28・釜 (新年の?)ご挨拶


 前回、車で日帰りし、死にそうになったので、今回は、1泊2食付きです。
「・・・どうしても、行くんだね?」
「うん。お父様と、お母様に、ご挨拶は当然でしょう」
「電話でいいじゃん・・・」
「アホか〜!!冬休みにも実家に帰らないだなんて、だめ〜!!」

 普段、会えないのだから、休み中ぐらい帰れっての。僕は、勘当された身(名台詞)だから、帰らないけどね。
「いってらっしゃい・・・」
 笑顔でお見送り・・・。そうはさせるか!
「いや・・・いやぁぁ!!!」
 何がそんなにイヤなのか・・・、イヤな理由は何なのか・・・。
 最近、謎の発言が多いこの女。図体ばかりデカく(関係ない)、実家のことになると、とことん嫌がる。
 嫌がる祐紀を無理やり車に監禁(違う)。トランクに、お泊りセットを放り込み、GT−Rちゃんで、祐紀の実家までレッツ・ゴー!
 ・・・しまった!弁当作るの忘れた!

 道のりが長いことは分かってはいたが、やはり疲れるな・・・。
 サービスエリアで、休憩&食事を取り、祐紀の実家に着いた頃には、3時を過ぎていた。
 これまた、前回と似たようなことをするのだから、たまらない。
「いやぁだぁぁ」
 車から降りないんだよ。ここまで来たのに、ナゼ?
「あまり、駄々こねてると、お姫様ダッコするぞ?」
 想像しただけでも不気味だ・・・。最後のオチは、僕が潰れるで。
 何も言わず車から降り、玄関へ行ってしまった。
 僕はトランクの荷物を持って、玄関へ向かう。
 玄関で、祐紀とお母さんが話をしていた。
「あけましておめでとうございます。今日はお世話になります」
「いらっしゃい。今日は寿もお嫁さん連れて来るのよ〜。落ち着かないかもしれないけど、ゆっくりしていってね」

 ・・・あの兄さんも来るのか・・・。
「兄さんのヨメさんって、ハラでかいの?」
「もう7ヶ月だからけっこう大きいわよ」

 夏に来たときは、妊娠させちゃってなんとか・・・だったけど、ちゃんと結婚したんだ・・・。
 親子喧嘩とかしないよね?
「父さんは?」
「テレビは特別番組ばかりでつまらないって、新聞読んでるわ」

 居間に通されると、新聞とにらめっこしている、お父さんが居た。
「お父さん、祐紀と直紀さんが来たわよ」
「んん」

 そっけない返事をし、僕らの方を見る。
 それから、ものすごく険しい顔で、僕を見据えた。
「・・・あけましておめでとうございます」
 恐怖のあまり、声が裏返りそうだった。僕、何かしたかな?
「胸・・・」
「・・・え?」
「胸はどうした?」

 忘れてきました!いや、そうじゃない。半混乱ぎみで、情報処理ができていないぞ!落ち着け。
「先月、抜去手術受けたんだよ、ね〜」
 ね〜って・・・
 お父さんは、新聞を畳み、僕の方に来ると、腕を引っ張られた。
「ちょっと、来なさい!」
 いやー!怖い、怖すぎるぅぅ・・・。
「祐紀は、後で呼ぶから、ここで待ってなさい」
 うわぁぁ〜タスケテー!半殺しにされる〜(理由に心当たりがある)

 あまり好きではない、客間に連れてこられた。
 一体何の話だろう。もしや、娘の貞操の話?責任とって、腹切れってか?
「祐紀に、何か聞かなかったか?」
 何かって、具体的に何ですか?
「何も聞いてないのだな」
「何の話ですか?」
「祐紀の様子を見れば、だいたい検討はつく」

 どっきーん・・・彼女の親から絶対にされたくない話じゃないか!
「一時は笑わなくなったあの子が、また昔のように笑ってくれる。キミのおかげだ。ありがとう」
 え?え?一体何の話をしているのか、さっぱり理解できないんですけど・・・。
「結婚する気があることも、十分承知している。それを反対する気はない。だが、キミに話しておかなくてはいけない事がある・・・」
 それって、祐紀のコトで、僕が知らない何かがあるってこと?最近のヘンな発言に関係あるのかな?
「祐紀・・・さんが、お兄さんの友人関係のトラブルに巻き込まれたっていうのと、関係あるんですか?」
 お父さんは、硬い顔をし、しばらく黙っていたが、重い口を開いた。
「女であることを捨ててしまった、理由はソレだ・・・」
 女であることを捨てた理由?
「ここから先は、私が話すべきことではない。祐紀に、直接聞きなさい」
 そう言って、祐紀を客間に呼びつけた。
 お母さんに、お茶を持って行けと言われたのか、湯飲みを3つ乗せたお盆を持って、入ってきた。
「・・・何の話してたの・・・」
 祐紀は不満そうな顔のまま、ちゃぶ台に湯飲みを置いた。
「お前の話だ。まだ、全てを話していないのだろう?」
 目を見開き、お父さんの方を向くと、いきなり掴みかかった。
「ちょっと、祐紀!」
 静止する声も聞こえないのか、祐紀はものすごい形相で、お父さんを睨んでいた。・・・元ヤン?!!
「何で、今更そんなことを直に言わなきゃいけないんだ!お・・・」
「お前は、結婚まで考えている人に、真実を打ち明けられないと言うのか?所詮、その程度か?」

 お父さん、煽らないで下さい・・・。むっちゃ怖いです・・・。
「違う!」
「お互い、真剣なことは分かっている。だからこそ、話さなくてはいけないのではないか?」

 祐紀の表情が、怒りから哀しみへと変わった。
「話したことで、拒絶されるのが怖いか?彼は祐紀のことを真っ直ぐに見ている。裏切っているのはお前ではないのか?」
 祐紀を引き離し、落ち着かせると・・・
「心配することはない。もし、拒絶するようならば、私がこの場で、息の根を止めてやるさ」
 はっはっはと笑いながら、そんなセリフ言わないでよ。
「霊柩車、呼んでおくかね?」
 一気に血の気が引いた。さ・・・殺?!!
「話しにくいのなら、私は部屋を出るが・・・」
「居て・・・ゴメン・・・父さん・・・」

 どれぐらい時間が経っただろうか、祐紀は下を向いたまま、何も話さない。
 ようやく口を開き、真実の扉も開かれた・・・
「私は・・・子供ができない体です・・・」
 ああ、最近多いんだってね。不妊症。
 それのどこが、友人関係のトラブル?
「中3の時・・・子供を・・・堕ろしたのが・・・原因で・・・」
 ・・・は?
「その時の相手が、寿の友人だった。別に友人関係のトラブルに巻き込まれた訳ではない。トラブルを起こしたのは、その男と、祐紀なのだから・・・」
 お兄さんの友人、お兄さんは24歳、中学3年なら今から5年前、19歳・・・その男が、タイプMに乗っていた先輩?
 謎だらけだった、祐紀の発言が、ひとつに繋がった。
「お父さん、席外してもらっていいですか?」
「・・・」
「僕は大丈夫です。このぐらいのことで、僕の気持ちは揺らいだりはしません」
「分かった・・・」

 お父さんは、祐紀の背中をポンと叩き、客間を後にした。

「よかったね」
「何がよかっただ!そのせいで私は・・・」
「違うよ。そのおかげで、僕とキミは、出会えたんだから・・・」

 本当は、祐紀を傷つけた男が、たまらなく憎かった。
 悔しくて、涙が出そうなのを、歯を食いしばって必死に堪えた。
「僕だって、シリコン入れた事、後悔したけど・・・」
「直の場合は取ろうと思えば、取れるものでしょ!次元が違うんだよ!」
「ずっと、言ってたでしょ?僕がシリコン詰めた体だったから・・・祐紀が男みたいだったから・・・」
「ああ!もう奇麗事ばかり並べるな!・・・もう・・・終わりだ・・・」

 祐紀は頭を抱えて、ちゃぶ台に突っ伏した。
「僕は終わらせないよ。子供が欲しいから、結婚しようなんて言った訳じゃない。祐紀とこれからもずっと・・・ずっと一緒に居たいから、ただそれだけだから・・・」
 伏せたまま、向かいで小刻みに震える祐紀。僕は祐紀の後ろに回り、そっと抱きしめた。
「僕の気持ちは変わらないから、祐紀も変わらないで・・・ずっと僕の側に居て・・・」

 それから、ゆっくりと過去について話してくれた。
 中学生の頃、男癖が悪かったとか。ちょっと信じられないな。
 僕はてっきり、未経験だとばかり思っていたから、実際の経験の多さ(自分基準)に度肝抜かれたけどね・・・。
 でもそれは、僕の知らない過去の話・・・。
 祐紀が僕を選んでくれた、僕を愛してくれている、それだけは事実だから・・・。


 5時、食事の準備を手伝っていると、祐紀のお兄さんと嫁さんが到着した。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
 嫁さん・・・思ったよりお腹大きいね・・・。
「祐紀・・・あのデカイ方が、俺の妹。一応女だからね」
「一応とはなんだ!」

 お兄さんが、嫁に紹介している。普段、家にいないから、初対面か?
「もう一人の、小さい方が、祐紀の彼女・・・」
「・・・彼女じゃありませんよ・・・」

 説明がめちゃくちゃだな・・・。
「あれ?胸ないの?この前の、見間違い?」
「いや・・・」

 嫁に変な情報まで植え付けないで下さい・・・。
「幻のCカップ・・・」
 見た目で分かるのか、この人は・・・。(本当にCだった)
「アレね、総理大臣の息子なんだよ・・・」
 それは、トップシークレットだぁぁ!!!
「似てないね・・・」
 それだけが救いですから・・・。
「コレ、俺のヨメさん」
「誰がコレか!」

 思いっきり後頭部を叩かれている。
「紗枝(さえ)です。よろしく」
「どうも、鎌井直紀です・・・」
「あれ?普通の名前だね・・・あたし、てっきり『宗十朗』って名前かと思っちゃったよ」

 きゃははと笑いながら、お兄さんの背中をバシバシ叩いている。
 『ソウジュウロウ』って・・・。いくら親父が『宗次朗』だからって、そりゃないよ・・・。

「お腹、触ってみてもいいですか?」
「どぞ。やさしくしてねんw」

 祐紀は恐る恐る、紗枝さんのお腹を触った・・・。
「「あ、蹴った」」
 祐紀と紗枝さんがハモった。
「嫌われてるんじゃないのか?オバサン」
「おっ・・・オバサン?!!」
「僕の兄の子供も、今月産まれるんですよ」
「へー、そうなんだ。カワイイのに、オジサンになっちゃうんだね」

 ・・・カワイイって・・・
「さ、おしゃべりはそのぐらいにして、お食事始めましょう」

 祐紀も、つたない会話で笑ったりしている。
 自分が子供を作れない体だから、紗枝さんの前で影のある表情でもするのではないかと、気にしていたが、いつも通りの祐紀に戻っていて、僕は安心した。
「予定日、4月なんだけどさ、春休み中に産まれたら、見に来てよ。あ、ゴールデンウイークでもいっか」
 そういえば、ウチの兄貴も、産まれたら見に来いって言ってたよな。まだ嫁の方も見たことないし・・・。
「うん、うん、行く行く」
 祐紀は嬉しそうに、そう答えた。
 先程からずっと、姉御のペースに乗せられっぱなしだ。
 食事を終えてから、しばらく世間話をし、嵐のような兄夫婦は帰っていった。

 風呂を済ませると、二階の元・祐紀の部屋で寝るよう促された。
 アパートに持って行く必要のないものだけ、部屋に残されていた。
 本棚には、卒業アルバムが置いてある。勝手に見るのは良くないけど、祐紀が風呂に入っている間に、こっそり見てみた。
 とりあえず、中学のアルバムを手に取った。
 1学年4クラス程度の学校だったので、簡単に祐紀を見つけられた。
 今の祐紀からは考えられない、別人のような冷めた表情、髪も今よりずいぶん短い。
 ページをめくり、修学旅行あたりの写真・・・どこかに祐紀は写っていないだろうか・・・。
 隅々まで探していると、祐紀らしき人物を発見。こちらの方は、クラス写真と違って、楽しそうに笑っている。髪も長い・・・。
きっと、その間に祐紀を狂わせた事件があったんだね・・・。
 寄せ書きには、元気出せ!とか、七転八起など、祐紀を励ますようなことばかり書いてある。
 最後の方のモノクロページは文集だった。皆、3年間の思い出を書き綴っているのに、祐紀の所には、一言だけ・・・
 『夢も希望もありません』
 と書きなぐったような字で書いてあった。
 僕は、ゆっくりアルバムを閉じ、元の場所へ戻した。
 ・・・見るんじゃなかった・・・。
 その時の祐紀の気持ちを考えるだけで胸が痛む。
 でも、祐紀の方がもっと辛かったはずだ・・・。
 僕なんかよりもずっと・・・。

「・・・布団はふたつか・・・」
 風呂から上がった祐紀が、部屋に入ってきて、ばたりと布団に倒れこんだ。
「いや〜疲れました〜。もう寝る」
 ゴロゴロと転がりながら、布団の中に入っていった。
 僕は部屋の電気を消すと、祐紀の布団に潜り込んだ。
「ちょっと・・・直?」
「・・・シ〜」
「・・・ちょ!ダメだって、下、父さんの寝室が・・・」
「嘘つかないの。家の構造上、下が客間だってことは分かってるから」

 う〜と唸って、僕の服の中から背中に手を回した。
 ・・・スリル満点・・・。


次の日、僕らは昼食を済ませてから帰ることになった。
昼食も済んで、帰る準備をしていた時だった。
 車に荷物を積み込んでいる、僕の横を通り過ぎ、真部邸に入っていく女性・・・。
「お客さん・・・?」
 その割には、何も持ってなかったな、何か怒っているような歩き方だったし。
 家のほうに戻ると、玄関で先程の女性が興奮気味に話していた。入りづらい雰囲気なので、とりあえず彼女が帰るまで待つことにした。
「あ、やっぱり祐紀、居たんだ!ちょっと、どういうことよ!」
 祐紀の知り合いだろうか?祐紀も何のことか理解できないようで・・・
「いや、何が何の話なのかさっぱり・・・」
「トボケないでよ!あの車、アイツじゃないの?」
「はぁ?」

 何か、聞き捨てならないセリフだな、今のは。
「まだアイツと付き合ってたなんて、サイテーよ!」
「違うってば!」

 祐紀は、彼女の後方で、ふてくされた顔をしている僕に気付き、僕を指さして
「ほら、アレ、違うでしょ?」
 彼女は、機嫌悪そうな顔で、僕の方に振り向き、全身を一通り眺め、祐紀の方に向き直った。
「・・・何?中学生じゃない・・・」
「ちゅ・・・中学生だぁ?!!」

 いくら僕がチビで童顔だからって、ひどすぎないか!
「年上に散々な目に合わされたからって、今度はショタコン?」
「ショタ?!!」

 ああ、なんだか眩暈がしてきた・・・。
「男への八つ当たりとしか思えないわね」
「ああもう、勘違いしまくってるよ。もう何も言わないで、黙って聞いてなさい。彼は、同じ大学で知り合ったの。あれでも20歳。車も、色と形がたまたま同じってだけで、一応違うんだけど、あんたには分かんないみたいだから、どうでもいいわ」
「20歳?!!」

 今度は驚いた顔をして、僕の方を向き、ずかずかと僕の方に寄って来た。
「ちょっと、免許証見せてみなさい」
 なんか、この女、ムカツク・・・。
 僕は、そっぽ向いたまま、免許証を差し出した。
「・・・あら、本当・・・。免許の更新期限、過ぎてるわよ」
 ・・・しまった。忘れていた・・・。
 免許証には、誕生日まで有効と書いてあるが、誕生日の1ヵ月後まで有効になったから、切れている訳ではないのだが・・・。
 彼女の手から免許証を取り返し、サイフに戻した。
「ああ、とんだ勘違いだわ。寒いのに飛び出してきて損しちゃった」
 そう言って、近くの家に帰っていった。アレは何だ?
「幼馴染み・・・ってヤツ。いつもマシンガン打ちっぱなしで困るんだけどね・・・」
「アイツ、嫌いだ・・・」


 僕は、帰りの車の中でもしばらく機嫌が悪かった。
 とにかく、落ち着きのない正月だった。

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