44.5・― 夢が終わるとき U


 血が繋がっていなくてもそれはいけないことなのか?
 家族である以上、それはあってはならないことなのか?
 それは誰が決めたことなのだろう。
 彼らを縛る『家族』という器の中で、禁忌を犯したというのか?
 スキになった人がたまたま家族になってしまったと……それは只の言い訳に過ぎないのか……。


【Side:華音】

 タカくんが学校には行くな、部屋から出るなと言った理由が何だったのか、知ったのはタカくんが帰ってきた時だった。


 虚ろに空を仰ぐ視線、赤く腫れた手……。
 失望を示すその表情、まるで別人が居るような――目の前に居る藤宮孝幸は、私の知らない人のように見えた。
 タカくんがこんな状態なのに、私が取り乱す訳にはいかない。今まで守ってきてくれたから、今度は私が……どんなに非難されても、私が守るから……。

 静寂を裂くように鳴り出した携帯。私のではなく、タカくんの携帯だった。
 電話を開くと、重い口を開いた。
 微かに聞こえる相手の声はお母さん。取り乱したよう、答えぬタカくんに言葉をぶつけている。そして、聞きたくなかった言葉を聞いてしまい、体がビクっと反応した。
 『兄妹なのに……一体何を考えてるの』
 知られてしまった……お母さんが知ってるって事は、お父さんも……?
 心臓が掴まれたようにきゅっと痛む。
 どうすればいいんだろう? 答えなんてどこにもない。だから隠してきたことなのに……。
 視界が揺れ、膝の上で握った手の上にぽたぽたと涙が落ちた。
 ――泣いちゃダメだよ、華音。タカくんが困るでしょ?
 必死に涙を拭っても溢れてきて、どんどん悲しくなってきた。
 先程の決心は脆く崩れ、もう、どうにもならないんだ、と心の中で諦めている自分が居た……。

 明日、両親がこっちに来るんだって……。


 それから、同じ部屋に居ても会話はなく、いつもは一緒に寝るけど、この日ばかりは別々、自分の部屋で一人、眠れぬ夜を過ごした。


 ――次の日
 タカくんは謹慎中、私も学校に行く勇気も度胸もないので、しばらく休むことにした。
 平日にも関わらず、両親は仕事を休んでこちらに向かっている。
 私のお父さん、タカくんのお母さん……片方の親だけで解決できるような問題ではなく、緊急家族会議といったところかな。
 今日はタカくんとまだ顔を合わせていない。そして昼前、玄関のチャイムが鳴った――。
 出ようとした私を止めると、タカくんは「俺が出る」と一言だけ、いつもより声が低かったように思えた。私と視線を合わせようともしなかった……。
 ドアを開けると、お母さんの顔色が急変し、タカくんの顔に張り手を一発。
「アンタって子は、何て事を……何て事を……」
 それ以上は言葉にできず、ぐっと堪えているように見えた。
 お父さんがお母さんの肩を抱き、部屋に入った。
 ふと、お父さんと目が合ったけど、後ろめたさに、すぐに逸らしてしまった。
 最悪の結果は、覚悟しているつもりだけど……。


 最初は暴力事件について。
「頭にきたから殴ったんだよ」
 タカくんはそっぽを向いたまま、無表情で淡々とした口調だった。
「頭にきたからって……理由があるでしょ! そこまでに至った経緯が」
 眉間をにしわを寄せ、お母さんを見るタカくんの顔は、今までに見たことのない険しいものだった。
「……分かってんだろ? だからわざわざ来たんだろ。否定しねぇよ。事実だから」
 ……開き直った?!
「……本当に、兄妹で……」
 みるみる顔色が悪くなるお母さん。
「スキな子がたまたま家族だっただけなんだから、しょうがねぇだろ!」
 それは私のセリフです。パクられた。
 お母さんはヒステリー状態。お父さん、一言も喋らないけど、どう思ってるんだろう? 目だけお父さんの方に向けてみるけど、目を閉じて話を聞き入っているだけ。
 何か言ってよ……ダメならダメだって、いけないことだって分かってる、だから何か言ってよ!
「華音……」
「清二さん、大切な一人娘にウチの子が不祥事を働いて、誠に申し訳ありません。こうなったら、私が自害してお詫びします!」

 体の向きを変え、お母さんがお父さんに深々と土下座していた。
 え……ええ?!! 自害って……。
「まぁまぁ、落ち着いて。自害されてもわたしは嬉しくありませんよ。詫びる必要はないだろう? 孝幸くんはわたしの息子でもあるんだから、貴女一人が抱え込んでしまう問題じゃない」
 血は繋がってなくても親子、血が繋がっていなくても兄妹。そんな現実を突き付けられたように感じた。
「華音、二人はいつからそういう関係だったのかな?」
 お父さんの口調はいつも通り優しかった。
 もう、バレちゃったんだから、隠す必要はないよね……?
「私が高校一年の時……」
 夏、タカくんが部活で疲れているのに、寝たふりをしたのがきっかけ。アレがなかったら、もしかしたら、ずっと普通の兄妹のままだったのかもしれない……。
 お母さんが指を折って何かを数えている。
「四年? 四年も騙してたの? アンタはぁぁぁぁ!!!」
 と、タカくんの襟を掴んで揺さぶっている。今の「騙してた」はどっち? 親を欺いて騙していた、それとも、まだ私がタカくんにたぶらかされているの騙し? 前者が正解だけど。
「……ああ、なるほどね。それで孝幸くんがこっちに来てからずっと空元気だった訳か。ここの大学を選んだのも、本当は孝幸くんの側に居たいからだね?」
 私はゆっくりとうなずいた。
 何だ、お父さんは高三の時、空元気だったってこと、気付いてたんだ……。
「だから言ったでしょ? 孝幸と同じ部屋はダメだって……」
 こっちに進学が決まって、アパートのことで少しもめてた。
 孝幸と同じ部屋なら悪い虫が付かないかも、でもあのエロガッパは何するか分からないからやっぱり別々に――とお母さん。
 わたしは孝幸くんを信じてるよ。一緒でいいじゃないか、はっはっは――とお父さん。
 笑い事じゃないわよ! と後で怒られていたけど。
「とにかく、孝幸は連れて帰ります!」
 ……え?
「いいわね、孝幸」
 やだ、そんなのイヤだよ。
「俺は帰らない」
「これ以上、華音ちゃんと一緒に暮らすことは許しません!」

 そんな……。こういう結果になることは分かっていたけど、そんなのイヤだよ!
「一緒に居なきゃいいんだろ! まだ処分も決まってないし、友達んとこ行くからいいよ! それでいいだろ!」

 もう、修正不可? このまま引き裂かれて終わっちゃうの? 私達……。

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