39・釜 部員交流旅行 in関東


 ――八月十一日、ラジオ体操の時間である、午前六時半。
 駅の団体待合室でコーヒーを飲みながら、皆が来るのを待っている。集合時間は七時だから、まだ三十分はこのままじっと待機。
 静かな待合室に僕ら三人……と、離れた所に男の二人組み。色気も味気もないな、かわいそうに……。
 っていうか、朝早くからアパート前で待ってないから油断してた。まさか、駅の待合室で待ち構えているとは……。
 静かだからまだいい。が、思い出したようにカバンを探り、何かを取り出すと、いつものように甲高い声で、マシンガンのように喋り出す。
「あのね、サンドウィッチ作ってきたの。直紀くん、食べる?」
「食べてきたからいらない」

 こういう事は計算済みだ。
「じゃ、お昼に……」
「弁当作ってきた」

 ここまで保険を付けてきた。完璧だろう。
「……つまんない。つまんない、つまんない!」
 キーキー言っても食べないよ。絢菜の方には一度も向かず、真っ直ぐ前だけを見詰めていた……が、やはりちょっと気になって、横目で様子を伺ってみた。
 ヤケ食いしてる。まるで男子学生ががっついて食べてるかのように、カチャカチャと音を立てて、お下品ざます。……は?
 勢い良く絢菜の方を向くと、とんでもない光景が!
 絢菜が食べているものは、僕の昼食用の弁当である事が明らかになった。
「ああー!! 他人のカバンを勝手に開けるな、弁当を勝手に食べるなー!」
 予想外の展開に慌てる僕。絢菜は笑顔でサンドウィッチの入ったバスケットを差し出すだけだった。隣に座ってこないようにカバンを置いていたのが仇になったようだ。
 参りました……。
 仕方なくそのバスケットを受け取った……ら、隣の祐紀がすぐに奪い取り、開けて食べ出す。
 黙々と食べながら、祐紀はカバンを開け、自分の弁当を僕に渡し、もごもごと何かを言い出した。きっと、コレを昼に食べろという事だろう。
「ありがと。愛妻弁当、うれしいな」
 と笑顔で答えた。まぁ、一緒に作ったものだから、中身は僕のものと同じなんだけど。
「絢菜、祐紀の作ったお弁当、おいしいでしょ?」
 嘘だけど、そう言ったらきっと……、
「まずぃ」
 って言うと思ってたんだ。僕も作ったんだけど、言わない。後が色々面倒だし。
「……んう……何か……にぇむい…………かみょ……」
 祐紀が涙をうっすら浮かべた目をこすりながらウトウトしだした。まさか、眠り薬入りだったとか?!! もしかして僕が食べていたら旅行に行けず、絢菜にお持ち帰りされるという最悪の事態が!
「何も入れてないわよ! 失礼しちゃうわね!」
「……嘘。っつーか、辛い! 鼻がツンツンして涙が出るわ! マスタード混ぜすぎだろ、味オンチ!」

 おお、元料理オンチで方向までオンチな祐紀さんがそこまで言うか!
「大人の味なのよ! 涙流すぐらいなら、食べなきゃいいでしょ!」
「うるさい、直が食べるぐらいなら、私が始末してくれるわ!」

 あはは……ボランティアサークルの愉快な仲間たち……って感じ。
 二人の喧嘩(?)に仲裁に入る事はなく、一人妄想世界へと逃げ出してみた。

 集合時刻には参加者全員が揃い、前もって集金し、購入しておいた切符を配った。
 ぞろぞろと団体で移動し、新幹線ホームの一角を占拠しているような状態。
 古賀ちゃんははしゃいで写真をばしばし撮っている。
「は〜い、リンダさんもこっち向いてくださ〜い」
 ……は?
 古賀ちゃんの声がした方に顔を向けると、柱に手を突いて小刻みに震えている藤宮が居た。
 朝早くに出たら会わないかもしれないと思ったんだろうけど、裏目に出たようで、冗談で言った事が現実になるとは。ゴメンね、ラブラブランデブーを邪魔しちゃって……。
 言うまでもなく、藤宮兄妹は別車両へ逃げたけど、うかつなことするなよ。特に古賀ちゃんは、カメラ常備してるからな、と本人には忠告せず、心の中で思うだけ。

 僕たちは、品川駅で乗り換えの為、新幹線を降りた。藤宮は東京駅で乗換えだろう。
 ……そういえば、十二月にもこっちに来てるんだよね、僕は。
 まずはホテルにチェックイン。その後、夕方から始める予定の宴会までは自由行動とした。
 各自、割り当てられた部屋へと移動を開始した時、古賀ちゃんが辺りをきょろきょろしながら近づいてきた。
「直さ〜ん、リンダさんって来ないんですか?」
「言ってなかったっけ? 不参加だって。実家が千葉で、たまたま新幹線が一緒だっただけだし」
「そうですか〜残念ですぅ」

 ……去年はアイツのせいで散々でしたよ、本当に。
「じゃ、古賀ちゃん、僕のイトコ殿をよろしく」
「はいです! お任せ下さい! 絢菜さん、よろしくですぅ」

 周防舞子は扱いやすい人間で、気が向いたら手伝ってやる! って言っただけで、絢菜の子守り(?)をすんなりOKしてくれた。旅行中、古賀ちゃんと絢菜は同じ部屋である。世間知らずのお嬢様の絢菜が古賀ちゃんの趣味をどう思うか、心配ではあるが……慣れてしまえば、個人的に少し不服はあるものの、どうってことはない。
「でも、これからアキバに行きたいんです。絢菜さん、どうします?」
 神田駅の次は秋葉原、By山手線。さすが古賀ちゃん、オタクのメッカ、秋葉原。
「秋葉原は、空気が合いません」
 お嬢様らしいコメントだ。……それより、明日の予定はどうなってたっけ?
「古賀ちゃん、明日はビッグサイトだったね?」
「C-58です」

 何が? バストとウエストのサイズ? そこまで聞いてないし。Cは無理がないか?
「絢菜、どこ行き組だっけ? お台場? ディズニー? ……買い物ツアー?」
 どれも横に首を振る。他に何かあったかな? ビッグサイトは違うよね?
 絢菜はニコニコ笑顔で口を開く。
「直紀くん、尾行ツアー」
「うわ、最悪コイツ……」

 さすがの祐紀も顔を引きつらせて、文句も言えない状態だ。
 ふと、エレベーターホールに向かう二人組みが目に入った。
「あれ?」
「どうしたの、直?」

「あの二人って、駅の待合室に居た人じゃ……」
 朝、弁当争奪戦の時に、同じ待合室に居た男の二人組み。ちょっとかわいそうだなと思ったのでよく覚えている。
「古賀ちゃんと同じで、ビッグサイトのイベントに行くんじゃないの?」
「ああ、なるほど! だから男の二人組みなのか!」

 勝手にオタクと解釈し、その話は終了。
 僕らもエレベーターに乗り込み五階で降りると、祐紀と一緒の部屋に入った。

 今日は宴会もあることだし、時間まで部屋でくつろいで、明日は兄さんの所にでも行く予定なんだけど、どうやって絢菜を巻くかが問題だ。絢菜も千葉出身、この辺りも少しは地理に詳しいはずだ。千葉にまで入ってしまえばこちらが不利になるかもしれない。兄さんがまだ実家に居たら、完全に先回りされている所だろう。まぁ、それだったら行こうとは思わないけど。
「きのこっのっこーのこげんきのこ、えりんぎ、まいたけ、ぶなしめじ♪」
 いちいち歌うな! 写真でしかしらない北都くんが可哀想ではないか!
「何ヶ月だっけ?」
 切り替えも相変わらず早いな。
「一月に生まれたんだから、七ヶ月でしょ」
「そっか。五月に見た瑞希は一ヶ月だったから、結構大きいんだろうな〜」

 ……あ、うっかり兄さんが変に祐紀を傷つけるような事を言う前に、釘でも刺しておいた方がいいだろうか。
 楽しそうな祐紀を見ていると、実は子供好きなのでは……と思ってしまう。酷な話だ。
「よーし、宴会の為に今から寝溜めしておこう! 直、オヤスミ」
 僕の心配はムダで空回りですか? もしもし祐紀さん、人間は寝溜めと食い溜めはできない生き物なんですよ。


 この辺りで居酒屋といえば、いつぞや藤宮と男同士の話をしたあそこぐらいしか知らない。
 さすがに、ホテルの一室で宴会なんてしたら、他の客に迷惑だし、掃除する人にも迷惑が掛かる。その上、誰かが犠牲になるということだ。ベッドは占領され、雑魚寝するやつまで居て、手元が狂ってビールをこぼしてしまい……部屋が臭い。それだけは絶対にイヤだ。
 ゾロゾロと団体で居酒屋へと流れ込む。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
 この大人数に怯む事無く、笑顔の店員さん。さすが接客業。と思っていたら、表情は苦笑いに変化していった。後ろを振り返ってようやくそのことを理解した。ただ、全員が店に入ってなかったってだけだ。
「えっと……二十一人」
「……四組ぐらいに分かれてもらえれば、入れますけど……」
「うん、だったら……明日の行き先別に別れようか」

 お台場組、ディズニー組、買い物組、ビッグサイト&その他組。丁度四組出来上がり。
 問題は、行き先不明な絢菜まで、僕らのグループに入ってしまった事。
 ビッグサイト行きが、古賀ちゃん以外に居たことに初めて気付いた。古賀ちゃんぐらいしか行かないだろうと思っていたから、人数も数えなかったし。
「……で、寺岡さんも、古賀ちゃん系?」
 どう見てもそっち系には見えない、同じく三年の寺岡さん。下の名前までいちいち覚えていない。どれかと言えば、将来は看護師にでもなりそうなタイプの女性だ。……このグループ、僕以外みんな女なんだけど。
「描きはしないの。読み専。ナッキーのマンガ読んでハマっちゃって……」
 なっきーって、どこかで聞いたような……。
 友達の趣味で、人間、一八〇度人生変わっちゃうもんなんだね。……え? ちょっと待て!
「……読んだの?」
「読みましたよ。……実写でもいいかな……とか思ってみたり」

 僕の目を見て、頬を染めてうっとり……。コイツ、隠れ腐女だー!
「何か三人だけで通じる会話してズルいー。古賀ちゃん、今度読ませてよ!」
「だめだめ、絶対ダメー!!」

 祐紀、会話に入れなくてつまらないからって、それだけはカンベンしてくれ。
「一冊八〇〇円になります」
 古賀ちゃん、笑顔で営業トーク。売るなー!!
 ……一人、一番厄介なのが絡んでこない。ありがたいが気味が悪い。目が合っただけでも大変なことになりそうなので、しばらく放っておこう。
「直さんは明日、どこに行くの?」
 一応、今喋ったのは古賀ちゃんである。アルコールが入るとたまに普通の喋り方をする。
「……都内限定、一日でラブホ何件回れるかなゲーム」
 絢菜が居るので適当な事を言ってみたが、右隣りでは祐紀がむせていた。
「男って、すぐそうやってエッチな方に行くからやだ」
 そういうアナタ様は、架空であっても男を好き勝手に弄んでいるではないか。
「直さんだけは、そういう男ではないと信じていたのに……」
 だったらどういう男だと思っていたんだ。彼女の作中では散々犯し、犯され……。
「言っとくけど、男との経験は一度もないからな」
「え? 去年の旅行でリンダさんと夜の街に消えて、リンダさんが男になったのは、そういうのじゃなかったんで……」
「違うわ!」

 どういう妄想をしてるんだ、この女は。
 怒鳴ったら、眉をハの字にしてしょぼーんとしてしまった。今まで怒った事はないんだけど、喜怒哀楽がはっきりしていて面白い性格であることは確かだ。
「……残念ですぅ」
 何を期待してたんだ、オイ!

 左手をご覧下さい。片瀬絢菜さんは壁にもたれ掛かって夢の中です。静かな訳だ。
 ここに来てから二時間、ずっと寝ていたのだろうか。
 そろそろお開きにしようと思い、別のグループが居る座敷を回った。
 支払いは、グループごとに割り勘で。ボランティアサークル規約第二条一項『自腹』。そんなものはないけどね。
 自分のグループに戻って、絢菜を起こすが起きる気配がない。置いて帰る訳にもいかず、祐紀に文句を言われながらも背中に担いで帰る。
 途中――
「うわ! ひ、ひぃ!!」
 と、変な悲鳴を上げたのは僕。耳に息を吹きかけられたり、襟足の髪をかじられたり。悪質なイタズラだ! 背筋がゾクゾクして気持ち悪い。
「絢菜、タヌキ寝入りなら降りて!」
「やだ!」

 僕の首に回している手を締め、絶対に降りない気だ。
 声ははっきりとしていて、寝起きではないと思う。さては最初からそのつもりで?
「直紀くん、背中のプニプニ感はどう?」
 う〜ん、山がふたつ……。
「馬鹿な事言ってないでさっさと降りなさい!」
 祐紀が絢菜を背中から降ろそうと引っ張る。降りるものか! と絢菜が腕に力をこめる。
「く……苦しぃ……」
 首が絞まる、息が苦しい。後方に倒れないように自分も前方に踏ん張っているので最悪。

「……恥ずかしい」
 絢菜から開放されたと思ったら、今度は僕が祐紀の背中に乗っている。
 私の背中に乗れ! そうすれば乗られる心配はない! って、ものすごい形相で言うもんだから負けちゃって……。
「お姉ちゃんにおんぶされた、弟みたいですぅ」
 古賀ちゃんはいつも通り、デジカメを取り出しシャッターを切る。撮るなよ!
「これが男同士だったら萌えだよね」
「うん、萌え」

 寺岡さんまで……。
「……直、背中に硬いモノが」
「いちいち言うな!」
 恥ずかしくて、祐紀の背中に顔を埋めた。
 昔とは違う、恋人と友達に囲まれた生活に慣れてしまい忘れていた。

 ――僕には、こういう思い出がないんだよね。父親におんぶされたことも、遊んでもらった記憶も……。
 金も権力もいらない。ただ、暖かい家庭が欲しかった……。

<次のページに続く>

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