第三部 Reconsider / Resolve
51・釜 おもい
――直紀へ
今まで迷惑をかけてしまってごめんなさい。
でも、連絡が取れなくなってからずっと心配していたという事も、分かって下さい。
絢菜さんに色々と調べて頂いていた事はご存知だと思います。
その件は私が絢菜さんに依頼し、彼女たちに調査をさせていたという事に嘘、偽りはありません。ですから、彼女たちを責めたりはしないで下さい。
正臣や優奈に何度か会ったようですね。
楽しそうに直紀の話をする二人が羨ましくも思いました。
あの時、何も言えなかった私が、何より憎く、ずっと後悔しています。
貴方をこんな形で手放したくはなかった。
お父さんも仕事で過剰に神経を使っています。
あの時、言われた事がまだ心のしこりになっている事でしょう。
あんな事を言ったお父さんですが、あの日の事を今でも後悔されています。
手紙ではそれが伝わらないかもしれません。
けれど、それだけ直紀を大切に思っていた事を、想っていたからこそ、あの姿の直紀を見てお父さんがした事、それがどんな意味であったのか、よく考えて欲しいのです。
勘当したから、親子の縁が切れる訳ではありません。
いつでも、心の中では直紀の事が心配でなりません。
お父さんが言っていました。
子供は親に迷惑をかけるものだと。
真っ直ぐに育った者より、その方が気にかかり、心配になるものだと。
確かに兄さんや姉さんは真っ直ぐ過ぎたのかもしれません。
だから、直紀の事が目立って、あの時のお父さんには不快だったかもしれません。
貴方が居なくなってから、直紀の存在の大きさに初めて気付いたのです。
例え、今は離れていても、思いが通じていなくても、直紀が私の子であり、私が母である事、お父さんの子であり、お父さんが直紀の父である事に変わりありません。
お父さんに会いたくない気持ちも分かりますが、一度家に戻って、直紀の元気な姿を見せて下さい。
――母より
僕の誕生日に突然舞い込んできた母からの小包。
たいした大きさでもなく、軽いその箱を開けたのは、クリスマスイブの夜。祐紀が寝静まった後だった。
箱の中には二本のマフラーと手紙が入っていた。
マフラーは僕と祐紀へ、ということ。
ブランド物というのがちょっとイヤミな気がするが。
僕もこの手紙に嘘、偽りがないことぐらい分かってる。
だけど、あの日の事は今でも心に深く傷を作ったままだという事も。
家族の間に溝を作ってしまった事も。
今更、勘違いでしたなんて言えないだろう。
今更、会いに行けないだろう。
あの日、僕は二度と戻らない覚悟で家を出たのだから……。
テレビで見る父が、あの日を境に老け込んだ事も気付いてる。
学園祭で見かけた母さんが、疲れきった顔をしていた事にも気付いてた。
だから尚更、会いに行く事ができないんだ。
勘当しても、親子の縁は切れない。
その言葉だけでも僕は十分救われている。
今はまだ出来ないけど、いつか……いつかは父が鎌井宗次朗だと、母は鎌井亜季だと、胸を張って言える日が来ることを信じている。
僕はまだ大学生で、誰かを養える程の能力も、誰かを助けてあげられるほど力もないけど、いつかは……いや、絶対にそうなってみせる。
愛する者を守りたい。
今は必死に祐紀一人を愛し、守り守られるのが精一杯だけど……。
本当は、帰りたいんだ。あの場所へ。
彼女を連れて行きたいんだ。僕が生まれ育ったあの街へ、あの家へ。
会いたい人も居る。
言いたい事がたくさんある。
手紙を手にしたまま拳を握り、強く胸の辺りに押し付けた。
――会いたい。
その思いは日に日に募るばかりなんだ。
――でも、会いたくない。
真っ直ぐに見つめてくれるその眼差しが、罪を犯した僕には……深く突き刺さるようで怖い。
胸が締め付けられるように、きゅっと痛む。
今は自由で幸せ過ぎる。その反面、逃れられない過去に縛られて動けないまま……。
――今の僕にはまだ……できない。