プロローグ

  0・鍋 釜 VS 新人


 この大学に進学し、入ったサークルで出会った彼女。
 鎌井直(かまい なお)。
 初めて見た瞬間、俺は恋に落ちた。
 キレイな顔立ちで、おしとやかで、気が利いて、料理も上手くて、カワイイ。きっと頭もいいはずだ。ついでに言うと……あまり言いたくはないし、そう思いたくもないんだけど、かなり強い。
 とにかく、『姫』と呼ばれるに相応しい人だった。
 ここまで俺の理想が詰まったパーフェクト女が世の中にいるだろうか、って思うぐらい彼女は完璧で、憧れでもあった彼女と付き合いだしたのは一年の夏。
 だけど、その幸せな時間は、あっという間に崩れたんだ。

 そして、告げられた、耳を塞ぎたくなるような事実を――。

「私、男なんだ……」

 そう、彼女だと思っていた人、実は彼氏だったのです!
 そんなことではへこたれない! なんてったって、俺は――、

「俺、実は女だし」

 過去にいろいろあった俺たちは、互いが性別を偽装していたのだ。
 いや、勝手に勘違いされてただけで、誰も聞いてこなかったから言わなかっただけか。
 そんなこともあったけど、今も交際続行中!

 さてさて、俺たちが出会った、聖新羅(せいしんら)学園大学部、ボランティアサークルと言えば――。
 今まで目立った活動もなく、学校にも、地球にも優しい幽霊サークルの一つであった。何より、人が集まらない理由は、体育会系マッチョが二人居るからであろう。一時は一〇〇%マッチョ。今までも部員の半分がマッチョの割合。部員総要領のおよそ八割を筋肉が占めている計算になるはずだ。

 先日の土砂崩れ事件後、ボランティアに興味を持ったと思われる入部希望者が殺到。
 事件でサークル棟が潰れてしまい、もちろんその中にあったボランティアサークルの部室もなくなってしまった訳で、真冬なのに外で緊急ミーティング。今日は新入部員との顔合わせらしい。
 実際、殺到と言うほどの人数ではないが、たった四人だったサークルもようやくサークルらしくなったというか……。


「新人、自己紹介どーぞ!」
 お決まりのマッチョポーズをビシビシキメているのが、例のマッチョであり、会長の剛田アツシと副会長の細木ツヨシ。冬でもタンクトップなのは、マッチョの特権なのだろうか。見ているこっちが寒くなる、色々な意味で。
「はぁ〜い。リンダでーす。よろしくお願いします」
 ふざけた名前でがたいもいい、身長一八〇ぐらいあるし、どう見ても男なんだけど。バスケットボールのような髪型も、厚そうな胸板にとりあえずパットでも詰めたであろう胸。全てが、いかにも取って付けたような感じ。かなりムリのある、オカマちゃん第二号?
「林田……?」
 隣の直が、険しい顔でそうつぶやいた。
「はじめまして、古賀ナツキです。本名じゃないですけど気にしないで下さーい」
 いるんだよね。偽名を本名のごとく普通に使う奴。
 こちらをじっと見つめているけど、一体何?
 一度こちらを指差し、極上の笑みを浮かべると、自己紹介の最中にも関わらず俺たちの方に駆け寄ってきた。
「きゃは。本物の直さんだ〜。かわいい〜」
 世の中には、本当に『きゃは』って使う奴がいること自体に驚いた。
「ほんと〜? うれしぃ〜」
 直も顔を緩めて、古賀というヤツにペースを合わせている。……さっきの険しい顔は見間違いか?
「祐紀さんは男前ですぅ〜」
「ほっとけ」
 いきなり直が俺に抱きついてきた。人前で大胆な!

 直は俺の恋人で、外見は小柄で胸もあるし、髪もロングで毛先は縦ロール。ま、カツラなんだけどね。いつもオシャレな服を身にまとい、どう見ても女の子みたいだけど、男。一般的に『ニューハーフ』とか『オカマ』と呼ばれるヤツだが、決して『ゲイ』ではない。本名も鎌井直紀という、男らしい名前の持ち主だったりする。
 そして俺は、身長一七〇センチぐらいで、髪はショート。服装はいつもカジュアル。声も低めなので、よく男と勘違いされるが、一応女。フルネームを言っても、男か女か判別に困る、中途半端な名前だったりする。
 今、大学内で有名な『逆転カップル』とは俺たちのことだ!

「惚れちゃだめよ〜。私のモノだ・か・ら」
「わかってますぅ〜。ネタ……ゲフンゲフン。……寒いですぅ……」
 ……今、ごまかしたぞ? ネタ? ……寝た! いやいや、そんなことを聞くはずないよな?
 ちょっと心拍数上がっちゃったよ。
「一通り、自己紹介も終わったが、これ以上することがない上に、寒いので解散!」
 タンクトップ姿で寒いとか言われても、対応に困るわ! 次からそれなりの格好をしてきてくれ、と心の中で呟くだけに留めた。

 結局、古賀とかいう奴に捕まってしまい、何人入ったか正確な人数は分からないし、しばらく名前と顔が一致しないんだろうな。
 でも、あの『リンダ』とかいう奴、一体何者? 直の様子も変だった気がするし。

「直……リンダのこと知ってるの?」
「なんで? 『カマダチ』じゃないわよ?」
 カマダチ? おかま友達の略?
「そうじゃなくて、さっき、険しい顔してた気が……」
「あぁ……。アレ? 同じ学部の人だと思うし。まぁ、話したことはないから、人違いかもしれないけど……」
「へー。心理学?」
 自分の心理が研究課題か? 心理学部には、変なのが多い……?
 アレを人違いって……その方が無理そうな気がするんだけど。
「あの人、苗字が『林田』だからリンダなんじゃないの?」
「ハヤシダ?」
 『林』を音読みにしたのか。だから『リンダ』?
 ああ、小学校の頃とか、そういう音訓の読みを勝手に変換したアダナで呼ばれてるヤツも居たよなー。ちなみに俺だと、シンブーとか?

「まーなーべーくん?」
「グ!」
 後ろから首を絞めるのは誰だ?!!
 横に居る直の顔が、一層険しいものになっている。しかも、俺の目よりも高い位置を睨んでいる……ということは?
「リンダでーす」
 間近で見ると、デカイし、顔も濃いくないか? インパクトありすぎ。
「……カマちゃん、本当に小さいわね。ありんこみたいよ」
 直は、握った拳をプルプルと震わせ、大きく息を吸い込んだ。
「……誰がありんこじゃぁぁぁぁ!!!!」
 いつもより、一層甲高いオカマの叫び声が、辺りに響き渡った……。


 これから、オカマ同士(?)の壮絶な戦いが始まろうとしていた……。

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