第一部 Recondition/Rebirth
1・鍋 鈍感
俺は、真部祐紀。二十歳。
季節は夏。今は夏休みの真っ最中なんだけど、ボランティアサークルに入って、二度目の合宿――と言うよりも、部員の交流旅行と言った方がいいかもしれない。
しかも、また東京。高校の修学旅行を含め、三度目となる。今回はボランティア活動で来た訳ではなく、去年、消費出来なかったディズニーランドに来ただけ。
ごく一部、ビックサイトにコミケとかいうイベントに行った奴もいるんだけど、例の古賀もその中の一人だったりする。
何か、『今回のドウジンは売り切る自信がある』とか言ってたけど、漫研部にでも行けばいいのに。
前は四人だったので、今回は賑やかだ。
「ゆうちゃーん」
なるべく関わりたくないので人陰、物陰に隠れていたのに発見されてしまい、満面の笑顔でこちらに駆け寄って来た、俺より十センチぐらいデカいヤツ。
無視したら、平気でストーキングしそうなキャラだし、とりあえず挨拶ぐらいしとくか。
「おはよ……林田……さん?」
本当は『林田くん』なんだろうけど。
「もぉ、いい加減リンダって呼んでよ」
手を頬に当ててクネクネと怪しい動きをしている。
「……はぁ?」
彼は林田リンダ。自称であって本名は不詳。苗字が林田ではないかという分析結果は出ているのだが、結局は謎のまま。しつこいようだけど、『彼女』じゃなくて『彼』ね。
「誰がユウちゃんよ! 私のモノを気安く呼ばないでくれる?」
俺と林田の間に割って入ってきたのは、直。本名は鎌井直紀という、れっきとした男ではあるんだけど、色々と事情があるらしく、姿はどう見ても女ではあるが、俺の彼氏。
俺も、一人称がこんなんだけど、生物学的には女。世の中不思議がイッパイだ。
「なによオカマちゃん」
「お前もカマだろうがぁぁぁ! 叩き落してやる!」
朝からいきなり、オカマ対決! ……今、思いっきり『素』だったし。
最近――というか、リンダ登場から直がやたら男らしくなってしまって、俺としては悲しい限りなのです。清楚な直ちゃんはいずこへ……。
「姉さん、実は宿泊中のお客様が、逆転カップルだったのです……」
「なんで、『ホテル(ドラマ)』の一平(高島政伸)口調なんだよ?!!」
「あそこ……」
剛田さんの指す方向を見ると……あああ! あれは、ドラマ『ホテル』のヒルトンじゃないか! ちょっと遠いけど間違いない。
「こんなところにあったのか! 泊まってみたい……」
思わず、ホテルの従業員と客の人情物語を想像していた。ドラマの与える影響とは絶大だ。
まぁ、今回も自腹だから、都内の安いビジホだけど、なんとなんと! 直と同じ部屋なのさ。
「そんなに浮かれて、姫と同じ部屋がそんなに嬉しかったのか?」
「あはははは。あったりまえじゃないっすかー」
「そこまで言うなら、もう行くとこまで行った後か……」
……え?
「明日はゆっくりしていいぞ……」
何が?
「姫、はりきりすぎるなよ……」
背中をポンポンと叩かれる直。最初は何言われているか分からなかったみたいだったが、やっと気付いたように、表情がパッと変わる。
「ああ、だいじょーぶです。きの……」
「行くぞ、直! スプラッシュマウンテンだ!」
いらんこと言う前にさっさと入場してやった。
「ゆうちゃーん、リンダのこと忘れてますー」
知るか!
「スプラッシュマウンテンは……どこだぁぁぁ」
入場から二十分、あっちをグルグル、こっちをうろうろ……あれ? ここって最初に通ったような……これっていきなり迷子?
手に持っている、案内図を見ながら移動しているのに、一向にスプラッシュマウンテンの搭乗口が見つからない。
「……」
何か、後ろから睨まれているような気がします。引っ張りまわしたあげく、搭乗口が見つからず、怒ってしまったのだろうか?
「その余分な身長を、僕によこせ」
「なんだよ、今日に限って『素』か?」
「本音」
せっかくのデート気分が台無しだよ、直。しかも、僕だなんて言わないでくれよ。かわいいのに、今日は一段と声がハスキー。何だかイヤ……。
「忘れるなよ! 直が……」
「わかってる。私も同じだから」
お互いに持てなかった部分を持っているからこそ、惹かれあった俺たち。
直が男だったって知った時は正直驚いたけど、俺も本当は女だし問題ないじゃないか、ということでお付き合い続行。
しかし、今日はいつもより男らしさ二〇%増量中。容姿に似合わず、ギャップも割り増し。驚いて振り返る人まで居る。
「女性に方向音痴が多いって、事実だと証明されたことだし」
「はははは……」
「実は、三回行き過ぎたけどね」
「早く言えよ!」
「林田居たし、その方がよかった?」
直の表情が冷めてるっていうか、怖い。
「いや。……なんか、ご機嫌斜めですね」
「……うん。心当たりあるでしょ?」
「……スミマセン……」
今回、同じ部屋じゃなきゃイヤだと駄々をこねた俺に対し、絶対にイヤだと断固拒否した直。
結局は強引に俺が意見を通したものの、
「襲っても知らないからね」
とボソリ。
直の外見がどうみても女だから判断を誤ってしまった。いや、嬉しい事には変わらないんだけど、夜が怖い……。
普段から、互いの部屋に遊びに行ったりもする。直は自制しているようだが、やはり自然の摂理には逆らえないようで……そういう素振りは見せないくせに、暗くなりだすと適当に八つ当たりしてから帰ったり、帰らされたり。それでも、次に日にはすっきりとした顔で謝っくるのが日課というか、日常というか。
しかし、今回ばかりは一筋縄ではいかない予感。逃げ場もないし。
「僕は犬じゃないからね」
おあずけ状態のままで待っていると思ったら大間違いだと……。いいいいいかん!
「ガラスの靴、買ってあげるから……ね?」
「その辺の女と一緒にするな!」
眉間にシワを寄せ、引きつった顔……墓穴! ますます機嫌を損ねてしまった!
「あ、だったら、こっち……あれ?」
それを手に取り、笑顔で直が居る方に振り向いたが、すでに居なかった……。
本当に怒らせてしまったらしい。機嫌を損ねるとなかなか直らないのに、どうしよう……。