24・釜 べたべた。


 ・・・あの・・・『釜』っての、やめてくれないかな・・・。


 手術を受けた次の日、日曜日の朝・・・
 僕は階段を上っていた。目の前にあったはずの階段が急に消え・・・
「・・・うわっ!!!」
 『ゴト・・・バタン・・・』
 あれ?ここは、僕の部屋?
 昨日、祐紀を壁側に寝かせたので、ベッドから落ちたのは僕。
 先に頭が落ち、ついてくるように体が落ちた。
「あいたー・・・」
 頭を摩りながら体を起こし、祐紀を見たが、まだ気持ちよさそうに寝ていた。
「あの物音で起きないとは・・・」
 鈍感なのか、安心しきっているのか・・・。
 それにしても、シングルは狭いな。覆い被さっている場合なら別だが・・・いや、やはり狭いな。
 祐紀の髪をそっと撫で、しばらく寝顔を見ていた。
 ・・・ゆうちゃん、よだれ・・・。


 術後、2、3日は、家事をしない方がいいということで、食事の準備、洗濯を祐紀に任せたが・・・洗濯物を干す時のことだった。
「・・・////」
 洗濯物を持っているが、赤い顔して逆方向を向いている。
 祐紀が手に持っているのは・・・僕の下着だ。
 今まで、自分の洗濯物は自分で洗濯していたから、やってもらうのは初めてだった。20代であんな反応をするのは、祐紀ぐらいじゃないのか?
 僕はうっすら笑顔を浮かべながら、祐紀を見ていた。
 僕の洗濯物で隠すように、祐紀は自分の物を干している。
 下着ドロ対策?誰もスポーツブラなんか、盗みはしないんじゃないかと思うが・・・脱がす楽しみが低下。・・・つまらん。
 僕が使っていたのでもあげようか・・・いや、アンダーがキツそうだし、カップが余る。
 嫌がらせか!と怒鳴られるのがオチか。もう要らないから、捨てよう・・・。
 下着の入っている引き出しを開けると、女性のクローゼットじゃないかと言いたくなる程、詰め込まれている。
 最初のうちは、アレもかわいい、コレもかわいいと、買いあさっていたからな・・・。もったいない気もするが、使う者がいないんだから、置いていても邪魔になるだけだ。思い切って捨ててしまえ!このまま、持っていても、女性下着コレクター?ただの変態だぞ!
 躊躇せず、大量のブラジャーをゴミ箱に放り込んだ。
 女性モノの洋服も、引越しの時にある程度処分したが、祐紀でも着れそうなモノだけこっそり残してある。
 その中の1枚を取り出し、広げてみた。
 そろそろ着てくれないだろうか?せめて、家にいる時だけでも・・・。
 祐紀は、洗濯物を干し終え、僕の部屋に、顔を出した。
「今日は天気いいから、よく乾きそうだね」
「そうだね・・・」

 僕が広げていた、女性モノの服を見て、祐紀が突っ込んだ。
「・・・私に着せようと思ってるでしょ?」
 バレたか・・・。
「私は、制服以外でスカートは穿かない!そう決めたんだ。だから、穿く事はまずない」
 この前のドレスは何だ?
 僕の不満そうな顔に気付き、言い訳を散々聞かされることになった。
「電車に乗るとチカンに遭う、自転車に乗りにくい、歩きにくい、風で捲れたらどうする!!」
「ボクサーパンツ?」
「ボクサーショーツと言ってくれ!・・・・・!!」

 みるみる顔が真っ赤になっていった。
「みっみっ・・・」
「ああ、さっき干しているのをちらっと見ただけだよ。トランクスだったらどうしようかと思ったけど」

 冗談ではなく、本当に。さすがにやる気が失せかねないからね。
「いいじゃないか。僕の前で穿くぐらいなら。家にいる時だけでいいからさ・・・」
「風邪ひく・・・」

 何て言い訳だ、それじゃミニスカギャルは皆、風邪ひきかよ!
「じゃ、暖かくなったら、OKだね。うんうん、春が楽しみだ」
 言い訳ばかりするので、強引にそうしてやった。
「穿かないったら!」
 いや、絶対に穿かせてやる!と、妙な野望に燃えてみたりしていた。


 ご飯・・・?貧相な・・・いや、簡単メニューがずらりと並んで、豪華・・・そうに見えただけ。味は合格だからいいけど。同棲始めた直後だったら、コンビニ弁当かスーパーのお惣菜が並んでいただろうと考えれば、かなり進歩したものだ。


 術後、1週間は湯船には入れない。シャワーはOKだが、胸とワキは濡らしちゃいけないので、この寒い時期に下半身シャワー。
 シャワーを終え、服を着ている最中の事だった・・・。
 風呂に入っている間、自室から出るなと言った本人が、部屋からでてきたではないか。
 下は穿き終えた後だったが、上半身は裸。もう胸はないから、見られても問題はないのだが・・・
「!!!」
 真っ赤な顔をして、口を金魚のようにパクパクとしている祐紀の反応が、やたら新鮮だった。
 祐紀にはお兄さんがいるんだから、上半裸ぐらいは見慣れてそうな気がするんだけど、彼氏は別モノなのだろうか?
 それとも、本当に未経験か?その割には大胆発言が多い気がするけど。
 いや、今はそれどころではない。早く服を着て、温まらなければ風邪をひいてしまいそうだ。アレコレできなくなるじゃないか!(そっちか!)
「うわぁぁ!!!」
 あわてて向きを180度変え、壁に手を突き、肩で息をしている。反応遅いよ。
 このまま、後ろから襲うのも悪くないな。と、ヨコシマなことを考えてみたり・・・。



 念のため月曜は学校を休み、火曜日・・・。
 抜去手術のことは、誰にも言ってなかったので、やたら声を掛けられたり。
 一番ひどかったのが、ヤツ・・・。
「あらあらあらあら、まあまあまあ!本当に取っちゃったんだ・・・へぇ〜」
 といいながら、僕の胸をベタベタと、いやらしい手つきで触る、異常恋愛者・藤宮。
「けっこうデカかったのに・・・、ペチャンコだ・・・」
 そういえば、学園祭の時にちょろっと見られたんだよね・・・。
「そんなに触るな・・・」
「感じる?」

 右ストレートを顔面に食らわしてやろうかと思ったが、一応役者志望だし、みぞおちにキツイ一発で勘弁してやった。
「・・・ぅげほ・・・じょ・・・だんです・・・」
「僕、2週間はスポーツ厳禁なの。そういうのはやめてくれないかな?」

 行動とは裏腹に、さらりと流した。
「・・・殴った後に言うなよ!」
 屈んだ姿勢で、顔だけを僕の方に向け、そう言ったけど、自業自得じゃない?
「じゃ、祐紀と待ち合わせしているから」
 と、藤宮をその場に置いたまま、さっさと立ち去った。


 祐紀は、すでに待ち合わせの場所にいた。笑顔で自分の手をじっと見つめている。
 僕が来たことに気付き、赤い顔をして慌てて手を隠した。
 何を見ていたかは分かるけど。
「ごめん、待った?」
「ううん、さっき来たばかりだから・・・」

 祐紀の手を握ると、指先は氷のように冷たかった。
 本当はしばらくの間、待っていたのではないだろうか。
 いつからこんなに気を使うようになったのだろう?
 以前は、何分待ったとか、いちいち言っていたのに。
「早く帰ろう・・・」
「うん」

 手を繋いで、アパートへ向かうけど・・・僕らの事を知らない人には、どのように映るのだろうか?
 明らかに祐紀の方が170ぐらいでガタイもいい。
 それに比べて、僕は160そこそこで、ひょろひょろ。
 ・・・未だ僕が女に見えるか、ホモに見えるか・・・。
 後者だけはカンベンだけど。

 アパートに戻り、祐紀はファンヒーターの電源を入れ、僕は即席カップスープを作り、それを祐紀に渡した。
「ありがと・・・」
 祐紀の隣に、寄り添うように座った。
「直って、指細いよね」
 一体何の話しだ?
「ゴツイのがお好みで?」
「いや、そういうのじゃなくて、なんとなく・・・」

 よく分からないが、自分の手を広げ、見てみた。
 右手・・・利き手であり、夜の点火装置だ。
 反対の左手・・・どちらも特に変わった様子はないが、付け爪でもすれば、女の手に見えるだろうか?
 ・・・細いと・・・痛くない?
「ごめん、僕、下のほうはちょっと・・・」
 この体と大きさが不釣合いなモノが・・・
「何の話?」
 あれ?全然関係なかった?さっきから話が噛み合ってないな。
 とりあえず、その辺に落ちていた雑誌を拾い、広げてみた。
 ・・・違う、これ、カタログじゃん・・・。
「・・・なぜカタログ?」
「本屋で貰ってきた。下着とか買いに行くと、怪しい目で見られるから、通販で買ってんの」

 うむ・・・、そうだろうな。
 最近は何でも通販で買えるからな。お土産で貰ったお気に入りのお菓子も、今では現地に行かなくても通販で買える時代。
 カタログには、洋服から家具まで、色々載っていて、見ているだけで楽しくなってきた。
 部屋に、こういう家具置いてみたいとか、想像を膨らませていた。値段を見て、驚いた。
「格安じゃないか!」
「でしょ?だからすぐ欲しくなっちゃうんだよねー」
「よし、フロアーベッド買おう」
「は?即決?!!どれ?」

 カタログの写真を指差し・・・
「ダブルで」
「・・・ダブル?!!」

 急に真っ赤な顔をして、大きな声で叫んだ。
「僕・・・3日連続でベッドから落ちてるんだけど・・・」
「そんなことだったら、今日から自分の部屋で寝るよ・・・」

 そういう事を言っているんじゃないんだけど。鈍感だな・・・。
「一緒に寝たいから、買おうって言ってるんじゃないか。どうせ買うことになるから・・・」
 頭の中で、フライング妄想スタート・・・
 そのうち、子供に『夜、お父さんとお母さんがプロレスしている』とでも言われるのだろうか・・・。(悦)
「そんな大きなモノ、どこに置くの?」
「僕の部屋。今のベッドは捨てちゃう・・・いや・・・」

 そういえば、アイツの部屋のベッド、けったいなパイプベッドだったな・・・。
「藤宮にプレゼントw」
 捨てるのは色々面倒だから、押し付けようということなんだけどな。
「それでは早速!」
 ポケットから携帯を取り出し、メモリーから藤宮の番号を探す。
「ええ?もうあげちゃうの?」
「・・・また落ちろとでも言うのか?それに、床なら落ちる心配はないだろう?」

 布団から飛び出す可能性はあるけど。
 藤宮が電話に出た。
『なんだよ・・・』
「さっきはスマン、お詫びに、僕のベッドでもいかがでしょうか?」
『・・・何で?』
「いらないから、タダであげようかと・・・」
『イラネ』

 と言われて、切られた・・・。
「・・・イラネ、って。・・・捨てろってことか」
 困りましたな・・・。力仕事はしない方がいいだろうし、バラすのはまた今度にして、今日は床に布団敷いて寝よう。だいたい、1回落ちた時点で、そうすればよかったのに。
 とりあえず・・・
「ベッド注文しよ」
 電話は面倒だし、自分のパソコンから注文することにした。ついでに、布団を敷きなおして・・・(笑)。
「な・・・直?!!」
「ちょっと待ってて」

 部屋に戻る為、立ち上がった。
 ついでにアレも注文しとくか?祐紀がベッタリで、一緒だと買いにくいし、一人で買いに行くスキもなさそうだし。

 一人、野望に・・・萌え・・・燃え。(血圧上昇)

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