44.5・― 夢が終わるとき T
彼らにとって、一緒に居る事だけが、唯一の幸せだった。
先に進めない、それは彼らにとって最大の障害でしかなかった。
だからこそ、隠し通してきた事だった。
なのに何故、人はそれをネタに笑うのか……。
――『異常』だと……。
学園祭も終わり、構内が落ち着きを取り戻してきた頃――。
彼らが最も恐れていた事件は起こってしまった。
今日は講義を受ける為、時間前に構内に姿を現した一人の男――藤宮孝幸。
いつもは人気のない掲示板付近に人だかりが出来ている。普段では見られない光景に興味を持ち、彼もそれを覗きに行った。
彼に気付いた学生の、何とも言えない冷ややかな視線――。
心当たりはなく、不信に思いながらも掲示板に張り出されている記事を目にした時、彼の表情は一変した。
ついに恐れていた最悪の事態を目の当たりにすることになった。
『異常恋愛』『近親相姦』
先日、義妹と一緒に居た時の写真と共に、彼らを非難する言葉がイヤと言うほど刻まれていた――。
【Side:孝幸】
――激写サークルにすっぱ抜かれたー?!
体の体温は一気に下がる。心臓はリズムを乱し、今にも口から飛び出しそうな程、体内で激しく打ち始めた。
周りの視線よりも、その記事から目が離せなくなった。
――一体いつ? 何で……?
冷静に考えれば、すぐに答えは出てくるはずなのに、頭の中は真っ白。思考能力さえも、その役割を果たしていない。
「お前、妹とヤってんの?」
その言葉でようやく掲示板から視線を外すと、周りが冷めた軽蔑の目で俺を見ている事に気付いた。声のした方に顔を向けると、まるで楽しんでいるかのようにニヤニヤと癖のある笑みを覗かせていた。
今ここで真実を打ち明けた所で、誰が信じてくれるものか。ただ、笑の種を増やすに過ぎない。そう判断し、根源を叩くことを優先。人ごみを掻き分け、掲示板前から部室棟へと向かった。
そういえば、カノンも今日、講義があるとか言ってたな。とりあえず、大学には顔を出さないように釘を刺しておかなくては……。
走りながら、ポケットから携帯を取り出すと、カノンの携帯番号をメモリーから呼び出し、発信。
まだこの事を知らない彼女は、陽気な声で応答した。
「カノン、いいか? 今日は学校に来るな。アパートから一歩も出るな。誰かが来ても、絶対に出るな! いいな、絶対だぞ!」
それだけを告げると、携帯を閉じ、ポケットに納めた。
今、カノンに言う訳にはいかない。もしかしたらまだ、もみ消すことが出来るかもしれない。
カノンに、この状況が乗り切れるはずはない。守れるのは、俺一人だけ、味方はいない。
仮装大会のこともあって、通いなれた激写サークル。部室前で中の様子を伺うと話し声が聞こえた。誰か居るみたいだ。
大きく深呼吸すると、ノックもせず勢い良く扉を開く。中の部員――三人が驚き一斉の俺の方を見たが、表情はすぐに驚きから含み笑いに変化した。
俺の体内の血液は沸騰寸前にまで温度を高めた。ここで感情的になったらダメだ、と今にも振り切れそうな怒りと共に何とか自制した。
乱れた呼吸を整え、俺は口を開いた。
「――アレ、どーゆーコト?」
「記事のコト? よく出来てるでしょ? でも合成じゃないからね。それは自分が一番よく分かってるよね? 藤宮くん」
言い方にも一癖あり、煽られている事も分かってはいるが、煮えくり返りそうな怒りは止めようがない。
「それはそれは大スクープで、さぞや気分もよろしいでしょうな……」
皮肉っぽく言うが、怒りの矛先を探すかのように握られた拳はブルブルと震えだしている。
「ま、藤宮に用事があって部室に行った時、たまたま遭遇したってだけなんだけどね。後で去年の学園祭の劇のことを思い出してピンときたよ。普通じゃないって」
写真を撮ったヤツは自慢げに話すが、『普通』という単語をやたら強調していた。
その瞬間、俺の感情を抑えていた何かが、ブツリと音を立ててリセットされた。
それから先は、考えるよりも先に体が動いた。
三人の部員を、殴るわ蹴飛ばすわ。どハデな音が部室棟に響いていることだろう。
「バカっ! やめろ!!」
そう言って、後ろから俺を押さえつけようと、誰かが肩に手を回し、背中にぶら下がっていた。
「お前が今まで守ってきたモノが、全部ムダになるんだぞ!」
――鎌井?
……そうかもしれないけど、もう遅い。何もかも終わりだ。
コイツらが壊した……。俺の不注意で全てを壊した……。
「落ち着け!」
「うるさい、放せ! コイツら全員、病院に送ってやる!」
鎌井を振り解こうと体を揺すり、肩に回された手を退けようとするが、一向に離れない。近くにあった机に背中の鎌井を打ち付け、拘束が緩んだのを見計らい、振り落とすと、再び激写サークル部員に向かって行った。
「何をやっている!!」
騒ぎを聞きつけた教員と鎌井に押さえつけられ、身動きが取れなくなったのと同時に、ようやく失ったものの大きさを知ることになった。
そうすることしか出来なかったのか?
もっと他に方法があったはずだ。
でも、もう遅い。
処分が決まるまでの間、自宅謹慎。
最悪なことに、両親にまで連絡されて、もうごちゃごちゃ。
無残な終わりへと進んでいくだけだった――。