44.5・― 夢が終わるとき X


 藤宮孝幸、行方不明から四日が経過した。
 彼の姿は千葉にあった――。
 いつもとは違う雰囲気を漂わせている。
 愛するものを守る為、ようやく辿りついた答え――。
 両親の帰宅後、実家を訪れた孝幸。彼の表情は今までになく冷たいものだった……。


【Side:孝幸】

 調べ物を終えた俺は、何もかもを捨て、失う覚悟をしていた。
 コンビニで資金とメシを調達し、車に乗り込むと、北へと進路を取る。
 最初から高速に乗りたかったが、ガソリン代考えてもギリギリって感じだったから、途中まで国道を走った。
 途中で何度か休憩と仮眠を取り、ようやく辿りついた我が故郷。
 両親が仕事を終え帰宅するぐらいの時間まで、美容院に行ってみたり街中をぶらぶらしていた。
 ……しまった、お土産を忘れた!! まぁいいか。


 午後八時を回り、実家の電気が点いているのを確認し、他人行儀に家のチャイムを鳴らした。
 出てきた母が驚いたのは言うまでもない。
「孝幸……どうしたの?」
 顔と頭を交互に見ながら。つい先日までは茶髪だったのに今は黒髪。それがどういうことかは気付いているだろう。
「話があるから、帰ってきた」
 俺の表情に怯む母。言いたいことがあるだろうけど、ぐっと飲み込んだように見えた。
「アンタ、黙って出てきたんでしょ? ……心配してたわ」
 まさに喧嘩中の親子な互いの態度に、どっちも譲らないという態勢。変な所が似たもんだ。
 誰が心配していたか言わないあたりが、いかにも反対していますって感じだ。ココと連絡取れる心配屋さんは、一人しかいない。
「父さんは?」
「居間に……孝幸?」

 居間に居るのなら話は早い。さっさと終わらせて帰るに限る。母の横を通り過ぎ、居間の父の側に行った。
 会社の書類から顔を上げた父は、急な、意外な客に驚いた様子だ。
「……孝幸くん?!!」
 挨拶なしに、父の前で膝を折り、両手を突いて深く頭を下げた。きっと驚いた顔をしているだろう。
「養子縁組、解消してください」
「「はぁ?!!」」

 両親のマヌケな反応。大方、予想通りだ。
「ちょっと、孝幸? 何考えて……」
 母の問いかけは無視だ。
「これは自分なりのケジメです。大学も辞めます。――だから……」
 ごくりと唾を飲み込む。手には変な汗をかいている。ぐっとその手を握り、頭を上げ、父の目を見て言った。
「カノンを俺にください」


 民法 第四編 親族
 第二章 婚姻
 近親者間の婚姻の禁止
 第七百三十四条 直系血族又は三親等内の傍系血族の間では、婚姻をすることができない。
 ただし、養子と養方の傍系血族との間では、この限りでない。



 この意味を理解するのに、どれだけ時間が掛かっただろうか。
 養子縁組で俺は父さんと親子になったが、連れ子同士の俺とカノンとの間に障害になるものは最初から何もなかった。ただ、世間体が悪いだとか、そういうことぐらいだろう。
 実際、養子縁組を解消する必要もないんだけど……。

「いや、しかし……」
「この前、アンタの友達が……」

「民法第七百三十四条、近親者間の婚姻の禁止。直系血族又は三親等内の傍系血族の間では、婚姻をすることができない。ただし、養子と養方の傍系血族との間では、この限りでない。
 カノンと俺のポジションが逆で、俺が母さんと結婚、カノンが父さんと結婚ってのは、離縁しようが離婚しようがムリだけど、俺は養子、カノンは養方の傍系血族。法は何も禁じていない、だから……」

 同じ所ばかり読んで、詳しく調べていたから、すっかり覚えてしまった。
 もう一度、父に頭を下げた。
「お願いします。カノンが大学を卒業するまで待ちます。結婚させてください……」

 真実を知るまでは、まさか父さんに頭を下げることになるとは思わなかったけど……。

「納得いかないな、養子離縁が。この家から縁を切るというのなら、華音との結婚は許さない」
 や? やや!! 逆効果?!! 何が気に入らなかったんだ?
「私は反対です。断固、反対します」
 おお、そんな……俺の苦労と気合、勇気と希望も水の泡?
「離縁して『林田』姓に戻っても、華音とこの家に帰って来てくれるのなら、別だけどな」
「清二さん?!!」

「本当は薄々気付いてはいたんだ。……再婚前から、華音が孝幸くんと会う度に見せる笑顔、孝幸くんの話をするときの笑顔が普通じゃなかったこと……。最初は家族――お兄ちゃんができて嬉しいんだろうな、と思っていたがそうじゃなかった。本当にそういう関係だったと知って、わたしたちの再婚が、華音と孝幸くんを苦しめたんじゃないかと……そう考えていた」
 ……なんて話の分かってくれる人なんでしょう? 華音は幸せモノだね。
「でも私は反対です!」
 おかん! くどいぞ!
「貴女は何を気にしているのです? 世間体ですか? 子供の幸せよりも自分に向けられる目が気になりますか?」
「当たり前です!」
 言い切ったなコノヤロー!!
「わざわざここまで来て、わたしに頭を下げ、離縁されてでも結婚したいと、その誠意が貴女には分かりませんか?」
 母はぐっと険しい顔をし、父さん、そして俺を見た。
「か……勝手にしてください! もぅ」
 と、くるりと向きを変えて居間から退室した。
 母を目で追っていた父がクスっと笑うと、土下座状態の俺に立つよう促した。
「お母さんはちゃんと説得しておくから、今日はもう休みなさい」
 と言うと、離縁届けがなんたら……と独り言が始まった。
 あらかじめ準備して、ポケットに押し込んでいた離縁届けを広げて父の前に出すと、準備いいな……、と少し驚いていた。
 養父の欄に父が、養子の欄に俺が記入すべきことを書き、印鑑をぺたり。離縁届け完成。
「戸籍上、親子でなくなったとしても、孝幸くんはわたしの自慢の息子だから、いつでも帰ってきなさい」
 目の奥がじんと熱くなった。お……男が泣いてんじゃねぇよ! バカっ!!
 こんなに愛されてんのに、親不孝なことしちゃったかな……。
 涙を見られまいと、懸命に目を擦って誤魔化してみたけど、父さんに背中をやさしく撫でられ、余計に止まらなくなってきた。
「……ごめ……とうさ……」
 嗚咽交じりで、そう言うのが精一杯だった。

 ごめん、父さん……俺一人で林田家(?)に嫁に参ります……。

 テーブルに突っ伏して静かに泣いていた。父は何も言わず、俺の側に居るだけだった……。



「たかゆきー、起きないと、もう仕事に行くわよー」
 ――一夜明け、少々殺風景になった自分の部屋で目が覚めた。
 すっかり忘れていた。いつも一階から大声で起こすんだよね……。返事がないと……。
「早く起きな……あら? 起きてたの? おはよう」
 ノックもせずに入ってくる。ちっとも変わってない。
「はよ……」
 母が無言で差し出している茶封筒……何?
 受け取って中身を確認すると……。なんだ、現金じゃないのか。ザンネン。
 ……あいやー!!! これは、離縁届と一緒に貰ってきた婚姻届ではないか! 入れていたはずの上着のポケットを探るがどこにもない! いつの間に落としたのか? 頭は噴火寸前、顔からも火が出そうだ。
 更に広げて驚いた。証人欄に父と母の署名、捺印……。
「――母さん?」
 俺と目が合うと、すぐに背を向けた。
「……ま、仕方ないわよね? 我が子の幸せも考えなきゃ……」
 ぶっきらぼうな言い方ではあったけど、母の優しさに感謝。
「……ありがと……俺、幸せになるよ……」
 何か違う気もするが……。
「違うでしょ? 華音ちゃん、泣かせたら往復ビンタだからね」
 はいはい、承知しました。お母様。



 そして、俺は一人藤宮家から抜け、再び林田となった。
 今は一人しか居ない、この戸籍謄本の俺の名前の下に華音の名前が記載される日が来る……。
 ……いや、俺が下か?
 姓が変わったことで、必要な最低限の手続きも全て済ませた。免許証の裏書がなんとも悲しい。
 あちこち駆け回り、終わった頃にはもう暗くなり始めていた。
 今日は疲れたから実家にもう一泊して、明日帰ろう……。

 証人欄だけ埋まった婚姻届を握り、カノンの元へ……。

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