43.5・釜 学園祭と裏事情


 僕から言えば、第三回聖神羅学園大学祭。今年も祐紀と一緒に楽しく過ごせると思っていた。
 大学に進学して、楽しい生活を送ってきた。
 辛かった過去も忘れて、自由になったはずだった。
 まさか、絢菜があの人を連れてくるなんて、考えもしなかった。


 その場から逃げ出した僕は、部室棟の裏で胸を押さえてうずくまっていた。
 親に対する拒絶反応が、発作的に記憶を呼び覚す。

 体中の震えが止まらない。
 今日はそんなに寒くなかったはずなのに、寒くてたまらない。
 喉の奥から熱いものがこみ上げてくる――今までに経験したことのない嘔吐感。
 頭の中では、思い出したくない記憶が、ズルズルと大量に出てくる。

『思い出すな、思い出すな、もう……やめろ!!』

 頭を抱え、心の中でそう叫んでも、一度開いてしまったものは、そう簡単に閉じたりはしない。



 小学校受験で失敗し、親の期待を裏切ったのは僕だ。
 兄さんも姉さんも、父さんの望み通り、いい結果を出してきたのに……僕だけ失敗した。
 だから必死になって勉強したのに、もう、僕の事は信用してくれないの?
 だから、毎日のように家庭教師が来てたんでしょ?
 どうして僕を信用してくれないの?
 僕が鎌井家の恥さらしだから?
 僕だって一生懸命頑張ってるのに……何で認めてくれないの?
 一度失った信用は、もう二度と取り戻せないの?
 成績だって、ずっと首位だったのに、それだけじゃダメなの?
 僕に何が足りないの?
 兄さん、姉さんと比べないで。僕は僕なんだから。
 僕を見てよ。何で目を逸らすの?
 そんなに僕は、出来損ないでいらない子なの?

 誰か、教えてよ!
 僕は何をすればいいの?
 誰か――答えてよ!



 脇のキズが痛む、シリコンを詰めた後の痛みが蘇る。
 頭の中がゴチャゴチャで、息苦しくて、自分でもどうにもできない。
 まだ暴走は続く。


『僕が悪いんだ、何もかも、全部……僕がいなくなればいいんだ』

『僕なんか、いなくなったって、誰も……誰も……』


 きっと、誰も僕を救ってはくれない。
 誰も僕を必要としない。
 親でさえ、僕を見放した。
 誰も僕を必要としていない。
 誰も僕を見つけてはくれない。
 誰も僕を見ていない。
 みんな、他人だ。



 ――自分がこのまま、壊れてしまえばいい。
 そうすれば、こんな思いをしなくていいのに……。




 だけど、今の僕の中にそれを止める人が居た。
 僕にとって、とても大きな存在。
 脚を抱え込むと、その名を口にする
 掛け替えのない人、僕の唯一の居場所、僕を必要としてくれる人――。
「祐紀……」
 彼女ならきっと、僕を見つけてくれる。


「まちやがれー!! 誰が男か、もう一回言ってみろー!!」


 肝心の彼女は、ものすごい形相で男を追い回していた。
 ……ふふ。素通り。
 それでも、安堵の溜め息が漏れる。

 もう、今更自分を責めたって仕方がない。過ぎてしまった事なんだから、どうにも出来ない。
 ……っていうか、まだ引きずってるのか、僕は。
 ようやく、脳が冷静さを取り戻してきた。

 ――あーあ、またやっちゃったよ……。

 少しのきっかけで、すぐに不安定になる。
 だから避けてきたのに……。思い出さないようにしてきたのに……。
 絢菜め……どうして連れてくるかなぁ。いやいや、来る方も悪い!




「直、発見!!」
 しばらく、雲の流れる空を眺めていると、ようやく僕を見つけてくれた彼女。
 僕が逃げた原因を聞く事はなく、捜査一家サークルのグチを散々垂れるだけだった。
 まぁ、聞かれたとしても、言うつもりはない。
 絢菜と一緒に居た人が、僕の母だったなんて……。


 一人で脳内暴走した程度で、祐紀が捜査一家サークルの企画をぶっ潰したということ以外は、何事もなく無事に学園祭を終えた。

 しかし……チャリティーバザーのジャンク品は、所詮、廃品だったわけで、売れるはずもなく、結局、サークルで処分することになった。これもボランティアなのか……。


 バザー完売打ち上げは、いつもの居酒屋で。
 今回は、捜査一家サークルも一緒になって大騒ぎ。
 古賀ちゃんは、野田兄と仲良く会話をしていて、野田弟は細木妹にちょっかいだしてはマッチョに羽交い絞めにされている。剛田さんはそれを見て、そろそろ妹離れしろ、と言いながら、『ロリータ』という酒をグイグイ飲んでいる。
 あれ? そういえば、要注意人物、OG・柏原さんは? いい人見つかったのかな?
 誰だろう、餌食になった人は……。

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