27・釜 行く年来る年
師も走るほど忙しい、師走。
色々と、イベントの多かった12月も、残り数時間・・・。
大晦日になってから、慌てて大掃除をしている真っ最中。
「昨日、買出しに出たのは、間違っていたような」
「今日だったら、入る前に渋滞に巻き込まれるよ」
昨日も、店内は人だらけで、買い物するだけで、2時間も掛かった。更に、帰りには駐車場で渋滞に巻き込まれた。
「こまめに掃除しておけば良かった・・・」
油でギトギトの換気扇を見つめ、深いため息をついた。
ガスレンジ周りは、祐紀が料理した後は、大変なことになっているので、まめに掃除はしていたが・・・。やはり汚い。
祐紀に、風呂とトイレの掃除を任せ、僕はキッチンの掃除を始めた。
触りたくないような汚れ物は、『浸けておくだけで、取れる取れる』の洗剤で、浸け置き。
洗剤の使用量を見ると、どうやら洗濯機にも使えるらしい。浸け置きするだけでキレイになるなら、一石二鳥。本格的に始める前に、コレもやっておこう。
洗濯機を開けて、驚きました。洗濯物が大量に入ってるんだから。
昨日、買い物行く前に、洗濯をして、そのままじゃないか?
「祐紀・・・」
「あいよ」
風呂掃除中の祐紀が顔を出した。
「洗濯・・・昨日の忘れてる・・・」
「・・・忘れてた。風呂掃除終わったら干すから、置いといて」
層内がカビる原因だ。そんな祐紀が今まで使っていた洗濯機だ。世にも恐ろしい物体が大量に出てきそうで怖い。
とりあえず、洗濯物をカゴに移し、洗濯層の掃除・・・放置するだけなんだけど。
「それから、洗濯物、入れすぎ。8分目までにしなさい」
「はい・・・」
入るだけ詰め込んで洗濯しても、キレイにならないし、そのうち洗濯機壊れるよ。
さて、キッチンの掃除に戻ろう。
袖をまくって、ガスレンジに洗剤を噴射しようとした時・・・
『ピンポ〜ン』
誰かが尋ねてきたようだ。
掃除意欲を害され、ちょっと頭にきた。この年末にアポなしで尋ねてくるとは。
約1名、やりそうなヤツに心当たりがある。
覗き穴を見ると、やたら長身。ドアに背を向けていて、顔は見えないが・・・間違いない。
ドアを勢いよく開け、こちらに向き直った所をすかさず・・・
「なおきび・・・ウグゥ・・・」
卍固め。(祐紀のお父さんの技を見よう見まねでやってみた)
「なにやってんの〜にィさ〜ん♪」
「い・・・や、様子見にき・・・タ・・・あたた。ゆぅきさん、こんにちは。こんな格好ですまない・・・あたたたた」
どうやら、祐紀が風呂場から顔を出しているらしい。
「ちょっと直・・・」
祐紀が居る時に、兄さんが尋ねてくると、いつも技掛けているような気がする。まだ2度目だけど。
「卍固め、違うよ。技掛けられている人も、向こう向いてなきゃ・・・」
「そ・・・そう?」
言われてみればそうだったような・・・。
とりあえず、もがき苦しむ兄を解放すると、全身をまんべんなく見回し、首を傾げた。
兄さんにも言ってなかったから、予想はつくけど。
「直紀・・・胸は?」
「3週間ぐらい前に取っちゃったよ」
「・・・そうか・・・1度ぐらい触りたかったな・・・」
ゆっくりと兄の肩に手を伸ばすと、察したように後方へ逃げた。
「それは冗談だが、一度、家に戻ったらどうだ?」
兄さんも姉さんも、僕に会うと、必ず似たようなセリフを言うな。
「僕は勘当された身だから戻らない」
僕も、毎度同じセリフでそれをかわす。
「体は戻したのだから、父さんだって・・・」
「またあの家で、飼い犬のような生活をしろとでも言うの?」
「直紀・・・」
「自分がやりたい事を我慢して、やりたくもない事を押し付けられる。もう親の言いなりなんて御免だ!」
「・・・でも、それは・・・」
「僕の為?受験に失敗した僕を、缶詰にして勉強させるのが、僕の為だって言うの?自分ができもしない事を、子供に押し付けるような親なら、そんなものはいらない!」
本当は、本人の前で言ってやりたいけど、親の絶対命令に従ってきた僕に、そんな度胸はない。
祐紀も兄さんも黙り込んで、それ以上何も言わなかった。
「兄さん・・・掃除の邪魔をしたから、手伝って帰ってね・・・」
困った顔をして、家政婦でも雇えばいいのに、と言いながら、渋々掃除を手伝いだした。
家政婦って・・・これだから、自給自足で生活をしたことない金持ちの箱入り息子は困る。
掃除が終わった頃には、外は真っ暗になっていた。
兄も一緒に夕飯を取った。
「直紀・・・いいお嫁さんになれるぞ・・・」
そのセリフを聞いて、祐紀は勢いよく味噌汁を噴き出した。
「う・・・げほげほ・・・」
「兄さん、それは違うよ」
どこか、つっこむ所を間違えている。
「それより、帰らないでいいの?それとも、喧嘩したの?」
掃除を手伝わしておいて、今更ではあるが、家庭を持つ者が、こんな所で油を売っていてもいいのだろうか。
「ああ、ご心配なく。嫁さん、出産で実家に帰っているから」
「結婚してたんですか?!!」
祐紀が驚いていた。自分の兄弟が、結婚しているとか、いないとか、いちいち話さないから、知らなかったんだよね。
「1年半ぐらい前に結婚したんだよ。もうすぐ、子供が生まれるんだってさ」
祐紀に適当な説明をした。・・・それって、僕がオジサンになるってことだよね?
「だいたい、何歳ですか?」
兄弟の年齢も、いちいち言ってなかったね。
「28だったよね?」
「そう。もうすぐ三十路だな。ハタチ過ぎると、やたら早いんだよな・・・」
僕は、ハタチになったばかりなんですけど・・・。早いのかよ。
「優奈がこの間26になったよ」
姉が、フェラーリ乗り回してる間は、結婚はないだろうと思う。僕の方が早そうだな。(早とちり)
「そういえば、祐紀のお兄さんって、何歳?」
初対面で、お父さんにコテンパにやられていた事しか、思い出せないけど。
「・・・24・・・かな?」
「かな?って、兄妹でしょ!」
「いやぁ・・・あまり思い出したくない・・・」
何か、クリスマスあたりから影があるような気がするんだけど、気のせいかな?
兄さんの前で、余り追求したくないし、ここは流しておこう。
「お兄さんと仲が悪いのかな?いくら血が繋がっていても、合わないものは合わないからねぇ・・・」
それって、姉さんのことだろう?勝手な思い込みが激しいから、分からなくもないが。
「いや、仲が悪い訳ではないですけど・・・友人関係のトラブルに巻き込まれたと言うか・・・」
言葉を濁し、それ以上は何も言わなかった。中途半端で何か引っかかる、そんな言い方だった。
「あ!紅白、始まってるよ!」
急に話題を変えた所が更にアヤシイ。
一人、さっさと食事を終え、自分の部屋に戻って行った。
キッチンに取り残された、鎌井ブラザーズ。
「・・・不満そうな顔してぇ・・・」
「だって、何か引っかかるでしょ、今の会話。最近、何かヘンなんだよ・・・」
兄は箸を置き、じっと僕の目を見つめた。
「直紀には、隠し事はないのか?彼女に言えない、何かが・・・」
「そんなものはないつもりだ」
「・・・いや、誰にでもあるはずだ。誰にも言えない事が」
自分にもあるような言い方をした。僕が、誰にも言えない事・・・?
言えない不平不満なら、山ほどあった。あの家から開放されて、自由になってからは、そんなことはどうでもよくなった。そういう事しか、思い浮かばない。祐紀に隠すような事なんて、何も思い当たらない。確かに、父の事は隠していたけど・・・。
「直紀は思い出話が嫌いだったね?思い出したくない過去があるから、自分からその話題には触れない。それも同じではないのか?」
先程、兄さんにぶつけたことで、全て話したのと同じだと思っていた。あれはほんの一部・・・全てじゃない。思い出したくないから言わない・・・それが言えない事?
「ほら、心当たりがあるだろう?誰にでもある事だから、気にしないのが一番だな」
兄は箸を持ち、食事を再開した。
僕らも食事を終え、片づけをしている時・・・
「ぎゃぁぁ!!ヅラぁぁぁ?!!!」
祐紀の叫び声が聞こえた。と思ったら、
「あはははは、うわ〜まじぃあひゃははは」
今度は笑い出した。一体何だ?気になって、部屋を覗くと、腹を抱えてヒーヒーと笑いをこらえながら、テレビを見ている。
テレビには、長ランの兄さん・・・いや、オジサンが、ハゲ頭をさらしたまま、歌っている。最近の紅白って、一風違うよね・・・。
アレはたしか、木更津の暴走ザロックンローラー、よろしく機械犬ワンワンだよね。あの人、ハゲてたのか・・・。
「直・・・もっと早く来ればよかったのに・・・ヒヒヒ・・・」
かなりツボにハマッているらしい。そんなに面白かったのなら、見れば良かった。
「あー、ビデオ撮っておけばよかった〜」
僕一人、取り残された気分だ・・・。
「それではそろそろ帰るよ。お邪魔しました」
兄が、祐紀の部屋に顔を出した。
「え?これから、千葉まで帰るの?」
新幹線はまだあるだろうけど、向こうに着いたら夜中になるんじゃないのか?
「いやいや、近くのホテルを予約して来たから、ご心配なく。明日の昼には、向こうに帰る予定だから」
「そう・・・」
久しぶりに会ったのに、もう帰るのか・・・。少し寂しい気もするけど、仕方ないか。
玄関まで移動し、靴を履き終えた兄は・・・。
「今度、遊びに来いよ」
・・・え・・・ヤダ。
「そんなに嫌か?」
僕は、ものすごく嫌そうな顔をしているらしい。
「大丈夫だよ。もうあの家にいないから」
は?何それ・・・あの家で、同居してなかった?
「2ヶ月前に、駅近くのマンションに引っ越したから、直紀が心配しているようなことにはならないよ」
そう・・・なんだ。
「じゃ、夕飯ごちそうさまでした」
「あ、すみません、何のお構いもしないで・・・」
祐紀も玄関まで見送りに来た。
「ああ、こちらこそ、いきなり押しかけてしまってすまなかった」
「本当に今度は、電話してから来てよね!」
兄は笑顔で、僕の頭をポンポンと叩くと、
「そうだね〜。怪しい技ばかり食らっていたら、こちらの身がもたないな」
また暇な時に遊びに来ると言い残し、帰っていった。
祐紀の部屋に戻り、紅白の続きを見た。
途中、風呂に入ったり、年越しそばを食べたりした。
紅白も終わり、今年も残り10分か・・・。
今年もいろいろな事があったな・・・。
藤宮と、小学校・高校が同じだった事が発覚したり、8月から同棲を始めた。3回もプロポーズをした。それから、シリコン抜いて、誕生日には・・・。
祐紀が、何かを思い出したように立ち上がった。
「直、初詣行かなきゃ!」
「ええ?これからぁ?」
寒いのに、それに人多いじゃん・・・。
「近くに神社あるんだ。あそこは少ないし、お神酒と焼き鳥、ぜんざいが無料で振舞われてるんだから!」
毎年行っている様な言い方だな?今回で2回目じゃないの?
「・・・そう?だったら行こうか」
僕も立ち上がり、部屋にコートを取りに行った。
朝になってから、行くのは面倒になるだろうし、元旦ぐらいは、ゆっくりしたい気もするし。
部屋を占領している、ベッドの方に視線を向けた。
・・・っていうか、姫始めでしょ!
「直〜早く〜」
キて〜ww・・・ハッ!妄想している場合じゃないぞ。
急いでコートを着て、サイフと携帯をポケットに放り込んだ。
少し山の中に入った所に、神社はあった。
「おばちゃん、も1杯ぷりーず」
「やだねぇもう、若いうちからそんなに飲んでたら、体壊すよ?」
「いや、今日だけだからねっねっ」
境内で、お神酒を催促している酔っ払いもいる。
「ちょっと・・・他の人の分がなくなっちゃうよ・・・」
「いんやぁ〜誰も居ねえって・・・およ?」
視線が合ってしまった。
「カマナベちゃん、あけおめ、ことよろ〜♪」
と、バカみたいに大きく手を振る彼は、藤宮・・・。
何でも略するな!
手には焼き鳥を3本も持って、お神酒のつまみにしている。
こんなヤツは放っといて、参詣しよう。
賽銭を投げ、手を合わせる・・・
「なむ・・・」
それは違う。
『今年も、いや、ずっと祐紀と一緒に居られますように・・・』
頂けるモノを頂いて、最後に藤宮が陣取っている、お神酒の場所へ行った。
藤宮は、まだ飲んでいた。
僕らもお神酒を頂くと、藤宮はやっと重い腰を上げた。
「よし、帰ったらヒメハジメだぁぁ」
「ちょっと・・・」
大声でそんなこと言うなよ。恥ずかしい。妹がかわいそうだ。
藤宮は、華音の手をとり、スキップしながら帰っていった。
「ヒメ・ハジメって何?芸能人?お笑い芸人?」
・・・いや、ヒメ・ハジメさんじゃないから。
マジな顔して聞かれると、何と言って答えればいいのか。
「・・・新春、初エッチのことだよ」
単刀直入。
「・・・ま!」
勘違いしていたことか、それとも本当の意味を知ったからだろうか。祐紀は真っ赤な顔をして、藤宮兄妹が消えた方を見ていた。
「じゃ、僕らも帰りますか」
「・・・う、うん・・・」
祐紀の手を掴み、指を絡めた。
「帰ったら、ヒメハジメね・・・」
「・・・うん・・・?え!!はぁ?!!」
祐紀の反応が面白かった。
去年は、藤宮に散々からかわれたからな。
今年は、何事もありませんように・・・。