41・鍋 転ばぬ先の杖


 さてさて、九月といえば……ああ、二年前はどうでもいい時期だったよなー……おおっと、いかん! 閑話休題。
 九月といえば、敬老の日。おじいちゃん、おばあちゃん、元気に長生きしてねーという意味を込めて(?)、老人ホームの敬老会へ参加してみました。
 と言っても、茶菓子を配ったり、トイレに付き添ったり程度ですが。ヘルパーさんは毎日、コレに加えて色々やってるんでしょ? 大変だなー。
 でも、いつかは自分も、おじいちゃん、おばあちゃんの立場になる日が来るんだよなー。支えてくれる家族が居るからこそ、頑張れるんだよね。どうせ私は身寄りのないおばあちゃんになっちゃうんだろうけどさ……。


「このハンカチが……こうやって、こうやってこうやると……ハイ! 消えましたー」
 マジックショーらしき事をしているのは、藤宮。珍しくボランティアサークルの活動(?)に参加している。まぁ、大きなイベントではないので、今回は私と直、古賀ちゃん、藤宮の四人なんだけどね。
「おばあちゃん、好きな色のハンカチ出しますよ。何色がいいです?」
 おお、そんなスゴい技持ってるのか! 黙って見守っていると……。
「赤いの」
「あーごめん、赤は昨日売り切れて……他は?」

 あれ?
「じゃぁ……白」
「白? 白は準備してない」

 ……これって……。
「藤宮! マギー師匠のマネしてるだろ!」
「花柄! オッケー、出ますよー。ハトは出ませんからご心配なく」

 誰も花柄なんて言ってないじゃん。それに花柄って……。
「はいー! 花柄のハンカチ、出てきましたー」
 さっき消えたハンカチと同じじゃん。本人、本気でやってるみたいだから、もう何も言うまい。おじいちゃん、おばあちゃんも喜んでくれたようで、それだけで十分か。学園祭でやったら、間違いなく冷たい視線が向けられるだろう。
 しかし、アンタ程、花柄のハンカチが似合わない男は居ないだろ――いや、前職会長、副会長の方が上か。
 やっと、普通のサークルになったと思っていたが、マッチョの幻影に囚われたままだ。恐るべし、筋肉パワー。
 古賀ちゃんは、自前のデジカメで撮影係り。撮る所を間違っていそうで怖いけど――あ、やっぱり藤宮とか直ばかり撮ってる。活動報告資料用の写真にしかならないな。


 特に事故もなく、敬老会は終了。私の手を握って、なかなか帰してくれないおじいさんには参りましたけど。
「明日、報告資料作るから、ちゃんと来てよね」
「今、結構忙しいんだけどまぁいいか。すぐ終わるんだろ?」
「ちゃんとやってくれたらね」

 忙しいって、何が? 藤宮って、ものすごくヒマ人に見えるんだけど。バイトとかしてなさそうだし。
「じゃ、帰ってすぐに写真を印刷するですぅ」
 古賀ちゃんの写真は、ほとんどが自分の資料用だろ。


 ――次の日、昨日の参加者だけ部室に集合。
 古賀ちゃんはかなり撮りまくっていたくせに、数枚の写真だけしか持ってこないし。
 藤宮は報告資料よりも、何かの台本に夢中。ここはこうじゃない、とか言いながら、赤ペンで書き殴ったり……。
 私は直の隣でパソコンを覗き込んでいる。
 珍しく黙っている古賀ちゃんは……既に自分の事に熱中していた。
 部室は、直が叩くキーボードの音と、ペンを走らせる音がたまに聞こえる程度で、静かだ。
「……結局、僕が作ることになるんだよね」
「部長だし!」
「会長です」
「どっちでもいいじゃん」

 ガタガタと音を立てながら急いで荷物をまとめると、藤宮は急に立ち上がった。
「ワリィ、図書館行って来る」
「ちょっと待てー!!」
「演劇はもう、学園祭の準備中なの。要するに忙しいわけ。だから……後は頼んだぞ、会長殿! 
さらばだ!」

 やはり逃げました。
「……ってことで、古賀も忙しい身なので、退散いたす!」
 どさくさに紛れてもう一人も逃げた。
「……」
「……やられた」

 ぎゅっと拳を握り、フルフルと震える直。肩を叩くと、顔を私に向けた。
 私は親指を立て、さわやかな笑顔で、ぐっ!
「……頑張れ!」
 直もそれに笑顔で答えた。
「……ふざけるな」


「の、マジックショー……っと」
 直が笑顔でパソコンを渡してきたので、打ち込んでいるのは私。
「奇怪な暗号だな」
 何が? ディスプレイを見てそれが何の事かよく理解した。
 『藤宮のマジックショー』、と打ったつもりが、『2d@ん7kjd@Zhd)\ 』になってたんだから。
「ローマ字打ちなんだよね」
 ……しまった、前に借りた時、ローマ字打ちだったからかなり苦労したのに、すっかり忘れてた。
「先に言ってよ! 私は高校の時からずっとかな打ちなんだから!」
「ディスプレイ見ながら打ってよ」
「……いかにも、手元しか見ていなかったさ」
「……ワープロ、何級?」
「一応、3級持ってるけど」
「その割には遅いよね」
「くっ……直はどうなのさ!」
「ワープロは持ってないよ。英検、漢字検定とかならあるけど。だって、普通科だったし」

 我流でそこまで出来るとは、たいしたものだ。やはり、脳みそが違うな。中央処理装置はしっかりしてるし、記憶装置も抜群だ。『はーどですくどらいぶ』とやらが内臓されているに違いない! 入力装置と出力装置とかあったら完璧……って、彼氏を機械と一緒にするなよ、自分。
 とは言っても、全体的に人間離れしている気もしなくもないが……。
「いちてらばいと……」
「ギガの上でしょ?」
「おーえす」
「オペレーティングシステム」
「中央処理装置」
「center processing unit。略してCPU」

 この人の頭の中には、百科事典がまるごと入っているに違いない。
「はーどですくどらいぶ内臓、直XP」
「もう、何の話なのかさっぱり分からないよ。早く仕上げてね、買い物行かなきゃいけないんだから」

 資料作成は私に任せて、直は買い物メモを作り始めた。
 ――そういえば、旅行からこっち、片瀬があまり現れなくなったような……。随分、引っ掻き回されて迷惑だったし、平和っていいなぁ。
「手、止まってる」
「はい!」

 黙々と己の作業をしていると、いきなりドアが開く。そして、
「直さん、祐紀さん、萌えーw」
 と変な掛け声と共に、シャッターを切る女。一枚だけ撮ってドアを閉め、パタパタと走って逃げた。
「何、今の」
「……さぁ、古賀ちゃんの考えている事はよく分からないよ」

 また足音が近づき、ドアが開く。
「……ついでに絡みも」
「帰れ!」
「しょぼーん」



 四時から市が始まる、と散々急かされ、ようやく完成した資料。
 結局、古賀ちゃんと藤宮は役に立たなかったし、わざわざ部室で作らなくても良かったんじゃないだろうか。
 自分のパソコンが入った大きなカバンを肩に引っ掛けている直は、重心が狂ったのか、斜めに歩いている。
「しまった、金がない!」
 昨日、帰りにビール買ったのでなくなったんだった。
「僕が出そうか?」
「いやいや、明日困ると思うから、郵便局に行って来る」
「そう? じゃ、僕は荷物置いてくる。さすがに重い」

 買い物に行く店の手前にあり、私の第一目的地である郵便局で待ち合わせをすることにした。


 郵便局まであと少しという所で、ポストの前に立っているイヤな人物を発見し、思わず物陰に隠れた。
 最近、見かけなかっただけで、平和気分だったのに。アイツの横を通ってまで行きたくないし……どこかに行くまでちょっと様子を伺うとするか。
 結構大きい封筒をポストに投函している。どう見ても、家族や友達への手紙には見えない。
 郵便局の建物から男の二人組みが出てきて、ポスト前で片瀬と会話を始めた。おいおい、さっさと行けよ!
 ――あれ? あの男、どこかで見たような……。いつぞや、私に声を掛けてきた一年生じゃなかったかな? 片瀬と同級生だし、友達でもおかしくないか。
 と考えていたら、後ろから肩を叩かれ、飛び上がりそうになった。
「何してるの、こんな所で」
 直だ。もう戻ってきたのか、早いな。
「お金、下ろした?」
「え、いや、マダ。それが……」

 だって、片瀬が居たから……あれ?
 振り返ったが、先程までポスト前に居た三人は既に居なかった。
「早くしてよ。四時から市に間に合わないよ」
「う……うん」


 ATMで金を下ろすと、戦場へ……。


「たーまーごぉぉぉぉ!!!」
 お一人様一パック限り。

「ミンチー!!!」
 本日の目玉、一〇〇グラムあたり七十九円。

「冷凍食品!!」
 全品半額、お一人様五袋まで。


「今日もいいもの買えた……」
 とご満悦の直に対し、ケチなオバサマ顔負けな争奪戦を繰り広げた直に、掛ける言葉が見つからなかった。

 冷蔵庫、お腹イッパイ。


 あっという間に夏休みが終わり、九月二十一日からは後期に突入ですよー。

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