7・釜 ありんこ?!


「あーはらぁいっぱ……」
「なんでのんきに寝ちゃってるんだよ?!」

 部屋に戻ると、祐紀がベッドでヨダレを垂らし寝言を言っていた。
 それにしても帰りが早いね?
 まさか、寝ているとは思わなかった。
 ディズニーランドから出るなんて誰にも言わなかったハズなんだけど……。
 頭の事を思い出し、素早くカツラを装着したのとほぼ同時に祐紀の目がうっすらと開いた。
「んんん……にゃお?」
 猫か? と思ってたら祐紀は跳ね起きた。
「どこ行ってたんだ、お前は!」
「あ、起きた? オハヨ」
「オハヨじゃねぇ! どこに行ってたんだお前!」
「べつにぃーヤボ用だしぃー」
「訳わっかんねぇ。なんだよそれ。俺はマッチョに振り回されて、絶叫フルコースだったんだぞ! アレは嫌がらせか?」

 そういえば、剛田さんと細木さんに護衛頼んでたのに、ナゼ祐紀だけここにいるんだろう?
「俺は高所恐怖症で、絶叫マシンが苦手なのにぃぃぃ。ああ、思い出すだけでも心臓がバクバクする……」
 顔が青いぞ。だいたい高所恐怖症なんて知らなかった。東京タワーでは平気じゃなかった? タワー行こうって誘ったの、祐紀だったし。
「無視かよ、オイ!」
「……」

 よく考えてみると、祐紀って……、
「な……なんだよ……」
「一人で帰って来たの?」
「あったりまえだ!」
「よく無事に辿りついたね」
「悪かったな! 方向音痴で!」
「……何が不満なの?」
「それはこっちのセリフだ!」
「じゃ、短刀直入に言おうか? こっちも溜まってんだよ……」
「何が?」
「……う……色々……と……」
「ストレス?」
「……あーやだやだ、外見ばっかで無知だなんて……」
「俺は無能かよ!」

 誰もそこまで言ってないけど。
「……もうその話題は終わりにしよう」
 あまり深追いすると悪い方に進みかねない。
 だいたい今は喧嘩してる場合じゃない。
 さっさと調べ物して、このモヤモヤした気分をスッキリさせないと。
「なに? その紙袋は」
「卒業アルバム」
「なんでそんなもん持ってるの?」

 もう機嫌直ったのかよ……。単純なヤツだな。
「兄さんに持ってきてもらった」
「わざわざ、東京まで?」

 ……言わなきゃだめかな?
「うん……」
「ありえねー」
「言うと思った」

 そういえば、言ってなかったな……。
「僕、実家が千葉だし」
「え? マジで?」
「正直言うと、ディズニーランドは飽きるほど行ったから、今更だったよ」
「な……なんと! ……初耳だぞ、それは……」
「言ってないもん」

 パラパラと卒業アルバムをめくって、住所録を探す。
「いつのアルバム?」
「小学校」
「えー! 見せて見せてー」

 強引に奪われそうになるがうまくかわした。
 今は思い出に浸って語ってる場合じゃない。
 祐紀が何を言おうと無視して、児童名簿欄にとある名前を探した。しかし、何度見直しても該当のものは見つからなかった。
「おかしいな……確かに居たんだけどな」
「何かわかんないけど、とりあえず見せろ!」

 と、強引にアルバムを奪われた。
「直、何組?」
「……三」
「三組……さわやか三組か……」

 あんた、古いよそれは!
「……思ったより、かわいくない……チビでぶー」
「……チビデブ?」
「なんかムチムチ。半ズボン、ヤベー! 犯罪」
「その言い方……なんか、ムカつく」
「で、誰探してたの?」

 そこ! つっこむのが遅いよ!
「林田」
「へー同じ小学校だったんだー、リンダ…………はぁ? なにそれ!」
「嘘じゃない……アイツも、僕のことを知ってたから、間違いないハズなんだけど……」

 祐紀も名簿欄を開き、一通り目を通していた。
「いないじゃん、林田なんて。途中で転校でもしたんじゃないの?」
「……あ、そんなこともあったかも……」

 クラスが同じだったのは四年生の時だけだったし、特別仲が良かった訳じゃないから記憶は曖昧でよく覚えてない。たしか、六年になって誰かが転校したって聞いたような……。
 だいたい何の恨みがあって僕や祐紀にちょっかいだしてるんだよ……心当たりないんだけど。逆に、チビだのデブだの言われたことのある僕の方が恨みたいぐらいなのに……。
「直は、未だにありんこちゃんのままだよね」
「誰がありんこだ!」

 ありんこ? 林田がいつも僕に向かって言いやがる。
「高校の時も、誰かにありんこって……」


 三年の文化祭の時、誰かとぶつかった時に……、

『ちいせぇくせに、真ん中歩いてんじゃねぇ! ありんこらしく端っこ歩いてろ!』

 でかくて、わりとガタイのいい兄ちゃんの見下した態度にぶちキレて、ボコボコにしちゃって、停学になって……。
 ありんこ……ガタイのいい、でかい兄ちゃん……あれは確か、商業科のヤツだった。
 いやな予感がする。もしかしたら……。
 携帯を取り出し、兄さんに電話した。

『もしもし?』
「兄さん、高校の卒業アルバム、大至急持ってきて!」
『またぁ〜?』
「ジャイアントスウィング……」
『……取りに行けばいいんだろー? 仕方ないなー』
「よろしく」

「直……お兄さん、いじめすぎじゃない?」
「……仕方ないじゃん、勘当されてるから帰れないし」
「だからと言っても、あれじゃパシリだよ……」

 ……そうかも。
「どうせ、アクアラインであっという間に木更津なんだから……。アッチは車だし……車……」
 あ、そういえば忘れてた。今の車で丁度、思い出した。
「言い忘れてたけど、車もらったんだ」
「おおお! 帰ったら早速ドライブだ! って、誰に?」
「兄さん、最近新車に買い換えてね。下取りに出したフリして僕にくれたの」

 もちろん、頑固オヤジには内緒でね。
 たまに、兄さんが僕に会いに来てる事も、電話したりしてることもナイショ。
「なになに? スポーツカー? VIPセダン? オヤジセダンはイヤだよ……」
 タダで貰っておいて贅沢は言えないだろう。
「フェラーリ……」
「……」

 祐紀は目玉が飛び出しそうな顔に変化した。
「嘘だよ。そんなもん貰ったら、売って別の車に買い換えて残りは貯金するって」
「お前の嘘は見抜けないんだよー! 嘘を真顔で言うなー!」
「あははは、おもしろーい。貰ったのは、スポーツカーだよ」
「嘘じゃないよね?」
「ホントホント」
「前見える? 足とどく?」
「……怒るよ?」

 絶対、言われると思った……。

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