2・釜 失踪


 僕は一人、歩いていた。
「あのクソナベ……女の扱いしか知らないんだから!」
 怒りのせいか、独り言まで漏れる。
 僕はこれでも男なんだから!
 互いの正体を明かしてから、やっと自分が男なんだと自覚した。
 女として生きようと決め、父親にまで勘当された、あの時の決心は一体何だったのだろう。

「彼女、一人? 俺らと……」
 機嫌の悪さがにじみ出た視線を送ると、ナンパヤローは手を挙げたまま止まっていた。相手をする気はないので、奴らの前を横切り、早足で目的地を目指した。
 色々な悪条件が重なり、機嫌の悪さは絶頂に達する寸前。
 夏の日差しで頭は煮えそうだし、汗で髪の毛が首に張り付いて気持ち悪い。
 あーうざいうざいうざい! 何もかもが敵に見える。自分自身さえも。
「こんなことなら、地毛巻くんじゃなかった……」
 ボソリと独り言。ウィッグだったら脱着自在なのに。一度やってみたかったからとは言っても、状況をよく考えてからすればよかった。

「あら〜、ありんこちゃん、一人?」
 これをとどめに怒りがゲージを振り切れてしまい、
「誰がありんこだ?!!」
 思いっきり噛み付いた。勢いよく振り返ると、一番会いたくない奴がそこには居た。
 しかも、カツラも胸のパットも未装着。思った通り、たまに講義で一緒になるデカくて顔の濃い男だった。オカマ姿は僕を挑発する為の偽りらしく、今のヤツからはカマっ気は微塵も感じられない。何が目的かは知らないけど、卑怯な奴だ。
「林田……」
 不機嫌丸出しの僕に対し、相手は余裕のある表情。
「ゆうちゃんは?」
「お前には関係ない」

 林田は少し考えた後、エロい笑顔で僕に言った。
「変わんないよね? そういうクセはさ……」
「なんだと?」
「フフフ……口調も男らしくなって、あの頃と比べたら信じられないなー」
「やっぱり、お前は……」

 僕の記憶に間違いがなければ、林田はあの時の……。
「そんな体になっても、真部をどうにかしちゃおうとか思うのか?」
「……」
「あはははは! 人間、正直が一番だよ!」

 この、下衆野郎……。
「お前らの関係がどうであれ、俺は引かないからな」
「お前みたいなハンパな奴に、祐紀は渡さない!」

 しばし睨み合う。しかし、ヤツの顔は余裕に満ちていた。
 先に視線を逸らした林田は、僕に背を向けた。
「ゆうちゃんを探せ! レベル十五!」
 そう言って、中途半端な状態のまま、逃げられてしまった。
「おい!」
 本当に、何を企んでいるんだ、アイツは……。


「とりあえず、誰か、信用できる人は……」
 僕らの事情をよく知ってて、裏切らない人……やはりあの人が適任だよね。
 がたいのいいマッチョ。探すのはわりと簡単だった。
 人ごみの中でも頭ひとつ飛び出ているし、何より回りの人が避けるように半径五メートル以内に入らないので、接触も容易だった。
「剛田さーん。細木さーん」
「おお! 姫」
「祐坊はどうした?」
「それが……それが……」
「姫?」

「リンダさんに追われて、居なくなってしまったのです! 探して守ってあげてください! 私じゃ、あの大女(オカマ)に抵抗できないんです……」
 通用するか分からないけど、潤んだ瞳で見つめてみたら……、
「姫ぇぇぇ!!!」
 ドバっと涙を流して、僕に抱きついてきた。う……うえぇぇぇ……キモ……。
「俺たちを頼ってくれて嬉しいぞー!!!」
 いいから早く行ってくれ……。ヒゲがジョリジョリするし、ツブレル……。
「後は任せろ! いくぞ、アツシィ!!!」
「よっしゃぁぁ!!!」

 ……あいかわらず、体育会系だね。
 これで林田は祐紀に近づくこともできないだろう。男の格好だと尚更だ。

「……フリーパスもったいないけど、仕方ないか……」
 遊園地で入場からわずか四十五分で退場。たぶん新記録じゃないの?

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