50・鍋 聖なる夜、それぞれのLOVE


 直の誕生日が終われば、すぐにやってくるクリスマス。
 今年はサークルメンバーと、『クリスマス会』兼『忘年会』。
 提案者はあの片瀬。
 裏でやっていた事がバレてから私に対する態度がコロリと変わってしまい、何とも複雑ではあるが。まぁ、悪い子ではないのでこちらも警戒心丸出しの態度はやめ、できる限り普通に接するよう努力している。


 ――二十五日、クリスマス。午後六時。居酒屋前集合。
 ざっと見ただけでも部員数よりなぜか多い。
 藤宮兄妹は移籍したのでオッケー。片瀬も元々ボランティア在籍だし、坂見は最近入ったとか。古賀ちゃんががっちり掴んでいるその人は、どう考えても捜査一家のでかちょーさんだし、その服の裾を掴んでいるのは赤毛のアン……じゃなかった、こたろーとかいう人で、更に隣りにはでかちょー弟くん。ちなみに双子じゃない、珍しいタイプの同級生兄弟。その隣りに捜査一家のちっちゃい女の子と……ツイン・マッチョ?!!!
 でかちょー弟と睨み合いになっている、そのマッチョは細木さん!!
 忘れてた、あの女の子は細木さんの妹だ!
 学園祭の時、『きょうこぉぉぉ!!』って、まるでアニマル浜○のごとく叫んでたアレ……。
「おーい、セーター、全員揃ったかー?」
 セーターを着た男に声を掛けるでかちょー。
 まさか、アンタらのサークルも忘年会とか?
「古賀ちゃん! これはどういうことかね!!」
「あは〜。だーりんのサークルも忘年会をすると聞いたので、どうせなら一緒の場所ならいいんじゃないかな〜と提案したんですぅ。だーりんと一緒でうれしいですぅw」

「そんなに一緒に居たいなら、捜査一家にでも行け!! いや、もうヨメに行っちまえ!!」
「あ、あぅっ……だーりん、祐紀さんが怖いですぅ」

 古賀ちゃんは更にでかちょーに密着。慰めるように無言で頭を撫でるでかちょー。
 まるで私が悪者かよ! 助けて、直ちゃん!!
「剛田さん、細木さん、参加するなら前金で四〇〇〇円頂きます」
「何だよ、割り勘制度やめたのか?」
「違いますよ。食べ放題、飲み放題プランでお一人様四〇〇〇円だから、正当な割り勘です。いつもの割に合わない割り勘ばかりやってると、そのうち国家予算も軽く超えますよ」

 大袈裟な言い方ではあるが、政治家の息子だと思わされるフレーズが含まれています。それは向こうに置いといて……、直さん、捜査一家と共同になってしまったことに対してのツッコミはナシですか……。
「こんな舞子でも、お嫁さんにしてくれる?」
「……もち!」

 うおぉぉぉ、このバカップル、なんとかしてくれー!!!
 この中にまともな人間はいないのか!!
 視界に入れなくてもラブラブオーラの放出が明らかな藤宮兄妹は論外として、片瀬あたりならまだ良い方か――前言撤回。こっちもベッタリ、クリスマスモード。
 その遥か後方の影からこっそりハンカチを噛んで悔しそうに見守る童顔が一名。今度はお前がストーカーしてんのか、石野よ……。
 よーし、こうなったら私もクリスマスバカップルモードで対抗だ!
「揃ったみたいだし、そろそろ予約の時間だから入るよー」
 ああ、バスガイドさんのように引率して行っちゃったよ。旗でも持たせておけば良かったか……。そうじゃなくて、ちょっとは釜って――誤字修正――構ってちょうだいよ。


 私は定位置である直の隣りに座ったが、ごく一部、乱闘でも起こりそうな雰囲気で、細木さんの妹の隣りを細木さんと野田弟が奪い合っていた。
「あっち行けよ、キサマ」
「あんだと? オレが恭子ちゃんの隣りに座るんだよ!」
「ああん、もうやめてよ! お兄ちゃんは右。みつるちゃんは左。これでいいでしょ!」
「「良くない!」」

 そこへ仲裁に入る赤毛のこたろー氏。なぜか髪を解いている。野田弟の腕を取りにっこりと微笑むと、携帯を取り出し写真を一枚撮った。
「体裁ワリィな、色ボケ。ホモだって言い振らすぞコラ」
 ……。これはどう捉えるべきなのか、どう解説すべきか……。とりあえず、続きを見ようか。
「いや、それは困る。非常に困る。オレの株、急崩落だからやめて。こたろーもイヤだろ? そういうウワサが立つのは……ね?」
 髪を結び直しながら、鼻で笑うこたろー氏。実はソッチ系とか? 古賀ちゃんの目もピカっと光った。カバンからカメラでも出しそうな勢いだ。
「オレ的には困らないけど?」
「まさか、こたろー……オレに……」

 青くなる弟に対し、表情一つ変えない赤毛。ここでやっと、古賀ちゃんの隣りにちゃっかり座っている野田兄がツッコミを入れた。
「こたろー、結婚してるから」
「「ええ?!!」」

 野田弟と一緒に私まで声を上げた。
 年齢的にはできるけど、実際に結婚している大学生が知り合いの中に居るとは……。
「で……おたくらどこで紛れ込んだの?」
 ボランティアサークルの忘年会の中に捜査一家系が紛れ込んでいる事に今頃になって気付いた直。……大丈夫か、本当に。

 結局、細木さんが、妹をこんなヤツと一緒に置けるか! と発狂し、古賀ちゃんも、だーりんと一緒がいいですぅ、と直に詰め寄るものだから、共同で忘年会をすることになってしまった。
 未成年者はジュース、二十歳以上はお酒を持って盛大に乾杯。
 ……あれ?
「華音ちゃん、それってチュウハイ?」
「心配ご無用! カノンは二十歳になりました。今日はお酒デビューでーす」
「タカくんがこれなら大丈夫だろうってススメてくれたから……」

 にっこり。……藤宮ご夫妻、周りがしらける程ラブラブですよ。
 うわーん、直ぉ、私も構ってぇ!!
「バカ! 煮えてない肉を持って行くな!! 食べるばかりじゃなくて具も入れろー」
 うふふ……。食べ放題メニューの鍋を仕切ってるじゃないのー。鍋奉行さん……。釜奉行でいいか……あはは。
「賢、熱いからフーフーして食べてねw」
「あ、ありがとう、絢菜さん……」
「もう、さん付けはやめてよ!」
「は、はぁ……」
「はい、あ〜ん」
「いいですって、自分で食べますから!!」

 ……気温高いなぁ。
「恭子ちゃん、オレにもあ〜ん」
 片瀬たちを見ていた野田弟がやはりやらかした。
 しかし、もうひとつ隣のマッチョから箸が伸びてきて、口の中にもっさりと生野菜を詰め込まれ、野田弟の左側に座るこたろー氏はその野菜に大量の竹串を突き刺した。
「も……もひょふひは!!!」
 あそこは見ているだけで痛くなるわ。次……。
「あのね、舞子は稔が大好きです」
「オレもまいたん大好きだよ。……今晩、泊まってもいいかな?」
「うふふふ、もう、やだぁ〜」

 見つめ合って大胆に愛の告白? そして女は照れ隠しに男の横腹を人差し指でグリグリ。それよりあんたら誰? とでも言った方がいいか。ちなみに古賀&野田兄ではあるが。
 私の視線に気付いた野田兄は、思い出したように私に向かって言った。
「そういえば、学園祭の時に壊したオレの目覚まし時計、弁償してね……オナベさん?」
「真部だぁぁ!!!」

 とりあえず、目の前のおしぼりをヤツに投げておいた。
 確かに学園祭の時に男と勘違いされてキレて、思いっきり地面に叩きつけたっけ?
 つーか、人の名前ぐらい覚えろっての! 何がオナベだ、こんちくしょう! 『ベ』が『ペ』じゃなかっただけマシか……。
 しかし、野田兄の古賀ちゃんに対する態度とそれ以外の態度、ギャップがすごくて本当に同一人物なのかと疑いたくなる。
 ……にしても、何だか私、サミシィ。構って! カマちゃん! 私の(そんなにない)胸に飛び込んで! さぁ!!
「ちょっとまてぇ! そっちの鍋が空だからって、こっちに取りにくるなぁ!! 生ビール注文してー」
 クリスマスぐらい、二人でのほほんとしたかった……真部祐紀。
 忘年会のばかやろぉぉぉ!!!


 皆の方に背を向け、一人、隅の方でビール片手に焼き鳥を食べてると、隣に巨大な男が腰を下ろした。
「祐坊、退屈なのか?」
「剛田さん……」
「仕方ないだろう。鍋奉行も会長の務め。……細木もよくこうやってスネてたよなぁ」

 と懐かしそうに遠くを見つめた。
 ……今、ものすごく想像したくないようなイメージ映像が流れたような気がしたけど、気のせいにしておこう。
「フフフ、なかなか機嫌が直らなくて、夜景のキレイな所に連れて行ったり……」
 うぇぷ……具合悪くなってきたかも……。
「ちょっと、外で頭冷やしてきます……」
「おい、続きを聞けよ!」

 どこまで本当で、どこが冗談かよく分からないし、とりあえずこれ以上聞きたくない。


 飲んでいるので体が熱いぐらいなのに、肌を刺すような外の寒さに思わず身震いをした。
 入り口から少し離れた所に腰を下ろすと、白い溜め息を吐いた。
 直がしている事に不満がある訳じゃない。直だからそうするんだって分かってる。
 だけど、少しぐらい構って欲しい。
 皆と一緒に居るのに、何だかひとりぼっちみたいで寂しいよ……。


「祐紀?」


 ……何?
「飲んでるから気温が気にならないかもしれないけど、風邪引くよ? 入ろう」
 ……もう少し、ここに居たい。
「気分でも悪い? お茶でも買ってこようか?」
 違うよ。本当に、頭を冷やしてるだけだから。
 直はそれ以上何も言わず、がさごそという音だけが聞こえ、首に何かを乗せられた。それにしてもまだカバンを提げたままなんだろうか。
 私の隣に寄り添うように座った直は少し震えていた。
「……誕生日の時に来た小包、あの時は適当に誤魔化したけど、母さんからだったんだ。マフラーが二本入ってて、一本は祐紀の分だってさ」
 今、乗せられたのはソレ?
「さ、本当に風邪引くと困るから、そろそろ入ろう。皆、心配してたよ。祐紀の元気がないって」
 誰も相手にしてくれてなかった訳じゃないんだ。直に相手にされなくて拗ねてただけ。皆はちゃんと、私を見てたんだ……。
 顔を上げると、目の前で笑顔の直が手を差し出している。
 私も笑顔で直の手を取り立ち上がると、白くてフワフワしたものが空から降ってきて、繋いだ手に触れるとすぐに消えた。
「……雪?」
 空を見上げると、雪が舞うように降り始めていた。
「冷えるはずだ……」
 私はマフラーを首に巻きなおすと、ぎゅっと直に抱きついた。
 ……何か変だ。直の頭ってこの位置だったっけ?
 最初は目線より下にあったはずの直の頭は、今は同じぐらいか超えている。
「直、身長伸びた?」
「え? 何で?」

 私を見上げる直は首を傾げる。
「前より顔の位置が近くなった」
「……言われてみればそうかもね」

 直は気にすることなく、いつものように私を見上げ、首の後ろに手を回すと、そっと唇を重ねてきた。
「これからもずっと一緒に居てね」
 私の問いに答えるように、もう一度軽くキスをすると、直は微笑んでこう言った。
「うん、ずっと一緒に居よう」
 雪がちらつくクリスマス。私たちはしばらくの間、強く抱きしめあっていた。

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