69・釜 エピローグ T 〜夢に向かって〜


 大学生になって、四度目の春。大学生活、最後の春かな?
 相変わらずドタバタとした毎日を送っている。
 サークルにも新入生部員が数名入り、相変わらず自腹で、地道に活動中。


 藤宮はあの面接が無事通ったらしく、ガソリンスタンドに就職。実際には、三月末から仕事を始めていたらしい。
 女性客相手に藤宮節が炸裂しているんじゃないかと、考えただけで具合が悪いけど。


 消防士採用試験について、ネットで色々な情報を集めている時、ふと気付いたことが……。
 ――ココには体重計なんてものはないから僕の体重は身体要件を満たしているのか、胸囲も握力も肺活量などなど……。
 ということで早速、体重計とメジャーを買いに出掛けてみた。

 身長……一六三センチ、何とか合格! というより、いつこんなに伸びたんだろ?
 体重……四十八キロ、アウト!
 胸囲……七十八センチ、女性なら合格ライン。なのでアウト! シリコン入れときゃ良かったか? ……いやいやいや!
 っていうか、僕ってかなりのもやしっ子? 自覚症状が全くなかったのは確かだ。
 肺活量は、四リットルの焼酎ペットボトルと短く切ったホースを使い、簡易計測。……まぁ、オッケー?
 四リットルもの焼酎を誰が飲んだのか、なんて聞かないように。僕が飲んだ割合は三分の一ぐらいだけど……と言えば、察しはつくだろう。
 視力はいつぞや、免許の更新の時に……一応1.5だったから大丈夫でしょう。
 握力は、毎晩鍛えているということで……もにもにと。(殴)
 測れるものはやってみて、条件を満たしてないことに今頃気付く。
 しかし、受験の受付直前に気付かなくてよかった……。返り討ちにされるところだったよ。

 体力検査もあるということで、スポーツジムに通い始めてみたのだが……。
 更に体重が減ってしまった。
 ダイエットに来たんじゃないんだよ、僕はー!!
 ということで毎日、肉を食う、食う。
 しかし、食べた分も動いちゃうからなかなか増えない。

 という努力をしながらも、勉学にも励む。
 夏にはサークルの合宿を――と言いたいが、受験の受付期間が八月中旬からということで、今回は中止。
 古賀ちゃんが文句垂れてたけど。子供じゃないんだから、一人でも行けるでしょ! 何なら野田でも連れて行けってんだ。
 何とか身体の条件を満たすこともでき、提出に必要な書類を準備して市役所の職員課へ提出に行った。


 それから、九月末の日曜日。
 一次試験――教養試験と体力検査の為に受験会場へと向かった。
 なんだかガタイのいい人ばかりで……僕なんかが合格できるのか、したとしても採用にまで至るのか、少し不安に思えた。
 体力検査では、走らされる、跳んでみる、握ってみる(要は握力)、起き上がってみる(腹筋とも言う)……反復横とびは結構得意。
 急な運動で具合を悪くした人も数名。
 待っている間にウォーミングアップをしておいたから、難なくクリアって感じで、持てる力は最大限に発揮し、不満を残さず試験を終えた。


 十月中旬、一次試験の結果が郵送されてきた。
 ポストにそれが入っていることに気付くと、その場で明けて中身を確認。
 ――合格通知だ。
 夢が現実になる――そう確信していた。
 まだ、試験は残ってるけど……。


 十月末の平日に二次試験が行われた。
 今日は作文試験、性格検査、健康診断の三つ。
 今回も体調は万全で、問題なくクリア。と言っても合格したかどうかなんて、まだ分からないけど。自分ではそれだけ、出来が良かったと思える。


 そして十一月中旬――最後の試験である面接。
 二次試験の結果発表は十二月下旬――。


 例え合格しても、卒業見込みであるだけに、それを落とせばなかったことになるかもしれない。
 消防士採用試験を終えた僕は、大学の勉強に本腰を入れた。
 卒業論文とか、卒業論文とか、卒業論文とか……。
 提出期限が十二月二十日だとー?!!


 雪が降ってやたら寒かった十二月も下旬のこと――
 論文提出も間に合い、卒業試験までゆっくりとできそうだ。あまり気を抜く訳にもいかないけど。
 台所に立って昼食の準備をしている最中のこと。
『……ぇ……うぇぁぶへらうぃぐぇうおぁぁぁぁぁ!!!!』
 外から人間のものとは思えない怪しげな叫び声。しかもこちらに近づいてきているようで、徐々に大きく聞こえてくる。
 何だ?
 と思ったら、いきなり玄関が開いた。
 誰だよ、鍵を閉め忘れたのは。変なのが入ってきたじゃないか。
 っていうか、何で真冬のクソ寒い時期だというのに、昼間から中途半端に服が脱げてんだよ、藤宮。
 しかも勝手に入ってきて僕にしがみついてくる。
「ちょっと……一体何の嫌がらせ?」
「かの、あか、あかあかあかあかあかあかあかあかあか……うっぎゃー!!!!」

 まともに喋る事もできず、発狂。
 もう、意味わかんねーよ。
「ぎゃー!! 直が襲われてる!!」
 恐る恐る顔を覗かせる祐紀……遅い! もういいから、どうにかしろよ、コレ……。


 それから、僕の誕生日。まるでプレゼントのごとくポストに入っていたのは、例の採用試験の結果。
 今回ばかりはポストの前で開ける勇気はなく……部屋に持って入ってもなかなか開封することができなかった。試験終了後の自信はどこに行ったのやら……。
 ――これで、決まる……?
 いやいや、もし落ちてても来年また受けてみてもいいじゃないか。チャンスが一度きりというわけではない。落ちることの怖さは知ってるけど、まだまだ受験資格はある。
「私が開けようか?」
 痺れを切らした祐紀がテーブルに置かれた封筒に手を掛けようとした。
「いや、僕が開ける」
 と、先に封筒を手にした。
 ゆっくりと、丁寧に封を切り、中の紙を丁寧に取り出し……開いた。

 ――合格通知。

 見間違いじゃないかと、何度も何度も書面に目を通す。
 夢じゃない。もう、夢じゃない。現実になるんだ!
「すっげー。スゴイよ、直! 合格だよ!」
 いつの間にか僕の後ろから覗き込んでいた祐紀が、歓喜の声を上げた。
 そして立ち上がり、手を上げたり下げたりしながら、部屋の中をスキップして回っている。
「やった、やった、祝杯〜w」
 ……え? 祝杯? もしかして、そっちに喜んでるだけ?
 それより、今日は僕の誕生日だってこと、ちゃんと覚えてる?


 あとは無事に大学を卒業するだけ。
 採用試験に合格したからと言っても、まだ最後の難関(?)卒業試験が残ったままだ。

 そして一月。
 おかげですっかり忘れていたサークルの存在。
 この頃になって、ようやく後任を決め、二年間務めた会長を降りた。

 二月上旬からあった卒業試験も何事もなく終えた。
 そして、採用通知と辞令交付式の案内が届いた。
 ……あれ? 合格したら本採用って訳じゃなかったの? あぶなーい。
 一応、合格通知に何度も目を通したはずだったのに、浮かれすぎてうっかり。

 暇であるこの時期を利用し、採用報告がてらウチの実家に行ったり、父さんと母さんを引き連れて祐紀の実家に行ったり……もちろん、結婚についての話である。
 話し合いの結果――今すぐに式をできる訳ではないので、先に籍だけは入れて、あとは落ち着いてから、という結論に達した。
 とりあえずは、婚姻届と必要書類の準備と、記念の写真撮影を……。
 あっちにこっちに行ったり来たり。この頃はハードな日々を送った。

 祐紀のドレスは特注で、姉さんがデザインしただと?
 この時、姉さんの仕事が何であるのか、ようやく全貌が明らかになったという感じだ。


 三月、良い結果を修め、祐紀も卒業確定。
 それから卒業式――。
 どうにもこうにも我慢ができず、市役所に駆け込んだのもその日だった。
 今日から――祐紀は鎌井姓になり、僕らは人生を共にするパートナー――夫婦という絆で更に結ばれたんだ……。




 ――四月一日。
 消防署で辞令交付式。

 四月一日付けで、僕は夢への第一歩『消防士』になった。
 それから今年採用されたばかりの新人市職員の総合研修。すぐに消防学校という訳ではないようだ。
 その研修が終わってから、いよいよ消防学校生活が始まる――。

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