49・釜 12月生まれの僕へ


 いつもはやっていないサークルのクリスマス会。
 今年は絢菜の希望で、ボランティアサークルでもクリスマス会兼忘年会をすることになった。
 場所は、いつもとは違う居酒屋。ビールは別料金だと面倒な事になるので、忘・新年会限定のプラン、飲み放題、食べ放題コースでお一人様四〇〇〇円。
 一次会だけは、事前に会費を集めておいたので、当日の指定時間に集合すればオッケーです。僕が会費を忘れなければ。
 おおっと、その前に僕の誕生日が……。



「今年の誕生日は期待しててよねー。絶対に驚くよ。うふふふふふ」
 隣りに座る祐紀が僕の顔を覗き込んで、満面の笑顔でそう言った。
 そうか、期待してもいいのか。去年の今頃も期待しまくって暴発寸前だったよ、ぐへへへへ。
 いかん、ヨダレが……。
 まだ祐紀以外、誰も来ていないからいいものの、ここはボランティアサークルの部室。暴走するにはちょいと場違い。
 廊下の方から、パタパタという軽快な足音が近づいてくる。これは毎度おなじみのアノ人だな。ある意味、台風のような人物。
 ドアの前でしばらく止まると、ピシャーンと勢いよくドアが開いた。前のプレハブ校舎だったら、揺れそうな勢いの派手な音を立てて。もうちょっと制御できなかったのか?
 片足が中途半端な角度と高さで止まっているので、きっと足で開けたのだろう。祐紀が視界に割り込んできたので、あまり見えなかったけど、両手には赤い何かを持っていた。両手が塞がっていたとはいえ、お行儀が悪い。
「じゃんじゃ〜んですぅ。祐紀さん、頼まれていた……」
「だぁぁぁ!!! これ以上喋るなぁぁぁぁ!!!」

 押し出しで、真部山の勝ち。祐紀は廊下に出ると後ろ手にドアを閉めた。
 何だよ、僕には内緒って言うの? 隠し事されてるって事がちょっとショック。
 ここからだとはっきりと聞き取れないが、ドアの前でヒソヒソと喋っている。
 聞き取れた部分は……。
「舞たん、早く帰って仕上げないと間に合わないんだろ? 用事終わったなら帰ろう」
 男の声だ。決して祐紀ではない。ガラス越しに映る人影も、一人増えた。
「おおお、そうでした。良かったら祐紀さんも手伝いに来ませんか? もう、シメがギリで……」
 古賀ちゃんの名言だ。
「何の手伝いさ?」
 廊下ではひそひそ声ではなく、普通に会話を始めている。
「同人の原稿ですよー。そりゃもうちゃんと報酬は払いますから……」
 ここで僕はドアを開け、三人の話に割り込んだ。
「焼肉バイキング、ビールは別料金、更に自腹」
「あ、直さん、オツです」

 と敬礼する古賀ちゃん。反対の手は、持っていた赤い何かを後ろに隠した。とりあえず、無言で敬礼を返し、三人の顔を確認。
 祐紀、古賀ちゃん、野田。落ち着いた格好と表情で、古賀ちゃんを唯一、本名で呼んだから兄の『でかちょー』だろう。意外なことに、この野田が古賀ちゃんの彼氏だという、共通点が微塵もなさそうなデコボコカップルだ。
「それでは、古賀は原稿を仕上げねばならぬので、これにて失礼する」
 今までにない真剣な顔だったが、野田の方を向くと表情と声音は一変。
「だーりん、おてて繋いでくださぁいwww」
 変なセリフを残し、くるりと向きを変えるて去る古賀ちゃんと野田。古賀ちゃんが後ろ手に持っている赤い物体が丸見えだ。
 座布団一枚半ぐらいの厚みがあるそれは、白も……。また祐紀が視界を遮り、いきなり僕を部室の方に押したので思わずコケそうになったがうまく身を翻し、祐紀の方を向いた。
「何だよ一体、すっごく気分悪い」
 機嫌が悪いせいで、思った事をすぐに口に出して言ったけど、困った表情をする祐紀を見て、大人気ないかな、と少し後悔した。
 祐紀は無言で、先程まで座っていた所に行くと、椅子に腰を下ろした。
「だからさー、さっき言ったでしょ? 期待しとけって。これ以上の深追い禁止!」
 と口を尖らせ、ちょっと怒ったような表情。胸の高さで手をクロスさせ、バツを作った。
 え? アレが誕生日のビックリ企画なの?
「……あ、ごめん。気付かなかった」
 素直に謝ると、祐紀の表情は笑顔に戻り、僕もつられて表情が緩んだ。
「マージで驚くと思うよー。何だか私も誕生日が楽しみになってきちゃった」
 僕はその笑顔が大好きだ。


 誕生日まであと少し……なんだけど、夜だけはお預けなしだぞぉぉぉぉ。
 去年の今頃は術後で安静時期で……以下略。
 そうか……もう一年になるのか……。ああ、いかん、顔がまた緩んでしまった。
 顔を何度か叩いて気合を入れなおした。


 大学も休みに入るということで、バイト時間も少し増やしてもらったけど、冬休み前の誕生日からクリスマスまで休みを取ったおかげで正月は休みが取れなかった。
 年末にはバイト仲間との忘年会まで控えているし、この休みは珍しくアパートで過ごすことになりそうだ。



 ――そしてやってきた、僕の誕生日当日。
 今年最後の講義を終え、帰ろうとしていた時、背後から甲高くよく通る声が聞こえた。
「直紀くーん」
 声を掛け、こちらに駆け寄ってきたのは絢菜と坂見。残念ながら石野は仲間はずれになってしまい、護衛の仕事を放棄したので一緒には居ない。さすがに毎日アレを見せ付けられたら辛いよな。
「誕生日おめでとー」
 あれ? 僕の誕生日、覚えてたんだ。
「はい、これプレゼント。賢と一緒に作ったケーキだよ。真部さんと一緒に食べてね」
 リボンが大量に巻き付いている、二重ラッピングされた袋を渡された。袋の大きさから推測すると、去年、祐紀が作ったパウンドケーキ程の大きさだろうか。
「うん、ありがとう絢菜、坂見」
 僕が受け取った事が嬉しいのか、満面の笑顔の絢菜。その喜びを坂見と共有したいのか、絢菜は坂見の腕にギュっと抱きついた。坂見は公衆の面前だから恥ずかしいらしく、困ったような笑顔だ。
 親の目が気にならない分、やり放題だね、絢菜。


 アパートに戻ると、一足先に帰っていた祐紀が、今晩のご馳走を作り始めていた。キッチンが寒いので、わざわざストーブを部屋から持ってきている。
「ただいま」
「おかえり。……何? その袋は」

 僕が絢菜から渡された袋を指差し、問う。
「絢菜と坂見からのプレゼント。ケーキだって」
 祐紀の顔から表情が消え、すぐに歪んだ。
「えー、ケーキ作ろうと思ってたのにー」
 テーブルの上にはハカリと少々散乱した小麦粉、砂糖、卵にバター。まだ生地にはなっていないが、材料を量り終えたばかりといった感じで、何だか悪い気がしてきた。
「いいよ、クリスマスに作るから」
 発狂するんじゃないかと心配してたけど、不満そうな顔をするだけだった。祐紀も少し落ち着いてきたってことかな?
 料理の手伝いをしようと思ってたのにキッチンから追い出されてしまい、自分の部屋で退屈な時間を潰した。



 料理が祐紀の部屋に運び込まれると、僕の誕生日会は祐紀と二人っきりで、グラスに注いだビールを乾杯して始まった。
 去年は藤宮妹が監督してたけど、いつの間にか祐紀も一人でまともな料理を作るようになった。手羽先でチューリップを作るのがすっかり得意になって、今回も食卓に並んでいる。
 グラタンもどこで習ってきたのか、ホワイトソースから作るという完全手作り。
 一時はどうなるかと思っていた料理オンチが、一年で見違える程上達。もう、いつでもお嫁さんにしてあげるよ……。
 なんて考えていたので、すっかり忘れていた。

『今年の誕生日は期待しててよねー。絶対に驚くよ。うふふふふふ』

 楽しく会話しながら飲み食いしていたが、思い出すと気になって仕方がない。それが何なのか、古賀ちゃんが持ってた赤い物体が何なのか。
 祐紀が切り出すまで我慢しようにも、気になるものは気になる。
「僕がビックリする期待しとけ、はまだ?」
「あ、そろそろ気になる? しょうがないなぁ。ちょっと待ってて」

 席を立ち、ドアを開けると冷たい空気が流れ込んできて思わず身震いする祐紀。
 ドアを閉める前に顔だけ出して、
「いい? 絶対に覗きに来ないでよ。覗いたら、トナカイのソリに乗って帰っちゃうかもよ」
 と釘を刺し、ドアを閉めた。
 それは、白鳥か何かの恩返しのアレか? クリスマスが近いだけに、トナカイなのか……。
 祐紀が何をしているのか気になって、隣りの部屋から聞こえる物音に聞き耳を立てた。さすがに音だけで理解するのは無理だけど、何度かクシャミをしていた。

 五分ぐらい待つと、ドアの外から祐紀が声を掛けてきた。
「心の準備はオッケー?」
「う……うん、オッケー」

 バーンと開いた扉の向こうに居た祐紀は白い襟の赤い服。謎の赤い物体は、少しフライングしているがサンタの衣装だった。腕は丸出し、更にはミニスカ。ナマ足?!!!
 頭にカッと血が上ったのか、顔が熱くなった。思考もすでにピンク世界に支配されている。
「ノースリーブ、さっむーい! ちくしょー、材料費ケチるんじゃなかったー!!」
 さっさとドアを閉めると顔を歪め、てのひらで腕を摩擦しながらガタガタと震え出した。
 今ので上がった血が八割ぐらい落ちたのか、ちょっと冷静に祐紀を見つめた。
 間違いなくミニスカ。膝上二〇センチといったところか。スカートだけは穿かないと散々抵抗していたのに、一体、彼女の身に何が起こったのだろう? そこから伸びるナマ足。更に腕まで出ていて、何とも寒そうだ。
 祐紀の目を真っ直ぐ見つめ、両手を差し出すと、恥ずかしそうに目を逸らしながらも僕の腕の中に納まり、僕の首の辺りに顔を埋めてきた。
「……直……あったかい」
 祐紀はそっと囁いた。首に感じる吐息が今にも僕を狂わせそうで、何とか耐えようと祐紀に回している腕に力を込めると、彼女も僕の背中に添えるよう手を回してきた。
 互いの存在を改めて確かめるように、頬を撫で、何度も唇を重ね、きつく抱きしめ合った。


 祐紀の背中が床に着いたのと同時に、水を差すようにチャイムが鳴り響いた。
 慌てて起き上がり、火照った顔を押さえる祐紀に、羽織っていたパーカーを掛けると、玄関に向かった。
 もし、藤宮だったらぶっとばす! と考えながら玄関に向かって返事をすると、宅配便でーす、と返事が返ってきた。通販で何かを買わない限り来る事はないんだけどなぁ。
「鎌井直紀さんはこちらでよろしいですか?」
「あ、はい」
「じゃ、受け取りのサインお願いします」

 そんなに大きくない荷物と一緒に伝票とボールペンを受け取ると、ざっと目を通す。差出人の欄には実家の住所と母の名前『鎌井亜季』と書いてあった。
 数秒、もしかしたらもっと長かったかもしれない。僕はその場で立ち尽くし、荷物の中身が何なのか、なぜ送ったのかなど、疑問を頭いっぱいに考えていた。
 宅配のお兄さんに催促されて我に返り、やっとサインを書き伝票とボールペンを返すと、ご苦労様です、と声を掛け玄関を閉めた。
 箱をちょっと乱暴に揺すってみたが音らしいものはしない。詰め物がちゃんとしてあるのかもしれない。
 せっかくの誕生日、せっかくの楽しい時間に祐紀の前で開けるのは気が引けるので、寝室兼僕の部屋の押入れにそのまま放り込み、祐紀の所へ戻った。


「宅配便、何が来たの?」
 正直に言えるはずもなく、適当に答えた。
「うん……通販でちょっと……」
「何買ったの? 教えてよ、見せてよ」

 これは困った、裏目に出てしまったようだ。それなら……、
「セクシーな下着を少々……」
 祐紀は顔を真っ赤にして口をパクパクしている。
「な、直、まだそんな趣味が……」
「何で僕のなんだよ!」
「え?!! 私の? 通販だったら女性下着まで買っちゃうの?」

 僕が再び異常人物になるのは時間の問題か、もうなってるか?
「ウソです、毎晩使用するものを買っただけです」
 これならもう、突っ込まないだろう。
「……ウソだ」
 もう見抜かれてしまった。何でバレた?
「この前、ドラッグストアで買い溜めしてたじゃん! 本当はエロDVDとかじゃないの?」
 突拍子もない発言に唖然。前者は事実であるが、後者は今の僕には必要ないんだけど……。ここは笑って誤魔化すに限るかな。
「あはははははは」
「おのれ直め、見つけたら捨ててやるぅぅ」

 ちょっとイヤな勘違いではあるが、これはこれでいいことにしておこう。


 僕の誕生日、楽しくて幸せな時間は日付を跨いで続いた。

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