、何冊か置いてきたのに!!!
「華音ちゃん、このエロガッパに何か言ってあげたら?」
 エロガッパ? 古風な……。
 せっかく、見送りに来たのに、何もしゃべらないな……。母さんがいるから、うかつなこと言えないけど。
「……さみしい……」
 直球!!!!
「そうね……寂しくなるわね……なるべく早く仕事から帰るようにするわね」
 そういう解釈したか! よし!
「俺なんかこれから一人だから、もっと寂しいけど……ま、お互いがんばろうぜ」
 カノンの肩をポンポンと叩いて、笑顔でしばしお別れ……。
「孝幸……女の子をそんな甘〜い目で見つめるのはやめなさい」
 水差すな!!! つーか、見てんじゃねぇよ!
「うるさい、クソババァ……」
 台無しだ、チクショウ……。


 新幹線と電車を乗り継ぎ、到着した、一人で新たな生活を始める場所。なんか、田舎……。
 周辺の探検を兼ねて、徒歩でアパートに向かった。
 コンビニは、大学周辺に集中しているし、漫画喫茶もゲーセンもある。本屋も近い。弁当屋もあるし、大学生向けであろう飲食店も多数あり、生活に困ることは、まずない。逆にありがたいぐらい何でもある。欠点といえば、出費がかさみそうな気がするコト……。

 アパートに到着し、三階の部屋の前。真新しい鍵を鍵穴に差込み、回す。
 部屋にはまだ何もなく、新築クサイ。
「うわー……一人で入るとすごく広く感じるなぁ……」
 早速、独り言。家具も何もないから部屋に声が響く。
 一度、下見には来ているが、一通り部屋を回ってみる。
 使用感がまったくない(これからもないであろう)きれいなシンク。
 トイレ、風呂は別々だし。
 部屋は、オールフローリング。さて、右と左、どっちの部屋を拠点にしようか……。左右対称だし、どっちでもいいんだけど……。
「玄関から遠い左でいこうか……」
 なんとなく。虚しく声が響く。一人暮らしになると、独り言が多くなるのか?
 ――ピンポーン
 早速誰か来た?
「丸浜引越し便でーす」
 ああ、荷物がきたのか……。タイミング良すぎ。
「はーい」

 運びこまれる家具の配置を指示したり。
 衣類などの箱は、キッチンに積まれていくだけ。
 荷物を運び終えた引越し業者は帰り、早速片付け開始。
 『一番』と書いてある箱を開ける。一番大切な物が入っているという意味で、箱詰めの時に『一番』と書いたのだ。
 ご丁寧に新聞とプチプチに包まれたコレは、写真立て。一度、写真を見つめ、テレビの上に置く。
 そうだ、電話ぐらいしといた方がいいかな……。

 うっかりカノンと長電話してしまい、片付けは深夜まで及んだ……。


 入学式。
 該当人物は、チビだ。視界に入らない可能性も高い。
 視線を落として探そうにも、この多人数の中から一人を探すのには無理がある。講義の時に探す方がいいだろう。


 初、講義。
 後ろの方に陣取ってみた。後ろから探す方が怪しまれずに済むし。
 ところが……該当者なし?
 次の講義も、そのまた次も……。
 しまった、この学校はハズレだった?
 すっかりやる気なくしてしまった。こうなったら、演劇サークルで燃えるしかない!


 演劇同好会『劇団サークル』
 いかにも……そのまんまの劇団名。部員数十五。
 そのうち男七人。ほぼ半々でバランスいいね。
 新人歓迎会は、部室で仮装大会。演劇サークルらしい歓迎だ。
 俺は、劇団長のチョイスで、王子服を着せられた。アタマには王冠まで……。
「う〜ん、やっぱり、長身美男は、王子よね〜」
 ちなみに、団長は姫。
「もう、主役決定でしょ! 演技ができればの話だけどね……」
 いかにも悪い魔女な、もう一人の女も俺を見てそう言った。
 演技? 俺の得意分野じゃん。いっちょやってみますか?
 団長の前にひざまずき、手を取り……、
「ずっと、あなたのような方を探していました……。そして、ようやく出会えた。私と、人生を共にしませんか?」
 役になりきって、目で殺す! これぞ俺流演技術!
「……本気……?」
 ここに居る全員が、イキナリ告白したと勘違いしたようで、呆然としている。
「残念ですが演技です。心に決めた人がいますから、期待しないでください」
「いや……本気かと思っちゃった……突発でできるなんて、すごい」
「高校の時もずっと主役だったんじゃないの?」
「バスケ部のレギュラーでした」

 聞いた途端、全員が唖然とした。そりゃそうだろう。
「間違ってる! こんなの間違ってるぅー!!!」
 今まで主役だったであろう、その男は、頭を抱えて座り込んでしまった。準主役に降格決定。


 しかし、俺の演技は、あるヤツには敵わないことを知ることになる。
 降水量が、例年の倍以上で異常気象だった、十一月。
 サークルなどの部室裏の山が、土砂崩れで大惨事。
 丁度、部室に向かう途中だった。

「まだ、中に人が残ってる!」
「建物がゆがんで戸が開かないんだ!」

 プレハブだからなー。ペシャるのも時間の問題だろうな。
 俺は遠くから見物していた。
「私が行きます!」
 あ、同じ学部の女だ。名前は知らないけど。アイツ、何する気だ? と思っていたら……カツラ……? あの顔……!
「鎌井?!!」
 アイツ、同じ大学だったのか? 学部も同じなのに……全然気付かなかった。まさか、女装してるなんて思ってなかったから、居ないものだと思っていたのに……。

 俺の演技なんて、シロウト同然?
『おのれ……鎌井め……』
 演技心(?)に火がついた。アイツだけには負けねぇぞ……。



「演技の真髄は、その役になりきること。俺……私は、『林田リンダ』。泣く子も魅了する、役者志望の『オカマ〜』」



 ボランティアサークルに潜入!!!
 演技が私の全て!
 『ギャフン』と言わすわよ!

「あらぁ〜? 小さくて見えなかったわ。チビカマちゃん」
「ムッカァァァ」
「直……」



 本当はこんなコト、したくないんだから、さっさと気付けよ、鎌井……。


 あ、女装してたことは、カノンにはヒミツにしといてくれ。


  <終わり>

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