33・釜 ストーキング、ストーキング、やっほーやっほー?


 ――ピンポーン♪

 ……誰だ? 朝からチャイムを鳴らすヤツは……。

 ――ピンポーン、ピンポーン♪

 ……うるさい、僕はまだ眠いんだ。大体、今日は休講だから、昨日……
 昨日?

「なおー、うるさいから追い返してー」
 どうやら、祐紀もチャイムの音で目が覚めたらしい。
 しかし、布団から出る気配はなく、二度寝する気のようだ。
 仕方なくベッドから出ると、鏡で寝癖がないかチェックし、床に脱ぎ捨ててあった半パンを拾って穿いた。

 まだチャイムは鳴り続けている。
「はいはーい」
 寝ぼけていたせいで覗き穴を見る事を忘れ、そのまま玄関の戸を開けたからさぁ大変……。
 眠気は一気に覚めたが、眩暈を誘発。
「直紀くん、おはよ。迎えに来たよ」
 何か勘違いしてないか、この子……。
 僕はこめかみを押さえ、頭を横に振った。
「あのね……僕、今日講義ないの。サークルの集合時間は四時半。今から学校行く必要ないから、いちいち呼びに来ないで……」
「えー? ホームルームとか、出欠取ったり……」
「高校の話しないでよ。年を取ったことを実感しちゃうから……」

 まだ二十歳ではあるが、最近、高校生を見ると、若いな、とか思ってしまう、今日この頃。
「……チッ、一緒に登校とか憧れてたのに……ダメか……」
 ……知ってて来たのか? ただの嫌がらせかよ。
「じゃ、四時半に部室で待ってるね」
 来なくて結構です。
 絢菜は素直に帰って――学校へ行ったが、今日も何が起こるのやら……。
 戸と鍵を閉め、もう一度寝ようと向きを変えると……
「……ムカ!」
 中途半端に開いたままの部屋の扉から、祐紀がもの凄い形相でこちらを見ていた。
「……キミのせいだからね」
「……でも図々しいにも程がある」

 扉に掛かっている手が、小刻みにブルブルと震えていた。
 見事なバイブレーション機能だ。
 もし、祐紀が出ていたら、もっと大変な事になってただろうね。


 昼食を済ませると、祐紀は昼から講義があるとかで、先に学校へと出掛けた。
 僕は、掃除をしたりして、適当に時間を潰すと、四時半前に部室へ到着するよう、アパートを出た。念の為、自転車で。


 大学の正門近くで、向こうから手を振っているヤツが居る……誰だろう?
「鎌井〜、何か新入生に告られたんだって?」
 自転車から飛び降りると、まだ単独で走っている自転車はソイツにぶち当たり、ごちゃーんとハデは音を立てて、共に倒れていった。
 が、ヤツはすぐに飛び起き、文句を言い出した。
「な……何すんだお!」
「何となく、ムカついたから」
「で、告られたって、マジ? カワイイの?」

 文句言ったかと思えば、もう話が戻るのか。
「んな訳ないじゃん。多分それ、僕のイトコの事だと思うし……」
「なんだ、イトコか……つまんねーの」

 一体何を期待してたんだよ……。
 倒れた自転車を起こし、近くの時計に目を移すと、四時三十分の五分前。
 さすがに、本年度第一回目のミーティングに部長が集合時間に遅れる訳にはいかない。
「じゃ、僕用事が……」
 何かが聞こえ、背筋がゾクッとした。
「なーおーきーくぅぅぅぅぅん」
 これは……リンダの時の『ゆうく〜ん』と同じような……。デジャブ?
 いかん、早く逃げなくては!
「じゃな!」
 自転車に跨り、全力疾走で部室棟に向かった。
 僕の悪い予感だけは、いつもよく当たる……。


 何とか、集合時間の二分前に部室に到着。
「直、ギリギリセーフ! ……どうしたの?」
 ゼーゼー言いながら来たものだから、不思議そうな顔をする祐紀。
 とりあえず部室を一通り見と、見慣れたいつものメンバーが揃っている。
「直さ〜ん、こっち向いてくださーいw」
 反射的に声がした方に向いたが、後になって向くんじゃなかったと後悔。
 古賀ちゃんが、カメラ向けてるから。
「はいはい、撮影禁止。それじゃ始めますよ」
 祐紀の隣――いつも、剛田さんが座っていた位置に座る。
 ……で、いつも何してたっけ? 雑談?
「はいはーい、新入生確保できましたかー?」
 部員の一人が手を挙げて聞いてきた。……聞くな。
「……それね……」
 廊下の方からパタパタという足音。しだいに大きくなり、止まった瞬間、ピシャンと音を立てて開く戸。
 真っ赤な顔をして、肩で息をしながらフーフー言っている。先程、正門近くで無視して置いてきた、イトコだ。
 呼吸をするのが精一杯のようで、変なことを喋りだす前に、曖昧な説明をした。
「……アレが自称新入部員らしい」
 祐紀は椅子が倒れる程、勢い良く立ち上がると、絢菜の前に行き、ピシャっと戸を閉めた。
 クルリと一八〇度向きを変えると、引きつった笑顔で……
「今年は残念ながら、新入部員はいません」
 声も、握られた拳も震えていたけど。
「直さん……」
 また呼ぶのは古賀ちゃん。
 それ以上は喋らず、僕、祐紀、扉の向こう(?)を指差すと、両手の親指と人差し指で三角を作ってこちらに見せてきた。
 多分、三角関係か? と言いたいが、祐紀の機嫌が抜群に悪いのでジェスチャーなのだろう。
「……いや、アレは僕のイトコだから、ご名答とは言い切れないような……」
 ガラガラと控えめに、再び戸が開く。
 祐紀がまた、もの凄い形相で振り返るが、立っていたのは祐紀より背の高いエロ顔の男だった。
「邪魔」
「おお、すまん……」

 険しかった祐紀の表情が、少し和らいだ。
「悪ぃ、遅れた」
 とか言いながら入り、空いている席を探していた。
 ふと昨日の事を思い出したので、藤宮に近づいて、とりあえず足払いで倒してみた。
 バナナの皮でも踏んだよう、みごとに後頭部から転倒。
「なにすんじゃ、コラ!」
 思いっきりぶつけた頭を撫でながら、涙目で怒り出した。
「昨日、僕の短い足じゃなんたらって言ってたから」
「……お前、あの後、散々だったぞ」
「ああそう」
「ああそうで済ますのか! あれから口利いてくれないんだからな!!」
「自業自得じゃない?」

 まだ文句を言いたかったようだが、どう考えても自分が悪いと判断したようで、グッ……と息を飲んでいた。
「あの、ドアの前に突っ立ってるの、お前のイトコとかいうヤツじゃねーの? もしかして、入部希望とか?」
 藤宮は、尻をパタパタと掃いながら立ち上がり、指を後方に向けている。指差す方――祐紀の方に視線を移動させると……絢菜とまた睨み合っていた。
「僕は取り消しにしたいんだけど、無理っぽい」
「ふーん……。ま、頑張って」

 と、僕の肩をポンポンと叩くと、空いている席に座った。
 今日、夕方からOBの方々に報告に行かなきゃなんないし、新入生確保できなかったとか言ったら、何か言われそうな気もするし……仕方ないか。
「アレが、仮新入部員ってことで……祐紀、もう諦めなさい」
 そう言った途端、祐紀の顔はやる気のない表情に、絢菜はパッと笑顔に変わった。
 祐紀の横をスルリと抜けると、僕の横まで駆け寄り、右手を挙げた。
「心理学部一年、片瀬絢菜で〜す。よろしくお願いしま〜す」
 元気にご挨拶。
 祐紀はドアの前で膝を突き、小刻みに震えていた。
 一方、古賀ちゃん……また何かメモ取ってるよ……。いいネタ思いついたのか?


「と言うことで、新入部員は一名です」
「ふんふん、女子か……留年すれば良かった……」

 午後七時、いつも打ち上げの場所として使っている居酒屋で、OBの面々に報告会。
 涙を流して遠くを見つめる、マッチョAこと剛田前会長。
 もちろん、細木さんも居る。それと……
「あの……麻生さん、最近見ないと思ったら、卒業されてたんですか?」
「どうせ、影の薄い幽霊部員でしたよ……」

 外見もヒョロっとしていて、台風で飛ばされそうなタイプ。外見も性格も、あまりインパクトのない裏方系だった。
「いや〜ん、おまたせぇ〜w」
 いきなり背後からガバっと抱きつかれたので、驚き、慌ててしまった。
「うふ〜んw なおきゅん、奈津寂しかったぁ〜」
 ぎゃー! 出た! 恐怖の勘違い&思い込みOG、柏原奈津!
「私、この前の夜が忘れられなくて……今日も泊まりに行っていい?」
 イヤー! 勝手に僕、汚されてる!! それより、一体何と一緒にされているんだ、僕は。
「はい、そこまで。くっついてんじゃないよ」
 祐紀が、僕にへばり付いたOGを引き剥がしてくれた。
「ああ〜んw ゆうくんまで居るぅ」
「――は?」

 この人、記憶障害でもあるのか?
「ゆぅきゅ〜ん」
 祐紀が女であることをすっかり忘れている彼女は、猫が甘えるかのように祐紀の頬に顔を近づけてスリスリしている。
「うわ、キモい! 離れろ!」
 祐紀は抵抗もできず、顔色を悪くし、鳥肌たててカタカタと震えていた。
 最終的に、僕と祐紀の間に座り、僕らの腕に手を回しご満悦。彼女は両手に花と勘違いしているようだ。
「で、新入部員はどうだった?」
 僕と祐紀の顔を交互に見ながら、笑顔で聞いてきた。
 一人遅れて来たから聞いてなかったからな。
「女子、一人です」
 OGはみるみる表情が曇りだした。
「なおくんとゆうくんを狙ってるのね! 許せないわ!」
 貴女の勘違いと記憶障害の方が、僕は許せないんだけど。
「気を使って連れてくればいいものを……」
 店オススメの地酒をちみちみと飲むだけで、ちっとも喋らなかった細木さんが、ようやく口を開いた。
 ビールならハイテンションになる癖に、日本酒だとローになるらしい。
「……心配しなくても、彼女はストーキング中です……」
 と、後ろを指差すと……
 隣のお座敷から、携帯を構えてこちらを見ていた。
 ミーティング終了からずっと、僕らの後を付けていたのだ。言っても無駄なので、黙って無視していたけど、ここまで付いて来るとは思わなかった。
「おお! かわいいじゃないか。……気持ち姫に似てないか?」
「じゃ、あれもカマかよ……」

 絢菜に気付いた剛田さんは喜んでいたが、細木さんはまだ、投げやりローテンションのままだ。
「いや、正真正銘の女だし、僕のイトコです」
「君もこっちに来い」

 下心みえみえな笑顔の剛田さんが手招きするが、絢菜は何も喋らない。
 どうしたものかと、絢菜の方を見ると……今にも泣き出しそうな子供のように、ぐちゃぐちゃな顔をして……
「……イヤ、キモい」
 そりゃ、お嬢様があんな得体の知れないマッチョの誘いに乗る訳がない。
 八つ当たりする場所に困った剛田さんは、笑顔で怒りを押し殺しているようにも見えた。
「へへ、キモいってよ」
 細木さん、笑ってるけど、アンタも同類ですよ。
「つぅよぉしぃぃぃぃぃ!!!」
 そして、剛田さんの怒りの矛先は、細木さんへと向いたのであった。


 報告会兼飲み会が終わり、ようやく開放された僕たち。
 帰り道、やはり後方を付いて来る絢菜。
 今日、僕は終始自転車移動だが、絢菜もミーティング終了後からナゼか自転車だった。一体どこから拝借してきたのだろうか。

 しかし、今の時間が時間だ。考えたくなくても、イヤな方に思考を巡らせてしまう。
 暗くて一人じゃ帰れないとか言い出して、冗談じゃなく、ウチに居座る気じゃないだろうな。飲酒じゃ車で強制送還も無理だし。

 アパートに到着すると二手に分かれ、祐紀は玄関を開けに行き、僕は駐輪場に自転車を置くと、素早く部屋に戻った。
 鍵を閉め、しばらく覗き穴から外の様子を伺っていたが、絢菜が来る気配はなさそうだ。
 祐紀の部屋に行くと、ベランダに出て祐紀が外を見ていた。
「今日は素直に帰ったみたいだよ」
「そう……」

 大きく溜め息をつくと、ベッドに腰を下ろし、頭を抱えた。

 一体いつまでこんなことが続くのか……。

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