40・鍋 突発! 結婚式
――結婚式のご案内。
拝啓 祐紀様
残暑厳しい時期ではございますが、体調など崩しておりませんでしょうか?
この度、真部寿、紗枝(旧姓:結城)の結婚式が、八月二十五日に決定致しましたのでご連絡致します。
尚、家族だけでのちょっとした式と、会食だけなので、期待しませんように。
もちろん、キャンセルは不可能である事をご理解の上、是非、ご主人様と共にいらしてください。
場所は――
では、当日会えることを楽しみにしております。
敬具
真部寿 & 紗枝 & 瑞希
というメールが、送られてきた。
一体、誰がこんなコミカルなあいさつ文を打ったのだろうか……。
しかもキャンセル不可能って……いきなりそんな話されても困るよ。
式の三日前にさぁ……。
結婚式って、今まで参加したのは……イトコが結婚した時ぐらい。その時は中学生だったから制服で行ったけど、やっぱりスーツだよね。お祝儀はどのぐらいが相場なんだろう? そういえば、出産祝いなんか、何も出してないぞ。忘れていた分、上乗せせねばならぬか。
せっかくのバイト代は、突発結婚式で全部パーになりそうな勢いだ。
それはさておき、スーツだ。大学の入学式の時のがあるはずだけど、どこに仕舞ったかなぁ?
って、見つかっても着て行ける代物ではないが。
……で、直はスーツ持ってるのかな? 大学の入学式って、どんな服装で出たんだろう?
あの頃はアレだったし。
「スーツ? ……持ってないよ」
やっぱり。
「大学の入学式って、何着て出たの?」
つっと視線を逸らした。顔を赤くして少し考えた後、もごもごと喋り出す。
「……女物のスーツで……スカート」
マジか!
「そういう祐紀は、どうなの?」
「……黒のダブルのスーツにビシッとネクタイ締めて」
「それって、紳士用ってやつ?」
「……そうだよ。兄ちゃんが成人式で使ったのを実家から拝借してきたのだよ」
しかし、返そうと思いながらそのままだった。
「お互い、新調する必要があるということだね。……今月のバイトって、この為にしたようなものか」
「ねぇ直、私が持ってる分、着て見ない?」
「え?」
もの凄くイヤそうな顔をしているが、素早く探し当て、着せてやった。
何と言うか、去年の仮装大会再び……な感じ。
「何かね、こう、ダブルってのは、威張ってる感じがするんだよね、僕的に!」
プリプリ文句垂れている。か、かわいい。ちびっこヤクザみたいだ。そう言ったら、きっともっと怒って……悦。
「でもさ……直の体に合うスーツって、あるの?」
「ふ……ふざけるなー!!!」
ピーピー怒り出したかと思えば、似たような言葉を返されてしまい、両者引き分け。確かに、私に合うサイズのスーツがすぐに手に入るか、大問題だ。身長は一七〇センチぐらいと、四捨五入で低い方にサバ読んでるけど、実際は……上にプラス二だったりする。運悪ければ伸びてたりするかも。ちなみに直も、一六〇ぐらいだと言っているが、実際には足りていないみたいだし。
「……とりあえず、見に行っとく?」
「……うん、どうにも間に合わないようなら、逃げるか、顔だけ出しておくとか」
まずは、この辺りで一番大きなデパートに駆け込む。ナゼか私のスーツ探しからスタート。
女性モノの洋服売り場の片隅に、ちょこっとだけ置いてある、そこで適当に物色している時……。
「祐紀、あっちの方が良くない?」
直の方を向くと、どこかを指差している。その先には……。
「大きいサイズ」
「の専門みたいだし」
「……いやいやいや、意地でもここで探してみせる」
何とか、自分に合うパンツスーツを発見し、お買い上げ。……そして靴とバッグも。来月は裕福に過ごせると思っていたのに、それどころではなくなってしまった。
おおっと、お祝儀袋も忘れないように、百円ショップで。
次は、直のスーツ探し。とりあえず、同じデパート内にある店から探し始めた。
女性モノとは違い、上下バラバラで置いてある。
見て回っているうちに……。
「高校の制服じゃ、ダメかな?」
とか言って、ケチろうってことか?
「うむ、見た目高校生でも通用すると思うけど……それって学ラン?」
「いや、ウチの高校……っていうか、中学の頃からブレザーだったけど?」
中学から? ちょっと考えてみたが、七五三のような直の姿しか想像できず、思わず吹き出してしまった。
「な……なんだよ!」
「ち……千歳飴持たせたい」
「な、なにおー!」
参拝先で貰った、お土産をたくさん手に持って……。
「もういいよ、すみませーん……」
私が真剣に探してくれないものだから、直はお店の人に助け舟を出した。
首周りやら、色々とサイズを測られ、何とかちょいと裾と袖は長いものの、体に合ったモノを見つけ出した……店の人が。
袖と裾は仕立て直ししてもらう事になり、明日には出来上がるそうだ。
運良く当日に間に合いそうだけど……。
昼からとは言っても、早めにココを出発せねば間に合いません。
「だから、前日の夜中に出て、途中で仮眠取ったりして、のんびり行こうと思うわけだよ」
ふっふっふ……。
「なんだよ、急にニヤニヤしちゃって……」
私の何か企んでいるような顔を見て、直は表情を曇らせた。
サイフから一枚のカード――いや、免許証を取り出す。
「はーっはっはっは、それならこのワタクシめが運転してさしあげよう!」
ほら見ろ! 穴が開くほど見ろ! 免許条件を目に焼き付けるがいい!
「……ああ、もう信号青になったし、脇見運転って危ないから、帰ってからね」
うわーん、なんて淡白な反応。涙がちょろりと出そうだよ。
帰宅後、気を取り直して……。
「実は先月、限定解除いたしましたー!」
「いつの間に行ってたの?」
「直がバイトに行っている間に……」
免許条件はなくなった。直の車を運転してもオッケーな訳ですよ。
「……でもさ、運転荒そうだからダメだよ」
……チッ。
式前日の夜に出発し、休憩、仮眠を取りながら故郷へ――。
もっぱら、助手席で居眠りこいていたので、直の機嫌がちょっと悪い。
「毎度毎度、同じ事ばかりして……進歩というものが微塵もない」
「……ごめんなさい」
と謝った直後に大あくびをしたばかりに、逆鱗に触れてしまったようで、怒鳴るわ、睨むわ。悪かった機嫌が拍車をかけて最悪になってしまった。
二十四時間営業のファミレスで朝食を取ってから、身支度をするべく、私の実家へと向かった。
ニコニコ笑顔で瑞希を抱っこしている母に対し、いつも通りのちょっとムッとした表情の父。仕事の関係で父のスーツ姿は見慣れてはいたものの、冠婚葬祭用となると話は別。いつもより威圧感が割り増しされている、と直は言う。
兄ちゃんと紗枝さんは準備の為、瑞希を預けて先に行ってしまったようだ。
式は十一時から、街中にあるブライダルハウスにて。
知ってはいるけど、ドレスのレンタルしている所だとばかり思っていたので、あの中に式をするような場所があるなんて信じられない。
写真撮影などがあるらしいので、十時にはそこへ向かった。
私たちが到着すると、兄ちゃんは落ち着かないようで、二階にある撮影会場前をウロウロしていた。それにしてもその服装が何とも言えない。えびのシッポ――違う、ツバメのシッポだ。あれがタキシードとかいうヤツか。相変わらず、髪ははねたままだ。また一時間とか掛けて作った頭だろう。
あのタキシードを直が着たら……と考えると、おかしくて一人クスクスと笑っていたら、隣の直は不信な表情を浮かべて首を傾げた。
それから間もなくして、準備を終えた紗枝さんが、ゆっくりと階段を下りてきた。
純白のウエディングドレス、いつもより濃い目の化粧。まとめ上げた髪にヴェールとティアラ。全く別人に見える。
ヴェール? といえば……誓いのキスとかあるのかな? 和風な神前結婚式ならないみたいだけど、ドレスだし。
教会で、「アナタハ、カミヲシンジマスカ?」……違った。「ヤメルトキモ、ウヤマウトキモ、なんたらかんたらをチカイマスカ?」「チカイノキスヲ」だね。ナゼか自分の中では外人神父さんだ。ドラマとか映画の見すぎだろうか。
それにしても、形の崩れないスカート部(?)は何か入っているのだろうか。まぁ、あの格好なら、兄ちゃんをどついたりはできないだろう。
「あ……」
ウロウロしていた兄がいつの間にか隣で立ち止まり、何かを言おうとしたが、言葉が出てこないようだ。ただ紗枝さんをじっと見ているだけだ。
「け……っこんしてください」
してるでしょ! 紗枝さんも首を傾げている。
直はというと……去年の学園祭の事を思い出したのか、私と目が合うと顔を赤くしてすぐに逸らした。
「兄ちゃん、もっと気の利いた事を言えよ」
「ええ? いや、もう……言葉が出てこない」
紗枝さんは兄ちゃんの前まで来て止まり、顔を下から覗き込む。
「あら、そんなにキレイ? じゃぁ今日の写真を我が家の家宝にでもしましょうか?」
嬉しそうな紗枝さんに対し、兄ちゃんの表情が、気持ち苦笑いな気がするのは気のせいだろうか。
まずは写真撮影。新郎新婦だけの写真と、一族プラスアルファの写真を撮り終えると、三階の式会場へ移動した。
それこそ、家族だけで式をする人専用といった感じで、教会風ではあるが狭い。
神父さんが正面の机前でスタンバイ。兄ちゃんが一人先に入場すると、次に結城のお父さんと一緒に紗枝さんが入場。
神父の言葉に誓いをたて、指輪交換。そしてクライマックスの誓いのキスだー!
ああもう、見ているこっちが恥ずかしくて目を逸らしちゃったよ。
無事に式も終わったが、しかし、終始ハンディカムを振り回す青年がちょっとウザかった。
この後、会食。本日の主役の着替え待ち。缶コーヒーをすすりながら外で待機。
「お兄さん、GT-R乗ってるの?」
と直に声を掛けてきたのは、ハンディカムの青年。家族写真撮影の時も入ってたけど、キミは何者だ?
「オレもスカイライン大好き。まぁ、金がないからタイプM」
と自分の車を指差す。
……私にとっては因縁のグレードだ。嫌がらせか、スカイラインに縁があるだけか。
「あの……名前聞いていいかな?」
一向に自己紹介をしてくれそうにないので聞いてみた。
「オレ? ごめん、忘れてた。オレは紗枝の弟で、結城……」
「お姉さんと呼びなさい、お姉さんと!」
「うるさい、お前なんか紗枝で十分だ!」
いつの間にか現れた紗枝さんにどつかれる弟くん。結局、紗枝さんの登場により名前を聞きそびれた。
それから、式会場から少し離れた、ちょっと高級そうなレストランで会食。しかも貸切だ。
見た事もないような食べ物が、大きな皿にちょこっと乗っかっているだけ。食べ終わると次々に出てくる。味はいいんだけど、もっと食べたかった、ヒレステーキ。
直は慣れているのか、フォーク、ナイフさばきが見事だ。さすがぼっちゃま。
ウチのオヤジなんか、高級料理を箸で食ってるし。ちょっとツッコんだら、箸も(スプーンなどが入っている)カゴに入っていたから間違ってはいない、と即答。相変わらずの仏頂面で黙々と食べている。
会食も終え、店の外で適当に挨拶すると、車に乗り込んで帰ろうとした時、
「ゆっきー、なっきー、ウチに寄って行かない?」
と、紗枝さんに声を掛けられた。紗枝さんの腕には瑞希が……もう、ダメだー!
「行きまーす、ねっ」
直の方を見ると、少々苦笑い。
兄夫婦の住むアパートに到着。玄関を入ると、甘い果物の匂いが鼻についた。
キッチンのテーブルに、カゴいっぱいの果物。
「コレね、寿の会社の人がお祝いでくれたんだけど、食べ切れなくて……スキなの食べて帰ってね。何なら持って帰ってくれてもいいわ」
果物の始末をさせる為に呼ばれたらしい。
「紗枝さん、ずっと言いそびれてたんだけど……」
「ん? なぁに?」
機嫌のいい紗枝さんは、満面の笑顔で兄に答えた。
「……化粧、濃いっす。なんつーか、ケバい?」
兄の心無いセリフに、紗枝さんの笑顔にも影が……。
「他に言い残す事、ない? それとも先に遺書でも書いとく?」
「……いや、そういう意味じゃ……」
と言いながら後ずさりする兄の言葉は紗枝さんには届かず、スーツ姿の紗枝さんは、果物の一つを手に取ると、それを兄に向かって思いっきり投げつけた。
相変わらず見事なコントロールで、兄ちゃんのデコに直撃。
スローモーションで倒れる兄、転がる果物……あ、アレは!!!
「洋ナシ!!」
血相を変えて兄が飛び起き、転がっている洋ナシを手に取り、震え出した。
「洋ナシ……ようなし……用無し……俺、用済みー?!!!」
高速ハイハイで紗枝さんの足元に移動。土下座しながら真意を告げる。
「紗枝さん、勘違いしてる。化粧濃くてケバいのは事実だけど、いつもの紗枝さんの方がキレイだし、何ていうか……愛してる」
「……寿……それなら早く言ってくれれば良かったのに。危うく逝かせるところだったわ」
紗枝さんは腰を下ろし、兄ちゃんの目線でオデコをなでなで。
「痛かったでしょ? ごめんなさいね」
「紗枝……」
「寿ぃ……」
二人は、私たちの事はすっかり忘れ、がばっと抱き合う。
この夫婦、何度見てもハラハラするわ。しかし、目の前で見せ付けられては、目のやり場に困る。
それから、散々果物を食べさせられ、帰りは過剰なトイレ休憩を取る事になってしまい、いつもより時間が掛かったのは言うまでもない。