――次の日、目覚めは爽快だった。
 今日も、ある意味自由行動だし、夜の八時までに戻ればいい。
 体の半分がベッドから落ちかかっている祐紀を叩き起こし、準備開始。
 慎重に辺りに注意しながら出発。電車内でも警戒を怠らない。
 今のところは危険人物らしき人影は見当たらないが、どこから湧いて出てくるか分からないからな。
 頭の振りすぎで首が痛くなってきた頃、ようやく兄が住んでいるというマンション前に到着した。
 あまりにも豪華で立派なアプローチとエントランス。思わずマンションの外観を見上げてしまった。
 すっげー高そう。お値段、おいくら万円?
 オートロックを解除してもらい、エレベーターで七階まで上がると、兄さんがエレベーター前で待っていてくれた。
「いらっしゃい、二人とも。来てくれて嬉しいよ」
 いつも笑顔を絶やさない、相変わらずの兄さん。
「実は珍しいお客さんも来ているんだ。丁度良かった」
 客? 珍しい……姉さん? だったら優奈が来てるとか言うだろうし、誰だろう。
 リビングに通されて、思いっきりすっ転ぶかと思ったよ。
「な、な、な……?!!」
 口がパクパクと動くだけで声が出ない。何で? 何で?? とりあえず落ち着こう。深呼吸、スー、ハー。
「覚えてるかな? イトコの絢菜。直紀はもう、しばらく会ってないよね」
「何でこんな所に居るんだよ!!」

 のんびりお茶なんかすすってくつろいでいる。
「たまにはお兄様に会いたいな〜と思って」
 絶対に思ってない。先回りしやがったな? どこで情報が漏れたのやら。

「へー、同じ大学だったのか。絢菜も先に言ってくれれば良かったのに……」
「あら? 私、てっきりおばさまに聞いているとばかり思っていたのに」

 頭上にお花が舞ってますよ。こっちは極寒の地に来たような気分だというのに。
 兄さんの嫁はと言うと、北都にミルクを与えているとかで、まだこの部屋にはいない。まだ一度も見た事ないんだけどね。名前もよく知らないし。
 それにしても、えらく豪華なマンションだけど、兄さんは一体何の仕事をしてるんだろう?
「兄さんって、何の仕事してるんだっけ?」
「……秘密工作員」
「……いや、こっちは真面目に聞いてるんだから、ボケないでくれる?」
「鎌井カンパニーの社長」
「……教える気は全然ないんだね?」
「偽札製造」
「いや、もういいから」
「医者」
「医学部じゃなかったでしょ! ありえない」
「スパイ」
「そろそろ黙ってよ」
「海上自衛隊員」
「いつも船の上か?」
「ごく普通の重役サラリーマンです」
「そうですか……」

 もう、二度と聞くもんか!
「お待たせしました。あ、キミが正臣さんの弟さん?」
 赤ちゃんを抱いて現れた女の人。どうやらこの人が兄さんの嫁らしい。まずは挨拶を……。
「どうも、はじめま……」
 そっちは祐紀です!!
「いや、そっちじゃなくて、小さい方」
 兄さん、小さいは余計だ!
「じゃ、大きくて男前なのが、彼女さんね。正臣さんから話は聞いてたけど、間違えちゃった」
 どういう説明をしたんだ。メチャクチャじゃないか。
「……えりんぎ……」
 ちょっと待て、祐紀! 問題発言だ。噴水のように髪を結んであるからってそれは言ってはならない!
 床に転がされた北都を絢菜が覗き込んだ。
「いやーそれにしても、直紀くんの赤ちゃんの頃にそっくりですねー」
「僕の子みたいな言い方しないでよ」

 まぁ、赤ちゃんの頃の写真の僕に、気持ち似ているようにも見えるが、兄さんの赤ちゃんの頃も似たような顔だったと思うのだが……。
「あれ? 直紀覚えてないのかな? 嫁さんの顔、よーく見てごらん?」
 ……え?
 兄さんの嫁の顔を見て、首をかしげた。地引網のように記憶を引っ張り出すと一人の人物と照合。見覚えある……かも。
 その人物に関連した記憶といえば……。
「うえええええ?!!!!」
 そんなまさか、ばかな? はぁ?!! 僕の子?
 ……って、冷静に考えれば分かることなのに、混乱して思考回路が変な所と繋がったようだ。
「はっはっは。嘘です。彼女はお姉さんの方です」
「あ……姉?」

 っていうか、兄さん知ってたの?
「三人だけで通じる話って、ズルくないですか?」
 祐紀が不機嫌そうな声を出した。
「祐紀さん、気になる?」
「なります」
「えっとね、嫁さん……芹香(せりか)さんの妹と……」
「うわーーーーーわーわー!!」

 大声でかき消した。ハズだった。
「直紀が……」
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁ!!」

 途中で言うのをやめてやがった! まだ兄さんの口は動いているので息が続く限り叫ぶ。
 肺の中の空気を全部吐き出してしまい、すぐに息を吸うと、また声を出す準備をしていた。
 しかし、兄さんの口が適当に動いているだけで、声は出ていなかった。
「だ、騙したな!」
「つきあってたんだよね?」
「ひ、卑怯だぞ!」
「何年キミの兄をやっていると思っているのだね?」

 ま、負けた……。体力勝負では負けなしの僕だけど、言い合いとなると、姑息な話術を巧みに使う兄には敵わない。
「そうか……直もちゃんと女の人と付き合っていた頃があったんだね」
 大きく頷いて関心するだけか! 僕が昔から異常だったとでも思っていたのか! いや、前に『女と付き合ったことはある』って言った事があったと思うんだけど。変に機嫌損ねられるよりはいいか。
「そうだ、昼食は皆で食べに行こうか」
「おお、いいですね〜」

 絢菜、お前は大体何をしにきたんだ。
「イチ、ニ、サン、シ、ゴ……ロク」
 嫁、芹香さんが一人一人指差して数を数える。兄さん、僕、祐紀、絢菜、北都、そして芹香さん。
「これは、乗車定員オーバーですね」
「じゃぁ、デリバリーサービスにしましょう」

 どうやら、兄の車に乗り込もうにも、人数の関係で急遽変更になったようだ。
 兄が、電話付近から何かのファイルを持ってくると、僕らの前でそれを広げた。
「ピザに寿司、ファーストフードからコンビニまで、どれでも好きなものをどうぞ」
 なぬ?! この辺りはコンビニまでデリバリーサービスをしているのか! コンビニでバイトしている身の僕から見れば、ちょっとサービスしすぎな気もするが……。
 夕飯食材の配達という広告まで紛れていた。便利な世の中だ。
 それにしても兄さん、実家から出た事でかなり庶民っぽくなったなぁ。高級ホテルの料理デリバリーだったらどうしようかと心配しちゃったよ。
 どこでどう話が脱線したのか、冷凍食品、あれはウマい、とか言ってるし。ちょっと前の僕もそんな感じだったけど。
 結局、意見はピザに落ち着き、昨日居酒屋で注文しなくて良かったと思ってみたりした。

 昼食を終えると、時間も忘れて世間話に花を咲かせていた。
 話の最中に北都が初寝返りをして、兄さんと芹香さんは大興奮。
 親にとって、子供の成長とは特別なものなんだろうね。とても幸せそうで……羨ましい。

 気付けば陽が傾き始めていて、影も長く映し出されていた。
「祐紀、そろそろ帰ろうか」
「えりんぎ……持って帰る!」

 だから、えりんぎはやめなさい! それに、持って帰るは前もやっただろ!
「元気のこー、おいしいきの……」
「やめい!」

 慌てて祐紀の口を手で塞いだ。それ以上言うな。
「また来てくださいね」
「もがーもががー」

 口を塞がれたままの祐紀は無視して会話を続ける。
「また、長期休みにでも……」
「直紀、GT-R壊さないでくれよ」

 別れ際に言うことか、それが。
「じゃ、お邪魔しました」
「むー、むむむー」

 北都との別れを惜しむ祐紀を強引に引っ張って、帰路についた。
 一緒に兄のマンションを出た絢菜は途中、用事があるとかで駅に着く前に一人でどこかに行ってしまったけど。

 ホテルに帰ってすぐに、おおはしゃぎしている古賀ちゃんに捕まり、今回も完売しました、と教えてくれたが、ちっとも嬉しくない。どちらかと言えば……迷惑?
 こうして、旅行二日目は終わった。


 三日目も自由行動。
 四日目の昼に帰りの新幹線に乗り込み……特に事件もなく、無事に交流旅行は終了した。

  ←前へ   挿絵(背景)を見る   【CL−R目次】   次へ→