9.5・リンダ 君でなければ <前編>
初めて華音に出会ったのは、小学五年生の時だった。
母が、再婚を考えている人に会ってほしいと、言い出したときは、正直、家出まで考えたけど、とりあえず一度会ってみようと思って。
「この子が息子の孝幸です。こちら、会社で同じ部所の藤宮さん……」
紹介された、藤宮という男の隣には、同じ年ぐらいの女の子が、恥ずかしそうに下を向いて固まっていた。
「藤宮清二です。カノン、挨拶しなさい」
「は……はじめまして……藤宮華音です……」
彼女は、下を向いたままだったけど。
「今、四年生なんですって。孝幸の一つ下ね」
「孝幸くんは……」
藤宮さんの質問攻め。学校のこととか、クラブのこととか、色々聞いてきた。
この人となら、うまくやっていけそうな気がしたけど……
華音は終始、下向いて黙ってるだけだった。
『イヤだったら、イヤダってはっきり言えばいいのに……』
帰りの車の中で、母に聞かれた事はやっぱり……
「孝幸、藤宮さんのこと、どう思う?」
「俺は別にいいと思うけど?」
窓の外を流れる景色を見ながら、そう答えた。
父親になるかもしれない男と、かつて一緒に暮らしていた本当の父親を、比べたりしてた。
本当の父親は、俺にも、母さんにも無関心で、家に居ても暴力を振るう最悪なヤツだった。
小学校に入学する前に離婚して、それからは母子家庭だった。
それに比べると、藤宮さんはいい父親そうな気がするけど、子連れ再婚ということは、向こうも離婚かな……
「あの、カノンって子、あの子どうなの? ずっと下向いたままだったし」
「人見知りするんだって。華音ちゃん」
「人見知り? アレ重症じゃん」
何度か会うにつれ、華音も慣れたみたいで、やっと話をしてくれるようになった。
「孝幸くんは、食べ物何が好き?」
「え? 食べ物? ……急に何?」
「私、料理得意なんだ。次に会う時はお弁当作ろうと思って」
「あ、それで……。だいたい何でも食べるけど……鶏のから揚げが好きかな……あと、チキンヒーローとか」
「揚げ物……うん、がんばる」
後で聞いた話なんだけど、揚げ物は苦手だったらしい。いくら料理が得意とはいえ、小学生。そりゃ、油は危ないし……。
「華音ちゃんのお母さんってどんな人だったの……」
藤宮さんはとてもいい人だったから、奥さんが居ないことがずっと引っかかっていた。思い切って聞いてみたけど、言った後で、華音には聞いちゃいけなかったことだと気付いた。
「母さん?」
華音の動きがピタリと止まった。
「あーあーあーあーあーゴメン、聞かなかったことにして、本当にゴメン……」
「華音ちゃんのお母さんは、華音ちゃんが小さい時に、病気で亡くなったんだって……」
衝撃の事実だね……。離婚じゃないだろうとは思ってたけど……。
「どうしたの? 急にそんなこと聞いて……」
「いや……なんとなく……ね……」
言えない、華音に聞いてしまっただなんて言えない……。
あー本当に、なんて無神経なことをしてしまったのだろう。
俺だって、親父のこと、聞かれたくないってのに……。
次、ちゃんと会ってくれるかな?
まさか、これが原因で、破談とかになったら、俺のせいじゃん。
自分の妄想にヤラれて、悪い方向にばかり考えだしていた。
日曜日。
毎週、藤宮さんたちと楽しい時間を過ごしていたが、今回ばかりは、気が重かった……。
運が悪くて、華音が来ない。最悪、破談……。
誰か、俺のマイナス思考止めてくれよー。
「孝幸くん、こんにちは。約束通り、お弁当作ったよ。から揚げと、チキンヒーローも入ってるよ」
華音の反応は、今まで通りで、少し安心した。
結局、自分で自分を追い込んでただけかよ。
お弁当を持つ華音の手のカットバンが気になった……。
「手、どうしたの?」
「ああ、これは、油がはねてヤケドしただけで……」
「ごめん、俺が揚げ物好きっていったから……」
「ううん、いいの。揚げ物、できるようになったから。あそこに座って食べよ」
そりゃ、今まで、できなかったって言ってるのと同じじゃん。
「お父さん、林田さん、一緒にお弁当食べましょう」
藤宮さんは、仕事で遅い日もある。母親がいない藤宮家では、自然に料理(家事)は、華音が担当するようになったとか。
さすが、藤宮家の料理長! 華音のお弁当は、高級レストランのランチよりもおいしかった。(オーバーな小学生表現)
夏休みに入って、すぐに藤宮さんの家に引っ越し、新しい家族の生活が始まった。
母さんと華音が、一緒に料理したり、家族で買い物に行ったり、家族旅行に行ったり。
何もかもが初めてで、新鮮で、楽しくて……
自分の異変に気付いたのは、新しい生活が始まった二年後だった……。
その日、ごく普通の夕飯の時間。
「いただきまーす」
「孝幸」
「何?」
「今日、商店街で一緒にいた女の子、誰?」
味噌汁ブーって吐きたくなる質問だった……。
今日の昼って、二ヶ月前に付き合いだした彼女に、遊びに行こうって誘われて……デートしてたってヤツで……。
「いや、あの、それは……」
「彼女?」
はわわわ……いや、あの……。
って、何言い訳考えてるんだ俺は!
何もやましいことしてるんじゃないんだから。
いや、したあとだ……。(墓穴)
そんなことは、分かんないだろ!
普通に付き合ってるだけで、何も……ってことにして……。
「あ……あははははははは」
なぜか、笑ってごまかしてしまった。
「孝幸くん、彼女……いるんだ……」
グッサリ……。
……何ショック受けてるんだ俺。
「最近の子は、早いんだな……」
「結婚も、早い子はとことん早い時代だからねー」
あははははははは。……はぁ……。
いちいち親に報告するようなことじゃないと思うのに、見つかったらみつかったで、ツッコまれる。ほっといてくれよ……。
だいたい、何でカノンに言われた事でショック受けてるんだ?
変だろ。
知られたくなかったとか、隠してたとか……?
誰に?
カノン。
俺が?
何で?
変じゃない? それ。
気のせいだよ……な?
その夜、彼女について色々と考えてみたけど、彼女と一緒にいても、楽しくなかったことに気付いてしまった。
それって、どういうこと?
だいたい、何で付き合いだしたんだっけ?
……彼女がかわいいって、クラスで噂になって……。
彼女から告白されて……まあいいかって思って……。
俺の優柔不断な『まあいいか』が原因か!
いやいや、だいたい、俺が誰と付き合おうと関係ないだろ!
そうだよ。俺の勝手じゃん。
なんで、家族の目とか気にしてるんだ!
なんで……気になるんだ?
結局、彼女と付き合う理由がないことに気付き、別れた。
俺の想いの矛先が気のせいで、何かの間違いだと、自分自身に言い聞かせながら、色んな女と付き合ってみた。
感情のない、偽りの自分が、そこに居るだけ。
最終的に、いつも想うのは、ただ一人……。
――華音。
変だ。絶対変だ。
家族で、義妹である華音をなぜ?
女なんてたくさんいるのに、なぜ?
『いもうと』なのに……。
今にも溢れ出しそうな感情を抑えて、生活していくのにも限界があった。
高二のある日。
部活で、帰りが遅くなった日。
「ただいま……」
「おかえり。遅かったわね」
この日は、めずらしく母が、出迎えてくれた。
いつもは、仕事で遅いのに……。
「インターハイ前だし……今日は早いね……」
「たまには早く帰らなきゃね。ご飯とお風呂、どっち先にする?」
「すぐにでも寝れそうだから、ご飯食っとく……」
「じゃ、準備するわね」
リビングに入ると、カノンが、ソファーで本を読んでいた。俺に気付いて笑顔で……
「おかえり。遅かったね」
「うん、インターハイ前だから……父さんは?」
無意識にカノンの隣に座る。
「今日、残業で遅くなるんだって。タカくん、もしかしてレギュラーに選ばれた?」
「ご名答。イキナリ練習量倍だぞ? 電車の中で何度寝そうになったことか……」
「終電の酔っ払いオヤジだよ……」
ああ、たまにテレビでやってる、駅員に起こされてフラフラと帰って行く、アレだね。
「あー、徒歩か、タクシーでご帰宅ぅー?」
「誰が、高額のタクシー代払うの……」
調理中の母がつっこむ。
「無事に帰ってきてよかったね」
カノンはクスクスと笑いながら言った。
「そーだね」
全然無事じゃない。駅から家まで自転車なんだけど、実は何度かミゾにハマったとはとても言えない。転倒時にぶつけた体が痛い……。
一人でご飯食べて、風呂から上がったらすぐに寝ようと思い、一度リビングに顔を出した。
「もー寝るから……」
「待って、孝幸」
「あー? ……何?」
俺、疲れてるんだけど……。
「華音ちゃん、ここで寝ちゃったから、部屋まで運んでくれない?」
今、二階に運べるのは俺しか、居ないのか……
「……はいはい……」
どうせ、二階に上がるんだし、ついでだ。
俗に言う、『お姫様ダッコ』で、そっとカノンを抱き上げ、二階のカノンの部屋へ……。
疲れもピークに達していたのか、無心だった。
カノンをベッドに降ろし、布団を掛けた頃になって、ようやく重大なことに気付いた。
俺の本能が語りかける。
『今しかない』
もう、二度とないかもしれない。
今日を逃せば……。
『いや、何考えてるんだ俺は。そんなの、おかしいよ。』
そう思っても、視線はカノンに向いたまま、全く動かない。
体は、ゆっくりとカノンに近付くだけ……。
ゆっくり……ゆっくりと……。
聞こえるのは、俺の心臓の音だけ。
耳障りなほど、大きく、激しく……。
カノンの頬をそっと撫で、やさしくキスをした……。
『カノン……』
心の中で、大切な人の名を呼んでも、返事は返ってこない。
『俺は、間違ってるかもしれないけど、カノンが好きだ……』
心の中では言えても、絶対に言えない言葉……。
そっと離れ、目を開けた瞬間、とんでもない光景が!!!!
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