44.5・― 夢が終わるとき V
時が戻るのならば、やり直したいことはたくさんある。
記憶に混じった、数え切れない過ち……。
あの時、こうすれば結果は変わっていたのかもしれない、と……。
後悔は飛躍のためにあるものだと、そう思っていても、晴れない記憶が心の奥にしまってある。
誰も覗けない、心の奥に、多くの傷を持っている……。
【Side:孝幸】
呼び出して数分、奴らは姿を現した。
二人は予想外の客――両親に驚いていたが、鎌井ははっと気付いたよう頭を下げた。
「えと、孝幸くんが高三の時、コテンパに伸した鎌井です。どうも、その節はすみませんでした……」
うちの両親も思い出したように頭を下げた。
そういえば、初対面じゃないのか。あの時、俺は病院に行ってたから知らないけど。
「俺、今日から鎌井と一緒に住む。だから真部はカノンと一緒にココで生活してくれ」
「「え、ええー?!!」」
気持ちいい程、息がピッタリだ。一緒に生活していると、似てくるとはよく言ったもんだ。
鎌井は、俺たちと両親の顔を交互に見て、真部を見ても首を傾げられている。
「何で? さっぱり状況が読めないんだけど……」
「……バレちまった」
「「うええええ?!!」」
大袈裟なリアクション、ありがとう。
「キミたちは知ってたのかな?」
終始取り乱さない父は、二人にそんな質問をしている。
「ええ、まぁ……本人から聞きましたから……小学校も同じだったから、華音さんとは血が繋がってないことも知ってます」
母はきわどい表情で、二人に質問……。
「異常だとか、思わなかったの?」
「そりゃまぁ、最初はそう思いましたけど、本人が血は繋がってねぇ! と主張したので、ああ、そんなものかと……」
う〜ん、これはいいのか悪いのか……。
「でも、何か結婚したいようなことを……」
「いらんこと言うな、クソチビがぁあぁぁあぁぁぁぁ!!!!」
立ち上がり、拳を震わせながら力いっぱい叫んだ。
それはカノンにも言ってないことだぞ! できもしない事を口走る程、俺はアホちんじゃないからな!
「でも法律がそれを許さないと、散々嘆いて……」
「まだ言うか! 今の状況を考えてモノを言え!!!」
今度は、震える拳をぶんぶん振り回して叫んだ。
「……そういえば、朝イチでがんば……」
「もう、黙れぇぇ!!!」
ちゃぶ台が目の前にあったら、ひっくり返すぞ!!
この正直者は大バカだ。
ああもう、最悪……。完全に人選ミスだ……。
「ってことで、これで心配ないだろ。満足か?」
まだ不満そうな母。真部の全身をまんべんなくチェックしている。もしや……。
「……男……」
「お母さん違うって、祐紀ちゃんは女の子だから」
「ども、鎌井直紀の彼女の、真部祐紀で〜す」
彼女の部分をやたら強調していたが、その顔は少々引きつっていた。
いきなり、タブー踏んじゃう俺の母。相変わらずデリカシーのかけらもない。
で、適当に簡易引越し準備をして、二階の鎌井と真部の部屋へと移動完了。男と共同生活することになるとは、考えもしなかったが、カノンの近くに居られるだけまだいい方か。向こうにも、我らの事情を良く知る真部が行ってることだし、心配度数は二割減ってところかな。
親の離婚も覚悟してたんだけどなー。今はそういう方に行きそうにないけど、先の事はわからないから、要注意。
「……出かけるから」
「ちょっと待てー! 謹慎中だろ!」
真部から潔癖だとは聞いていたが、こりゃ重症だな。何か説教されてるし。
「いいんだよ、誰にも見つからなければそれでいい」
まだ言い足りないみたいだけど、無視して外出。とりあえず、目的地は図書館。
法律(親もだけど)が俺たちの行く手を阻むのならば、それを詳しく検証し、どこかにあるはずの突破口を探す。それが今回の目的だ。
とりあえず適当に法律関係の本を探し、机にどっちゃりと積むと、該当ページを探し始めた。
民法 第四編 親族
第一章 総則
離縁による親族関係の終了
第七百二十九条 養子及びその配偶者並びに養子の直系卑属及びその配偶者と養親及びその血族との親族関係は、離縁によって終了する。
自分の本だったら、確実に放り投げてるぞ。
……離縁? なんのこっちゃ? さっぱり分からん。もうちょっと分かりやすく書けないもんかね?
第二章 婚姻
近親者間の婚姻の禁止
第七百三十四条 直系血族又は三親等内の傍系血族の間では、婚姻をすることができない。ただし、養子と養方の傍系血族との間では、この限りでない。
2 第八百十七条の九の規定により親族関係が終了した後も、前項と同様とする。
はいはい、ごちそうさま。書いてある意味がさっぱり不明だ。傍系だの直系だの……分かりやすく書け! 辞書も持って来いってか?
確か、前に調べた時は、同じ籍に入ったら結婚不可みたいなことが書いてあったけど、だいたい俺は、戸籍ではどういう位置付けなんだろう?
待てよ……俺は前の親父と母さんから産まれた、鎌野孝幸。
その後離婚した母について行ったから、林田孝幸。
そして再婚後、藤宮孝幸。
我ながらすごい人生を歩んでいるな。虐待にまで耐えたぜ!
離婚、親権は母。……親父に移し変えたらどうだろうか?
第四章、親権……うーむ(熟読)……成人までかよ! これはダメか……。おのれ法律め、俺を悩ませやがって……。次。
親父を探して、親父の籍に潜り込み、他人のふりして結婚! やった〜サイコー。で、肝心の親父はどこへ行った? ……シラネ。却下。
だいたい、俺は母のセット品なのか? 離婚してコロリと苗字が変わって、再婚してまた苗字が変わった。親子、一心同体? 戸籍の移動はフルセットで行っちゃうのか? もう訳わかんねーぞ。こんなことなら法学部にでも行けばよかった……。
……なになに? 配偶者のある者が未成年者を養子とする縁組……配偶者<おかん>の嫡出である子<俺>を養子とする場合……。
俺は養子か? 養子縁組とかいうヤツだな。
再婚の前に離婚から詳しく調べる必要がありそうだな。
何? 戸籍法? もうカンベンしてくれよ。
弁護士って、どんな脳みそしてんだ?
どれぐらい時間が経っただろうか。タバコも吸わず、メモを取りながら調べて分かった事……。
母の離婚後、親父の籍に残ったままの俺は、入籍届で母の籍に移動、苗字が林田に変わった。
再婚――藤宮清二と結婚した母は、藤宮姓になったが、俺は林田の戸籍に残ったまま。父さんと養子縁組したことで、藤宮孝幸となった訳だ。なんてややこしい。
こんな事なら、インターネットでキーワード検索した方が早かったんじゃないか? しまった……。遠回りをしてしまったようだ。
場所をネットカフェに移し、再び調べ物を続行。最初からこうすればよかったものを、とんだ無駄足こいた。
『義妹』だの『婚姻』『離婚』……思いつくキーワードでばんばん検索。早い早い。
ふと、目に留まったサイト……。自分の表情が硬く険しくなったであろう。そこには想像もしなかった、驚愕の真実が記されていた。
何度も何度も同じところを読み返し、しばらくディスプレイから目を離せなかった……。