36・釜 ボランティア?


 ゴールデンウイークは、祐紀のお兄さんの所と実家。帰ってしばらく具合が悪かった。何か変なモノでも食べた……という訳ではないが。
 祐紀の誕生日――五月八日はバイトを休み、二人っきりでお祝いした。
 プレゼント? 自分の頭にリボンを巻いて、思いっきり抱きついてみた。しかし、「直、キモい……」とか言われてしまった。以前の自分なら似合っただろうけど、今は似合わないらしい。似合っても困るけど……。
 ……それ以上は想像におまかせします。


 ボランティアしないの? と突っ込んできたのは祐紀だった。次の日、見事にバケツをひっくり返したような雨が降った。おかげでパンツの中までびしょ濡れだ。普段、気が回らない人間がそういう事を言うと、雨が降るというのはまんざら嘘ではないようだ。


「ミーティングとか言いながら雑談ばかりだし、直は途中で抜けてバイトに行くし、ストーカーが背後を狙っているし……」
 たまたま、今日はバイトが入っていなかったから、祐紀と一緒に帰宅。僕のやり方は不満だらけだと……。背後? ちらっと後ろを見て、目が合う前に顔を戻した。
 また金魚のフンかよ。飽きないなー。
 だいたい、講義の時間が毎度同じってのはありえないんじゃないのか? 待ってるのか? この僕を。迷惑な。
「誘拐されなきゃいいんだけど……総理公邸に、息子は預かった、とか電話されても動きゃしないって」
 そこまで心配する必要はないと思うけど。
「大丈夫! 直は強いから、ネックハンギングツリーで一撃必殺よ!」
 祐紀は目を輝かせ、拳を振り上げる。女にまで容赦なしにそこまでしないって。僕を何だと思ってんの?
 ふう、と溜め息をつき、一つ前の話題に戻す。
「ボランティア、すればいいんでしょ? 探してくるよ」
「でも、去年の今頃、確か雑談ミーティングと部員交流会ばかりだったね」
「一昨年もだよ。夏と学園祭しか、まともに活動しないんだから……」
「夏……まるでチューブだね」
「?? トップブラ」

 チューブトップブラ……。あれー? 祐紀さん、胸にターバン付いてるよ? ぐらいのもんだろ。がっかりだ。
「違う。夏といえば、花火、お祭り、海、チューブなんだよ。歌手だよ、バンドだよ」
 そう言われても、分からないものは分からない。

 帰宅後、どんなボランティアがいいか、考えてみた。
 やはり、ボランティアといえば、定番のゴミ拾い、しか思いつかない。
 とりあえず、大学周りでいいか。地道にボランティア。


「ってことで、夏祭りと合宿を控えているので、とりあえず……」
「はぁ〜い。私のアシスタントをボランティアで〜」
「却下ぁぁ!!!」

 それ以上喋らせないように、大声で制した。
 古賀ちゃん、それはしない、させないぞ。
「きゃぁぁん、もう夏コミ間に合いませぇぇん、助けてくださぁい」
「不可!」

 助けを請うが、答えはノーだ。
 また、合宿時期を狙って行く気だな? そうはさせるか!
「そこを何とか……報酬は」
「焼肉バイキング、九十分食べ放題。ビールは別料金」

 どうせ期待を裏切ることは分かっている。意外とケチだということも。前回身をもって体験して、あやうく大惨事になりかけたからね。もう二度とやるもんか! 報酬払ったり貰ったりはボランティアじゃないだろ。
「それは……」
「却下! モデル料払え! 著作権侵害だ!……あれ?」

 著作権は違う。……何だっけ?
「人権……」
 バーンと机を叩いて立ち上がる。そしてビシっと古賀ちゃんに人差し指を向けた。
「人権費払えーっ……て違うだろ!!」
 机をひっくり返したかったが、古賀ちゃんに向けた指を拳に変え、プルプルと震わせながら祐紀を見ると、腹を抱えてクスクスと笑っていた。ワザとか!
 気付くのが遅かった。既に部員全員が大笑いしている。
 とりあえず、わざとらしい咳をひとつ。
「話、戻すけど、七夕祭り前までに、大学周辺のお掃除ボランティアと思いまして……」
「私ダメですぅ、ダメなんですぅぅぅ」

 顔を手で覆って、肩を震わせている。個人的な用件で参加キャンセル? そうなると分かっていたけど。
「はいはい、スキにしてちょうだい。日程は……」
 急にガタ、と音を立てて立ち上がり、コチラに向かって来るのは……今日はおとなしいと思ってたけど、そうは問屋が卸しません。
 僕の目の前まで来て、机の上に放り出していた手を両手でしっかりと握られた。
「直紀くん、再来週の土曜日にしましょう」
「……何で?」

 と言いながら、手を振り解こうとしたが、振っても振っても絢菜の手が付いて来る。
 見るに耐えかねた祐紀は……
「気安く触るな、この、この、この!」
 絢菜の手を一生懸命、手刀攻撃。
「私の、あた、誕生日なんです! いったぁい! だから、お掃除終わった後、皆でお祝いして……もぅ! 痛いって言ってるでしょ、この、オトコオンナぁ!!」
「てめ、離し、やがれ! この、……?? うぅ……ッキィィ」

 オトコオンナの仕返しとばかりに、何か言ってやろうと思っていたみたいだが、何も出てこなかったらしい。言えなかった分、手刀に力がこもっていた。僕の手に伝わる衝撃がそれを物語っている。
「ってことで、日程はまた今度……ご苦労さまでした。解散……」
 とりあえず、そうまとめて一同解散、ご苦労さん。
「会長……」
 部員の一人が立ったままでコチラに声を掛けた。
「……まぁ、頑張って……」
 何を頑張れと言うんだー!! 助けてよ。そんな哀れみに満ちた眼差しを向けるぐらいなら、助けてくれよ。

「痛いって言ってるでしょ!! バカ力、凶暴女ぁ!」
「うるさい、離れろ! 世間知らずのお嬢様は、箱に入ってればいいんだよ! 何なら兄貴に新品のダンボール送ってもらおうか?」

 絢菜もようやく手を離し、祐紀と一対一のバトルを開始。
 壮絶なネコパンチ攻撃……。
 ――と今のうちに……。音を立てないよう、こっそり立ち上がり、ドアから出た位置ですぐにでも逃げられる体勢で声を掛けた。正確には祐紀に。
「祐紀……」
 その声に気付いた祐紀と目が合い、満面の笑顔で返した。
 同時に手を顔の位置まで挙げ、
「先に帰るね」
 と言い終えると、猛ダッシュで駆け出した。
 僕が原因なんだから、さっさと退場するに限る。

「ちょっとなお……きゃぁ!!」
 悲鳴と共にどてんと豪快に倒れる音が聞こえたけど、無視だ。
「へへん、ざまみろ!」
 その声に後ろを振り向くと、一番に廊下へ飛び出してきたのは祐紀。まるで小学生のお節介学級委員とイタズラ小僧のようなやり取りに、思わず笑ってしまった。

 途中で会った藤宮に、愛の逃避行か? と茶化されたけど……。


 それから、何度かミーティングをしたが、全員が全員、絢菜の誕生日の日を空けるという、イヤなことをしやがった。結局、絢菜の誕生日の日に決行。雨天の場合はまた来週。


 持参物、ゴミ袋。燃えるゴミと燃えないゴミ、資源物と分けましょう。後は軍手もしくはゴム手袋、火バサミ結構役に立つよ。立ったままでゴミが拾える優れものだ。ミゾ掃除まではしないから、じょれんは必要ありません。
 それから、帽子とタオルと飲み物も忘れずに。

「それでは、この前決めた通り、自分の持ち場をやっちゃってください。特に片瀬絢菜さん」
 念の為、僕らの持ち場から一番離れた場所にしてやったが……もう隣に控えている。そのせいで、祐紀も臨界状態寸前。放射能でも漏れ出しそうだ。環境に悪い。
「……イヤw」
 お嬢様のわがままには付き合いきれません!!
 しかもやる気全くなし。手ブラで来るし、オシャレな装いでキメている。これから買い物にでも行くのか!
「俺、どーすりゃいいの?」
 遅れてきた、本日のスペシャルゲスト……うわ、なんだこれは……。
 ぬっと現れた藤宮。連絡はしておいたけど、まさか来てくれるとは思いもしなかった。が、その格好は何? スネが出てますよ。スネ夫くんもビックリだ。
「……何だよ、来ちゃいけないのか?」
「いや、足、そんなに露出してたら……」
「……服汚して帰ったら怒られるだろ! 足なら洗えばよし」

 お前は子供か。
「もういい。それでは、開始〜」

 もう、皆さん、ちゃんとゴミは持って帰ってよね! タバコの吸殻が何とも多いこと……。
 後ろを振り返ると、またも金魚のフン……藤宮はやる気なし。タバコを吸いながら持参した飲み物を飲んでいるだけだった。金魚のフンもう一個追加。
「ってちょっと待てぇ!」
 ビシと藤宮を指す。
「そのタバコ、ドコに捨ててるのかな?」
「下」

 ……今までゴミを拾ったはずの場所に、吸殻が落ちてた。
「ゴミ拾いしてんのにテメーが捨ててどうすんだぁぁぁ!!!」
 と、とび蹴り一発。さすがに慣れてきたのか、最近は豪快に転倒しなくなってきた。
 その間に、燃えるゴミ係りの祐紀がそれを取りに行った。
 ふと、藤宮が飲んでいるモノを見ると……ああ! これ、僕も大好き。
「お兄さん、それ……」
「うん、おいしいよ。一口飲む?」
 ……うわ〜い、嬉しいなぁ。
 ゴミ袋と火バサミを手から離すと、それを受け取り飲む。飲む飲む飲む。ぐいぐい。
「あはー、おいしー。仕事の後の一杯はたまら……」
「は〜い、会長さんも同罪」

 しまったぁ! うっかりビールの誘惑に負けてしまった。
「何もしてないのに、朝からビール飲んでんじゃないよ!」
 空にした缶を放り投げ、手をぶんぶん振り回しながら説教?
 ……ゴメン、後で缶はちゃんと拾うから……。
「バカ言え! こっちは早朝から頑張って来てんだぞ、これはご褒美ビールだ!」
 朝から頑張るなよ……。
「あはは、かのちゃんグッタリだ」
 祐紀、これは微笑ましい会話じゃないぞ。
 藤宮! 話が分かるなぁ、とか言いながら祐紀の頭を撫でるな!
 ……ん? 祐紀、何か変じゃないか?
 腰にぶら下げているジュースホルダー(チョークバッグ)から取り出したのは、僕も大好き……それは先程やった。
「あげちゃった」
「貰っちった」

 満面の笑顔で既に開けているビールを飲み出す始末。
「アホかー!!!」
「直も飲んだ、ダンナも飲んだ、そして私も飲んだ。皆同罪」
「ダンナって言うな」
「ケチケチすんなよ、ダンナぁぁ……ヒィーッヒッヒッヒ」

 ビール片手に藤宮の胸やらミゾを拳でドンドン殴っている。
 うわ、もうダメだ。狂い始めて笑い上戸だ。いつもと違う気がするけど。
 それを狙ったかのように、絢菜が僕にべちゃっと張り付いてくるし。
「絢菜、誕生日プレゼントは直紀くんがいいw」
 それは意味が分かって言ってるのか? 分かってないだろうね。プレゼントになる気はさらさらないけど。念の為言っておこう。社会勉強ぐらいにはなるだろうし。
「それって、どういう意味か分かって行ってんの?」
「ん?」

 全く理解してないのに言ったんだね。ダメだよ、僕に上目遣いしても。祐紀に一生を捧げると決めてるんだから。
「<ピーピー>を<ガオー>したり、<ヒヒーン>を<パオーン>したり、君にできるの?」
 率直な回答に、顔を真っ赤にして、口をパクパク。
「できもしないのにそんな事はうかつに口にしないこと。軽い女だと思われるよ」
「直……」

 珍しく怒らない祐紀に拍子抜けなんだけど、やっと突っ込むかと思えば、迫力がない。
「直、エロモードに突入してるよ。……あはははは。もう帰ってイッパツかますかぁ?」
 ひーひー、と後を引くような笑い方が妙に癇に障る。
「おお? なんだとぉ、僕のドコがエロモードだってぇ? <ピープー>を<ピポパ>で……」
「俺もそこまでしたことないけど……」

 冷めた眼差しの藤宮。そこでようやく、自分がエロモードに突入していることに気付いた。い、いかん!!
「そうじゃない、違う! さっさとゴミ拾いして、帰る!」
 張り付いていた絢菜を振り解き、ゴミ拾いに戻る。
「帰って……ファイトイッパツ……」
「そうそう、もうガタガタ言わす……」

 すぐに我に返り、藤宮を睨んで殺した。
「もうエロネタはお腹イッパイ。さっさと作業をしなさい」
 と言ったものの、既に飲酒。説得力はない。


 大学の一方を山に覆われているおかげで、二時間後、何とか無事に作業を終えた。
 酒が足りんとか言って、藤宮を買いに走らせる祐紀。終始、酔いどれ祐紀が僕に絡んで大変でしたとも。さりげなく体がごく一部、過剰に反応してたさ。もう言い訳しないよ。それが本当の事だから。
 まぁ、これで、祐紀の希望通りボランティアをしたということで……。
 肝心の祐紀さん、酔っ払って役に立たなかったというか、かなり邪魔してましたよ。
 で、お決まりの打ち上げ……作業中に酒飲んでたくせに、やらなきゃいやだって駄々っ子パンチを振り回すものだから、仕方なく決行。


 いつもの居酒屋に、開店時間に合わせて特攻。いつも聖新羅学園大学部のボランティアサークル面々が毎度毎度大騒ぎするからって、ブラックリスト入りだけはカンベンしてね。でも、いつもご迷惑をおかけしております……、と一応オーナーにご挨拶しておいた。あれからずっと祐紀が飲酒状態のままなので、説得力がないことは確かだろう。なぜか背後に絢菜も控えている。

「飲めよ……誕生日だろ? お前、いくつだ?」
 酔いどれ祐紀が絢菜に絡む。
「ちょっと、やめてよ。誕生日って言っても、私まだ19だし……」
「なんだとぉぉぉ。直は19で飲みまくって、あげく、やっさいもっさい歌ってたんだぞ! お前も飲め!」

 僕を例題にしないでくれ、絶対に張り合って……
「何か真部さんの言い方が、やたら癇に障ってムカツキます」
 とか言って、祐紀のジョッキを奪い、飲みだした。あああ、大惨事の予感……。
「……うぇ、マズぅ……」
 口に含んだものを何とか飲み込んだものの、結局、自分のジュースを流し込んでいた。
 ここで僕がウマイとかいいながら飲み出したら大惨事確定、確変リーチでフィーバーフィバー、大乱闘。
「大変だな」
「うん……」

 ……あれ? 呼んでもないのにまた来てるよ、藤宮さん。しかもいつの間にか隣に陣取って。あんた、結局茶々入れたり邪魔してただけだったでしょ!
 一応、笑顔で藤宮の方を向いたが、
「言いたい事はよく分かる。十分理解している。だからみなまで言うな。ただ飲みたかった、皆でどんちゃん騒ぎをしたかった。それ故に置いて来た彼女が気に掛かる。しかし騒ぎたい、しかし……あっちを立てればこっちが立たず、こっちを立てればアレが立たぬ……」
「もう、黙れ」

 ただ、飲みたいだけだと、いつも止められて十分に飲めない欲求不満を満たしたいと、そう解釈してやろう。
「直紀くぅん、頭いたぁい」
 とか言って、どさくさに紛れて僕の方に倒れてくる絢菜。
「直、私ももうだめ……」
 と絢菜を押し退け祐紀が倒れてくる。僕の腰をがっちり掴んで、もう離れそうにない。
 行き場を失った絢菜は、諦めるかと思ったがそうはいかないらしい。うぅ〜、と唸りながら背中に張り付き、耳元で喋り出す。
「誕生日プレゼントは?」
 そんなもの、あげるつもりないから考えてない。とりあえず、目の前にある、鶏のから揚げを口に突っ込んでやった。
「ふんふん、おいひぃ」
「直、直〜」

 下から物欲しそうな目で口をパクパクさせる祐紀。キミもか……。残りわずかなから揚げを、祐紀の口にも押し込んでみた。僕は親鳥か……。

 今日の打ち上げは一次で終了。
 絢菜を強制送還させるべく、停めたタクシーに押し込みさようなら。運賃は自腹でよろしく。
 こちらは……ぐでんぐでんで足元フラフラの酔っ払い、祐紀をどうするかが問題で……。
「カノンちゃん? タカくんです。迎えに来て欲しいなぁ」
 と携帯に向かって甘えた声を出す藤宮。毎度のことながら、連れて帰ってはくれないだろうな。
 パタと携帯を閉じ、ポケットに戻しながら、こちらを向いた。
「途中で吐きそうになったら、捨てるからな」
 今日は連れて帰ってくれるらしい。きっと、明日は雨だ……。

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