37・鍋 星に願いを……


 毎年、恒例の七夕祭り。
 え? そんなもの今まであったかって? あったんだよ、実は。サークルとしてイベント(?)に参加するのは学園祭だけしかしてないけど……。
「皆さん、訃報です。祭り前の掃除で、評判良くなったのか、実行委員会から構内のゴミ拾い、ゴミ集めを依頼されてしまいました……」
 今年はゆっくり見て回れないなぁ。ザンネン……。
「文句は、先日、ボランティアしようぜ! と言った、真部副会長にどうぞ」
「……わ、私ぃ?!!」
「うん」

 直は笑顔だけど、皆は……? おお、大丈夫みたいだ。ボランティアする為のサークルなんだから、その辺はよく分かってるね。
「はーい、質問いいですかー?」
「はい、どうぞ」
「雨天の場合と打ち上げはどうなりますか?」

 ……打ち上げ目的か?
「雨天でも決行。打ち上げは……やらなきゃダメ?」
「打ち上げやんなきゃ、つまんないよな?」
「いつも通りやろうよ、会長!」

 全員が全員、打ち上げやらなきゃタダ働きはしない、とでも言いそうな……。
「だったら打ち上げも決行。だけど……」
「「自腹!」」

 ボランティアサークルの合言葉は『自腹』。今も昔も、お祭り騒ぎの大好きな人たちの集団です。
「まず、日程の確認……。七夕祭りは、七月の第一土曜日。午後十二時半から七時半まで。それから、最終ゴミ集め、実行委員からゴミ集め完了の許可が出てから解散となります」
 直が説明を始め、私も手元の資料に目を通しながら読み、仕事の説明をする。
「ゴミ集めに関して、燃えるゴミ、燃えないゴミ、ペットボトル等の資源ゴミは分けるようにとのことです。構内に設置するゴミ箱は、各自で分別してもらうよう、缶だったら缶専用のゴミ箱とか設置するみたいだけど、別のものが混入すると思いますので、その辺を注意してほしいとのことです」
「模擬店のゴミは、仕分けをした上で模擬店の担当者が、ゴミを収集場まで持って来る事になってます。もし分別出来ていなければ、こちらでやることになります。収集場に二人。構内のゴミを拾うのが二人、模擬店前以外に設置してあるゴミ箱を状況を見ながら交換したりするのが四人二組。一時間ごとの交代で行います。開始は一時半から二ターン、祭り終了後は収集場に集合」

 直が説明をしている間に、後ろの黒板に担当者を決めるのに必要そうな事を書き出した。
 うむ、我ながら機敏な行動だ。それが嬉しくて、笑顔で書き書き。
 書き終えて前を向くと、何やら皆さん、顔色が悪い……。
「……祐紀、当日だけは雨を降らせないでくれよ」
 うわ! 何だよソレは!!
「まぁいいや。書く手間が省けたから。一時半から二時半までと、四時半から五時半までがいい人――」

 順調に決まったが、やたらゴネたのが二人……。古賀ちゃんと片瀬。
 古賀ちゃんは、シメがギリだと泣きながら、手元の原稿を必死にやりながら反抗。そういう状況でありながらも、ちゃんとミーティングには参加している所に余裕が見られる。気のせいだろうか。
 もう一人はいつもの、直紀くんと一緒じゃなきゃイヤだ攻撃。毎度の事なので無視。逃げる事も想定内なので、あえて忙しくなさそうなゴミ拾いにしてやった。
「何なら、藤宮でも強制参加させれば?」
「アレ? ダメだよ。演劇あるから」
「……また主演?」
「……ふ……ふふん……」

 鼻で笑うだけで答えなかった。まぁそうなんだろうね。去年の学園祭は……もう思い出したくない。今回もどんな暴走をすることか……。

 ミーティングを終え、直はバイトだとかで一人で帰ってしまったので、弟二体育館を覗きに行ってみた。

「ナゼココに魔族が居る! 我が国の平和を脅かす、魔王の手下が!」
 おお! 藤宮がもう一人の男に掴みかかった!
「おやめ下さい、セシル様。セヴェリオンは我々の仲間です」
 二人を引き離し、仲介に入ったのは華音ちゃん。
 ……で、何の劇だろうか? 今回はドロドロ三角関係か?
「真部祐紀、稽古の邪魔だ! 立ち去られよ!」
 おお! バレてしまった。
「立ち去らぬというのなら、我が聖青精霊剣のサビとなるがよい!」
 とか言いながら、手に持っているデッキブラシを振り回しながら、ステージから飛び降り、こちらに向かってくる……。うわ、本気の顔だ!
「やめて下さい、セシル様、私の友達に剣を向けないで!」
 いやぁぁ!! もっと本気で止めてよ、華音ちゃん!!
「覚悟!!」
「ひ、ひぃぃぃぃ!!!!」

 デッキブラシが私の頭をめがけ、振り下ろされた……。


 ゴシュゴシュゴシュ……。
「船長ぉ、なんかこんな所に洗濯板が落ちてますよ」
 私のすぐ横で、掃除を始めていた。
 ……洗濯板?
「だぁれが……洗濯板かぁぁぁ!!!!」
 と叫びながら、藤宮の横っ腹に飛び蹴りを食らわすと、うがぁ……と言いながら見事に転がっていった。
 脇腹を押さえながら起き上がると一言。
「……お前……鎌井と一緒に暮らしてるから……似てきたんじゃないか?」
 な……?!
 いつの間にかステージから降りてきた華音ちゃんが、藤宮の側に来ていた。
「もう、タカくん、調子に乗るから……。ごめんね、祐紀ちゃん……」
「うえっうえっ……もうワタシ、ダメです……」

 おいおいアンタ、どさくさに紛れて変な事してんじゃないよ。皆見てるぞ!
「うふふ……大丈夫です。ステージがアナタを呼んでいます。歓声が聞こえませんか?」
 え? え? 華音ちゃん? ステージを指差し、遠くを見つめている。
「ステージで輝く、アナタに向けられた拍手喝采が!」
「ワタシ、頑張ります! 靴の画鋲なんて、もう気にしないわ!」

 華音ちゃんだけはまともだと思ってたのに……この兄妹、アホかも。帰ろう。


 あれよあれよと日は過ぎて、いつの間にか七夕祭り当日。
 なにやら、仕事が休みだとかで、我がサークルのOB、OGも来るとか……。

「海が呼ぶ!」
 ババーン!
「山が呼ぶ!」
 ドドーン!
「「ゴミを拾えと地球が呼ぶ! 我らエコ命のボランティアサークル」」
 相変わらず、奇妙な事が大好きです。剛田前会長アンド細木前副会長、見参!
「ご……ご苦労さまです……」
 苦笑いの直。黒板前の会長、副会長席は、見事に前職に陣取られている。
 室内が冷めたように静かになったことで、廊下から聞こえる叫び声が、徐々に大きくなってくる事に気付いた。
「なー、離せ! 俺は忙しいんだ! つーか、強引な女は嫌いだ。……そっちに行くな! おい、聞いてんのか!」
 ぴしゃ! と勢い良く開いた戸の向こうには、満面の笑顔の柏原奈津OG。今回は途中で獲物を捕獲したようで、側で暴れている男が一人……。
「見てよ、剛田! すっごく生きのいいのを発見したわ」
 その男、こちらに背中を向けたまま、とにかく逃げようと必死だ。
 でも、どこかで見たような……。直の方をチラっと見ると、手を合わせ……。
「ご愁傷様……」
 とボソリ。縁起でもない。それにアレも、演技ではないな。本気で慌て、暴れてる。
「……アレって……」
「藤宮だね。どこで捕まったんだか……」
「ぎゃー!! 触るな、離れろ、くっつくなー!! タスケテー!!!」

 しかし、誰も助けない。もちろん、直も私も。後が怖いからね。
 ようやく、こちらを向いた藤宮。半ベソ状態で、私たちにこう言った。
「……末代まで、呪ってやる……」
「うふふ。それじゃ、カレとデートしてくるから、後はよろしくね。皆もがんばってねー」

 終始満面の笑顔のまま、柏原さんは去ろうとしていた。
 藤宮も可哀想だな。うっかり華音ちゃんの名前さえも出せないんだから。
 直が廊下に出て、藤宮の側まで行くと……ああ、直、友人の為に餌食になるつもりか? 藤宮の顔を見て、ニコリ……? 大きく息を吸い……
「妹ちゃーん、お兄さんが浮気中でぇぇすぅぅ!!!」
 と大声で。色々な解釈のできる、微妙な言い方だ。 華音ちゃんが一方的にブラコンという設定にした方が良かったんじゃ……。
 それからすぐに、何とも言えないオーラを発する華音ちゃんが登場。
 なんとか笑顔を作っているものの、引きつっている。さすがにこの状況だと無理か。
「……ダメだよ、お兄ちゃん。彼女に言いつけるわよ」
 言葉に殺意がある。しかし、見事なセリフ、あっぱれ。
「いや、あの、それだけはカンベンして下さい、妹様。殺される……っていうか、浮気じゃなくて、無理やり連れてこられただけだし……」
 お前の方は、慌てて微妙なセリフだ。
 藤宮って、彼女居たんだ……という声が漏れる。
「ってことで、うちの兄は、劇団の主演男優ですから、返して頂きます」
 華音ちゃんは、渾身の力で藤宮を引っ張り、引きずるようにこの場を後にした……。
「……直きゅ……」
 悲しい顔で振り返っても、柏原さんのすぐ近くに居たはずの直は、いつの間にか私の背後に身を潜め震えていた。
「もう! 何よ、何よ、皆して! もう帰るわよ!」
 と言って、くるりと向きを変えて去ったのと同時に、室内に居た全員から、安堵の溜め息が漏れた。
「あ、もしもし、マーくん? アタシひまなのぉ〜」
 廊下から甘えた声が聞こえた。立ち直りの早さは天下一品。マネできません。


 三時半からと六時半からの一時間ずつ、収集場に私と直が待機するのが今日の仕事。
 今回は、演劇は見に行かない。顔を覆いたくなるのは間違いなさそうだからね。
 特にトラブルもなく、最後のゴミ当番。
「模擬店のたこ焼き、おいしいよ、食べる?」
 一応仕事中なんだけど、先程買って食べる暇がなかったので、ゴミ収集場で食べている。
「……この大量のゴミの中でよく食べれるね……」
「そう?」

 直の言う事にはお構いなく、パクパクと食べる。
「そういう直こそ、その手に持っているモノは何ですか〜?」
「じ……ジュースだ、バカ!」

 紙コップに黄金色の泡の出るジュース……ビールやろ!
「……で、さっきから減ってない気がするんだけど……」
 一時間半前から、常に手に持っている。
「……はっはっは、気のせい、気のせい!」
 既にアレか……酔っ払い。まぁ、飲み出した原因はココにある。
 直は私にへばりついている。更にその直にへばりつく一人のストーカー女……。もうべったり。
「……アンタさぁ……邪魔よ。自分に割り当てられた仕事はしないし……」
 ……が、無視。いやいや、分かっていたさ、こうなることぐらい……。
「お、居た居た。昼、マジで助かったぜ。サンキューな」
 ゲスト参上。藤宮兄妹。一緒に居るって事は、喧嘩してないってことだね。良かった良かった。
 直にへばりついている片瀬に気付き、顔を覗き込んだ。
「お嬢ちゃん、まだ鎌井に付きまとってんの? ムダだよ、もう。諦めなさい」
 次は直の顔を覗き込む。
「俺、もう帰るから。今回は打ち上げ参加しないからよろしく」
「お前、何もしてないじゃん……」
「……そうだけど」
「まぁ……彼女、大事にね」
「はいはい」
「華音ちゃんも気を付けてね」
「うん。じゃ、失礼します」

 いつもならすぐに手を繋いでラブラブっぷりを発揮するのだが、ココには事情を知らない片瀬が居たので自粛したのだろう。


 結局、邪魔者が直に張り付いたまま、今日の仕事を終えた。
 打ち上げは、剛田さんと細木さん、そして、居たのか居なかったのか不明な麻生さんを交え、盛大に行われた。
 打ち上げ中も片瀬が直に張り付いててたまらなかったけど。


 本日は晴天なり……。

「うわー、天の川すっごいねー」
 打ち上げの帰り、今回はのんびり徒歩でご帰宅。
 ふと見上げた夜空に、天の川を見つけた……。
「今日は少し遠回りして帰ろうか」
「え?」
「この辺、野原はないから、河川公園の芝生に寝転がって見ない?」
「おお、いいですね」

 なかなかロマンチストだなー、直は。こっちまで恥ずかしくなっちゃうよ。


「年に一度だけ会えるんだよね、織姫と彦星は……」
「僕はとても耐えられないな」
「あはは……私も……あ、流れ星! えと、金、金、金」
「……夢がないなぁ……」
「そういう直は、何か願い事したの?」

 隣で寝転がっていた直が急に起き上がったので、私も慌てて起き上がると、顔だけこちらに向けてきた。
「ずっと祐紀と一緒に居られるように……かな?」
 そう言うと、そっと顔を近づけ、互いの唇がそっと触れた。

「……今、空が光った……」
 エ?
「んなバカな、星がこんなにキレイに出て……」
 空を見上げると、既に星はどこかへ行っちゃってました。逃げはしないか。
 遠くからドドーンと地響きのする音が聞こえたと思ったら再び空が光る。
「……やっぱり、雨が降るんだね……」
「私が悪いんかい! もういいよ。とりあえず、振り出す前に帰ろ……」
 ――ドザー……。

 帰る暇もなく、振り出した大粒の雨……。しかもやたら打ち付けてきて痛い。
 アパートに辿りついた頃には、水も滴るいい男と女が出来上がっていた……。

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