3・鍋 筋肉


「だぁぁぁもうやだーしぬー」
 マッチョの肩に担がれて、喚き暴れる俺。
「女は絶叫マシンがスキな生き物だろう?」
「高所恐怖症です」

 散々絶叫マシンに乗せられ、仕舞いには腰が抜けてしまったので、細木さんに担がれている。
 剛田さんは困った顔で言った。
「俺ら、姫に護衛してくれって頼まれてるんだ」
 顔は見えないが、細木さんも困った顔をしているのだろう。
「俺らの行きたいところについて来てくれないと、困るだろう?」
 護衛(?)してるだけで、振り回されてる俺のことはどうでもいいのかよ!
「ちょっと休ませてください」
「では、休憩にしよう」

 ラッキー。
「でも、フリーパスがもったいないから、ちょっとだけだぞ」
 ……ケチ……。
 ようやく肩から降ろされた俺は、まだ足腰が頼りないので手で体を支えるように物を伝って何とかベンチに腰を下ろした。
「この際、昼食にしませんか?」
 自分的にもナイスな提案。もう、乗り物系はカンベンだし。まだ足腰がガクガクしてるし。
「うむ、腹が減っては戦ができぬと言うしな」
 まだまだ乗りまくるということか。のんびり食べて時間稼ぎでもするか。その間に逃げ出す為のいい案が出るかもしれないし。

 これがまた、値段の高いこと。ジュースがこんなに高いものだとは知らなかった。
 なるべく安いものを注文した俺に対し、関係なく当たり前のように莫大食うマッチョ×2。後で金が足りないとか言わないでくれよ。
「祐坊、もう食わないのか?」
「ダイエット中なんて女みたいなこと言うなよ?」
「女ですってば。……それより、直は?」
「知らん」
「知らんって、俺の護衛頼んだのは、直でしょ?」
「ああ、確かに。頼まれて、お前探すのに夢中で姫のことは知らん」

 なんじゃそりゃ……。せっかく遊びに来たのに、どこ行っちゃったんだ?
 マッチョに振り回されて放心状態ばかりですっかり忘れていたけど、今更、携帯に掛けてみた。
 しかし――

『お掛けになった電話番号は、現在電波の届かない所におられるか、電源が入ってないため、掛かりません』

 ……マジで?
 やっぱり怒らせた? にしても、護衛付きってなに? 嫌がらせ?

「ゆうちゃんはっけーん」
 出た……。
「むっ! リンダ! 祐坊は渡さんぞ!」
「ひふぇはひゃふぉふぇいふぁのまふぇてるのら! ゆふぼほひゃほひけひぇば、われりゃをたおひゅがよい!」

 細木さん、何言ってるかわかんないし。口の中の物を飲み込んでから喋れよ、きたない。
「あれー? オカマちゃんは?」
「おい、コラ、無視かよ?!!」

 あ、剛田さんがキレた。
「まあいいか。ゆうちゃん、一緒に行きましょう」
「にゃふぇふぉんにょほひゃは! ひしゃまぁぁ!!!」
 ぎゃぎゃぎゃー! 食い物、大噴射! きたねぇぇぇ。
 それでもリンダは、余裕の笑みで、こう言った。
「だったら、力ずくでも連れて行っちゃうもんね〜」
「おお、やってやろうじゃないか!」

 剛田さんはゆっくりと立ち上がり、袖を捲るような仕草をしたが、着ているのは白のタンクトップであって、捲るような袖は付いていない。まぁ、威嚇であることは確かだ。
「やりますかぁ?」
「おうよ、ったりめーだ!」

 リンダは俺より背は高く、マッチョと並んでも大体同じぐらいではあるが、横幅には明らかに差がある。腕の太さも一回り、二回りは違うし、拳で勝負となると、いくらリンダでも勝ち目はなさそうだ。
 それでも、笑顔のままのリンダ。腕には自信がありそうに見える。
「あたし、これでもテコンドーやってますけど、本当にいいんですか? 容赦しませんよ」
 剛田さんはジリジリと後ろに下がり、何もなかったように椅子に座ると脇のメニュー表に視線を落とした。
 二人して窓側ギリギリまで寄っていく。顔色もみるみる悪くなり、仕舞いには動かなくなった。
 しばらくして剛田さんが顔を上げた。俺を助けてくれると思いきや、視線は俺の横を通り過ぎ遥か彼方。
「おねーさん、こっち、カルボナーラ追加ね」
 逃げやがった!
「剛田さ……」
「これもウマいぞ。食ってみ」
「うみゃ……」

 無視……!
「じゃ、お借りしますねー」
 ガシっと腕を掴まれ、強制的に、引きずるように連れて行かれる俺。
「剛田さーん、細木さぁぁん」
 必死で助けを求めても、目すら合わせてくれない。
 俺の悲痛な叫びは、マッチョに届かず、あっさりリンダに連れて行かれることになった。
 何が護衛だ! 嘘つきマッチョ……。

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